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エルフヘイムをぶっつぶせ!  作者: 寄笠仁葉
第11章 かつてそこに在りし日
155/212

11-17 思わぬ目見え

 俺達が会場から半ば逃げるように撤収したこともあり、今は正式な沙汰を待っている状況だ。あんまりな決着だったので――勝ちました、負けました、では約束通りこれこれこういう約束を有効にしますよ、はい認めます――という儀式的な流れが宙に浮いたままなのだ。


 まだ、勝ちました、負けました、までしかやっていない。

 疲れたので今日はとりあえず帰ります、といったところ。


 笑って流せる類の勝ち負けではないから、再び顔を合わせてなんやかやするということはなく、女帝の使者が確認を取りにくるだけだとは思うが、その時が来るまでは、心から安心することはできない。


 開発チームは本日よりまた研究所へ戻ってプロジェクトを再開させるつもりのようだ。まだギナゴザの影響力が強く残っていることが予想され、上手く復帰できるかわからないが、文句を言わせるつもりはない、とナガセさんやロードン部長は息巻いている。


 俺は俺で、今のうちに一人で片付けておきたい用事があったので、やはり外出している。大したことではない。余計なトラブルのせいで後回しになっていたものをやっとまとめようというだけの話……俺もまた、確認を取りに行くだけだ。


 というわけで、あんまり近寄りたくはなかったのだが、騒ぎを起こしてしまったカジノの近くにある宿屋へ来ている。ほとんど提携しているとあって、俺達が泊まっているホテルに負けず劣らずのグレードである。出入りしている客も、皆それなりの装い。


 本当は完全に一人で街中を出歩くのもどうかと思ったのだが、なんとなく、この方がいいだろうという気もして、こっそりと……抜け出してきたのだ。緊張する。


 ただでさえ注目を浴びているこの奇人の、応対をしなければならないレセプションのスタッフはちょっと迷惑そうにしていた――プロなので隠そうとしていたが、どうしてもわかる――俺は用のある部屋番号を伝えてから、こう続けた。


「変な格好のヒューマンが下に来ていると伝えてもらえばわかります」


 ここで帰ってくれと言われる可能性もなくはなかった。よっぽど今日だけは普通の服を借りようかと悩んだ。今までもそうだったが、門前払いされてないのが不思議なくらいだ(警備担当者は完全に臨戦態勢である)。しかしこの道化服こそが何よりの目印である。俺が俺であることを証明するために、脱ぐ選択肢はなかった。


 しばらくロビーで待っていると、ドワーフの婦女が上の階から降りてきた。


「ああ……来たね」

「約束の件、細かいところを詰めに参りました」

「ここじゃなんだから、そこでお茶でも飲みながら」


 サ店に移動したところで、他の客から見られる状況は変わらない。


 しかし、彼女はあまりそれを意に介さず、普通に話し始める。


「聞いたよ。あの後勝ったんだって?」

「ええ、まあ……一応」


 耳には入っているようだ。

 アイダンと喧嘩別れしていたからそのへん心配だったが……。


「白状すると、勝ったというよりは、向こう側が負けるよう仕組みました。チップを全て巻き上げたわけでもありませんし……」

「あたし後悔してるわ。投げ出さずにいれば……でも、そんな面白そうなことになるなんてわからないじゃない?」

「やはり、彼らのイカサマに気付いていらっしゃったのですか?」

「途中からね。何が腹立つって、このあたしに言わなかったことよね。それを思うと、全部付き合ってやる義理もないなあ、って」


 概ね想像した通りの理由だったということか。


「確かにあたしはああいうゴニョゴニョは嫌いだし、アイダンもそれを知っていたけど、説明されても理解できないほどじゃない。……納得はしないけど。まあそういうところが彼にとっては不安要素で、つまり信用されてなかったってことだったんだろうけどね。正解は、最初から話を受けてはいけなかった、と」

