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エルフヘイムをぶっつぶせ!  作者: 寄笠仁葉
第10章 稼働後の拡大
137/212

10-10 ある客人の視点2

                   ~


 夏が過ぎ、秋の戦いも総まとめに入ろうとしていた。

 私達は元いた世界で言うところの現代戦並にハイペースな侵攻を続けているはずで、それはついに大陸から敵勢力を駆逐するという段階まで来ていた。


 隣界隊は青森に集結し、出陣の時を待っている。

 ちなみに、対応する地名はきちんとあるが、客人にとってはこちらの方が呑み込みやすいので、隊内ではここまでの活動を専ら青森戦役と呼称していた。


 これは追撃戦でもあった。

 そういう意味では、私達はもうずっと追撃をしていたように思う。少なくとも私が初めて従軍した時には既にそのような雰囲気はあった。たまには、いつかの戦いのように敵が押し返してくることはあったが、その時でさえ本隊は敵主力を追っていたのだ。


 エルフは逃げ続けることにこそ重点を置いていた。

 荷物を畳み、街を畳み、住民まで折り畳もうとしていた。

 アドバンテージを守るために、敢えて損を受け入れる。敵戦力を撃滅できず、焦げ跡と打ち壊された残骸を目の当たりにした時、私はその徹底ぶりに感心したものだった。

 そして、その意図を受け入れられず廃村にしがみついていた老エルフと、その先数里も行かない所で置き去りにされてしまったのであろう痩せた親子が、洗いたての服に付けられた墨汁のシミのように思えた。


 (もっと)も、そのシミは行軍を重ねるにつれ、珍しいものではなくなっていったのだが。


 私は大量のエルフが、彼らに恨みを持つヒューマンのもとへと届けられていくのを飽きるほど目撃した。彼らを守るものは、守ろうとするものは何もなかった。そもそもが脱落し、見捨てられた民だった。待っているのは悲惨な運命で、少し哀れなようにも思えたが、別に彼らを連れて行ったり、抵抗されるのが面倒になってその場で処分したりすることに良心は痛まない。非戦闘員であることは特別ではない。非道は、どこのどんな生き物にも当たり前に起こりうる――そんな納得があるだけだった。


 エルフは一般市民でもヒューマンよりかなり恵まれた肉体を持っていたが、所詮、武装した数人に囲まれれば崩される程度の優位だ。九人一班を心がける同盟軍兵士が適切な間隔で立ち回れば、例え自分達の倍はいようという難民の群れが相手であっても、対処することは十分に可能なのである。


 そうして捕虜とは名ばかりの可処分所得だけはいくらでも確保できるのだが、肝心の正規軍主力、これがなかなか捕まらない。


 マーレタリア軍と避難民は、普通にやったのではとても追いつけないようなペースを厳格に守ったまま昼も夜も切れ目なく移動しているとしか考えられなかったので、ヒューマン同盟軍は先回って待ち伏せをする作戦などを立てたが、掴まされるのは囮の罪人部隊やら訓練を途中で切り上げてきた新参未満の雑兵ばかりで、ようやく尻尾を掴んでも、決まって厄介に感じる程度の殿軍が用意されているのだった。辟易するような小競り合いの連続は、勝利の価値をぼやけさせるような気がした。


 敵が本気を出す前にこちらが逆襲の条件を整えてしまった、という指摘はされていた。もし、エルフも同じ認識であるのなら、いっそ退けるところまで退いて、温存していた戦力を今度こそかき集め、軍の再編を計画するのはわからない話ではない。これまでは方々に散らして駐留させていた分をここで一旦まとめるというわけだ。

 敗走の過程で広がってしまったヒューマン圏との隣接地をできるだけ縮小させることで、新しい軍団を効果的にぶつける――できれば一点に集中させるようなチャンスを狙うのはごく自然なことだ。おそらくエルフ側にその気はなかったのだろうが、結果的に逐次投入を繰り返してしまったことになる近年の戦況はとても褒められたものではない。この戦略にはその反省が強く現れていた。


 そうは言っても、これほど大胆な支配地の手放し方があるだろうか。


 私達は、勝利を重ねても得をすることはないという前提で動かなければならなかった。敵が蔵に何かを残しているということはなかった。持ち去るどころか焼いた痕跡さえあった。時には制圧するべき拠点まで消え失せている有様であった。


