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エルフヘイムをぶっつぶせ!  作者: 寄笠仁葉
第11章 かつてそこに在りし日
153/212

11-15 裏々

 最後の五周になるやも、という覚悟で臨んだ次のセットだが、勝負はつかなかった。人数が減っている分、一周の時間も短くなっているからそのせいか……。

 打ち合わせ通り、ナガセさんは残ったチップを使って強気に勝負へ出て行く。一時はオールインするまでに追い詰められたものの、その回の勝負を制してまた少し浮き上がる――だが、そこからAと戦っているうちに再び転落し、あえなくドワーフの婦女に討ち取られた。

 それにしても――と思う。今日の彼女からは、どうも真剣味を感じない。ナガセさんを倒した時は、それは一応、勝負に出たような感じがしたが、戦盤で対戦した時のようなヒリついた、ある種の殺気とでも言おうか――ともかくまあ、身が入っていないとしか思えない(ゆる)んだ雰囲気しか、身に着けているヴェールの向こうから読み取れない。


 俺達は残り二名となった。相変わらずチップの収支は悲惨なものだったが、ナガセさんが注意を惹いてやりあってくれたおかげで、なんとか向こうに私兵Aを切り捨てさせることには成功した。これで二対二、勝負も大詰めである。夜明け前には決着がつきそうだった。

 が、その前に――ここへきて番狂わせがあった。


「いやあ、意外と粘ったね――向こうさんは」


 ドワーフの婦女が、突然にアイダンへそう話しかけた。


「ん……ああ、そうだな。そうだが……」

「あたしこのへんでオリるわ。眠くなっちゃったし、帰る」

「――何? 何を言っている? 待て、途中で帰るなどと、」


 困惑するアイダンへ向けて、彼女は一瞬で不機嫌さのオーラを噴き出した。

 一体どこにそれだけのものを抱えていたのかと思うほどの凄まじい嫌悪の念である。

 アイダンは言葉に詰まり、その先をどうしても続けられない。


 彼女は席を立って積まれたチップを両手でひっ掴み、テーブルへ叩きつけるようにしてアイダンに押しつけると、


「最後まで付き合っただけ感謝してほしいところだけど」


 ――天幕内は水を打ったように静まり返る。

 足早に歩いて退散する彼女の時間だけが動いていた。

 最後に女帝へ一礼すると、


「お見苦しくて申し訳ありませんわ、女皇(じょこう)陛下。しかしながら、この場からは失礼させていただきます。もし文句がおありでしたらあの男に。それでは」


 スタッフの誰にも止められず、天幕の出入口をさっとめくって、外へと出て行ってしまった。


 後に残った沈黙を、おそるおそる女帝が破る。


「――はー、びっくりしたのう。どうしてここで仲間割れになるんじゃあ?」


 それは誰にもわからなかった。癇癪を起こしたようにしか見えないが、しかしそれにしては理性もそこそこ残っていたような、どうも妙な退場の仕方であった。


 そこでギナゴザも我に返り、わめく。


「アイダン! な、何をやっている。あの女を連れ戻せ!」


 アイダンは勢いよく立ち上がりかけたものの、すぐ椅子に座り直した。


「アイダン!」


 彼は黙って首を振る。


「なんとか、言えッ……!」

「失態なのはわかっています。しかし、連れ戻したところで、彼女は小指すら動かさないでしょう」

「なんだ? なんということだ……? どうしてこうなる!」


 推測だけはできる。

 おそらく彼女は、イカサマの件を知らされていなかったのではないだろうか。途中で勘付いた。それが彼女にとって本意ではなく、また隠されていたままだったので――仲間に引き入れられていた身としては頭に来たのか。どうなんだろう?


