11-14 激闘というほどでもないが
俺の危惧は現実となり、その後も、概ねアイダン側が有利な展開が続いた。
むしろ、その脅威が概ねで済んでいるあたり、僥倖であると思わざるをえない……疑念を払拭させるために敢えてこちらの陣営にも強力なカードを渡すほど状況がコントロールされていたらお手上げだが、俺も懸命に観察してみたところ、相手なりにこちらのプレイングを不愉快そうに思っている局面はあったし、実際、初戦で失われた俺のチップもなんとか増えつつあった。
親番はラウンド毎に隣へ移動する。三周したところで脳内の記録を分析してみると、あからさまに敵陣営へディーラーが味方をし、アイダン達もそれに呼応して動いたものと思われるゲームは、体感二割から三割――それもほとんど特定のディーラーの仕業によるものと絞り込めた。
当然俺の仲間達も、個人差はあるがこの展開にどこか居心地の悪さを覚えているようだった。ロードン部長やサカキさんはしきりに俺とアイコンタクトを取ろうとしていたが、全て無視することになった。元から連携のトレーニングなど捨てて臨んだ勝負だ、対抗手段など付け焼刃でさえ存在しない。小手先のテクニックには頼れない。
それに、もし対戦を止めたとしてもやったやらないの水掛け論になるし、それを断ち切れるような証拠を出す方法もこちらにはない。相手のイカサマを証明できなければ、窮地に陥るのはむしろ指摘した側だ。決まりが悪い、で済めばいいが、そうはならない可能性の方が高い。何らかの罰則を与えられることもありえる。辛かろうが、ここは姫様とナガセさんのように知らんぷりしてゲームを続行するしかない。
どの段階で状況を把握したのか悟られないようにするため、もう二周たっぷりプレイしてから、俺はちょっとよろしいですか、とインターバルを提案した。
「もう随分時間が経ちました。ここらで一旦休憩を入れませんか。喉も渇きましたしね……」
喉が渇いているのは本当だった。敵陣営も、アイダンとドワーフの婦女はともかく、数合わせで入れられた私兵の皆さんには、体力的なものとは別の疲れが見えた。
「いいでしょう。夜は長い。全く止まることなしの勝負ではこちらも参ってしまう。水や簡単な食べ物は陛下が用意してくださった。ありがたく賜るとしよう」
本当にそれは有難かった。俺達とアイダンのチームはそれぞれ天幕の隅に寄って、女帝の差し入れをいただいた。食べ物は菓子パンと固形の飴だった。
栄養を補給しながら、小声でひそひそと会議を始める。
「どうも旗色が悪いな。しかも軸の違う悪さだ」
とナガセさんが唸るように言った。
「入り込まれたようね」
姫様も肯定する。
「それでも陛下に色々やってもらったのは正解でした。介入してもらえなかったらもっとひどい条件下での戦いだったかもしれない」
サカキさんが小さく手を挙げ、
「あのう……これを言うと怒られるかもしれませんが、皇帝陛下と相手側のグループで繋がっているということは……?」
「まあ、こういう結果になってしまった以上、可能性を完全に否定することはできません。でもその線は薄いと思う。陛下が向こうの肩を持つ理由が、同じ種族だからという以外にありますか?」
「それって結構大きな理由の気がするんすけどねえ」
「ナガセさんうるさい。それに贔屓されているという意味では、どちらかといえばこちらです。姫様のお口添えでここを用意してもらったわけですから……」
「しかしそれは、カロムナが心変わりしない保証にはならないわね」
「ちょっとちょっと姫様、ここで梯子外すんですか?」
「それは、私としてもあってほしくないことだけれど、ありえないとまでは――」
「大体、そんなことを言い出したら堂々巡りですよ。疑いに次ぐ疑いできりがない。ともかく! ここは相手を褒めるべきなんです。よく刺客を送り込めたもんだ。それか――陛下側のチェックが意外とザルだったってだけでしょう。まさか皇帝御自ら選んだディーラーってこともないでしょうし、配下の方達だってこんな阿呆らしい案件じゃそれほど真剣に取り組んだりしませんよ。陛下はシロ、ですが本日の舞台はグレー、ってところでしょう」
じゃないと、俺の今夜の策も既に潰れることになりそうだしなあ。
そこは信じるしかない。
「何でもよろしいが、結局、対抗策は立てんのですか」
