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エルフヘイムをぶっつぶせ!  作者: 寄笠仁葉
第11章 かつてそこに在りし日
157/212

11-19 再会その3

 滞在も長くなり、ドワーフ達のこちらへ対する認識も多少変わってきたのか、今度の移動は運搬魔法の利用を許された。まあ、時間が減ってきたので手を増やそうというのに、また大陸間の移動で船旅にトロッコの小旅行ではいかにも悠長に過ぎるというのは流石に彼らも把握しているのだろう。


 但し、使うのは郊外に設置された(ちゅう)目的用とされる魔法陣であった。

 これは西大陸の都の近くに位置する町へと繋がっていて、要するに、そういう形での間接的移動ならOKという、彼らの妥協点を示す。


 とはいえ、無理言ってお邪魔させてもらっている以上、ドワーフ達が国防に関して神経質になるのは当たり前のことだし、好きなだけ気にしたらいいとも思う。それは幸運なことに、彼らがどれほど頓着しても俺達は困らないからだ。

 プロジェクトが完成しさえすれば、全然何にも問題ないのである。


 裏を返せば、外の勢力である俺達がドワーフ圏に存在するという時点で、彼らは少し困っているということなのだが、それを考慮してもメリットがあると判断したから受け入れてくれているのだと信じる他ない。


 そういうわけで、西大陸にあまり実感のないまま降り立つことになった。

 山の内側から山の内側へ、一足飛びの移動である。西グランドレンの暮らしぶりは東のそれと変わらず、それによりトンネル空間内の風景もほとんど差異が生まれていない。馬車から眺める農地やら、草を食む家畜の顔ぶれやらも、地域性は見受けられず……。


 そして、都と、佇む宮殿が見えてきた時にようやく理解した。

 同じ国が二つある。

 道の引き方、区画の分け目さえ瓜二つ。その多層構造でさえも。


 あまりにそっくりすぎて、一瞬何か(たばか)られたのではないかと錯覚したぐらいだ。

 だがわざわざカロムナ帝まで同行させておいて、そんなことをする意味があろうはずもなかった。かつてどういう考えがあったのか、ドワーフは別々の大陸に、同じ都、同じ宮殿を建造するに至ったのだ。謎だ――すぐに解消されるだろうという予感もあったが、あまり落ち着かない趣向である。


 ホテルさえ、似たような場所に似たような規模の建物。

 既に話は通っているということだから、開発チームは直接、西の先端研究所へ向かう。それもきっと、同じような立地だろう。東ではあまり明るくなかった部分を担当させるという名目だが、本当に別分野に精通した組織なんだろうか? 俺はクローンの如きロードン部長Bが彼らを出迎えるシーンを夢想した。


 姫様とジュン、それにカロムナ帝と彼女の侍従達は宮殿へと通される。無論、俺もだ。

 これから会うジニオラ帝はカロムナ帝の双子の妹だというのは聞いていたが、まさか国そのものが双子だとは考えてもみなかった。そのような政体が成立するという発想がなかった。一種の共同統治ということなのだろうか。事実上の分裂をしているようにも思えるが、文化圏も同じなのだろうし、こうして行き来自体は簡単……。


 いまいち納得できない俺を連れ、一行は謁見の間へ。


 西の皇帝は既に待っていた。


「――来たか……」


 お召し物さえ違えど、確かにジニオラ帝はカロムナ帝の血縁だった。


「やあ、待たせたのうジニオラ」


 先頭を行くカロムナ帝は、些かの遠慮も見せずに玉座へと駆け寄った。


「ほら、ゼニアを連れてきたぞ。何をのんびり座っとるか!」

「別にゼニアは逃げたりせんじゃろう……」


 大儀そうに腰を上げ、ジニオラ帝も歩き出す。カロムナ帝を通り過ぎ、姫様のもとへ。その足取りにはどこか確信めいたものがあった。多分、俺が抱いたのは見当違いの印象だろうが――母親のハグを求める娘のような、両手を広げて迫る姿がジニオラ帝の歩みにはあった。姫様はふわりとそれを迎える。


