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エルフヘイムをぶっつぶせ!  作者: 寄笠仁葉
第11章 かつてそこに在りし日
147/212

11-9 対局

 あれは金を賭けて戦盤(いくさばん)をするプレイヤーのための設備だ。

 間違いなかった。


「あなたはなんだかんだ……好きよね」

「多少は」


 行ってみると、なるほど、ギャンブルの提供というよりは、マッチング支援サービスとしてスペースを確保している。少々の入場料さえ払ってしまえば、どこの卓に座るかは自由だ。ただし、相手が待ち構えている場所に行くのではなく、特定のテーブルに居座って()()()をしたいという場合は、別途席料を出すことによりテーブル独占権を買う必要がある。そのようなルール文が入口に掲げられていた。


「姫様ならカードをめくるより楽に稼げるんじゃないですか?」

「どうかしら。こういう場所に通うような指し手は、私よりもよほど実力があるような気がするけれど」

「試してみましょう」


 彼女は少し考え、そして頷いた。


 係員に入場料だけ渡して、しばらく姫様と二人、相手を物色する。

 ここでもヒューマンのプレイヤーなどとは会わないだろうから、ドワーフの勝負師達は野良犬でも紛れ込んできたかのような目つきでこちらを見ている。そして俺達が通り過ぎていくと、少しホッとしたような表情になるのだ。異種族戦というのは想定していないだろうから無理もない。


 大抵は、底が深めのトレイか、金魚鉢のような硝子の容器にチップなり現金なりを見えるように入れて、吊り合う値段で対戦してくれる相手を募っている様子だ。合意に至れば挑戦者も同じ金額を放り込み、勝てば総取りできる。


 俺がいた世界でもかつて、将棋や囲碁のプロ制度が整備される前は、真剣師と呼ばれる人達が勝負で生計を立てようとしていたらしい。アメリカやイギリスのチェス界隈では公園やカフェなどでもう少し気軽な対戦環境が存在しているらしいが、実際に見物したことはない。


 見ていくと、中には変わった手合いがいて、戦術指南、と書かれた小さな看板を立てているだけの卓もあれば、金ではなく宝石などの現物を用意して賭けている卓もある。一番すごかったのは、家から持ち出して従者に運ばせたのか、高価そうな鏡台が脇に置いてあるテーブルだ。仮に勝てたとしても持って帰るのが大変だと思うのだが、恐ろしいことに、その卓は成立して、しかも白熱していた。


 持ち時間を管理するために砂時計が導入されている(手番が終わったらひっくり返す。自分側の砂が全部落ちたら負け)わけだが、両者とも素早く指すので勢いよく砂が行ったり来たりを繰り返している。いや、その入っている砂が冗談みたいに少ない上、中央のくびれた部分が微妙に太いものだから、手番が返ってきたら即座に指さないとすぐに敗北してしまうのだ。


 注意して周りを観察してみると、砂時計は貸し出しが多いのか、同じような作りの品が置いてあるテーブルばかりである。


「どうやらここは早指しが主流のようですね」

「あまり長く対局していると、賭けとして効率が悪いということのようね」

「なるほど? ふむ、しかしこれはちと……普段あまりやってないからなあ……」

「それなら、たっぷり詰まっている砂時計を見つけないといけないわね」

「私はそうしますか……。姫様はどこか、いいと思えるテーブルは?」

「そうね……」


 姫様はおもむろに、一番近いテーブルに手を置いて、指でコツコツと五回も叩いた。そこの主であるドワーフにしては細身な中年の紳士は、寝ていたところを起こされ、夢うつつのまま不機嫌そうに唸ったが、視界の中にヒューマンが入り込んで来ると一気に目を覚ました。


「な、なんだあんたら!? ヒュー、マン……?」

「いきなりで失礼ですけれど、お訊ねします。この賭け金は、ここでは相場より上なのかしら。それとも下?」

「――いや、相場より少し下くらいだと思うが……まさかやってくのか?」

「やめておくわ」


 ぽかんとする紳士を尻目に、姫様は今度は隣の席に全く同じことを聞いた。

 そのドワーフは少し上と答え、やはりスルーされる。

 さらにその隣の女性は、姫様が声をかける前から首をぶんぶんと横に振りまくった。


 それから、姫様は順にテーブルを吟味するというより物色していった。

 珍客の登場に戦盤コーナーはざわつき始める。


「ちょっと、姫様、ただでさえ目立ってるんだからこういうことはやめておいた方が」

「いいじゃない、強い相手を探してるだけよ」

「それで高いところを?」

「そうよ。言ったでしょう、賭博の金は自信料よ。真剣勝負であっても同じこと。負けるのは好きじゃないけれど、圧倒的に勝ちすぎるのもつまらないわ。だったら、負けて感心した方がいい」


