10-6 プロジェクト木の枝
しばらく、時間は新生ルーシアの現状を実際に目で見て確かめるということに費やされた。皆、結構ケチをつけるつもりでいたようだが、予想を遥かに超えて、共和国は健在だった。無傷、とすら言っていいほどの、争いの通過を思わせない平穏ぶりに誰かが眉根を寄せる場面も少なくなかった。
少なくとも首都に関しては、そうとしか受け取りようがない。
統一される前、ヒューイック派の勢力は、国土の端にある地域から首都へとどんどん上っていった。だからここも一応、戦いの場として数えられている。しかし、本当に争いの形跡がないのだ。建物は壊れているということも修復中ということもなく、どこかにこびりつく血さえ見当たらない。人々は危険を恐れて家にひきこもる必要が無くなって、往来の賑やかさは平時(エルフ相手にはずっと昔から戦時だけども)と変わらない様子だ。
もちろん色々と取り繕っている部分はあるだろうが、それでも、絶望的な状況ではないということは、セーラムから見ても、ディーンから見ても確かなようだった。ローム・ヒューイックの言うような助力を与えれば、彼らはまた自分達の足で立てる――そう思わせるだけの活力がみなぎっていた。
実はマッチポンプだったのではないかという可能性を俺は考えた。
だが、首都郊外の難民キャンプには紛れもなく故郷から逃れてきたであろう人々がいて、日差しも雨風も満足に凌げないまま溜まっていたし、配給された物資を奪い合うような光景も散見された。
前情報の通り、街の市場や店舗には十分な商品がなく、吊り上げられた値段でも客が群がっていて、それは首都に限らず、地方都市においても同様だった。
さすがにオアシスのような陸の孤島では厳しい状況が続いたのか、ところどころに略奪の跡が見て取れた。扉を破られ、中を荒らされた廃屋は確かに存在した。やんちゃが過ぎてお縄につき、処刑された賊どもの屍が吹きさらされているのを見ると、それにまつわる悲劇を一つ一つ想像せずにはいられなかった。
あくまでも全体から見ればぬるいもぬるい、誤差のような被害だ。それでも、これらの様子を俺達に見せるため、いちいち演者として民草を動員しているのだとしたら、ハリウッド映画も顔負けの規模になる。わざとやらせている線はない。国中で物が不足しているというのも本当で、どこへ行っても多くが欠けている。人死にが極端に少なく、築き上げたものが壊れていないというだけで、爪跡は確かに残っている。仮に、幻の内乱を演出し、同情を引いて金を毟り取る策略だったとしても、払った分以上の見返りがあるとは考えられず、国を挙げた壮大なプロジェクトとして捉えるのは無理があった。
しばらく対エルフ戦線から離れ、自国の治安維持活動に勤しんでいたルーシアの軍隊は、新政権の誕生に際して設立された自警団にその役目を譲ろうとしていた。より警察色の強い衛兵組織は変わらず残っていることだし、混乱から解放された今の国民なら、なんとか連携してやっていけるだろうという判断だ。
視察の終盤になると、俺達は新たな任務に向かわんとする軍団が続々と集まってくるのをまざまざと見せつけられた。腹は減らし気味のようだったが、ルーシア軍は傷ついてなどいなかった。本当に、どこまでも軍隊同士の衝突は回避したのだろうということがわかった。したというよりは、されたのか。わからない。外国の事情だ。
全てはヒューイック大統領の手腕なのか、はたまた流れというやつか……。
運搬魔法家によって、補給物資もたっぷりな最前線へと送られていく兵士達の第一陣を、俺達は見送った。彼らは心なしか嬉しそうに見えたが、それは俺の思い過ごしだろうとも思えた。無理矢理にでも自分に都合よく解釈することによって、後ろめたさを軽減しようとしているのだ。
彼らは飛んだ先で歓迎され、腹いっぱいの飯を食うだろう。一時的に幸福感を得られることは否定しない。しかし彼らの多く――いや、ほとんど――はその後、遅かれ早かれゴミのように死んでいくだろうし、どちらかといえば、俺はそれを強いる側だ。
……わかったはっきりさせよう、今や、間違いなく、俺はそうだ。
一般の兵士とは間接的な関係であっても、客人、とりわけ隣界隊においては、直接、死んでこいと命令している。それが実際に聞き入れられるかどうかは重要じゃない。立場の問題だ。良い立地の執務室をもらい、ハイソな世界のおこぼれに預かって豪勢な料理や珍味に舌鼓を打ち、あとは、まあ、そうだな隠れて自慰に耽ったりしている裏で、俺の考え一つで簡単に死んでいく人間がいるということが問題なのだ。
生き死にだけの話じゃない。戦闘以外にも大変な仕事はたくさんあり、それもまた任せ放題だ。じゃあ、あのクソ田舎まで行って、山を切り拓いてください、十個ほど、と言ったことがある。もちろん、戦場働きだけは嫌だという要望を考慮した上で、それだけの素晴らしい能力があると判断したからだ。一年半経って、辞令を受け取った人はまだその仕事をしている。多分一年半後も同じ仕事をしているだろう。
これは特殊な例じゃない。
俺は明日召喚されるであろう人間に、砂漠を緑化してくださいとお願いすることになるだろう。地平線の彼方まで広がる砂漠を。
いつの間にかそうなっていた。どこが区切りだったのか思い出せない。
まだ日本にいた頃の俺が今の俺を知ったらどう思うだろうか?