 私達は敵の置き土産を糧にできず、常に新しい支援を待ってから次へ向かった。幸いにして、どうしても進軍できないというような事態には陥らなかったものの、後方にかかる負担は推して知るべしといったところであった。


 これまでの戦闘結果は敵軍の司令官にも届いているはずだった。こちらの輸送能力と展開力、そして血と汗と涙の結晶である物資をいかに惜しみなく投入しているかということについて承知していなければおかしい。どうやっても私達が止まることはない。


 それを踏まえてなお、エルフは実行に踏み切ったのだった。

 覚悟があるということだ。もう戻ってくることはないか、また一からやり直すことも厭わないという強い覚悟。私達の作戦行動が頓挫することはないとわかっていても、ほんの少しでも消耗させることによって、疲れだけは何としても感じさせる。


 その覚悟が、確実に追撃の手を鈍らせているように思われた。


 そういう流れを経て、私達はようやく大陸の端に敵を追い詰めたことになる。


「来年の方針はどうなるんでしょうね」


 割り当てられたテントの中で横になりながら、私はナガセ先輩にそう訊ねた。


「海を越えて進軍するのに、冬だけで準備が足りるでしょうか」

「いやァ、ここまで来たら一気に勝負を決めたいんじゃねーかな」

「すると、春からはもう向こうへ?」

「多分な」


 明日に戦闘を控えているが、その先にあることの方が気になっていた。

 戦いに勝利し、大陸から完全にエルフの勢力を追い出すことは既定路線であった。


 タッチの差で、敵の最後の輸送船団が港町を出て行った。

 だが彼らエルフとしては、魔法使いありの海戦でぷかぷか浮いている無防備な輸送船を片っ端から沈められるような事態は避けたい。そのため、海の警戒も一応固めつつ、時間を稼げるだけの戦力をほぼ完全な捨て駒として陸に残す形の構えを築いた。


 対するこちら側は、もう冬になってしまうということもあり、丁寧にその守備兵力だけを攻略し終えて、今年の戦争行動の締めとする心積もりである。


「そんなに急がなくたっていいような気がするんですが」

「つったって、敵の大部分は結局お船に乗って帰っちまったんだろ? そりゃ、今年までは逃げるしかなかったんだろうが、来年は向こうの(おか)に住んでるのと合わせて、すごい勢いで押し返してくるってこともあると思うぜ。やっぱ純粋に物量で勝負されるとまだまだこっちは(つら)いとこがあるから、なるべく早くあっちの大陸に橋頭保を築いて、イニシアチブだけは握っときたいってのは上の考えとしてあるだろ」

「しかし、どのみち敵の体勢が整うのであれば、その攻勢も防がれてしまうのでは」

「そこは魔法使いの頑張り次第だな。まあ安心しろよ、そのための新兵器を冬の間に作ってくるんだから」

「ああ、何かそんなことを言ってましたね……」


 ナガセ先輩にはドワーフの国を訪問する予定があった。

 兵器の共同開発を申請するのだそうだ。


「あんま期待してなさそうな声だな」

「別に私の得物が変わるわけではないでしょうし」

「まあそうね、オマエの魔法は弓に依存してるから、アレを使う理由は無いかな……」

「話が本決まりになってからいつも機嫌よさそうにしてますけど、結局何を作ろうとしているんですか? そんなに素晴らしいものを?」

「ん? いや何てことないよ、ただ銃を作ろうと思って」

「ジュウ?」

「銃だよ。アサルトライフルの性能を目指す」

「ああ。……いくらドワーフの力を借りても、まだ作れないでしょう? そんなもの」

「いや……」


 よくよく話を聞いてみると、それを動かすには、結局魔力が必要ということだった。

 どころか、機構のほとんども魔法頼りであるらしい。


「しかし、そんなものでも普及したら、私のような弓兵の出る幕は無くなるかもしれませんね」

「かもな」


 とナガセ先輩は悪びれることもなく言った。


「あ、いや、うそうそ。あのな、銃弾ってやつはさ、大体まっすぐにしか飛ばないんだよ。それに比べりゃ、オマエの意のままに飛ぶ弓矢は何と戦術的なことか……。それに、元から戦える奴らのための装備として作るわけじゃないし」