 しかし、この高級な遊び場でも、客同士サシの戦いとなると話は変わってくるのか、相場からは大きく逸脱しない値段設定のテーブルばかりである。


 姫様が(表情は変えないながらも)業を煮やしてあの鏡台の賭かった卓を振り返った時(見事挑戦者を撃退していた)、後ろから声がかかった。


「おい、ヒューマンのおねえさん! ――今日は多分、オレのとこが一番高いぜ」


 その若いドワーフは、いかにも自信ありげな顔をして俺達を見据えていた。


「よかったら、やってみないか」


 どこかの裕福な家庭の若い子弟なのだろう。まだ家督を譲られていないので暇を持て余し、ひりついた勝負を求め……というところか。全部俺の妄想だが。おしゃれ用のマフラーや尖った形の帽子は似合っているが、少し気障(きざ)にも見える。


 姫様はそのテーブルの前に立った。そして、トレイに若者と同じだけの金貨を放り入れた。小気味よい音がする。


「くく、ヒューマンなんざ見るのは初めてだね……もちろん一局打つのも初めてだが、一度別の種族とやってみたかった。どうぞ、座ってくれ。いい勝負にしよう」


 姫様は座り、そして振り向かず俺にこう言った。


「フブキ、あなたの言い出したことよ。自分は見ているだけなんて許さないわ」


 正直かなりこの勝負は見届けたい気持ちがあったが、そう言われては、俺もどこかに挑戦しなければならない。ギャラリーに囲まれていくテーブルを離れ、もう少しゆったり打てそうな相手を探す。


 と、しっかりした青い砂粒の時計に目を奪われる。ここまで見てきた中では、最も持ち時間が多そうに見える。そして、そのテーブルの硝子鉢(がらすばち)には、チップが少々と、ペンダントが入っていた。


 そのドワーフの女性は、椅子から腰を浮かせて遠巻きに姫様の勝負を眺めようとしながらも、ついに自分の卓から離れなかった。


 鉢の中身を見ている俺に気が付いた。


「あら? こっちにもヒューマン? やるの?」


 もしよければ、と返事をしようと思ったのだが、よく考えると、


「あ……いえ、おそらく手持ちが足りません」

「そうなの?」


 ペンダントは相当に高価なものに見えた。装飾に使われている宝石の粒こそ小さいが、種類が多いのと、周囲に彫り込まれた精緻な模様の複雑さは職工のプライドをそのまま表したかのような、気迫を感じる代物だった。


「あんた、あの女の人のお仲間?」

「そうです。家来です」

「家来? じゃあ、あの人はやんごとなきお立場なんだ?」

「……ここだけの話、セーラムという国の姫君なのですよ」


 それを聞くと、女性はぷっ、と吹き出して、


「何? じゃあ、あのボウヤはお姫様と打ってるワケ?」


 その笑い方には、妙に妖しげな色香があった。


「おっかしい……」

「色々と事情に詳しい方はご存知だったかもしれませんが、まあ、特に宣伝したわけでもないようですから――」

「ここへは遊びに来たの? 大元の用事は? お姫様っていうと宮廷絡み?」


 答えあぐねていると、


「ごめんごめん、そう簡単には言えないか。それより、結局今小遣いはいくら持ってるの?」


 俺が残っていたチップと財布の中の予算を伝えると、


「確かにちょっと少ないか――でも、いいよ、それで受けたげる」

「そんな、悪いですよ。こんなによさそうなものなのに……吊り合いません」

「別にいいわよ。どうせビミョーな相手からもらったビミョーな品ですもの。処分がてら賭けてるだけだから。で、要はあんたが勝てばいいワケ。手は抜かないけどね」

「はあ……じゃあ、お言葉に甘えて」


 それでオマケにチップまで付いているのだろうか?

