11-4 再会その2
「カロムナ、その前に、」
と姫様は言った。
「まず彼のことを紹介したいのだけれど、いいかしら?」
むしろ待っていたとばかりに、ドワーフの女帝は大きく頷いた。
「構わんぞ。――よく見ると、何ぞ珍妙な格好をしておるのう。理由があるのかえ? それともセーラムでは今、こういう服が流行っておるんかのう?」
「彼は私の抱えている宮廷道化師なの。名前はフブキ」
それを聞くと、女帝は俺を指差して、
「あ、そなたが! 竜巻を起こすという、あの……」
「……ご存知でしたか。姫様が手紙に?」
「いや、いや、そなたの武勇はこちらまで轟いておるぞ。はあなるほど、しかし、意外に細っこいのう。勝手に偉丈夫かと思っとったわ」
「はは、どうも身体を鍛えるのが苦手で……最近は腹に肉が」
「――そうなの?」
思いのほかマジトーンで姫様が聞いてきたので、俺は驚いて訂正した。
「軽い冗談ではないですか……」
「……あ、そうね。そうよね――」
「それより話を先へ」
「ええ。……もちろん、私達の目的は観光ではないわ。書いた内容をおさらいすることになるけれど、一つは亡命者の帰還」
「おお、そうじゃった。手配が要るな」
「もう一つは、うちの若手に誰か婚約者を付けたくて、その選定」
姫様が客人のことをそんなふうに呼ぶのは初めて聞いた。
「そんなことも書いとったわ。まあ種族が違うでな、実現するとは思わんが、知らせてはおこう。好きにするとよい」
「最後に――これが一番の目的よ。はっきり言って、前二つはどうでもいいの。そのつもりで聞いて」
「よいとも」
「よく思い出して、カロムナ。私は兵器開発の約束を取り付けに来たのよ。同盟と帝国の共同で、銃というものを作る。画期的な道具よ」
「そう! そこよ。そなた、手紙にその銃というものがどんな兵器か、詳しく書かなかったのう。一体、何をどうして敵が倒れるから画期的なのか、わからんことにはな……」
姫様は俺の方を見た。
「それは私の方からご説明いたしましょう、陛下。銃というのは我々が元いた世界で発達した武器で、弓矢の代わりでございます。筒の中に込めた弾体を射出することで、」
「そのくらいは書かれておった。問題は、それをどの程度の質と手数でやるのかということじゃろう?」
「仰る通りです。信じて頂けるかわかりませんが、次弾発射までが一瞬しかなく、さらに連続で途切れない――そういうものを目指します。それと、技術習得が弓に比べて容易であることも銃の強みです。しっかり仕込めば、非力な女子供でも扱えるほどに」
「何やら、夢物語のような話じゃのう……」
「設計した男が同行しておりますから、詳しくはそちらを通して……」
「ただ、約束ができなければ、図面を見せることはできないわね」
「その計画に乗ることで、我が国は何か得をするんかのう? こちらが技術的にそちらを助けるというだけの願いは叶えてやれんぞ?」
「こちらが発想と設計を渡す代わりに、そちらが技術と試作品完成までの材料を出してくれれば、対等な取引になるはずよ。最終的には、成果を分け合うという形になるわね。後はそれぞれ試作品を元に、自由に改良して量産すればいい」
「まあ、そのように考えることはできるな。しかしよいのか? もしそういうことになれば、わらわはまず、そなたの国より多く作れという命令を出すと思うが」
「構わない。私達が銃を向ける相手はエルフだから」
「それはそうか……」
最優先目標はマーレタリアを打ち倒すことで、それ以外は考慮していられない。
そのためならば、おそらく工業力が上であろうグランドレンに差を付けられるようなことになっても、仕方ないで済ませるのが戦略というものだ。
それはさらに百年先の世界では問題になるかもしれないが、どのみち、今の問題に対処できなければ意味がない。