「久しいな……。こちらには寄らぬのかと思うておったところじゃ」

「そんなわけないじゃない」

「うむ、うむ……おぬし、何だか、太ったような……」

「嘘。……もう、ドワーフとヒューマンでは身体のつくりが違うのだから、成長の仕方だって違うわ。私、少し鍛えたのよ」

「それでか? ふ……、そういうことにしておくとするかのお……」


 ジニオラ帝は姫様から離れる。


「冬の残りはこっちでお世話になると思うわ」

「よかろう。カロムナも、ちょっとは残っていくのか?」

「当たり前じゃ! わらわとそなたでも直接顔を合わせるのはしばらくぶりじゃろうが。少しは姉を敬わんか!」

「うむ、うむ……こうして引き合わされると、話したいことがたくさんあるのお」


 そこでふと、ジニオラ帝は俺とジュンの方を見て、


「時に、そのヒューマンふたりは……」


 姫様は俺達二人を紹介し、そして、やはりジニオラ帝も俺の存在を知っていた。カロムナ帝ほど関心があるようではなかったが……。それでも俺が何をやったかについては調べ上げている様子だった。


 そして、それは、情報の共有をしていないことも意味した。

 偶然、この話題だけがそうだったのかもしれない。東西で全く連携を断っているということもあるまい。だが、完全な同調とはどこか違うように思えた。


「それで、銃とかいう武器の製造が上手くいっていないという話だったのお……?」

「うむ。まあこちらの技術と合わせれば問題はなかろうよ」


 ジニオラ帝は頷く。


「然り。それで実らぬ計画なら、土台無理だったということよな……」


 カロムナ帝と比べると結構ダウナーな印象を受ける。姫様もあまり表情を変えようとしないタイプだが、彼女のそれが平熱であるのに対して、ジニオラ帝は常に低空飛行が信条という具合だ。


「期待しましょう」


 と姫様は言った。期待するように弾むのは声だけだった。


「ところで、今日のうちに話しておきたいことがもう二点あるの」

「ほう?」

「一つは――なんてことないわ、ちょっと捜しているドワーフがいて、そのせいで色々この地を嗅ぎ回るかもしれないけれど、それを許してほしいのよ」

「ふむ……?」


 ドルバス氏の娘が西へ移住したという話は、姫様も知るところとなった。

 こうなったら彼は何が何でもその先をつきとめたい――そのためには尋常な手段だけでは済まない可能性もある。ただでさえアイダンから聞かされた、娘のその後の経歴には黒い影がちらついている……これは、いわば保険であった。


「所詮、私達は余所者よ。その捜しているドワーフというのは、ラグナエル・ドルバスという、グランドレンから出て行ったドワーフの娘なのよ」

「うむ、で、そのドルバスが今、ゼニアに付いてくる形で舞い戻ってきておる。昔に、ちとやらかしておってな……亡命状態だったのを解消しようとしているところじゃ」

「もちろん気を付けるけれど、捜す過程で、現地の住民とね、揉めないとも限らないから……」

「なるほどな。なんだか複雑な事情がありそうじゃのお……面倒は好かんが、まあ、何か問題が起これば介入すればいいということじゃろう?」

「そうしてくれるとありがたいのよ」


 まあ、別に、ドルバス氏の娘がどうなっていようが、それを知ることができなかろうが、俺達の懐が痛むわけではないが……一度乗りかかった船だし、ここまで来たら、明確に召喚装置の借りを返したと言えるような状況に持っていくのもいいだろう。それはそれで儲けとなる。