 ともかく、俺も席に座って、チップとお金を鉢に入れた。


「ところでその服ってヒューマン圏だと流行ってんの?」

「ああいや、これは私くらいしか着てないです。道化師なので、このような格好をしているのです」

「道化師? ああ……西の宮廷にはいると聞くわね。ヒューマンの国にもいたのね。それであっちのお姫様の家来、なるほどね。じゃあ何、色々芸ができるんだ?」

「いくらか心得は。短い話を語って聞かせることが多いですが」

「ふーん?」


 魔法使い駒を袋でシャッフルしながら、彼女は言う。


「あの、まだ始める前だからさ、ちょっとだけ値段の交渉に戻っていい?」

「えっ、ええ、どうぞ……」

「では、異国の方、こうしましょう。あなたが負けたら、あたしに何か一つ面白い話をして。遠い国の愉快な話をね」

「ああ、なるほど……承知しました。ただ、その、価値の保証についてですが、もし話が面白くなかったら?」

「変なこと言うわね。けどまあ、そうね……もしそんな調子なら、面白くなるまで話すのが支払いの筋ってもんでしょ」


 彼女の言う通りだと思ったので、俺はそれで勝負を受けることにした。


 ノリに反して、このドワーフの指し手は強力なプレイヤーだった。対局が始まると、着けていたヴェールの向こうにある瞳から意図を読み取ることは全く不可能になってしまった。彼女は機械のように一定の間隔で手を進めては、砂時計を返した。おしゃべりもなりを潜め、試合展開についてのコメントもない。それこそ真剣という言葉がふさわしい振る舞いで、俺もいつの間にかそのペースに巻き込まれ、脳に行った糖分が一秒毎に削られていくような戦いに疲弊していった。


 彼女が長考したのは中盤の一手のみだった。

 そしてその返しの一手を捻り出すのに、俺は砂をほとんど使い切る寸前までいった。

 重い盤面だった。


 それ以降、また彼女は答え合わせをするかのように粛々と駒を動かし続け、俺は自信のなかったテストの答案を眺めるような気持ちでそれに応じていった。


 最終的に、俺が詰んだ。

 風魔法使いで、相手の王を。


 彼女は止めていた息をぼへえと吐き出すと、


「うわ、負けたー……」


 と疲れ切った様子で告げた。


 これは自分でも途中まで気がつかなかった終着点だった。むしろ彼女が導いてくれたようにさえ感じられた。釈然としないほどではないが、戦盤でこのような感覚に陥ることは不思議だった。


「あんった、本当にいやらしい打ち方するね!」

「そ……そうでしょうか? 確かに人から言われなくもないのですが……」

「いや、キツいよ。あのお姫様っていつもあんたの相手してんの?」

「ええ、まあ、時々は……」

「いつもどっち勝つ?」

「それは、姫様が」

「じゃ、あのボウヤも負けるな」

「そうなんですか?」

「あーダメダメああいうのは。直接やったことはないけど、一度も揉まれたことないってツラだもん。勝負向きじゃないんだよね。見てみなよ、向こう早指しなのにまだやってるってことは、二戦目三戦目に入ってる。あんたのお姫様は勝つまでやるタイプじゃないでしょ?」

「少なくとも、戦盤は」

「そういうことだよ。さ、ペンダントとチップ、持って行きな」

「では、ありがたくいただきます。――それで、ものは相談なのですが」

「言っとくけど、今日はもう店仕舞いだよ。それが()けたら終わろうと思ってた」

「形のないものを賭けるのはお嫌いでしょうか?」

「何で? あんたから面白い話聞けなくてがっかりしてるのに」

「いえ、そちらが出す側になった場合の話です」

「――何企んでんの?」




 ――奇跡が起きて、俺はもう一度勝利を収めた。


「ほんじゃまあ……しばらくはそこの宿に泊まってるから、連絡寄越してよね」

「わかりました。ではよろしくお願いいたします」

「あーあ、何でまたあの形に持ち込まれたかな……じゃーね」


 へろへろと手を振り去っていく彼女に、俺も手を振り返す。


 その様子を見ていた姫様が、テーブルに寄ってきた。


「この短い間で、随分と――親しそうになっていたわね?」

「そうですね。気さくな方で助かりました。対局中は厳しかったですが」

「勝って何か約束でも取りつけたの?」

「はい、ばっちり! 会う約束をね」


 やけに室温が低く感じられる。

 冬だからこの屋内都市でもある程度仕方ない部分はあるだろうが、しかしこんな場所では寒さなど感じないように配慮されているはずだ。誰かが暖房を抑えろと贅沢な注文をしたのだろうか?