事はそう単純でもないのだろうが、概ねそのような認識である。
どんな手段を使っても、犠牲を払っても、エルフは滅ぼさねばならない。
俺と姫様は同じ気持ちだ。
「同意していただけるのかしら?」
そして俺は、カロムナ帝が、そんな姫様の行動原理を知っているように思うのだ。
「ふーむ……ふーん……うむ、ゼニア、そなたの頼みでもなあ……それはちと微妙なとこじゃわ。皆が何と言うか」
「やはり、すぐに返事とはいかないようね」
「ジニオラにも聞かんことにはな。ともかく、わらわの一存で決められそうな話ではなさそうじゃのう」
「いいわ。数日中に答えを聞かせてくれれば」
「そうしよう。長旅で疲れているところをすまなかったな。今日はもう休むとよい。積もる話はまた次か、次の次にでもな……」
「それでは、失礼するわ」
「――そうだ」
立ち去りかけた俺達に、カロムナ帝は訊ねた。
「国に戻りたいという者の名、聞いておらんかったのう」
姫様は答える。
「ラグナエル・ドルバス」
俺も知らなかった、アグラ氏の本名だった。
「記憶しておこう」
女帝はそれだけ言ったが、俺は何名かの近衛兵が動揺したのを見逃さなかった。
アグラ氏が何年隠匿生活を続けてきたのかは知らないが、未だに有名であるらしい。
帰る道すがら、俺は姫様に質問をした。
「ジニオラというのは、どなたの名前なのですか?」
「カロムナの双子の妹よ。グランドレンの西を治めているわ」
「なるほど」
「――黙っていて、悪かったわ」
「何が、ですか?」
「カロムナと繋がりがあったこと」
まあ、確かに女帝と馴染みだというのは驚いたが、
「どうして謝る必要が……」
「ずっと不思議だったんでしょう?」
「――まあね」
「訊かないの?」
「訊いてほしいのか?」
姫様は押し黙ってしまった。
先導する使いの者達は、前後から俺達を目の届く場所に置いていたが、距離は空けられていた。声を落とせば内緒話は可能だ。
「それよりも、開発の件だけど」
「ええ」
「細かいとこは憶えとらん、って、あれ嘘じゃないかな。手紙の返事が来たのだってずっと前だぜ。内容を検討してないわけがない」
「でしょうね」
「でしょうね、って……ここまでの道のりといい、どうも試されてる気がしてならないな。銃が何か知らなくたって、乗るか反るかの相談は済ませてたはずだ」
足元に目を落としたまま、俺達は歩調を揃えていく。
「向こうの肚は決まってると思う」
「私もそう思うわ」
「だったら、余計な駆け引きに付き合うことないじゃないか。昔馴染みなら、お見通しだって言ってやればよかったんだ」
「そうかもしれないわね」
「どうして……」
「彼女達にも、私にも、もう立場があるから……かしら」
姫様は少し寂しそうに言った。
「すぐにわかったわ。昨日会ったばかりのように話せても、お互い、保護されるだけだった娘の頃とは違う。自分の出方一つで、多くのことが決まってしまうようになった。カロムナは国を背負っている。ジニオラと半分づつではあっても、昔のように気軽な振る舞いは許されないのよ。時にはわざと物事がわかっていないふりをしてでも、相手の出方を窺わなければいけないのね。あなたの言うように、そんな小細工は無用だと、少し責めてもよかったんでしょうけれど……受け入れてしまった」
そういうことならば――わかっているのなら。
「そんな……、――そうか、そうなんだろう。俺は急ぎすぎているのかな」
「いいえ、そんなことない。笑っていいのよ。あなたは感傷に浸り大事なことを見失っている――そう言って?」
そんな、自虐的な。
「あなたは私の道化師でしょう?」
相槌も打てない。
「……ごめんなさい。忘れて」
姫様は早歩きになり、俺を追い越していった。
その歩調にまで合わせる気にはなれなかった。