とロードン部長が怒ったように言う。俺は即答。
「立てません」
「立てんのですか!?」
「立てませんよ。精々が、危険そうなディーラーの時は自重する程度ですか」
「それではあまりに……」
「不利ですね。しかし、奴ら上手いですよ、イカサマする割には、それほどあからさまなことはしてこなかったでしょう?」
「それは、確かに……」
例えば『天地』の札を引いて公開すれば『全員がカードを公開して交換は終わる』ので、駆け引きもほとんど起こらない。使ったカードは『車輪』、つまり『捨て札を山札に復活させる』カードが出るまで戻らないのでそう何度も使える手ではないが、それだってその『車輪』をすぐ次に配ってやればいいだけの話だ……その他にもコンボじみた動きはある、やろうと思えば完封に近い展開にも持ち込めるはず。
しかし奴らはそういうことをせず、努めて、中々運がいい、という程度の結果にしか見えないような細工にとどめている。チーム全員へ一度にいい札を入れたりしないし、必ずアイダンにいい札を入れるというようなこともしない(その時は別な誰かをいい札でアガらせる傾向にある)。
「邪悪な振る舞いに溺れないのは、やはり第三者の目をおそれているからだと、私は思うのですが」
「ふうむ――」
あまりに一方的なゲーム展開に陥るとそれこそイカサマを指摘される可能性が出てくる。それを少しでも防止するためにほどほどの犯行にしておくというのはわかる理屈だ。逃げ道は用意しているだろうが、やはり抗議されると面倒になる部分があるのだろう。
「これが完全に奴らの土俵だったら、こちらが何を言おうが握り潰せますよ。私だったらそうしますね。やりたい放題できるような環境を整えます。でもそれをしないのは、多分、それが難しいからです。それか、そもそも、そういうことができないか、です」
「敵の手の内も万能ではないということですか」
「狙った札を渡せる以上は、印を付けるなりして判別しているはずですが、それもおそらく部分的にしか付けていないのではないかと思います。ディーラー全員に敵の息がかかっているわけではないようですし、カルカの札だって定期的に交換している。そんな中で出来る工作は限られてくる。向こうがその工作を頼りにしているのは確かでしょうが、あくまでも補助的なものとして認識しているような気がします」
逆に言えば、その二、三割さえ掌握すれば勝てるとアイダンは踏んでいるわけだ。一番おそろしいのはそこだ。奴には実力もあって、足りない部分はそこで埋められると考えている。実際に、グルのディーラーの出番ではないと確信できる時でさえ、奴のプレイングは重厚で、こちらの意志を挫いてくる。だから劣勢なのだ。
「手段がか細い分、付け入る隙が少ないんですよね。そういうわけで、皆さんに引き続きお願いしたいのは――この先脱落者が出てくるでしょうが、なんとか相手と同数になるよう粘る、ということです。そしてできれば、最終的に――私とアイダンだけが残る勝負にしたい。おそらく相手にとっての理想的な展開は、数が合わなくなったところで畳みかけることでしょうから。それを防ぐ以上に望ましいことは特にないです」
「耐えるしかない、と?」
「申し訳ないのですが……」
ロードン部長は溜め息をつき、
「仕方がありませんな。そうするしかないのならば」
「この方針は皆さんの行動自体に制限をかけるものではありません。その自由度を活かしていただければ」
聞こえはいいが、要は勝手にやってもらうしかないということだ。
「それで、えーと……ドルバスさんからは、何かありますか……?」
ドルバス氏は観戦中も、休憩が始まってからも、ずーっと黙って俺達を見守っていた。
何か言いたいことくらいありそうなものだが、
「いや――見ていてよくわかりました。最早我が運命、皆様の奮闘に賭ける他なし。そう言うしかありますまい」
「左様で……」
ふと、ナガセさんが振り向いて、相手チームの姿を眺めた。
「それにしても向こうのエースはバケモンだな。口じゃあんなこと言ってたが、全く疲れてないみたいだ」
「いや、彼らもしんどく思ってはいるでしょう……ただ、それを顔に出さないのが上手い。ギャンブルで食ってきたならこんな夜の経験は何度もあるだろうし、その大変さというものは現時点での私達では想像するしかないですが――彼らは身に染みて理解している。案外、こちらよりずっと休憩に喜んでいるのかもしれません」