闘技場で見世物にされていた頃の俺なら? 殴りかかってきてもおかしくない。
かつての俺はこう言うだろう。お前は何か間違っているとは思わないのか、と。誰かを使い潰しながら何の罰も受けずのうのうと暮らしていることについて、何か思うところはないのか? そういう人格に何もいい印象など持っていなかったじゃないか。自分がそうなったら途端に掌を返して赦すのか? どうなんだ。
そして俺は言い訳がましくこう呟く。
お前だった頃より遥かに充実して、みんなの役に立ってるよ、と。
それに、嫌なら辞退したり逆らうことだってできるんだし、絶対じゃない。
まだマシな方のクズにはなってるんだよ。
そんなものは欺瞞だ、恥を知れ、と俺はわめく。
悪しき自己責任論まで取り込んでいくつもりか、そこまで腐ったのか。自分も前線で戦っていることが免罪の条件になると思うな、お前はズルをしているのだから生き残るのは当たり前だろう。お前は苦労を分かち合ってなどいない。あの魔法はレギュレーション違反だ。お前は対等であることを放棄している。正しくない手続きで人の上に立とうとしている。そればかりか、弾圧しようとさえしている。お前はかつて軽蔑していたような生き物に自分からなろうとしている。それがわからないのか? 胸糞が悪い。
お前は地獄に落ちるぞ、天罰は必ず下る。
放っておくと、俺はいつまでも文句を言い続ける。いちいちもっともだと頷くしかないのだが、時間には限りがあって、永遠にそうしているわけにもいかない。どこかで切り上げなければ全く動けなくなってしまう。
俺は俺を追い出して、玄関を閉じ、鍵と、チェーンもかけた。
だが、これは一時的なものにすぎない。
俺はまたすぐに別の玄関からやってくるだろう。
はあ。
そういえば。
これまでのパターンから、視察中に何か一悶着起きてもおかしくないという心構えでいたが、特に事件はなく、とうとう予定通りに終了した。拍子抜けだった。
いや、何もないなら何もないで、大変結構なことだが。
帰国後、さっそく客人達に声をかけて、ルーシア復興対策チームを新たに組織した。これは復興に限らず、広範な支援も含まれている。新たに召喚された人々もかなり多めに回せるよう手筈を整えた。
チームが現地へと飛んだ頃、ナガセさんが急に執務室を訪ねてきた。
彼とは戦場で過ごすことが多く、何か詰めたい話があればそこでしてしまうことが多かったので、こうして落ち着いて会うのは久しぶりのことだった。後に回せない用事もなくなったので、俺は快くナガセさんを迎えた。
「すいませんね、アポなしで」
「いえいえ」
「どうでしたアラビアは」
「言うほど似てなかったよ。中華っぽいところも多くてね」
「へえ。でもやっぱり暑かったんでしょ?」
「クソ暑かったですね。単純に日差しが強すぎるっていう……」
「うへ。いるだけで疲れそうだな」
「まあ体力ごりごり削られますよね。でも私達はまだいいですよ、水飲みたいと思えば飲ませてもらえるし。現地の人達なんか井戸枯らしたりしててね。今日復興チームに飛んでもらったから、上手いことやってくれるといいんですけど」
「ウソ、もう行ったんすか? 早いな。もしかして、帰ってきてからずっとその準備してました?」
「え? まあそうですね。滞在延ばしたせいで止まってた案件もあったんで、そっちも見ながらですけど。新大統領から強い要請もありましたし、同盟組んでる以上、早いうちに片付けないと結局みんな損しますし」
「なんか大変そうすね……」
「そんなことないですよ。リーダー決めてその人と話し合って、大まかに予定決めていけそうだなってことになれば、あれやれこれやれって言うだけですもん」
「いや、それがさ……。ちょっと五日くらい休み取って、どっかの避暑地にでも行ったらいいんじゃないですか」
「……どうして?」
「召喚装置が動き出してからこっち、フブキさん働き詰めのような気がして」