 一つ言えるのは、だとすれば、それを明確には口にしなかったことでアイダンは救われたということだ。彼女は筋は通した。


 そしてまた俺もおそるおそる口を開いた。


「――続行しても?」

「……、ああ……続けよう」


 といっても、どうも、強制的に切り替えられた気分をまた元に戻すのは(アイダンにしても)至難の業で――数回の勝負では互いに精彩を欠いた。


 やや調子を取り戻してきたところで、今度は姫様が喋り出した。

 うまい具合にこちらでカードをやりとりする予定の素振りを見せて、アイダンが降りたところだった。


「ねえ、考えたのだけれど」


 いきなり言うので、俺は驚いて反応が遅れた。


「……えっ、何ですか?」

「こういうことであれば、別に――私もここに残っている必要はないように思うのよ」

「――すると……」

「まだこの勝負ではカードを開いてないわ。ここで私がオリることもできるけれど、延々と賭け分を上げていって、その上で負け、チップをあなたに全て渡すこともできる。ただでさえ少ない分を私とあなたで別々に持っているより、その方がいいと思わないかしら」


 俺は姫様の意図に気付き、その上で反論した。


「いいえ。それでも……使える札は二枚あった方がいい」

「そうね。それも確かに、そう」


 姫様は素直に引き下がる。


「でも、私が言いたいのはそういうことではないのよ。相手を見習ってもいいのではないかという話をしているの」


 引き下がってなかった。


「見習う……? それは、どういう意味ですか」

「不公平な部分も今のうちに正しておきたいの」

「姫様、お話がよく……」

「まず、相手を見習ってチップを一ヶ所に集める」

「……わかりました。それは理解します。それでどこが、何が不公平だと仰るのですか」


 姫様の説明はこうだった。


「あの女性が離脱したのは向こうにとっては計算違いだったはずよ。災難――不幸な事故と言い換えてもいいわ。賭け事には運が絡むけれど、さっきのことは適用していい種類の不運ではないと思うの。そんなつまらないことで相手が一点失っているのだから、こちらも一点捨てたっていいはずだわ。だから私も抜ける」

「そんな理屈、」


 俺の言葉を遮るように、姫様はチップを上限まで積んだ。


「ルール内よ。次の順番は私だもの」

「――姫様、私は付き合いませんよ」

「そうしたら、これと同じ機会を見つけて、私は同じようなチップの積み方をするわ」


 俺はじっと考え込む――ふりをして――から、


「これで負けたら姫様のせいですからね」


 さらにチップを上乗せした。


 そうして姫様はチップを全部吐き出した後、俺に強い札を押し付けて、テーブルから離脱した。


「さて、お待たせいたしました。これでようやっと――」

「――まともな勝負、かね?」

「ええ」

「ああ、まったく――女というのは――。……君もそう思わないか」


 俺は首を横に振った。


「その見解には賛同できません」


 あんたは連れてきた女に見限られたのかもしれないが、俺は一緒にいる女には信用されてると思うよ。ちょっとは。


「まあ、それはそれとして、一つ提案なんですが」

「何だろうか」

「今……姫様とチップ積んでて思ったんですが……」

「それがどうかしたのかな」

「上乗せの上限って、必要ですか?」

「何?」


 アイダンはうんざりしたように首を振る。


「異なことを言う。何のためにレイズの上限が定まっているか理解していないわけではないだろう?」

「ええ。しかし、もう必要のないルールかと思いまして」

「――一応このことについては言及しておこう。君の方が、チップは少ない。やろうと思えば、こちらは残った体力の多さに任せて、いくらでも無茶な積み方をすることができる。そんな展開に君はついていけない。つまり、困るのはそちらだ。わかっているのか?」

「わかっています。大昔の……知り合いが集まってこれと似たような遊びを初めてやった時の話なんですが、誰もそのことを理解していなくてえらい大味な勝負になりまして、私は慎重派だったので変な真似はしなかったんですが、ある奴がまあ相手をオろすのが大変好きなやつでしてね、一度ぶち切れて仕掛けに乗ってやったんですが、」

「もういい――理解はしているんだな」

「ええ」

「理由を聞こう」

「はい。そんなに複雑なものではないです。現在の取り決めでは、レイズの上限は既に場に出ているチップの合計までと定められているわけですよね?」

「ああ」

「しかしです……今、残っているのは二名。当然最初の参加料も二名分だけのチップから始まります。自然、レイズ上限も狭まってくる。ここまではよろしいですか?」

「ああ……」

「この勝負も最終盤です、そんな上限のついた状態で、私達は合わせて十名分のチップを奪い合うわけですが、果たして、そんな調子でちまちまチマチマ――いつ終わるんでしょうね?」