「もう一方は何じゃ?」


 ジニオラ帝が先を促すと、姫様は俺に目配せした。


「失礼ながら、ここからは私が……」

「うむ。話せ」

「そこまで難しいことではございません、変わってはおりますが――。心当たりがありましたら、お年頃の女性を、ご紹介いただきたいのです」


 ジニオラ帝は俺を見つめてから、言った。


「そのドルバスとかいう男にか?」

「あ、いえ――」

「では、おぬしにか?」

「それも違います。私共に同行している若者がおりまして、その男に、つまり見合いという形で、お相手をご紹介いただけないかというお話なのです」


 皇帝は心から不思議そうに、


「よくわからぬな。何故そんなことをする? 敢えてはっきり言わせてもらうがのお、ヒューマンになびくドワーフ女を探すのは相当骨が折れると思うが……」

「ええ、もっともとしか言いようがありません。しかしそこを曲げて……お願い申し上げたいのです」

「深くは詮索しない方が……よいかな」

「実は、代理で伝える私としても、説明の難しいことで――」

「左様か。まあ、構わん。何を言われようが、わしの答えは、(いな)、じゃ……」


 あれ?


「悪いがその話は断らせてもらう。何を考えているか知らぬが、碌なことになるまい」

「でも――一応、カロムナには少し協力してもらったのよ?」


 姫様がそう言うも、


「わしがカロムナほど戯れを好かぬのは、おぬしも知っての通り」

「――それはそうね」

「狂気じゃのお……ドワーフとヒューマンを連れ添わせる気か?」


 確かにそれは、そうなのだが。


「あまりこういうことは言いたくないが、種族間の垣根というのは、遥か見上げるほど高く、そしてそれと同じだけの、深い溝でもある……おぬしらヒューマンとエルフが戦争に明け暮れるのを横目で見ながら、交わりをよしとすることは、到底不可能。少なくともわしの代で、西の皇帝という立場がそれを承知するわけにはいかぬな」

「――そう。そうね、わかったわ。忘れて頂戴。私も少し舞い上がっていたわ」

「ひめ――」

「やめなさい、フブキ。この話はもうここまでよ」

「すまぬな。他を当たることまでは止めぬが、まあこれは忠告のように思ってくれい。わしらがこうして、同じ部屋で共に座っておるのはな、お伽噺のようなもの――若い時分の面影に、束の間しがみつこうとしておるだけではないか。それを忘れてはならぬ。違うか? 我が姉、カロムナよ」

「――ジニオラ……」

「責めてまではおらぬ。ただ、わしはわしで考えがあるということだけは、はっきりとさせておかねば、代々の(みかど)に申し訳が立たんでな……このような時、所見が分かれるからこその東西帝国であろう? 国の(いしずえ)は大事にせねば」

「わかった。ふう……ゼニア、そういうことじゃから……」


 その日の会談は、ひとまずそこまでとなった。


 ちょっと後味の悪い締めだったが、また日が変われば、姫様とカロムナ帝は彼女に会いに行くのだろう。


 謁見の間を出てからの帰り際、俺はどうしてもたまらなくなって、カロムナ帝に質問を投げかけた。


「陛下、本日のようなことは、よくあるのでしょうか」

「ん? なんじゃ突然……」

「フブキ……?」

「その、ご意見が合わないというようなことですが……」

「――よした方がいいわ。ごめんなさいカロムナ」

「いいや、構わん。気になるか、道化師フブキ」

「はい」

「何がひっかかる」

「私の解釈が合っているかわかりませんが、こちらの皇帝陛下は、その食い違いこそが国の礎であると申されたように思うのです」

「そうじゃな。同じような二つの土地、二つの財産を持つようにしながらも、どこか違う考えで治める。我らドワーフはそのように暮らしてきた」

「しかし、万一ということも――ありえるのでは」

「万一?」

「はい。このような問いが許されるのか、わかりませんが」

「申してみよ」

「つまり、何と申しましょうか――仲違いが起きた場合には、取り返しのつかないことが起こりえます。同じような座にある者同士で違う意見が出やすいというのは、そんな状況を呼び込むのに一役買ってしまう気がするのです」

「なるほど、外の者から見れば、そのような疑問を抱くのも尤もじゃのう。しかしな、面白いことに、この東西帝国の歴史を紐解くと、そなたの危惧するような事件は、いかにもありえそうではあるが、驚くほど少ない」