「んなわけないでしょう。ちゃんと週一で休みもらってますよ」
「あ、ダウト。その休み潰して人の世話焼いてるってジュンさん言ってた。サカキさんの相手、まだ決まってないんでしょうが」
「そんなのたまにですよ。他の方が付き添うこともあります」
「でもオレ、この間引っ越し手伝ってもらったって人の話聞いたんですけど」
「あれはたまたま、引っ越し先の偉いさんに挨拶する必要があっただけで、ついでだよ」
「崩れた味方助けるために出撃しましたよね?」
「それはだって、暇してる人間が行くべきでしょう」
「オーリンで道化師働きの巡業、続けてる」
「彼らには召喚装置の件でよくしてもらってるんですから機嫌取り続けないと」
「……そんなに仕事ばっかしてて、参らないんですか」
「別に……」
「ウソをつけ!」
「いやホントに。こっち来てからずっとそうなんですけど、あんまり、仕事してるって感覚がないんですよね。目の前にどうしても片付けなきゃならない問題が転がってて、それを一つ一つやっつけてるだけというか……」
「それ余計キツくないすか?」
「あれだ、ガスコンロの掃除とか、多分寒い地方の人は雪下ろしとかが該当すると思うんだけど……ていうかどうでもいいよそんなこと。今日は何の話だったっけ? もう夕方だし早く切り上げてどっか繰り出しましょうよ」
ナガセさんは溜め息をついてから、
「とりあえず叩き台が出来ましたよ」
と言った。
「――えっ……何の?」
わからなかった。というより思い出せなかった。叩き台というのが何を指すのか。
「嘘でしょ!? 自分で作れって言っといて! あんたやっぱ休んだ方がいいぜ」
「うわ、やべ、ごめんなさい。いつ頃の話……?」
「半年くらい前――もういいや見たら思い出すだろ」
彼は丸めて持ってきていた大きな紙を、テーブルの上に広げた。
「これは……」
「片手間でいいからって、コツコツ進めてきたんすよ」
図面だった。
それで思い出した。イメージとは違っていたが、これは俺が頼んだものに違いない。
「いや、酒の席での話だったから……正直今日言われるまで、手をつけてるなんて思ってなかったです」
「超ショックだ。声を大にしてふざけんなと言いたい」
「いやほんと申し訳ありません……」
全員が全員そうだというわけではないが、戦場と本業を行ったり来たりする客人は珍しくなかった。別に歩合制ではないが、何か大きく役立てばすぐボーナスが出る。それは金銭的なものもあるし、何らかの仲介であったりする。とにかく、自分の活躍が利益に繋がるということを保証して、モチベーションの維持には務めていた。
ナガセさんも隣界隊と鍛冶屋との二足の草鞋で暮らす一人で、武器製造にも慣れてきた彼の能力に期待して持ち上がった話なのは確かだ。
……でも、あれが作れたらいいね、程度の会話だったと思うのだが……。
「オレ一人じゃ全然形にならないし、実現もしそうにないから、興味ありそうな人に片っ端から声かけて知恵を集めてさ、研究所もたくさんアイデア出してくれたよ」
「話大きくなってる」
「大きくせざるをえなかったんですって。それでとりあえずまとめたのがコレ。お願いだからやっぱナシとか言わないでくださいよ」
「言いません言いません。実用化が可能なら利用しない手はないんですから。何といっても、銃ですからね」
そう、銃である。
「こっち分解図、こっち完成図」
「ふむ……」
少し前までならその発想さえなかった。
セーラムに来たばかりの頃、俺のいた世界にはこんな武器もありました、と学者筋に紹介したことはあったが、満場一致で、これは今の時代では作れないよという結論に至っていた。今でも工業的には条件を満たしていないが、代わりに呆れるほどの魔法の才能を得ることには成功している。現在の充実した魔法の力を使って、同じような兵器を作り出すことは可能なのではないかという考えは頷けるものだった。