「しかし、こちらも、終わったから言いますが、汚い手は使いましたのでね。ゲームに水を差すような真似をしました」


 文字通り。


「ご覧にならなくてよかったのかもしれません」

「どのみちロクな勝負じゃなかったわけね。……ふう、愚痴ばっかり言っててもしょうがないか。用件を済ませましょう。あなたが居心地悪くなる一方みたいだし」


 彼女は周囲に目をやった。


「そうさせていただけると……といいましても、あまりお時間を取らせるつもりもございません。数点の確認をして、それでよろしければ決まります」

「あらそう?」

「日取りは明後日を予定しています。急かとも思いましたが、伸ばしても仕方のないことですので」

「いいわよ。明日すぐだったらちょっと考えたけど」

「当日は、朝食後の時間帯に、相手にここまで迎えに来させます。外で待ち合わせた方が都合がよろしいのでしたら、そうさせますが」

「来てくれるなら楽でいいわ」

「それで、一日お付き合いいただいて、もう一度会ってもいいという気になれば、次回のお約束を。そうでなければ、それきりです」

「そうね。戦盤(いくさばん)の負け分の約束だから、あたしも乗り気ではないしね」

「私はあくまで仲介役ですので、過ごし方の詳しい内容は当事者に一任させています。ですので、本日はそれさえ確認できれば、あとは何もございません」

「うん。じゃあ決まりだね。相手って、やっぱりあの夜に参加してたヒューマン?」

「左様です」

「どっち?」


 俺は少し表現に迷ったが、


「失礼を承知でこう申し上げますが、冴えていない方です」

「あっちか……あまりタイプじゃないかも」


 かも、と言って全然タイプじゃないやつだ。嫌いまである。


「顔はいいんだろうけど、あたしが求めてる男らしさとは違うかな」

「そこをなんとか。あれでも戦場(いくさば)ではかなり頼りになる男なんですが」

「ふーん……。え、軍人さんなの?」

「いえ、それとはちょっと違うんですが……戦士ですよ」

「あっちのちょっとギラついた男や、あなたの方がよほどそういう気概にあふれていたような気がするけど」

「確かに、積極的に交戦しようという方ではないですが」

「――それにさあ、そもそもの話になるんだけど、まず異種族間で女と男の付き合いをしようっていう考えがよくわからないのよね。何でそういうことになるわけ? そりゃ、この世の中、長い歴史もひっくるめて、例外がなかったわけじゃないだろうけど」

「それについては本人から伺った方がよろしいかと存じます――」


 俺はそんなこと説明したくないよ。


「手広くやる必要がある、とだけ……」

「ヒューマン的にドワーフってどうなの? 女は全員子供に見えるって聞いたことあるけど」


 くそ、鋭い……。俺は言葉に詰まった。


「どうもねえ……。疑問はもう一つあって……その彼は、この国の住民でもなければこの都の住民でもないわけでしょう。一日遊んでもらうとして、リードしてくれって言っても無理だよね?」

「かなり厳しいですね。一応調べさせてはおりますが」

「あたしも別にこの街のドワーフってわけじゃないけど、普通にあたしの方が詳しいんだろうなあ……」

「もしかすると、そちらの方で上手く誘導してあげる必要があるかもしれません」

「もしかしなくてもそうなりそうね」

「……どうかご配慮いただきたく……」

「はいはい」

「まあその、あんなことがあった後でこんなことを言うのは大変に心苦しいのですが――これもまたお義理ということで、ご対応いただきたいのです」

「やるわよ。もちろん負け分を払わなきゃならないんだから」


 これもまた望み薄だろうな、と俺は思った。大方の予想を裏切って大逆転、という目も絶対にない類の望み薄だ。決してフリではない。


 それでも、一応チップを張っておくというプレイングがこの世にはあるのだ。




 一日、また一日と時間が過ぎ去っていく。


 とりあえずサカキさんはデートへ行ったし、開発チームは研究所内での居場所を守ることが出来ているようだ。ただ、それとは別に前々から出ていた問題が顕在化しつつあるという報告が上がってきた。