「――む――」

「最早これは私と貴方だけの真剣勝負となりました。もちろん最初の取り決めを遵守したいお気持ちもわかります。しかしながら我々は、他者から託されて戦っている立場でもある……さらに言えば皇帝陛下に勝負を預かっていただいている立場でもあります」

「わかっている」

「レイズに上限があるように、時間にも使っていい上限があります……かなり経ちました。ここまでの分析からすると、私も貴方もそれなりに慎重な打ち手のはずです。この先、夜が明けてくるならまだいいですが、それを遥かに通り越して次の日暮れまでということになってくると、これはさすがに、皆様付き合いきれないのではないかと」

「――なるほど、確かにそれは……道理だ」


 これを聞き、女帝も口を開いた。


「まあ、そうと決まったわけではないが、もしそこまでもつれこむとしたら、続きは日を改めることになるかのう」

「ほら、お聞きになりましたか? 寛大な陛下のご厚意にそこまで甘えてしまってよいのか、ということです。今夜使っているルールは少し変則ですから、こんなところにひずみが出ているんです。壊れている決まりを律儀に守る必要はありません、と――私はそのことを言いたいのです。時間の上限を取り払うのは難しいことですが、レイズの上限を取り払うのはそれに比べれば易しいことかと……」


 アイダンは顎に手を当てて考え込んでいたが、やがて、


「――よし、言いたいことはわかった。だが先程指摘したような点は君の不利として付き纏うぞ、それを受け入れてまで利口に振る舞おうとする君の中の根拠には納得がいかない」

「ああ、それはまあ……上限がなくなったからといって、貴方は破滅的に無茶なやり方はしてこないだろうという計算がまずありまして……それと、チップが少ないからといって、こちらが大きな勝負に出てはいけないという決まりはありませんからね。単純な話、この状況下では、私にとっても悪いことばかりではないんですよ」

「……ふむ――」

「といったところで、あくまでも提案なので、拒否されればそれまでですが」


 アイダンはもう少し考えた。


「――戦盤では少々堅めに打ったが……今宵はそういうわけにはいかなかったんだ。雇い主の希望があってね。こちらも手を尽くして戦っている」


 突然なんのこっちゃ、とはならないぜ。

 女帝もそばで聞いているというのに、そこまで言うとは、この男もかなり挑戦的じゃないか?


「……えーと?」

「君達に、いや、君に敬意を表しよう。提案を受け入れる。もちろん陛下がお認めになればだが――」

「認めるぞ。この時を持って、取り決めに変更があった。わらわが保証する」

「ありがたく存じます。他に提案があるなら、今のうちに全て言ってほしいものだが……」

「いえ、この一点のみで」

「結構だ。そろそろこの夜を終わらせよう」


 ――ああ、本当に、大変、結構だぜ。


 次のディーラーは中立だった。カードが配られ、俺は強力な『猫』のカードだった。数字がもう高いのと、交換を申し込んだ相手を殺す効果を持つ。負ける可能性はかなり低い。正確には『交換を申し込んだプレイヤーが持っている札を最初に持っていたプレイヤーを殺す』が、サシの勝負なら同じことだ。ここでこいつを引くとは、なんて太いツキだ――これで必勝が確約されたわけではないにしろ、幸運(ラック)を感じる。


 ここからがバクチだ。

 スタートプレイヤーはアイダン。奴は早速チップを三十枚も張ってきた。

 普通なら怯むしかないところだが、今回ばかりは――それではおハナシにならない!


