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エルフヘイムをぶっつぶせ!  作者: 寄笠仁葉
第11章 かつてそこに在りし日
145/212

11-7 今昔賭博苦々しく

「そんで、トータルでは儲かったんですか?」

「損しました」


 差し入れのクレープに似た菓子をパクついた後に、ナガセさんはふーん、と言った。


「ジュンさんとお姫さんも?」


 開発チームは茶を淹れて、小休止に入っていた。

 もちろんドルバス氏と協力して多めに買って運んできたが、一瞬死体のようにも見えてしまう肉の塊がいくつか、隅の方に敷かれた寝袋の上に転がっていて起きてくる気配がないので、半分は余りそうである。誰かと誰かの歯ぎしりがデュエットしている。


「やっぱりあれ、起こさない方がいいんですよね?」

「いいよいいよ」


 ドワーフとヒューマンが折り重なって横になる光景など、少し前までは考えられなかった。寝食を共にしているうちに、そういった垣根がすっかり取り払われてしまったように思う。今も、何も言わなくても砂糖の入った箱を先んじて取ってあげたりしていて、微笑ましいやら干渉しづらいやらといった雰囲気である。


「それより続き」

「ああ……お嬢様は意地で元に戻るまで当ててました」

「へえ、そりゃすごい。大体そういうのって悲惨な結果になるもんですが」

「本当にね。だから賭け事はもうやりたくないって、見てるだけでいいって」

「そりゃそうだ……」

「姫様は真ん中の日は流れを読むっていうんですかね、様子を見るのに集中して、最終日にまたワッと賭けてたんですが、それも午後からは旗色が悪いとかなんとか言って、結局マイナスのままやめちゃったんです。全レース賭けたって財産は傷つかないでしょうが、こっちで両替した分を一気になくすと後が面倒ですからね……」

「ま、そんなもんでしょう。二人していくら負けたんです?」

「え、なんかみんないるこの状況で言うのはヤですねえ……」

「いいじゃないすか、教えてくださいよ」

「いちいちメモ取ってないから、はっきりいくらだとは言えないですけど、じゃ、こっそり耳打ちで」


 白状すると結構スった。額を聞き終わると、ナガセさんは少し眉根を寄せて、


「あー……やったな、それは」

「でも値段分は胸が締め付けられましたよ。牛が全力で走ってるのを眺めるのも、それはそれで興味深かった」

「見物料と思えば腹も立ちませんか?」

「そう。何よりね、結果が出た瞬間の、他の賭け手の悲喜こもごもがいいんですよ」

「なんかそれ趣味悪くないすか?」

「いやまあそうなんですけど、でもね、ナガセさん……自分も金を出してないと楽しくない類の観察なんですよ。安全圏にいると心からは理解できない感情の動きだから」

「へえー。それはオレも是非賭けてみたいね。帰る前に一度くらい」


 言いながらもなんとなく気のない感じなのは、それだけナガセさんにとっての開発の日々が充実しているからだろう。まだ試験射にも程遠いが、先日、つまり俺達が馬鹿面して牛を見ていた頃、弾体精製のメカニズムをとりあえず設計図通り組み上げることに成功していた。その時は、こっちはこっちでお祭り騒ぎだったという。


 一応見せてもらったが、今のところ、魔力を通すと何もないところから先端の尖った弾がごろりと出てくる謎の物体である。これを致死的な速度で飛ばすためにはさらに発破用魔法陣の完成を待たなければならない。


「そういや、何で今日サカキさん一緒じゃないの?」

「彼は落ち込んでいます」

「あっ……」


 別に死にそうなわけではないが、ホテルから出たがらない程度にはやられていた。


「早くない? 何でそんな」

「昨日急にですよ。次の約束してたはずなんですが、キャンセルの申し入れがね」

「ありゃー……やっぱドワーフ的にはヒューマンの相手はきついってことなんですかね? その場で断られなかっただけマシなのかな……?」

「――んー、あれは、何て言えばいいのかな、どうも遊ばれたような感じが」

「ええ?」

「隣にずっといたわけじゃないからアレなんですが、延々と家の自慢話を聞かされるだけというか、あちらはその相手を探していただけなんじゃないかと……」

「なーんだよそれ。向こうにはやる気がなかったって?」

「いや私の印象ですよ、あくまでも。具体的にどういう思惑だったかなんて知りようもありませんし。ただ、サカキさんから聞いた話を総合するとですね、本人が思ってるほど良さげな成り行きだったとはとても……」

