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エルフヘイムをぶっつぶせ!  作者: 寄笠仁葉
第11章 かつてそこに在りし日
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11-12 策あり

 ホテルへ戻ってくる頃になると、俺はやはり後悔していた。


 自分とは関係ないドラマのために、とんだ安請け合いをしたものだ。

 どうしてこんなことになってしまったのか? トラブルが起きたのは仕方ないにしても、もっと粘り強い交渉を経て妥協点を探るような道はなかったのか? 何故いきなりギャンブル漫画のような展開に引きずり込まれてしまったのだ? そして何故俺が矢面に立つことになってしまったのだ――?


「どうして私を指名したんですか?」


 俺は部屋でドルバス氏に問いかけていた。


「大変申し訳ない」

「……どうして私を代理に立てたのかを聞きたいのです。正直、謝られても困ります」

「許してもらえるとは思うておりませぬ。わたしの過去の因縁に巻き込んでしまったのですからな……」

「いや、もうそれは、いいです。こちらはここへ来るまでに協力していただいた立場ですし、貴方が並々ならぬ事情を抱えて一度故郷を捨てたのだということも理解していたつもりです。私がお聞きしたいのは理由で……例えば自分が勝負するよりはなんぼかマシとかそういう考えをお持ちの上でのご判断ということであれば――要するに私は納得がしたいのです。何せ私は、専門家ではないので……」


 代打ちを立てて勝負する、というだけなら、何も明日すぐ勝負するという条件でもなかったのだし、ふさわしい逸材を探してから臨むことだってできたはずだ。その場ですぐに俺を盾にした理由くらいは、聞く権利がある。


「はっきり申し上げてしまうと、カルカでの勝負は無謀というかなんというか」

「しかし、もう少し風向きが違ってさえいれば、戦盤ではあの男を倒しそうだった……」

「それは、私があれを賭けではなく戦盤の変則的な遊びとして純粋に楽しんでいたからです」

「では、わたしの呼びかけに応じたのは……?」


 とドルバス氏は言った。


「駒を片付けずに、最後まで戦い抜いてくださった。それが理由ではいかんのですか」


 俺は溜め息をついた。


 別に負けたって命を取られたり、財産を失ったりすることはない。

 チップを使う点取り合戦だ。


 確かに、俺はこの国へ来てからこっち、暇を持て余しレクリエーションに飢えていた。テレビゲームのようにイベントが起きればそれを消化することに夢中になるような状態だ。だがそういうのは楽しいからやるのであって――こんな面倒事になってしまっては、面白がる余裕まで失われてしまう。どうしても気は進まない。


「――しっかし、そう言われましてもねえ……今、アイダンは賭け事に関しては相当の評判なんでしょう? 戦盤以外の遊戯なんかもっと手に負えない強さなんじゃないかと思うんですが。そこをどうやって勝ちに持っていくかが腕の見せ所なんでしょうが、そもそも見せられるだけの腕がないんじゃあね……多分、ご期待には添えませんな」

「それも仕方がありません。ただ――もし、今から降りるということであれば、代わりの打ち手を手配するのにお力を借りることになってしまうでしょうな……」

「待った。気は進みませんが、諦めたとまでは言ってない」

「お……」

「もう勝負も受けてしまったことだし。今更撤回できるもんか。姫様!」


 部屋には皆がなんとなく集まっていた。こんな事態になってしまって、今後の方針が固まるまでは、安心してそれぞれの寝床へも帰れないといったところだろう。ロードン部長までが心配そうな顔をしてついてきていた。


「何かしら」

「帰る前に陛下と少し話し込んでいましたが、口約束くらいは取りつけてくれたんでしょうね?」

「少なくとも、向こうに付くことがないのは確認できたわ。こちらに積極的に味方をしてくれるということもないでしょうけれど。とりあえず、会場はカロムナが用意することになりそうね。人数の入れる天幕が設営される予定よ」

「できればー、その、」

「ディーラーや道具もカロムナが用意する」

「よかった。そうでないと話にならないからな……」

「なんだか、思ったより大がかりになってますね」


 とナガセさんが言う。


「ああ。アイダンもそうだが、ギナゴザって奴も相当影響力がありそうだ。裏で手を回して自分達が有利なように持っていくことを考えない方がおかしいってものです。私が彼らでも当然そうするようにね。完全には無理かもしれないが、予防くらいはしておかないと」