 俺は何食わぬ顔でカードをテーブルに伏せ、そして、厳かに、チップを全て前へと出した。


「ばっ……!」


 遠くからナガセさんの動揺した声が聞こえてきた。


「なに、ゃッ」


 叫ぼうとしたところを途中で誰かに塞がれたのだろうとしか思えない音。


 アイダンのさらに後ろで控えているギナゴザは、あんぐりと口を開けている。

 女帝は表情こそ崩さないものの、腰掛から大きく身を乗り出している。


「――やはり、受け入れるべきではなかったのか……?」


 とアイダンは言った。そうだよ。あんたの大ポカだ。

 だが、あんだけのやり取りさせておいて、今更やっぱ認められないとはならんわな。通らない。


 ちなみに、アイダンは俺のほぼ二倍の数のチップを持っている。

 俺はオールインしているので、もし付き合って奴が負けた場合は、ちょっと洒落にならない出血となる。


「ああ、言うのを忘れていました。レイズ」


 野郎――まだポーカーフェイスを保っていられるのは大したものだ。

 俺など歯がかちかち鳴るのを止められていないというのに。心臓も悪くしそうなほど鳴っている。テーブルの下の脚――手で押さえてもガクつく。


 頼むから、頼むから乗ってくるなよ。たとえ俺の勝利だったとしても。


「オリだ」


 ――そうだろう。乗って来れるわけがないんだよ。

 何故なら、


「いつまでもそんなやり方が通用すると思ったら――いや、やめておこう」


 次は、黒のディーラーだからだ。奴はそこで勝てばいい。


 さて、カードの配布――最弱の『道化師』。数値はマイナスだ。

 そうなんじゃないかと思っていた。ディーラーは気が利いている。


 ベットは俺から。()()()()()()()()()()()()()()()


「レイズ」


 一拍ほど置いて、後ろから、がただん、とものすごい音がした。

 振り返ると(本当はそんなことしたら駄目だが)、ドルバス氏が椅子ごとコケているのが目に入った。


「だ、大丈夫、ですか……」


 手を貸す、いや、肩を貸したロードン部長に何かを言おうとしているが、言葉になっていない。


 テーブルに目を戻す、アイダンは相変わらず能面のような表情。

 拍手を送りたくなる。これは相当の勝負師でも怒りだすような行為だと思う。

 俺はゲームを台無しにしている。


「一つ、確かめておきたいことがあるのだが」


 とアイダンは言った。


「どうぞ」

「結果は絶対に覆らないぞ。そうでしょう! 陛下」

「あ、ああ……それは、そうじゃ、な……」


 俺は何かカッコイイ台詞でも言おうかと思ったが、全身のあちこちからボロが出そうだったので、無言をもって返答とした。


 ――アイダンは、


「コールだ」


 応じた。


 ゆっくりと、チップの枚数を間違えないように、丁寧に積んだ。


「今ならまだ戻れる――などとは、言わない。勝負だ……」


 俺はなんとか頷くのがやっと。


 次はカードの交換だ。

 しかし、この場合、選択肢は無いものと考えるほかない。


 交換フェイズに入って即座に向こうが『天地』をひっくり返して来ない時点で、その可能性がまず除外される。となると、次に強いカードは『ドラゴン』、『交換を迫られたら相手を殺す』。『猫』とよく似ているが、より直接的で、より数字も高い。