「魔力があるだけでその威力のものが撃てるなら、動員数はかなり変わってきますね」

「そうそう、でもそれって結局、どんだけ訓練させてもバラマキ役の歩兵なわけよ。ガンガン撃ってく武器の強さが認知される一方で、スナイパーの価値と需要が下がるとはオレは思わないね」

「なるほど」

「まあ、もしかしたらどっかで試し撃ちを頼むかもしれないし、そん時は引き受けてくれよ」


 まどろみに入ってから、私は弓の連射性のなさについて考えた。

 敵に近寄られ過ぎた時のことを想定すると、サブウェポンとしての魔法の銃は、重過ぎないのであれば持ってもいいかもしれないと思った。




 翌日、出撃前に英雄イガラシフブキからありがたい訓示があった。


「本日の作戦が成功すれば、今年は晴れてお疲れ様ということになります。皆さん張り切って参りましょう」


 何のことはない――それはほとんどただの挨拶だった。


 戦いの中でエルフと対峙する際の彼はとても激しい表情を見せることもあるが、真面目な雰囲気に落ち着いている時の威圧感のなさは大変奇妙である。


 彼のしたこと、していることは恐ろしいのだが、彼そのものに関しては何も恐ろしくないというアンバランスさがある。道化の隠れ蓑はなるほど確かに高性能だが、私の目は誤魔化せない。近くで接してみても、遠くから観察してみても、本当にただの、何の変哲もない、どちらかといえば悪い意味で平凡な男――それが彼。怒りで風を吹かせるだけの魔法使い。


 一見するとそうは思えない人間が虐殺を主導し、楽しむギャップというのも当てはまりそうになく、季節を巡るごとに不思議さは増すばかりである。


 自分達には結局矛先が向けられないからそう思うのだろうか?

 私はもし自分のいる方へ竜巻が向かって来たらと想像してみた。


「余計なこと考えてんなよ」


 隣にいたナガセ先輩に小突かれる。

 図星だったので、私はしっかりと頷いた。


 やはり、恐ろしいのはあの小男ではなく、彼の持つ魔法ではないか?

 ただ、それだけのことではないのか?




 味方の攻略した(やぐら)に陣取ると、私の仕事はスムーズに進んだ。


 今日は飛んでいる敵も多く、対空を意識しながら矢を放っていく。

 本来ならばそれこそ英雄フブキの領分であるが、何しろあれほどの実力者となると天地の境なしに動いていくため、空が飛べるからといって徹頭徹尾そこに集中しているとは限らないのである。そういう時は私のような者が状況をよく観察しておき、彼が地上部隊を助けるのに少し席を外すのならば、代わりに牽制を加える。


 今も、街の中心部へ向かうゼニア・ルミノア姫の露払いをするために、イガラシフブキは地上へ攻撃を加えていた。


 私は再び弓の弦を引いて、自分の意識を空中に放った。


 飛び抜けた実力を持っていなくとも、やはり上から攻撃できることの優位は魅力的であるため、風魔法家が他者を飛ばすことに集中して、攻撃役が魔法の投射に集中するという役割分担の編成はよく見られる。

 そんな敵部隊の一つを仕留めるべく、私は矢の軌道を変えていく。

 ピンポイントで航空力を失った時の脆さがデメリットなのだ。残酷だが、効果的だ。


 視界の死角を突いたつもりだったが、意外な勘の良さでそのエルフは私の曲げる矢に気付いた。上昇して回避を試みている。だが私の魔法も、繰り返される戦闘の中で磨かれていた。勢いを強くすると同時に減衰を防ぐ一種のコーティングを施せるようになったため、敵の予想を超えた速度と精度でもって命中させる。首と顎の間であった。


 数秒ほど、エルフは高度を保っていたが、やがて集中力を欠き落下を始める。

 それに対応して、周囲を漂っていた数匹の長耳が同じ運命を辿った。


 意識を自分の肉体に戻した時、私はようやく蜘蛛のような形をした巨大なゴーレムが、櫓にもう四本目の足をかけていることを知った。かなり丈夫そうな、何重もの骨組みだったが、そんな質量の塊に寄りかかられることなど想定されていないため、接触は即ち破壊を意味していた。あまりのことに一瞬振る舞いを決めかねていると、すぐに足元がどこまでも頼りなくなって、体重のかけどころを失った私は体勢を大きく崩した。


