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エルフヘイムをぶっつぶせ!  作者: 寄笠仁葉
第11章 かつてそこに在りし日
141/212

11-3 再会

 グランドレンに上陸してから一週間、ようやく都市圏へ辿り着いた。


 ある時から、細長いトンネル群は広大な空間同士の繋がりへと急激に変化していく。壁面に沿って作られた居住スペースは鳴りを潜め、代わりにヒューマン圏で使用されているものと変わらない建物が並ぶようになった。天井まで届きそうなものもあれば、ただの一軒家がぽつんと建っている箇所もある。それに付随する納屋も。


 最初はこんな空間の使い方をしてえらい無駄じゃないのかと思ったが、そんな様子がしばらくずーっと続いていくのを目の当たりにして考えを改めた。トロッコから降り、また次の乗り場まで移動する間に、俺達はグランドレンの中でも一般的な景観を持つであろう街を通り過ぎることになった。


 そこは何というか――普通だった。

 例えて言うなら、セーラムの城下町がすっぽり収まっている。まあ規模自体はそれほどでもないにしろ、見た目は同じようなものだった。そこはもうトンネルであってトンネルでなかった。元ある天井を無視して、新たに好き勝手構築している。山の中、山の内側を、馬車が走っている光景を眺めるのは実に奇妙だ。それ以上に、ここが洞窟であると思わせない、ただ夜の中に存るかような街の雰囲気が、魔法で無理矢理平野を作り出し、維持しているという事実を巧妙に隠しているようで興味深い。


 ここに暮らす彼らドワーフにとってはそれが当たり前でも、外から入ってきた俺にしてみれば疑問と興味が尽きない。崩落の危険性は? 通気の問題は? 光源はどうしているのか? しかし、道案内のドワーフ達にそれとなく質問してみても、彼らは何となく距離のある笑顔を保ったままやんわり話を逸らすばかりで、目に入る情報から推理していくしかない。


「街灯に使われているあれは、一体何なのでしょうか?」

「ああ、はは……大した物ではありませんよ。それより次のトロッコに乗る前に食料と水を補充しておきましょう。またしばらくかかりますので」


 とりあえず、光源に関しては、最も広く使用されている物は(おそらくかなり種類があると思われるが)ズバリそのまま、光る鉱石である。この電球並みの働きをする物体が街中の至る場所に配置されていて、視界に困るようなことはない。トロッコトンネルの壁にも等間隔でぶら下げられていた。


 人は火で明かりを得て文明を築いたという考え方があるように、ドワーフの国ではこれがあるからこそ闇の中での暮らしを続けているというか、むしろこの光る石を採ろうとして洞窟に居着いてしまったのではないかと思わされる。市民達は種族の違う俺達と出くわし、すれ違う度、もの珍しそうな目を向けてくるが、逆に彼らは、こんな所に住んでいながら、見つかってしまったというような顔はしない。それはこの閉鎖空間での暮らしをそれこそ千年という単位で紡いできたからだ。


 都市を抜けて郊外まで出ると、トロッコは灌漑された農地や放牧場を横切る形になった。太陽の下で飼育されているのとは微妙に違う、亜種と言える家畜の輝く目が不気味である。この辺りになってくると空間はそこまで照らされず、外で作業をする場合はそれぞれが小さな光源を携帯するようである。手を塞がないよう腰に下げたり、ヘルメットに取り付けたりしている。今は俺達も持たされていた。


 ぽつんと農地を進んでいくトロッコを、見上げるドワーフもいれば気にしないドワーフもいる。そんな彼らをなんとなく眺め返しながら、俺は同じ車両に乗っている姫様に小声で話しかけた。