「それは、それは、よろしかった、わね?」

「――ちょっと待った。貴女は、そうは思っていらっしゃらないな――?」

「そんなことは、ないわよ」

「嘘だ。どうしてだ?」

「ただちょっと、思うところがあったものだから。私の道化師であるなら――いいえ、こういうことをわざわざ言うべきではないのかもしれないけれど、慎みというものを持ち合わせることに、もう少し考えが至ってもよいのではないかと、それだけのことよ。主人の前で女をひっかけようとはしない程度の、慎みというものをね」

「――待て! ちょっと待て! 誤解だ。何で俺が個人的にあのドワーフと会う約束をしなきゃならないんだよ?」

「……それなら、どうして連絡を取ろうと……」

「サカキさんに会ってもらうってのを賭けの対象にしたんだよ。それで俺が勝ったから、一回彼とデートしてもらえるのさ。ちょっとした思いつきだよ。難航してるし、何がひっかかるかわからないからな……」

「……あなたが負けたらどうなっていたの?」

「別に。何か一つか二つか三つか四つ、鉄板の話をぶって終わり」


 姫様は長く長く息を吐いた。


「そんなことより、ほらこれ」


 と、俺はペンダントを差し出す。


「ま、こんなものはいくらでも持っていましょうが、話をよく聞くとお守りの類だと言うんで、その、なんだ……あげます」


 捨てる神あれば拾う神ありだ。ドワーフの彼女はゴミ同然に思っていたかもしれないが、だからといって俺も価値を見出せないわけではない。綺麗な装飾品、いいだろう?


「勝って手に入れたの?」

「そうです」

「――私のために?」

「このままチップを換金して帰るのも味気ないと思ったんでね。いらないってんならジュンお嬢様へのお土産にでもしますが」

「もらうわ」

「それはよかった。そっちの戦績は?」

「五回やって五回勝ち」

「さすが」

「流石も何も――あなたよりうんと弱かったわ」


 ほんとかよ?


「相手はどうしました?」

「泣いて帰ったわ」

「うわ……」

「このお金でジュンにお土産でも勝って帰りましょう?」

「そうしましょうか」


 そうして、戦盤コーナーから出ようとした時、俺達の前に立ち塞がる者があった。


「――異国からのお客様、当店はお楽しみいただけているでしょうか?」


 トップハットをかぶった紳士である。

 両脇には、ガードマンというよりもうそのまま戦士といった出で立ちの屈強な男達を連れている。


「申し遅れました。私、このカジノのオーナー兼支配役である、ニールズと申します。以後、お見知りおきを」

「……何かご用でしょうか? それとも問題が?」


 姫様の代わりに俺が訊くと、


「はい! 実は、お客様方に折り入ってご相談が。先程の対局、失礼ながら拝見させていただきました。私、視力には少々自信がございまして、ほら、あの二階の部屋からでも駒の動きをばっちり知れるのです」


 杖で、待機していたのであろう場所を指す。フロアは少し吹き抜けになっていて、そこに面している部屋だ。ガラスの窓がいくつかある。


「どうやらお二方とも、これは相当な実力をお持ちのご様子。つきましては! 明日にある催し物へのご参加を提案したく存じます」

「というと、戦盤の対戦企画ですか?」

「その通り! 是非、指し手の一員として腕を奮っていただければと!」

「しかし、何故わざわざ私達のような余所者にそれを頼むのです?」

「異国の方だからこそ、催しが注目もされましょう。それに実を申しますと、予定されていた打ち手の都合が悪くなり、代役を探していたところで……」


 そこへ俺達が都合良く現れた、というわけか。


「そのような場には当然、強い打ち手が登ってくるものですよね? 私達が今日対戦した相手よりも遥かに強い打ち手が。我が(あるじ)はともかくとしても、私自身は……」

「私にとっても、あまり魅力的なご提案ではないわね。ある種、見世物になるということでしょう? 出場するなら、このフブキだけで考えて頂戴」

「結構ですとも、空きは一名でしたから。それに、実力云々に関しても、少しはそれが紛れる要素があるのですよ。催しでは、四名で卓を囲むのです。四名制の、戦盤です」

「――四人対戦!? チャトランガか!」

「は……? ちゃと……?」

「あ、いえ、こちらの話です。どうかお気になさらず。しかし、そうか――それは」


 興味深くはある。

 あくまで戦盤のものだから違うだろうが、将棋のルーツとされる古代インドのチャトランガ、その雰囲気だけでも味わえるのは貴重な機会ではないのか?

 別物なら別物で、それも知りたい。


「最後の一名になるまで生き残って勝利すれば、当然賞金が手に入りますぞ」


 俺はちらりと姫様の方を見た。

 彼女が俺の心の内を見抜いていることを期待しながら。


 姫様はやれやれといった様子で言った。


「止めないわ」

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