予想した通り、翌日の午前中には返事が来た。
「要望の件ですが、前向きに進めていきたいと陛下はご決断なされました。つきましては本日より早速、国立先端技術研究所職員との顔合わせを願いたく……」
開発チームは沸いた。
「ラグナエル・ドルバス殿もご一緒させるようにと、仰せつかっております」
姫様はアグラ氏に声をかけた。
「これでよかったのですね?」
アグラ氏――いや、ドルバス氏は頷き、
「この方が早いのでしょう」
馬車に乗せられた俺達は、城下の中心部からは少し外れた場所までやってきた。
そこに広く取られた敷地は、全て研究所に属しているという。どことなく八王子あたりにある大学のキャンパスのような雰囲気を感じ取り、ふと(当時はただ遊びに行っただけだが)懐かしさを覚えた。
案内されたのは兵器部で、技師のひしめく工房の奥にあるオフィスに通される。
「ようこそ、ヒューマンの方々」
開発チームと同じくらいの数のスタッフと、それを束ねる年長に見える男が出迎えてくれた。
「話は聞いております。なんでもこれまでになかった武器を作りたい、とか……」
「はい! 噂に名高いドワーフのお知恵を是非拝借したいと思い、やって参りました」
ナガセさんが握手を求め、男はそれに応えたが、あまりこちらにいい印象を持ってくれたようには見えなかった。
「はは、光栄ですな」
もし、彼らが普通に振る舞おうと思っていたとしても――と俺は思った。
やはり種族同士、この数百年をごく一部の接点でしか知らなかったのだ。先入観を取り払えという方が無茶だ。よそよそしくなってしまうのはどうしても仕方のないことだと、今更ながらに、納得している。俺達はまさにエイリアンで、今、ドワーフは未知との遭遇を体験している。まだ対等のように話そうとしてもらえている分、有情というか気を遣わせてしまっているというか――。
「――そちらの方は」
男は、フード付きのローブに身を包んだドルバス氏に気付いた。
彼をどう紹介するかについて、何も打ち合わせていない。
「あー、彼は、ええと……」
だが、俺が間を持たせようとするまでもなく、ドルバス氏の方から口を開く。
「ロードン……?」
老ドワーフはフードを脱ぎ、素顔を晒す。
「ロードンなのか……?」
一瞬、訝しんでいた主任の男も、頭の中で記憶と結びつけたらしい。
「所長……?」
ひとりでに足が動いているかのように、ふらふらとドルバス氏に近寄っていく。
俺は男の顔が、少年の面影に彩られていくのを見た。
「ラグナエル所長!」
感極まったのか、互いに走り出した二人は、激突した勢いのまま抱き合った。
見た目おっさんの組み合わせでそれはむさくるしかったが、
「よかっ、た、です、よね?」
ナガセさんの言うように、なんとなく祝福するにやぶさかではない。
所長――徐々に読めてきた。
狙ってこうしたのかはわからないが、かつての有力者が知り合いだということを示せば、俺達に対する態度を軟化させやすいということだろうか?
「今は君がここの長か……」
感慨深そうに、ドルバス氏は言う。
「そうです。色々ありましたが、兵器部に落ち着きました」
訂正――部長の男は、拳で涙を拭った。
「もう生きてはいないのだと――」
「この歳になってわかったよ、意外と死ねないものだ」
「事情は、よくわかりませんが、もしかして今回の開発にも?」
ドルバス氏は手で優しくナガセさん達を指し示す。
「あ、いや。私はこの若者に付き添ってきただけだ。銃の開発とは関係がない」
「そうなのですか」
「縁があってな。彼らには情熱がある。どうか助けてあげて欲しい」
「ええ、ええ……所長がそう仰るなら! 我々に拒む理由はありません」
俺はさりげなく姫様に耳打ちをする。
「何か、俺達の出番なさそう」
彼女は目を閉じて頷いた。