再開――。
ラウンド自体はもう何度も繰り返しているが、敵がイカサマをしているという認識を共有した今、感覚的には第二ラウンドだ。第一ラウンドではぼんぼこ殴られたが、一応チームの頭である俺は立て直した。その代わりボディへのダメージは深刻に残ったままであり、特にナガセさんとロードン部長のチップはそれこそじわじわと吸い取られていた。第二ラウンドでは脱落者を出さない、つまりダウンをもらわないことが目標になりそうだが、状況は厳しい。
ところで、観戦中の女帝は静かなものであった。夜中なので欠伸こそ出るものの、退屈まではしていないようだ。むしろ熱心にゲームを見ている。アイダン側のサマに気付いているかどうかは不明であるが、どのみち精査しようという気はないらしい。インターバルの間も特に口を出してくることはなかった。
勝負の内容に話を戻すと、通算で親番八周目にさしかかったところで、ロードン部長の手持ちに後がなくなった。そこまでの流れとして、彼は結構熱くなっており、アイダン側のプレイヤーが仕掛けるレイズに応じがちだった。もちろん問題のディーラーが配ったと思われる手札の時は避けて、中立ディーラーが担当するゲームの時だけ勝負に行っていたわけだが……悲しいかな、ロードン部長にはツキがなかった。ギャンブルのギャンブルたる所以だ。単純な分かれ目。運の有り無しに左右される。
最後に彼はオールインせざるをえないゲームに付き合い、そして散った。惜しくはあったのだ。ドワーフの婦女とのサシの勝負までは残れた。ロードン部長は悩んだ末に交換を選択し、そして、差し出されたものは『道化師』であった。『この札を渡されたら、公開してあなたは死ぬ』。
そこからが大変だった。脱落者が出ても席順の変更などは特に行われない。
ということは、アイダンと私兵Aは仲間同士なのに隣り合わせとなってしまう。
より直接的な結託が可能になるのだ。
カードの内容を口に出して言うことは許されないが、何らかのサインを送り合えば、札の交換を利用してルール内でカードを融通することができるようになる。私兵Aが強いカードを引いたら、下流であるアイダンに渡すことができる。逆もまた然り。アイダンが弱いカードを持ったなら、私兵Aに引き取ってもらえばいい。安定度が大幅に引き上げられる。
カードが安定するということは、ベットも安定するということである。俺達は、ディーラーのサマに関わらずアイダンがいいカードを引き当てる確率の高さ、という幻影に悩まされることになった。特に、私兵Aとアイダンの間で交換が起こりそうな気配がある時の心理的圧力は半端ではない――実際どうかは開いてみるまでわからないものの、理屈として、いいカードがそこに出現している場合のことを考えずにはいられないのだ。自然、チップを持つ手が重くなる……。
俺達にできる反撃は、皆にも言い含めた通り、向こう側からも脱落者を出して、こちらはこちらで有利な並びを作ることだった。標的は私兵C。というのも、メンツの中でマシな打ち方をしているのが姫様と俺のラインだからだ。そこでやりとりできるに越したことはない。幸い、私兵Cは向こう陣営の中では序盤から弱っているプレイヤーでもあった(それも狙う理由の一つだ)。
アイダンと私兵Aの動向に警戒しつつ、Cを追い詰める――といっても、上流で交換権を握っているのは姫様だから、俺はそこまで目立った手は打てない。それでもなんとか、姫様がさらに上流からの妨害を抑え、ナガセさんがバレてないクズ手でレイズしまくる捨て身のファインプレーでCをカードオープンまで誘き出したりして……ロードン部長と同じように、玉砕するしかない結論を出させた。九週目のことだった。
相変わらず不利だったが、俺と姫様の席が隣り合ったことで、ゲームの傾き具合は緩やかなものへと戻っていった。
十周目が終わった時、今度は向こうから、休憩の提案があった。
「キリのいいところだ。この先も五周間隔で休むというのはどうだろうか?」
「ええ、それで構いません……――席順は、このままで?」
これまで特に声が上がらなかったので、暗黙の了解として固定されるものと解釈していた(何せ席順については奴から言い出して、その上でシャッフルについては触れなかった)が、一応訊ねてみる。返答はこうだった。