 それは、この先端技術研究所だけでは、試作品と言えども実用段階にまで完成させるのは難しい、というものだった。


 発破用魔法陣(サークル)については解決の糸口が見えているようだが、さらにその先の、ライフリングで得られるジャイロ効果と同じものを発生させる機能については、また別の施設と連携を取った方が早く仕上がると彼らは考えているようだ。


 元よりこの冬だけしか使えない、突貫工作である。時間の短縮をしすぎるということはないだろう。得手不得手の影響が出てきているというのなら尚更である。


 別の施設やら組織やらの協力が必要となれば、再び女帝からの承諾を得なければならないだろう。そしてその窓口は姫様になる。俺は研究所を訪問してその報告を突きつけられたそばから、Uターンして宿へ戻ることに決めた。


 この研究所は、中で働いている職員の数から考えると、周辺を出歩いているドワーフは寒々しいほど少ない。いつ来ても、外観からはどこか寂しいような雰囲気が漂っていて、でも中に入ると大勢が働いていて少しホッとする。その逆に、熱気あふれる建物内から外へ出ると、静けさがどうしようもないギャップとして襲いかかってくる。


 そんな厩舎までの道すがら、珍しく、向こうからすれ違おうとするドワーフに出くわした。最初、遠目に見て、すぐには誰と気付かなかった。だが近付くにつれて、知っている顔だと判明した。


 それは女帝カロムナだった。


 何でもないことのように、こちらへと歩いてくる。

 しかも単独であった。

 よく似たそっくりさんであるようにも思えたが、その認識も、対峙という距離まで詰まると霧散した。俺は周囲を確認してみたが、ちょっとした原っぱになっているので、忍びの者が隠れられるような場所はない。気配もない。


 何故こんなところに。

 何故このタイミングで。

 何故俺が一人の今を狙って。

 何故護衛も付けずに。

 何故現れた?


 すれ違いそうになって、すれ違いそうになって――ようやく。


「ど、どちらへ?」


 そんな、的外れとも思えるような挨拶が、口の端から漏れ出た。


 女帝は立ち止まり、


「ここじゃな」


 と返してきた。


「ゼニアの宿へ行ったら、そなただけがおらん。ついでに立ち寄ったまでよ」


 それから、


「わらわはギナゴザが異議を申し立てるなら、また勝負の場を用意するのもよいかと考えておった。しかし奴は再戦を望まなんだ。そなた達は名実共に勝利を収めた。そのことを知らせに参ったのじゃ」