 十中八九、これだろう。

 間違っても『この札を渡されたら死ぬ』、つまり最弱で渡すことでしか活路を見出せない『道化師』が敵うような相手じゃない。


 なので、俺は交換を宣言しないし、できない。


「私は交換しません」

「わかった――こちらも交換をする気はない」


 俺は両手を勢いよく合わせ、ぱん、と鳴らした。そのまま摺り合わせる。


 全ての光景を目に焼き付ける。


「結果は覆りません――確かに、泣いても笑っても」

「ああ。では、札を公開しよう」


 その時だった。


 視界が闇に閉ざされた。


「何!」

「明かりが!」

「全部か、何故、」

「いい、どうでもいい! 早く点けろ!」

「係以外は誰も動くな! 誰も外へ出すな!」

「早くしろ何やってる! お前しか火種がいないのだぞ!」

「わかってる!」


 最初に、魔力の燐光があった。

 それから炎が宙に生まれた。天幕が照らされる。


「いいな……視界がはっきりするまで誰も動くなよ……」


 火魔法使いだった係が、とりあえず手近な蝋燭を灯していく。


「よし……まだだ……火種はできたから、お前と俺で手分けして残り全部灯そう」

「わかった。皆様、もう少々お待ちを……」


 明かりが全て戻った。

 天幕の中は気味が悪いほど静まり返っている。ドワーフの婦女が出て行った時よりも、さらに深く、さらに冷たく、さらに鋭敏に。


「おい」


 それをアイダンが破る。俺を睨みながら。そしてもう一度言う。


「おい」

「はい」

「――私は怒りを覚えている」

「そうですか」

「貴様、札を換えたな?」


 これで、やっと皆がざわつく。


「何故誰も外を確認しない。さっさと賊を追え!」


 これを言ったのはギナゴザではなかった。奴は放心したままだ。

 アイダンが吼えていた。


「まだ遠くには行っていないはずだ」

「――そのようにせい。それしかないじゃろう」


 女帝の命を受け、二名が外へ向かった。


 アイダンは天井の生地を見つめた。美しく綻びもないと思われていた一面に、ほんの少し破れている一箇所を見つけ、指す。


「あれか」


 俺は鼻で笑う。


「そんな、言いがかりですよ」

「蝋燭の皿を調べろ! 濡れているはずだ。違うか?」


 スタッフが調べる。


「はい……僅かですが、確かに」


 それは認めてやってもいい。ジュンの水魔法も上達したものだ。

 あんな小さな裂け目から、一度に蝋燭を全て消すほどの水を忍ばせたのだから。

 しかも――俺がパフォーマンスで周囲の気を引いていたとはいえ――バレずに。


「こんな古典的な方法を選択するなどとは思ってもみなかった。ましてや通用すると考えていたとは――失望したぞ」

「何のことやら、さっぱり、まったく、わかりませんな」

「しらばっくれるなと言っても無駄か――」

「それより、勝負の結果がまだですが」


 アイダンは握った拳をテーブルに叩きつけ――る寸前で思いとどまった。


「いいだろう。そうやって精々、世の中を馬鹿にしているがいい」


 アイダンは俺を見据える。


「だがここから貴様を驚かせるのはそう難しいことではないぞ」

「へえ。既に十分驚いているのですが――これ以上、何が?」

「貴様はそれでも失敗したということだ」

「――――――――…………何だって?」

「自分の札を見てみることだな」


 俺は言われた通りに、カードを自分だけが見えるように確認した。


 咄嗟に、椅子を蹴る勢いで立ち上がる。いや椅子は実際に倒された。そしてテーブルに目を落とす。腕が震えている。


「おっと! そこまでだ。妙なことは考えるなよ。カードをテーブルにまた伏せろ。それ以外の行動は勝負を投げたと同義だぞ。陛下! そうですな?」

「――道化よ、やましいところがないのなら……できるな?」


 俺はすぐにはそうしなかった。だがなんとか、時間をかけて、札から手を離した。


「よし。とはいえまだ安心できんな。――無礼を承知で! 奴を拘束しろ!」


 私兵がA、B、Cと三名がかりで俺を拘束しにかかる。


「――だっ、やめろ、離せよ、離せよオイ!」


 だがフィジカルだけで抵抗できるはずもない。すぐ床に押さえつけられた。


「何で……どうして……?」

「フン」


 アイダンはこちらまで歩いてくると、俺を見下ろした。


「そんなに勝負の結果が知りたいのなら、貴様の望みを受け入れてやろう。今更無効になどせん! この結果のまま、ありのままで成立させる。いいな」

「い、いいわけ……いや、だから! そもそも、どうして、」

「簡単だ。貴様が想定していたよりも、闇の時間が長かっただけのこと」

「皆の衆!」


 アイダンは演説を始める。


「信じようと信じまいと、それはこの際どうでもいいことだ。ただ説明のみをさせてもらう。勘付いた者もいるだろうろうが、この男は配下の者を使って暗闇を作った。そして、それに乗じて札を入れ換えた!」