「そちらは変えたいかね?」
「――いいえ。変更はせずともよろしいでしょう」
「結構だ」
こちらの並びまで崩れるリスクは冒せない。厳しいが、それは得策ではない。
「面目ない……最初に沈んでしまった。これでは……不利に……」
一足先に戻っていたロードン部長とドルバス氏が俺達を出迎えた。
ナガセさんも苦い顔をして言う。
「オレも、すいません。仕掛けたはいいけど、自分もチップ減ってりゃ世話ねえ……」
「いや、あれはかなり結果オーライですよ。
「あまり自分を責めないでください。私の予想よりずっとこのチームはよくやってます。まあそりゃ、全体的にはやられ気味ですが……まだ崩壊には至ってない。それでいいんです」
「しかし……」
「いいんです。敵にしてみれば、ここまで追いつかれてる時点で相当嫌なはずです」
その上で、さらに潜ませていた刺客を動かす気配はない。アイダン側にはこれ以上の手がないということだ。
「ズルしてるのに、頭数の上では互角なんですよ?」
「でも、チップにはもう無視できない差が……」
サカキさんの指摘する通り、まだ倍にまではなっていないが、アイダン側とのチップの差は目に見えるほどはっきりとしてきた。
「それは、これから取り返すしかないです。でも勝ち目があるのとないのでは大違いだ。皆さんはその勝ち目を繋いでくれてるんです、それが大事――そうでしょう、姫様?」
姫様はものすごい小声で、白々しい、とつぶやいてから、
「そうね。手を尽くしましょう」
と言った。
「そういうことですから、今は心配よりも、頭を休めることに専念してください」
次の五周では、また二名の脱落者が出た。
だが、Cを倒す過程でチップを多く失ったナガセさんではなく――サカキさんがやられたのだった。ナガセさんはさらに向こうの結託を強固なものにはすまいと、最初に一度だけ大きな勝負へ出て運よくそれをモノにすると、かなり手を絞って、ほとんど参加料分のチップだけを払って逃げる作戦に出て、寿命だけは延ばしていたのだ。サカキさんも臆病なプレイングではあったが、序盤からずっとそれだった上、ナガセさんと比べると実入りがほとんどなかったので……気が付くと、一番チップを減らしていた。
またしても俺達は巻き返しを迫られた。相変わらず姫様と俺のラインでカードをやり取りできるのは強かったものの、ナガセさんは生きているだけで精一杯の状態だし、サカキさんが退席したことにより今度は私兵AとBでラインが繋がってしまったため、相手の方が有利なことには変わりなかった。ただし、Aはアイダンを勝たせるために相当自分を犠牲にしていたので、手持ち自体は少なかった。そこで俺達はAを狙うように見せかけて、相手側がAを保護するように動くことを促し、その上でBと勝負するという戦略を取った。黒ディーラー以外の番で幸運に恵まれたこともあってこれは実を結び、Bを倒すことなったものの、また時間とチップがかかってしまった。
インターバルに入っても、全然休めている気がしなくなってきた。
「カードの引きに助けられた……もうあれほどの幸運は今夜には訪れないかもしれません」
「一応数も元に戻ったし、またオレも攻勢に転じた方がいいですかね? 見に回るのも限界だ」
「ああ、あるいはそれも必要になってくるか……うん、その方がいいでしょう」
「合点」
「私はどうしたらいいかしら」
「姫様は――今までの打ち方でいいです」
放っておいても合わせてくれるか、こちらが合わせるように促してくれるので、本当に強いて言うことはないといった感じだ。ま、このへんは付き合いの長さが出てる。
「そう。ところで――どうやら向こうは、アイダンさえ生き残っていれば問題ないという考えのようね」
「ええ。まあ半分わかっていたことではありますが、思ったよりは形振り構わずという印象が残ります。手下を捨てることを厭わないし、手下もそれでいいと思ってる。チップは向こうに集まっているからそれで正解ではありますが……」
「手数の優位を得ようと動くこともできたはずだけれど、そこまで意地にはなっていない。向こうも余裕がないのかしら。それとも、私達は罠にかかっているのかしら?」
「前者であることを信じましょう」