 迷惑かけた分、あのカジノで勝負して見物料くらいは懐に入れさせてもいいだろうが、そうするにはちと距離が近すぎる。これはもう私闘の領域なので、客を呼び込む必要などない。特別に会場を設けるというのは、是非ともクリアしたい条件の一つだ。


「すると、後は私以外の参加者をどうするか……」


 今回、どういう理由からか、向こうは敢えてサシの勝負を避けてきた。

 5対5の、チーム戦と言っていいのかもわからないが……とにかくその数を揃えて来いということだ。


「まあ、今ここにいるメンバーの間で実力云々言ってみたところで、大した差など見つからないでしょう。とはいえ、姫様には同卓してもらいたい。それとジュンお嬢様」

「あっ、はい! 頑張ります!」

「いや、悪いんだけど別にやってほしいことがあるから、卓には入れない」

「そですか……」

「あとはまあ、志願者を募ります」


 手が挙がったのは三名。

 ロードン部長とナガセさんが真っ先に出て、それから、他に誰も出ないのを確認した後、サカキさんがおずおずと立候補した。


「揃ったな。でも多分、対決の日までそう時間はないだろうから、本番へ向けての訓練はしません!」


 ルールもほぼ定まっているし女帝側も会場設営を決めているなら、メンバー集め以外にすることなんてない。明日に最終確認の使者がやってきて明後日に開戦でも全く驚かない。


「ええ? 練習ゼロ?」

「しません。ルール確認だけかな、やるのは」

「さすがに対策も何もしないというのは……」

「あるよ」

「え?」

「策はあるよ。そうじゃなきゃ、後ろ指さされたって、こんな勝負受けるもんか」

「先にそれを言ってくださいよ」


 とナガセさんが呆れたように言う。


「でも、通用するかどうかわからないし、教えても意味のない内容だし、もっと言うと練習しても仕方のない作戦なんだ。だから別に……というか、究極、告知しておく必要すらない策なんだよ」

「なんだそりゃあ……そんなふわふわした作戦で勝てるんですか?」

「だから、わからないんです。ある意味そこが最大の賭けでね。ただ、勝ちの目自体はあるよ。そこだけは安心してもらっていい」

「はあ……」

「いつから考えていたの?」


 と姫様が俺に訊ねた。


「向こうさんがルールを仕切りだしたあたりで……。だからカロムナ陛下の立ち位置を確認したかったんです。それで一応算段がついて、受ける気になったということです。珍しく直感があって」

「――ふうん……」

「気になりますか」

「否定はしないわ。本当に大丈夫なの?」

「だから大丈夫かどうかはやってみないと……じゃあヒントというか、とりあえずお嬢様には、任務の内容を伝えます。姫様にも、カロムナ陛下へ追加注文してほしいことがあるので、少し二人のお耳を拝借……」