元より、過去の時代に銃器を持ち込むという思いつきはありふれている。
百人いれば百人同じことを考えるわけで、何故ならそれは強力だからだ。
議論の余地はない。紛れもなく銃器の開発は強い行動の一つだ。
試行錯誤の必要がなく、最初から完成形も知っている。
やれるなら誰もがやりたいことなのだ。
そういうわけで、本格的な歩兵銃の原型であるマスケットに近いものを作れないかとほろ酔い気分で口走った記憶がある。
「しかしこれは……どこから弾を装填するんですか? まるで、ただの杖だ」
図面に描かれたシルエットは、一般的に想像される初期の小銃からさらに部品を取っ払ったような形をしていた。そこらへんに落ちている木の枝を持ちやすいように加工しただけのようにも見えた。鉄も使われているのはわかるが……。
「そうです。魔法の杖ですよ」
ナガセさんはちょっと申し訳なさそうに、
「魔法使いにしか動かせないです、これ。魔力を装填するから」
「……あ、そうなんですか? いや、それでも強いだろうけど。詳しく説明してくれませんか、見てもよくわからなくて……」
落胆したのは確かだが、最後まで聞かないとそれを口に出すこともできない。
彼の述べるところを要約すると、この銃は火薬を使わない。
持ち手に魔力を流し込むと、内部にある魔法陣が勝手にそれを変換する。
その働きは大きく二つに分かれており、まず一定の質量を持った実体を発生させる。
次に、回転を加えながら砲身に沿って射出する。
これらを即座に、素早く行う。
「素早くって、どのぐらい?」
「一瞬です」
「次の弾を撃つまでのタイムラグは、どのぐらい?」
「一瞬です」
「連射できるってこと?」
「一瞬です」
「回転っていうのは、ライフリングで得られるのと同等のものだと考えていいのかな」
「一瞬です」
「これアサルトライフルだな」
ナガセさんは頷いた。
「厳密には装填っていうのも正しくないんです。何しろ使用者からその都度魔力を引っ張ってきて、弾と発破の分のエネルギーを賄うんで。したがって弾込めの手間はないし、残弾はイコール魔力の残りで計算します」
「……俺、今すごい話聞いてる気がする」
「みんな苦労しましたよお。レギウスおじにも魔力変換の部分で色々言われたし」
「あいつも噛んでんのかよ!?」
エルフヘイムでは学者の端くれだったというから、不思議じゃないが……。
「召喚装置の解析がかなり役に立ちましてね。あ、助言してもらっただけで開発スタッフとしては必要ないから、そこは安心してください」
「やれやれ……――これさあ、こういう武器あったよね。結構昔の、SFアクションの漫画でさ、腕に装着して心で撃つっていう……」
「ぶっちゃけそれです。それを目指しました。魔法も心で使うものだから、ピンときて」
「なーるほどね。考えてたのとは違ったけど、これはこれでよさそうな道具だな」
「銃本来の強みである、誰にでも撃たせるって部分がなくなるんで、片手落ちっちゃあ片手落ちですがね」
「それでも完成すれば、生活級の魔法使いを戦闘員として数えられるし、攻撃手段を持たない魔法家の自衛手段としても有用利用できますよ。それに、使い手を選ぶのは悪いことばかりじゃない。セーフティとして働くでしょう?」
「お、さっすが……オレも最初はどうなのこれって思ったんすけど、途中でそのことに気付いて……だから一応持ってくる気になったんですよ。最初の一歩ってことでね」
この銃は魔力を持たない者にとってはガラクタも同然だから、想定してないユーザーによる悪用をある程度防止できる。
「叩き台、か」
「これを足掛かりに、本物の銃を模索していきます」
「火薬にこだわらないってのは方向性としては合ってる気がするな」
「でしょ? 上手くいけばこいつの兄弟姉妹で戦争を終わらせることができますよ」