「――それは……意外でした」


 アイダンは再起不能でも、ギナゴザ自身はまた別の打ち手を用意してゴネることができたはずだ。これは評判の男を倒したことが上手く働いたのだろうか。


「そんなに不思議かのう? あれより強い代打ちを立てるのは至難と思えるが」


 そう、そのように。


「ともかく、ラグナエル・ドルバスの身柄の心配は、もうしなくてもよいぞ」

「……よかった……、そうだ! 皆に知らせてあげないと」


 踵を返そうとした俺の腕を、女帝が掴む。

 ガッ、という擬音を思わせる、あまりに力強すぎる握りだった。


「まあ待て」

「……、……」

「研究所には別に使者を走らせておる。そなたは、少し付き合え。散歩でもしようではないか」


 有無を言わせぬ、とはまさにこのこと――。


 気が付くと、俺は彼女について近くの並木道を歩いていた。


「お、あんなところに丁度よく長椅子があるのう」


 なんだかわざとらしい口調で、そこまで駆けていって、率先して腰かけると、


「座れ」


 従うしかない。


 伸びきった背筋に痛みを感じるが、丸められる気がしない。


「こちらを見ろ」


 なんとか苦労して、向く。首がぎしぎしと音を立てているような気がする。


 女帝は俺をまじまじと見つめる。


 耐えきれず、俺は訊ねた。


「お付きの、お付きの方は、」

「外しておる。そこまで遠ざけているわけでもないがのう」


 じっと、それこそ穴が空いてしまうのではないかと思うほどまじまじと見つめられる。俺は、このまま射殺されるのだろうか。


 しかし、何事にも終わりはある。


「――ふむ」


 女帝は長椅子の背もたれに身を預けた。


「そなたは、気に入らんところもあるが、面白い。面白い顔をしておる。服よりも面白いぞ、その刺青がな……笑っていても泣いておるように見える」

「……これは、光栄の至り……」

「初めは、あのゼニアが道化を飼うとは酔狂になったものよと思っておったが――今は、不思議と納得しておるわらわもおるのじゃ。そなたは気が触れておらんし、発言もしっかりしておる。横に置いて困らぬから置いているのだとわかる。それに――」


 それに?


「なるほど、確かに、こうして近くで眺めてみれば――似ておるかもしれん」


 てっきり俺は、工作の件を問い詰められるものと思っていた。


 女帝はあのような方法は好みではないと姫様も言っていたし、咎められるとしたら今ここだと。


 しかし出てきた言葉は、全く関係ないと思われるようなものだった。


「今――何と?」

「そなた、ゼニアとはどれほどの仲なのじゃ?」

「仲、仲とは――私は姫様のしもべ、道化師でありますれば、」

「好いておるのか?」


 何を。

 何を突然――言い出すのか。


「どうなんじゃ? んん?」


 こういう時、どう避ければ、


 ――いや、いやいや、駄目だ。もうそうしたら駄目だ。ジュンとの約束を破ることになる。少しづつでも、少しづつでもやっていかないと。


「お答えする前に、質問で返す無礼をお許しください」

「許す」

「陛下は――姫様とは、かつてどのくらいのお付き合いがあったのですか」

「あの哀れな女ヒューマンが復讐に狂うまで、幸福な時間を共有しておった。当時わらわと妹はまだ子供で、帝位にも就いておらず、比較的自由な身じゃった。お忍びというやつでな、交流の機会が多くあった。ゼニアの少女時代はそれなりに知っておる」


 質問を重ねることに、こんなに勇気が必要だとは、思ってもみなかった。


 ――でも、やるなら、一気に、だ。

 どれだけの時間を要したか。決心を固め、俺は言った。


「――姫様には、かつて婚約者がいたと聞き及んでおります」

「ああ、そうじゃ」


 まさか、こんな日に、こんな形で、踏み込んでいくことになろうとは。


「私に似ていたのですか」

「似ておる。雰囲気がな。顔はあやつの方がよかったわ」


 そうでしょうとも。


「姫様は――姫様は、その方を愛しておられたのですか」

「知るとそなたは苦しむかもしれんが、答えよう――ゼニアはあやつを愛しておった。深くな」

「その方は、亡くなられたのですね」


 言った。


「それもおそらくは――エルフとの戦で」


 これまでずっと考えていたこと。姫様を復讐に駆り立てる、家族以外の誰かの死。

 俺を拾う気になったきっかけ。全ての始まり。


 女帝は驚いていた。俺がそこまで勘付いていたこと、そしてそれがおそらく――当たっていること。それに少なからず、驚いていた。息を呑んでいた。


 彼女はすぐには肯定しなかった。

 姫様がかつて愛した男の存在を認めることより、それは難しいのだということがわかった。そうだろうという気持ちが俺にもあった。何故ならそれは――あまりにも。


 そして、短く、


「そうだ」


 腑に落ちた。


 衝撃的な事実でもあったし、既についていた予想の確認でもあった。

 言えるのは、それは人を動かすには、十分すぎるということ。


 それで、こうなってしまった。

 俺達はこうなってしまった。


「――少し、昔話をするか」


 と、女帝は言った。

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