「なんかずるいなー」


 ぼやくナガセさんを尻目に、俺は二人へと耳打ちした。

 作戦ではなく、あくまでもやってほしいことを。

 これが通れば、作戦の実行は可能になる。


「――大体、何がしたいかはわかりましたけど……」

「その情報だけだと、粗末な策にしか思えないわ」

「それが、そうなんですよね。誰にでも思いつくことです。だからもし他にいい案があれば、そっちを採用したいくらいなんですが……誰か、何かあります?」


 かなり期待していたのだが、誰も何も言うことはなかった。




 皆が帰っていく中、俺はサカキさんを呼び止めて、少し話をした。


「名乗り出てくれてありがとうございます。他に誰もいなければドルバスさん自身に責任を取ってもらおうと思っていましたが、無理強いはあまりしたくなかったので……」

「そんなつもりだったんですか。ならますますよかった」

「わざわざこんなことを訊ねるのもアレなんですが、どうしてその気に?」

「いや、そんなに深い理由は……。少し力になれたら、と……」

「そうですか」

「そうですね。強いて言えば、なんとなく、彼の娘さんの消息というのが、ぼくも気になったからでしょうか」

「ああ……。ってまさか、嫁さん候補としてアテにしてるんじゃないでしょうね」

「え? ええ!? いやさすがにそれはないですよ! そういうんじゃなくて……」

「いや、失礼しましたすいません。こっちの考えがゲスすぎた……」

「まだ約束してくれたデートすら済んでないのに、次のことなんか考えられるわけないじゃないですか!」

「いや、ほんとその通り! はーだめだな、俺どうかしてる」


 アイダンから情報提供の案を聞いた時、ドルバス氏は目に見えて狼狽していた。


「な、何故、お前がそんなことを知りえるのだ……」

「こちらとしても事の顛末は気になっていたということだ。自分の勝ちがどのような結果を引き起こすのかについて無頓着でいられるほど、当時、肝が太くなかった。あなたが家族を置いて国を出たと聞き、残された者はどうなるのか興味も湧いた。色々、伝手はあったので、調べさせた」

「あの子にはわたしの母を頼るように言いつけてあった! 匿ってもらうように……それで正しかったのだ、ドワーフはとても外の世界では生きられん!」

「あなたは例外だな」

「だ、黙れぇッ!」

「妻は、昔にいなくなったのだったかな。ともかく、こちらが知るのは、その子が無事にあなたの親族が住む里へ辿り着いた後のことだ」


 アイダンはさらにこう続けた。


「先にことわっておきたいのは、こちらから教えられるのは、あなたの娘の消息ではなく、あくまでも、あなたの娘がどこへ向かったかということだ。教えられる、というのは、そこまでしか知らない、という意味だ。今もそこにいるという保証は何もない――その程度の情報だ。申し訳ないが」


 それでも、無いよりはいい情報だった。

 というより、ドルバス氏としてはそれに縋るしかないような情報だ。

 カロムナ帝はアイダンの提案を承認し、得られるものは対等になった。


「あのドワーフの言うように、勝ったところで親子再会というわけにはいかないのかもしれませんが、目の前にある糸が途切れてしまうのも忍びないですから」


 とサカキさんは言う。


「なので、フブキさんに考えがあるとわかって、他人事といえば他人事なんですが、何か嬉しくて」

「上手くいけばいいのですが」

「上手くいかせることを期待します。それでは」




 翌日、女帝と細かいところを詰めるために、俺と姫様とジュンで宮殿へと出かけた。

 折よく、アイダンとギナゴザも顔を見せ、その場で最終調整と相成った。


「会場の件は承知いたしました。こちらとしても、既存の賭場で戦うより警戒しなくて済む」

「札を配る者も次々に交代させようと思うておる。よいな?」

「それも異存ありません。ところで、そちらは五名の面子は決まっているだろうか」

「決まっていません」


 と俺は言った。いや、もちろん本当は決まっているのだが、この方が都合がいい。


「そうか……こちらは決まっている。もしそちらももう決まっていたのだったら、明日にでも決着をつけようと思っていたのだが……。天幕を張るだけなら半日もかからないだろうし、いつまでもこのようなことに陛下のお手を煩わせるわけにもいかない」

「日程は明日でも構いません。お待たせするのは悪いので……なんとか間に合わせます。ただ、もう少し話し合うための時間が欲しいので、明日の、日が暮れてからの開始というわけにはいかないでしょうか? もちろん、そちらの都合がそれでよろしければ、ですが」

「ふむ……」


 アイダンとギナゴザは目配せをし、やがて頷いた。


「ではそのようにしていただこう。陛下、よろしいでしょうか」

「好きにせい。そなた達が納得できるのでなければ、わらわとしても納得できんでな」

「決まりだな。では明日の夜、くれぐれも遅れないように……」


 完全に解散する直前、姫様がさりげなく女帝に質問をする。


「夜だと明かりが要るけれど、それもあの光る石を使うのかしら?」

「いや、多分蝋燭じゃろう。手配は担当の者に任せとるが、わらわのわがままでやる企画じゃから、少しでも節約せんと財務管理の者に怒られる」

「そういうものなのね……」


 これで姫様にしてもらいたい仕事は終わった。

 いや、姫様にしてもらいたい仕事はないという確認に終わった、とすべきか。


 こちらに都合のいい夜になりそうだ。

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