「次に繋がんなかった、って結果が全てか」

「残念ですが、そう判断するほかないでしょう」

「つかそもそも、サカキさん的にはお相手の女性はタイプだったんすか?」


 彼の性癖について、俺が触れ回ったことはない。

 それでも、ナガセさんは薄々勘付いているのではないかと思う。


「すごいイケそうなツラしてたんですけどね」

「……痛ましいね」


 俺達の話を聞いていたドルバス氏が、


「彼は中々の好青年であるように思うのですがなあ」


 と漏らした。


「国を出て長かったわたしだから、そう思えるだけなのやもしれませぬが……」


 まあ、ドワーフから見ても顔は整っているだろうから、その点はクリアしているはずだ。種族間での美醜の意識の差というのはほとんどないと思う。オークとゴブリンでさえ、精悍な顔立ちの個体とそうでもない個体の印象は大きく違っていた。

 性格に関しても、押しはちょっぴり弱いかもしれないが、嫁探し自体には積極的なわけで、挙動不審なところもないし難ありとするには減点が足りない。


「仕方がありません。そのような形での縁探しなど、何百年も前例のなかったことです」


 兵器開発部の長、ロードンも頷く。


「我々とて彼らをここに迎えたばかりの時は戸惑いました。今でこそ、このように過ごせていますが、理性的に話のできる相手とわかっていても、やはり生き物として別種なわけですからな。それに、ヒューマンの男性というのは、その、我々ドワーフにとっては……若く見えすぎます」

「ああ、それはあるでしょうね……」


 ということは、逆に女は相当な年増に見えるんだろうな。

 ドワーフに似た雰囲気の大人の男性はいても、ドワーフに似た雰囲気の大人の女性はいないから、完全に別モノとしか思っていないのかもしれないが。


(くだん)の令嬢にもそのような先入観が働いたとは考えられませんか。婚約となると、若さがほんの少しばかり、頼りなく映ってしまうということはありえます」

「なるほど」

「童顔を許容してくれる女性がいりゃいいんでしょうがね……」

「そこは、巡り会わせ次第ですな」

「考慮するよう、姫様に伝えておきましょう」

「そうだ、……サカキさんは儲かったの? あ、でも相手が牛持ってるなら、それに賭けたんかな」

「大手ですからね、十頭くらい出走させて、どれも頑丈で脚の強い牛に見えたんですが、他の競争相手を全て出し抜くっていうのは至難の業なんですよ」

「つまり?」

「いや、それが、サカキさんはトータルでは勝ってて……」

「なんだよ、よかったじゃん。そしたら牧場の娘も、女帝陛下も大喜びだ?」

「……、……それがね、」

「わかった――サカキさんだけ勝っちゃったってオチだろう」

「全レース付き合わせるのも悪いということで、何度か自由に賭けてみろという話になったらしいんです。そうしたら、彼は全部当ててしまったんですね」

「えーっ、それは、それはさ……それじゃあねえの~? 嫌われたんだよそのせいで」

「やっぱりそうなんでしょうか。でも彼に落ち度があるわけではないし」

「しかし、隣だけが勝っているというのは、面白くないでしょうからな」


 とドルバス氏が言う。


「ですよねえ!」

「自分の牧場で育った牛が出ているというのなら、尚更……誇りが傷ついたように思ってしまうこともあるでしょう。彼自身が何も悪いことをしていなくても、それは間が悪いというもの……」

「賭けに勝っても勝負に負けてちゃ世話ないよ」

「確かに駆け引きは苦手そうですからね、そこらへんも言い含めておいた方がよかったな……。いい加減に賭けるのではなくて、ちゃんと負けそうな牛を選ぶように」

「わたしがついておればいくらか助けになったやも、」


 その言葉は、つい口からぽろりと出てしまったように感じた。


「……あ、いや失敬。妙なことを言いました。忘れてくだされ」

「やはり、賭け事が恋しいですか」

「いや、いや! そんなことは!」


 こちらとしてはその気は全くなかったが、失言を咎められたかのように、ドルバス氏は激しく首を振って否定した。


「違うのです。わたしは、もうその類とは縁を切らなければならないのです――」


 切った、と言い切らないあたりがもう未練アリアリである。


「別に誘惑するつもりはないのですが、それこそ見るだけでもよろしいのでは? 何だか、そのように我慢なされる方が心に毒のような気も」

「なりません。戒めなのです」

「そうですか……まあ、そうですね。あのようなことになった後では、無理にでも自分を抑える方が賢明なのでしょう。出過ぎたことを申しました」

「いいえ……」


 やはり皆伝聞も含めて事情を知っているのか、ドワーフ達はドルバス氏を気の毒そうな目で見つめるのだった。それと、ヒューマン側でもナガセさんだけは、予め聞かされていたのか、事情を承知しているような雰囲気に落ち着いていた。