「何の証拠があって……!」

「黙れ。最早証拠なぞ大した効力を持たない段階まで来ているのだ。貴様の自業自得だ。続けるぞ。実際、この男の動きは巧みだった。気配だけしかわからなかったが、腕も掴めぬ速さでやってのけたよ……だが、為す術がないわけでもなかった。闇は少しばかり、長く続いた。そこで――敢えて宣言するが――こちらで再び札を入れ換えたのだ。元の状態に戻すためにな」

「そ――その、せいで……!」

「この男が言った通り、有力な証拠なぞない。それは認めよう。だが状況そのものは汚濁に(まみ)れた。――本来ならば! 無効にしてもいい場面だ。だが、陛下! もしもお許しをいただけるのであれば! 勝負をこのまま続行したい! 何故なら、残すは札の公開のみであり、事実上それで勝負が決してしまうからだ! それでいいのだ、もうこの勝負を続けたいという気は微塵もない! 繰り返すが、この男が犯した罪の確たる証拠はない! だが、だからこそ、疑わしきを罰せず、この事件を問題のないものとして扱うことも可能であると考える! 如何か、陛下! この勝負は無効になりましょうや!?」


 女帝には迷いがあるように見えた。だがそれもすぐにまとまる。


「わらわとしては……これを認めるわけにはいかんのじゃろう。道化のしたことは大罪となる。――だが、その一方で、アイダンの申すことが……真実で、あるのならば……確かにこのまま札を開き、結果を適用するだけで、自然と道化は報いを受けることになろう。あまり気は進まぬが、それでこの場が収まるならば、裁きとしては妥当にも思う」

「では、よろしいですな」

「認めよう。闇は発生したが、勝負を覆すほどのことは起こらなかった、とする。よって、勝負は未だ有効であり、裁定者として、わらわは続行を促すものである」


 アイダンは屈んで、俺の髪を掴むと、頭を持ち上げた。


「と、いうことだ。これは貴様への罰だ。貴様の浅知恵への」


 彼は元いたポジションへ戻っていく。そして、


「ご照覧あれ」


 カードがめくられる気配がした。


 全ては成った。


「――……」


 アイダンが現実を認めるまでには、長い長い時間がかかった。

 誰もが、何故彼が固まったままでいるのかを不思議に思っているだろう。


 俺は自分を拘束している力が緩んでいることに気付いた。

 のっそりと起き上がる。私兵達は再度俺を押さえつけることはせず、幽鬼でも見たかのように、俺から離れる。


 落ち着いて、自分の札を表返した。

 そこには『ドラゴン』の絵が描かれている。当たり前のことだ。


「『ドラゴン』です。そちらは『道化』。このラウンドは私の勝利ですね」


 アイダンの能面が劇的に崩壊していく様から、俺は目を逸らした。


「チップは、いただきますよ」


 彼は膝から崩れ落ちた。あまりに勢いがついていたので、そのまま怪我をしたのではないかと心配になるほどだ。


 俺の仲間達は歓声を上げたりしない。こうなると知らなかったのだから当然だ。

 姫様でさえ、この着地までは読めなかったのではないか。


「何故――何故、何故だ……?」

「だから言いかがりだと申したではありませんか。私は暗闇に乗じた札の入れ換えなど行っておりません。もし、結果が貴方の予想と違ったのであれば、それはきっと、貴方自身のせいでしょう」


 というか、それしかないのだが。意外でもなんでもない。


 俺がやったのは、カードを入れ換える気配を演出したところまでだ。そのためにはテーブルに乗ったしアイダンに肉迫したし、カードに手を触れて擦りつけさえした。そうした上で、奴が土壇場における疑いの果てで、勝手に札を入れ換えることに賭けたのだ。最初からそういうギャンブルだった。俺は――カルカのエクライズをやる気は、一切なかった。


「全て演技だったのか」


 まあ、こういう役職なもんでね。多少の心得は。


「先程は私もああ言いましたが――覆しても構わないですよ、結果を」


 その瞬間、博徒としてのラグローチェ・アイダンは死ぬだろうが、それでもこの勝負を後から無効にしたいというのであれば、また俺も策を考えるしかない。


「いや――」


 彼は宣言を守った。この先にもうゲームはなかった。


 その夜は、それで幕を閉じた。

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