 櫓が崩壊していく。

 私は落下寸前のところで、辛うじて割れた床に掴まって難を逃れた。

 だがそれも、蜘蛛が六本目の足をかけるまでのことだ。

 全く支える柱を失くした櫓の上部ごと、私は宙に放り出される。


 一番近くにいる治癒魔法家はさて誰だったろう、と考えた。

 どのくらい離れてしまったか。歩いて向かうことは可能だろうか。

 もし這って行く必要が出てくるとしたら、それは相当大変である。


 ともかく、まずは衝撃と痛みに耐えるところから始めなければ、困った――。


 風が吹いた。


 それにより、乱暴だが殺人的ではない程度の着地になった。

 投げ出された私の身体をさらに別の風が、驚くほど実体を感じさせる厚みで包み込み、優しく下ろす。


 イガラシフブキがそこにいた。


 差し出された手を握る。

 彼は座り込んでいた私を引き上げて立たせると、空いていた方の手をピストルの形にして、無造作に、蜘蛛のゴーレムとは全然関係ない方向へ照準してから、目を向けることもなく二発、空気の弾と思われるものを撃った。


 その分だけ私の前髪は揺れ、敵の悲鳴も上がった。

 主の力が流れ込まなくなったゴーレムが動きを止め、仰向けに転がって周辺の建物を巻き込む。粉塵が舞い上がってこちらまで漂ってきたが、微風に阻まれて届くことはなかった。


 一瞬の沈黙の後、私は反射的に弓が折れていないか確かめた。

 大切な仕事道具だ。無事だ。


「お怪我は?」

「ありません」

「反対側の塔を掃討しました。今、味方が上がっているので、場所を変えるならあそこがいいでしょう。それでは私はこれで」


 もう少し何か言葉をかけるべきかと思ったが、彼はすぐに飛んで行ってしまった。

 私はそれを見送った後、彼の言った通りに街の反対側へと急いだ。




 それから、厄介な展開となった。

 敵のヒューマン部隊が出現した。


 数でも質でもこちらが(まさ)っているが、要注意人物のリーダーは精神に干渉する魔法を操ると言われており、圧倒的な戦闘力もさることながら、部隊員を恐いもの知らずでブレーキのない状態に仕上げている。かなり若い少年少女だけで構成されているというのもいけない。


 そこの差が、志願兵で構成された我々隣界隊(りんかいたい)を脅かす。

 ここしばらくはニアミスばかりで、直接対決することはなかったが、どういう心境の変化があったというのだろうか――。


 ――だが、案じられていたほどにはならなかった。


 ともかく敵のヒューマンに関して注意するべきはリーダーであるシンという少年の危険性に尽きるわけであるが、私が空を観察していた限り、前回と同じ流れになりつつあった。


 イガラシフブキと対峙すると、少年はたちまち戦意を喪失してしまうのである。

 数え切れないほどの魔法を習得し、こちらの部隊員を何人か完全に洗脳するほどの暴れぶりを見せても、どういうわけか、あの道化を見ると萎縮してしまう。


 今回は魔法で数合やりあっていたからよくもった方であるが、結局は、尻尾を巻いて逃げ出してしまうのだった。


「またなのかい……?」


 そう言われても、少年は遠ざかるのをやめようとはしない。


 そこへさらに追い打ちをかけるかのように、英雄は言った。


「構わないよ! けど俺は船を沈めるぞ」


 少年は止まった。


「知ってるんだぜ。まだ全部は港に到着してないよなあ……?」


 その言葉が決め手となったのか、少年は再び決心してイガラシフブキに襲いかかった。だが繰り出した技を悉くいなされるだけの時間が延々と続いていった。


 空がプロレス会場になっている間、味方は敵のヒューマン部隊以外を撃滅し、事実上の勝利を手にした。


 英雄は一つだけ、小さな竜巻を作った。


「今日はそろそろおしまいにしよう。来年を楽しみにしてな。俺は必ずそちらへ行くぞ、マイエルにも言っておけ、いいな、俺は、必ず、そちらへ、行く」


 やはり天災級の魔法使いには敵わなかった少年は、残った仲間を集めると、運搬魔法による転移で当地から去った。


 シーズンは終わりを告げた。

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