「……フブキ殿は、ラグナエル所長がこの地を追われた理由を、どのように聞いておられますか」


 ロードン部長に訊ねられ、何か含みを感じながらも、俺はありのままに答えた。


「賭博で大きな借金を作って、そのせいで職を辞するしかなかったと……ドルバス殿自身から」

「それは、正しくありません」

「――よすんだ、ロードン」


 ドルバス氏は止めようとしたが、ロードン部長は構わずに続ける。


「あれは陰謀だった。所長は陥れられたんだ……!」

「陰謀……」

「立証できなかったことだ、ロードン。それにわたしはもう所長ではないぞ」

「……すみません。しかし、わたしはあの頃のことを思うと、未だに……」

「何やら、思ったより込み入った事情がありそうですね」

「所長、いやラグナエルさん。この際、ヒューマンの方々にもあの企みを知っていてもらうべきではありませんか?」

「わたしはそうは思わない、ロードン。終わってしまったことだ。過ぎてしまったことでもある。あれから長い時も経ち、わたしの罪が消えようはずもない」

「しかし、あなたの帰国は認められた。その点においては、わたしはヒューマンの方々に本当に感謝しているのです! 今なら、真相を究明することも不可能ではありません。当時はそれが許されるような雰囲気ではありませんでしたが、今なら、今なら……」

「確かにゼニア・ルミノア殿下の力添えが無ければわたしが戻ってくることはなかっただろう。だからこそ、それでよしとしなければならんのだ。それ以上のことを望んではいかん。罪は罪として認めるしかない」

「わたしは、あなたが断罪されたことを認められないわけではありません! 十分な検証もなされずに烙印が押された、それが我慢ならないのです!」


 烙印――大昔に、焼き(ごて)を当てられた部分が疼いた。94。


「まあまあ、どちらもちょっと熱くなりすぎですよ。落ち着いて」


 とナガセさんが一旦止めに入る。


「いいじゃないですか、ロードン部長の言い分を聞いてみましょうよ。一体どんな馬鹿野郎がドルバスさんを陥れたっていうんです? そしてその根拠は? あるんでしょ?」

「ある! 全てギナゴザの仕組んだ罠だったんだ」

「……それはどちら様?」

「当時、といっても事件が起こる少し前の話だが……新たな所長を据える際の選考に上げられたのが、ラグナエルさんとギナゴザだ。ギナゴザの方が部長や主幹研究員の中では年嵩(としかさ)だったが、最後に認められたのはラグナエルさんで、奴はそれを恨んでいた」

「不思議なことではないよ、ギナゴザの方が実力は上だったのだ……」

「それだけラグナエルさんの方が信望厚かったということですよ。ギナゴザは誰かの上に立っていいような器ではない……それに、わたしはラグナエルさんが奴より劣っていたなどとは思いません。ギナゴザは元から嫉妬深い奴で、ひどい時には他者の手柄を平気で自分の物にするような男だ。悪い世渡りの典型例、奴の評判が実力に直結しているとは言えん」

「ははあ、それでそのギナゴザって男は、ドルバスさんを所長の椅子から引き摺り下ろそうと一計を案じたわけだ」

「その通りだ。この国では誰しも賭場に出かける。奴はプロの賭博師を雇い、それをラグナエルさんにけしかけた」

「それも定かではないのだがな……」

「ともかく! カルカで勝負になってしまったのだ」

「カルカというのは?」

「伝統的な札遊戯だ。わたしはそこに同行していたよ。ゲームの回数が重なるにつれて、賭け金はおそろしいまでに吊り上がっていった。そして、逃げ場のない決定的な瞬間が来た」


 ロードンはそこで言葉を区切り、確かめるように言った。


「あれは――あれは、イカサマだった……」


 重苦しく、悲しげな沈黙が降りた。


 心情的には、それで国を去らなければならないのは無体な話と思える。


「でも、それを証明することができなかった……?」


 ドルバス氏は頷いた。


「そうだ。わたしはタネを見抜くことが出来なかった……。奴はその一点に集中して(わざ)を使ったのだろうし、その男に再び会うこともなかった。だからこの話は、ここで終わらせるしか、ないのだ」


 目を閉じ、耐え忍ぶようにして、


「仮にわたしが嵌められたのだとしても、その前の段階として、上がった金額に乗り続けてしまった事実は揺るがない。わたしがわたしを滅ぼした。用意されていた糸口を手繰ったのは、他でもない、わたしだ……」


 多分、ドルバス氏が自身に向ける認識は正確なものだ。その、情報が限られている状況下では、自分を責めるしかないだろう。世の中、用心しなかった方の落ち度が大きいとされるような事柄はある。ギャンブルの盛んなグランドレンでは、却ってそのような場でトラブルを起こさない、巻き込まれないための意識も発達しているのだろうし、何より、ヘマをしたことの()()()()()()()()というのが、付き纏ってしまう。


 だが、俺には、どうも――不当の影がちらついているように思えてならない。

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