「あんたは生まれ育ちの割には、こういうことになっても文句を言おうとしないよな」


 今はトロッコの漕ぎ手を交代して、ジュンに任せている。


「彼らに聞こえるわよ」


 後ろや前を気にする様子は見せずに、姫様はそう言った。


「別に聞こえたっていいよ」


 本心だ。案内役達が仕事に徹していて、あまり俺達のことを歓迎していないか、よく思っていないことは態度から明らかだった。最初の雪山の班はとにかく不愛想だったし、今の班も表面上は友好的に見せているが、こちらを腫れ物扱いしていることは変わらない。敵対的というのではなく、ただ厄介そうにするのだ。この程度の物言いで揺さぶりをかけられるならその方が断然いいわけだが、きっと彼らは動揺したりしないだろう。


「――どうしてそんなことを思うの?」


 仕方なさそうに姫様は先を促す。


「ただ気になっただけだよ。もう一週間もこんな調子で、ちっともバカンスじゃない上に、俺達はまだどこにも到着してない。冬は長いけど有限だ、参ってる人も出てきてるのに、あんたは平気そうで、何も言わないなって。今に始まったことじゃなくだよ。お姫様なのにな」

「……もしかして、私のことを責めているの? 無駄に連れ回すのはやめろと、彼らに向かって怒鳴らないことで人望を失っているのかしら」

「そういうわけじゃない。向こうにも都合があるってことはわかってる。特に今一緒にいる彼らなんか任務でそうしてるだけだし……」


 ドワーフにも運搬魔法家はいるのだろうから少しぐらい都合をつけてくれてもよさそうなものだが、この回りくどく思われる旅路も防諜上の手続きとして必要なものなのかもしれない。最早、自分達が山脈の中でどの辺りの位置にいるのかすら判然としなかった。敢えて複雑なルートを踏ませることで、掴ませないようにしているのではないか。


「……別に平気なわけではないわ」


 退屈紛れに何気なく話を振ったつもりだったのだが、思いがけず返ってきた気弱そうな声に、俺は戸惑いを覚えた。


「私だって、城の暖炉や分厚くて柔らかいベッドが恋しい。こんなことは早く終わらせて、どこかに落ち着いて滞在できればどんなにいいか……」


 ぼそぼそと、英語の時間に当てられて上手く発音できない引っ込み思案の文学少女みたいな話し方をする。こんな姫様は初めてではないか?


「それに、文句を言って何かがどうにかなるとでも? 不平を口にしたらそれが呪文(スペル)として認められるようになるのかしら? 現実はよくなる? あなたの機嫌も?」


 何だって急にこうなる?

 確かに俺は下手を打ったらしいが、ここまで姫様を傾けてしまうなんて予想のしようがない。


「なあ、そんな難しい話じゃなくてさ、」

「言っても仕方のないことなのに、どうして言わなくてはならないの。そんなことをしても余計惨めな気分になるだけ。何も好転しない。何も戻ってこない。――ごめんなさい」


 はっとしたような顔になって、彼女は謝ったが、俺は先手を取られて逃げ場を潰されたような居心地の悪さを感じた。


「私、その……」

「いや、いいんだ。今のは俺が悪かった。誤解させた。お互い疲れてるのに、変な訊き方したよ……忘れてくれると助かる」


 姫様は言いかけていた言葉をそのまま呑み込んで、目を伏せた。


 しばらく無言のままトロッコは進んでいく。後ろでハンドルを漕いでいるジュンに睨まれている気がして、俺はなんとかこの空気を払拭できないかと考えた。


 だが、考えをまとめるよりも先に、姫様が動いた。


「今、こんな話をするべきではないのかもしれないけれど」

「……何でしょう」

「セーラムに帰ったら、あなたの新しい寝室を決めようと思うの」


 本当に、何で今その話?