「そう……なのですか?」

「グランドレンでは代々、双子が皇帝の位を継ぐ。何故だかわかるかのう?」

「――いいえ……。しかし、何か――縁起を担ぐような意は、汲み取れます……」

「そう、まあちょっとした(まじな)いのようなものでな。――波風が立つのは、頭で考え事をする生物である以上、これはもう避けられん。それは仕方がない。肝要なのはな、(ほこ)を持ち上げず、またそこまでいってしまったとしても、それを収められるだけの決定的な所以(ゆえん)にして由縁(ゆえん)、つまりゆかりを持つこと。単なる血の繋がりだけではいかん。親子でも兄弟姉妹でも一歩足りない、もう少しだけ濃密なもの」

「それは、一体?」

「――双子なら最後にはわかりあえる」

「え……?」

「昔のドワーフはそう信じた。わらわもジニオラも、それを信じておる」


 くふふ、とどこか自嘲気味にドワーフは笑う。


「まやかしかもしれんがな、そのまやかしが馬鹿にならんのよ」


 カロムナ帝は宮殿に寝泊まりをする。




 開発チームは加わった西の連中とよろしくやっているようだった。

 早くも、次の段階へと移った報告が来ている。


 一方、これまでよりは身軽に動けるようになったドルバス氏は例の、娘が最後に確認された町への訪問を計画し、そして旅立った。ジニオラ帝に紹介の話を蹴られまったく暇になってしまったサカキさんが、サポートにつくという。役目を果たせるかはわからないが。


 姫様とジュン、そしてカロムナ帝は例によって女子会。

 暇なのはまた俺だけという状況に戻った。


 しかし、その(かん)全てをボケッとしていた俺じゃない。

 一つ決心をして、ある日、ジュンさえ寝静まった夜中に、姫様の部屋を訪ねた。


「どうしたの、こんな時間に」


 彼女はナイトガウン姿だった。


「少し話しておきたいことがございまして」

「……いいわ、入って」


 ぼんやりとした蝋燭の明かりが一つだけあった。本当に寝入る直前だったのだろう。

 小さな椅子に腰かける。


「お酒は? 飲む?」

「いいや、用件だけ伝えたら出てく」

「あら、そう……?」


 二、三度身体を揺らしてから、


「世話役の少年にチップをやったら話してくれたことなんだが、」


 と俺は切り出した。


「天井に穴の空いた場所があるらしいんだ」


 姫様は何のことかわかりかねている様子だった。無理もない。唐突で、しかも要領を得ないのだから。しかし、時として迂遠な前置きは人を引き込む。


「天井って――この、都市空間の天井ということ?」

「そう」

「それが――どうかしたのかしら?」


 姫様は先を聞きたがっている。俺は続けた。


「そこは馬の脚があれば、なんとか日帰りできるらしいんだな」

「……行くの?」

「ああ。夜じゃ意味がない。そこに太陽の光が差し込む時間帯は決まっている。それを狙って行きたい」

「そういえば、どのくらい浴びてないのかしら……」

「悪くない話だろ。どうかな、都合のいい日で」

「――いいわ、行きましょう。明日」

「わかった。明日早速」

「ジュンには朝言えばいいかしら……」

「そのことなんだけど、」


 どうしても、後ろめたさはあるのだが、


「うん、ジュンには悪いが――明日は、ちょっと外してもらおうと思う」

「――そうなの?」

「他に誰も連れて行かない。俺はあなただけを連れて行く。駄目ならそう言ってくれ」

「……駄目では、ないけれど」

「確かに俺も考えたよ、仲間外れにしちまうってことは。賭け事でもないんだし。でも……ま、こっちにいる間休み取らせるの難しいところあったから、そういう日があってもいいんじゃないかと、思ったのさ」

「そう……」

「行く?」


 断らないはずだ。


「行くわ」

「よかった」

「ジュンには私から伝えておきましょう」

「わかりました。では、明朝に」

「ええ。おやすみなさい」

「おやすみなさい……」


 部屋へ帰って、布団に潜り込み、小さくガッツポーズを何度かする。

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