「それは、ええと、暗号か何か……?」

「違うわ。そのままの意味よ。――正直に言うと、結構前から、この件については申し訳ないと思っていたのよ。あなたの働きに見合った待遇ではないと」

「ええ? 待遇って……」


 んな大袈裟な。


「苦情が……」

「え?」

「とうとう苦情が入ったのよ。英雄をただの使用人と同じ部屋に寝泊まりさせているとは何事だ、と」

「何なんだそれ。誰が言ったんだ? どこで俺の生活環境を知ったんだよ。特別隠しちゃいないけど……」

「複数人から、とだけ言っておくわ」

「余計なお世話だ!」

「でも、確かに、あなたの執務室に比べると質素にすぎるでしょう? それに、これは苦情なんて入る前から考えていたことなの」


 姫様が段々と元の調子に戻ってきて、俺は安堵すると同時に、どこか、そんなふうに思う自分を恥じなければいけないような気になってきた。


「そんなの俺は気にしないよ。現状で満足してるしなあ」

「本当に?」

「あのね、俺が部屋について本格的に文句を言ったことがあった?」


 そう発言してから、微妙にさっきの話と繋がっていることに気付く。

 彼女は自分のことについて答えた代わりに、俺の我慢の度合いへ疑問を投げかけているのだ。


「まあ、寒いとかは言ったかもしれないけど……それだって対策用品がもらえるわけだし、快適かはともかく、命の危険なんかとは程遠い」

「それを、きちんと快適にするだけよ」

「問題が出てないのに改善するってことか?」

「問題は出ているのよ。言ったばかりでしょう。それとも、あの部屋から越すのが嫌なの?」

「そういうわけじゃないが……何か意味あんのかなって。的外れな批判なんか放っておけよ」

「――大体、あなたがあの状態でも何も言わないから……」

「俺のせいかよ? 本当に問題ないから何も言わなかっただけだよ」

「問題がなければ何も言わない? 結構。では私が勝手に取り計らって勝手に転居の準備を進めて勝手に実行へ移しても、あなたへの不利益は発生しないから問題はないので何も文句は言わないということね?」

「いや、全部勝手は困る。問題ありだ」

「問題はないのね?」

「駄目だって」

「問題は、ないのね?」

「……わかったじゃあもうそれでいい」


 都に到着したのは、八日目の昼であった。


 正確には、()グランドレンの都である。

 グレンドレン帝国は東の大陸と西の大陸で区別されているが同じ国で、同じ国だが区別されているのだと、この段階になってから姫様が教えてくれた。双子の皇帝がいて、それぞれの大陸を治めている。時間がかかったとはいえ、何の障害もなくここまで来られたのだから、おそらくその東の方の帝に謁見できるはずだとも言っていた。


 首都は、通り過ぎてきた街と比べると遥かに複雑で巨大な構造を持つ積層体として君臨していた。この世界に来てから色々な街を目にしてきたが、今回はぶっちぎりでヤバい。何しろ立体交差が存在するのだ。不覚ながら、俺はそれだけで未来を感じた。トロッコのための線路を長々と敷いているだけで驚嘆するほどの国力なのに、それに合わせてここまでやるかと呆れてしまう。決してトロッコのためだけの幅の道ではなく、荷車や徒歩の住民も行き交っていたが、それが却って魔法による歪な発達を感じさせた。天井はついに暗黒の空としか認識できない状態で覆い被さり、遠くには高層ビルに囲まれてなお最も背丈のある城がそびえていた。

 そしてこの都市には、下があった。道路の縁から覗き込むと、下層の区画がそこに広がっていた。それも一段ではない。パッと見ただけでは把握しきれないほどに分かれていて底まで見通せない。さすがに全域がそのようになっているわけではないが、角ばったすり鉢状の縦穴は至るところに見受けられた。これらをほとんど土魔法で形成したかと思うと、めまいがする。優れた魔法はこんなことまで実現してしまうのだろうか。


 途中、パーキングエリアのような場所で、俺達は新しい案内班に引き渡された。めかし込んでいる彼らは自分達のことを観光大使だと説明したが、城に到着するまで、一つも見所を紹介してくれなかった。




 用意されていたホテルに放り込まれ、俺達はやっと人心地がついた。

 なんだか味の濃い割に見た目の地味な夕食が部屋に運び込まれて、それを平らげた頃、使いの者がタイミングを見計らったかのように現れた。帝が姫様に会いたがっているので城まで足を運んでほしい、とのことだった。


 姫様は俺とジュンだけを連れて、使者についていくことにした。

 城は、間近では見上げることさえ叶わなかった。変に思われるかもしれないが、そこは聖堂のようでもあり、工房のようでもあった。疲れの抜けていない身体で再び延々と歩かされ、思うところがないわけではなかったが、これでやっと予定が進むというのなら、我慢するのは難しくなかった。


 控え室で少し時間を潰す。ジュンがそこに残り、俺と姫様は謁見の間に進んだ。


 跪き、頭を垂れたまま相手を待つ。


 やがて、静かだがやや急いだような足音が絨毯に大部分吸収された状態で聞こえてきた。それから、玉座のクッション部分が勢いよく、しかし軽めに潰される気配。


(おもて)を上げい。――あー、二人共な。あまり気にするでないぞ」


 途中途中で見かけた他の女ドワーフと同じく、その女性もローティーンの如く若々しすぎる声を持っていた。


 俺は顔を上げ、ドワーフの女帝の姿を拝む。

 まず目立つのは桃色のボブカット。次いで左右別々の虹彩を持った瞳。肌はやや褐色に沈み、ぶかぶかの冠がその上に乗っている。


 女帝と姫様は見つめ合っていたが、


(ちこ)う寄ってくれ」


 姫様は言われた通りに、立ち上がって玉座へと近づいていく。


 俺は女帝の様子を見て、最初から自分に注意は向けられていないとわかっていたので、ふたりを見守ることに徹した。


「もっとだ。顔をよく見たい」


 姫様は足を止めず、女帝との距離を縮める。


「まだ足らん」


 ついに壇へと上がった姫様は、


「まだ? もっと?」


 面白がるようにそう言って、女帝の手を取り、椅子から立たせた。


 俺は周囲に目をやり、衛兵の動きを把握しようと努めたが、よく言い聞かされているのか、誰も彼女達の触れ合いを阻止するつもりはないらしかった。


 女帝は姫様を見上げ、そこで感極まったのか、いきなり抱きついた。


「本当に、ゼニアなんじゃなあ……」

「そうよ、カロムナ。お久しぶりね」


 贈り物を貰ったり、手紙が届いたりするということは知り合いがいるわけで、直接の面識があるというのもまあ例外ではあるだろうが不思議ではない。ましてや姫様は王族で、上流階級にはいくらでも友達がいていいはずだ。


 それでもこれには動揺させられた。

 どこか腑に落ちるものもあるが、それとて、ああくそこんな裏があったのか道理で、という、してやられた感を伴うものだ。


「ほんに久しいのう。十年ぶりか?」

「それ以上よ。でも言い当てないで」

「かーっ、そなたも歳を気にするヒューマンとなってしもうたか……今日ほど時の流れを残酷に感じたことはないぞ」


 姫様は複雑そうに笑い、


「冬の間お世話になりたいの、いいかしら?」

「もちろんじゃとも。好きなだけゆっくりしていったらよい」

「そうね、私は……そうさせてもらうわ。他の人は用事があるから、忙しくするかもしれないけれど」

「そうかそうか。連れは何をするんじゃ?」

「――手紙は読んだのよね?」

「目は通したぞ。だが細かいとこまで憶えとらん。すまぬがまた簡単に説明してくれんかのう」

「それはいいけれど……」

「おおい! 誰ぞ客に椅子を持てい! それに――そこの! そなたもここまで来たらよかろう」


 呼びかけられたので俺もそれに従うことにしたが、内心――いいのかな、という気持ちは拭えない。姫様と女帝は俺が思っている以上に親しげで、積もる話もあるだろうし、このまま俺は紹介も後回しにして脇で見ていた方が、いや、ジュンと一緒に控え室で待っていた方がよかったんじゃないかとすら思える。


 だが近衛達の仕事は素早く、あっという間に玉座の周りに椅子を二つ並べてしまった。

 姫様はそれに座り、女帝も玉座に戻った。俺は観念して、おそるおそる席に着いた。


「よしよし……それで? そなたら何しに来たんじゃ?」


 俺と姫様は顔を見合わせる。

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