「――と、かつて名のある発明家達は考えていましたが、」
「実際にゃどうでしょうな。デメリットっていうか、危険も付き物の、言ってみりゃ劇薬なんでね。ここは地球と環境が違うんだし、オレ達が再現したことで思いもよらない事態を引き起こす可能性はあると思いますよ。不都合な、事態がね。こっちとしちゃ是非やりたい仕事だけど、敢えて実用化しないって選択肢を取るのもおかしくはないんじゃないかな……特に、今日までその気じゃなかったってんならね」
「半年分の仕込みが無駄になるとしても?」
「いやまあそれは、今やらないってだけで、いつかは辿り着くようにしないとね。一時凍結ってところですか」
「やろう」
と俺は言った。
「私はヒューマン同盟が戦争に勝つと信じていますが、その後に天下がどう転ぶかまではあまり考えていません。いつかは来ないかもしれない。こういうのは予算が取れるうちに動かしておいた方がいいと思う」
俺が望むのは、エルフとの戦いに勝つための効率的な手段だ。それに専念しているうちは、ナガセさんが示唆するような問題が顕在化することはないと思う。
勝った先のことは、今は考えない。
俺達はきっと優位に立ちつつあるのだろうが、まだそんな余裕はない。
「誰かがストップをかけた時にやめても遅くはないんじゃないかな」
「半端なところで打ち切られる方がヤだなあ」
「そこは考えようでさ、既に突っ込んだ分がもったいないと思ってもらえれば、止めるに止められないというわけで……」
「そうかなァ」
と、ナガセさんはもう一度確かめるように、図面に目を落とした。
「まあ、じゃあ、やる方向で進めますよ」
「お願いします。届け出はすぐに済ませます」
彼は急に顔を上げて、
「で、さっそくモノは相談なんですが」
「はあ。いきなり何か問題が?」
真剣な眼差しだった。
「ドワーフの国に行くことって出来ないんですかね」
――諦めてなかったのか。
「それは、プロジェクトに必要なことなんでしょうか」
「おそらく。これから試作品の製造まで、多大なる困難が予想されます。今いる仲間だけで完成させられるように考えたつもりですが、ハッキリ言って、この魔力射出装置は初めての挑戦を詰め込んだ物なんです。探り探りやってかなきゃならない」
ナガセさんは、これが前提だぞ、と言い聞かせるような口調で、
「――手本がね、欲しいんすよ」
それは切実な願いのようにも聞こえた。
「それでドワーフ?」
「それでドワーフ」
確かに、オーリンで出会ったドワーフ、アグラ氏の技巧は、その魔法含めて目を見張るものがあった。世界樹の戦いを経てからもナガセさんは個人的な付き合いを続けているようだし、口にこそ出さなかったが、今回のこの棒を設計するにあたってもかなり影響を受けたのだろうと思う。
俺もそれを承知していたので、幻想持ちすぎじゃないですか? とは言えず、
「しかしですね、」
彼はテーブルに覆い被さるように、手をついて頭を下げた。
「あっちが鎖国状態だってのはわかってます! 難しい話なのも! だからお姫様と王様に話を通して欲しいんです!」
「や、そう言われましても……」
ナガセさんは再び顔を上げる。
「もしこの計画が成功したら、オレ達にボーナス出ますよね」
「それは、もちろん……実現したらマジで偉業ですから」
「オレそれ前借りしていいすか」
「――ええ?」
「ボーナス前借りして、それでお願い権を買います!」
「いやだってそれは、あくまで成功報酬としてのボーナスなわけで」
「ただ自分がどこまでやれるか試したいだけなんですよ! 勉強もしたい!」
まあ、そうでも考えてなきゃ、そんなふうにボーナス使わないだろうけど……。
「グランドレンは夢の国なんですよ! 話がまとまらなくても払い戻ししろとか言いませんから! なんとか頼むだけ頼んで欲しいんすよ! このとーり!」
彼は顔の前で両手を拝むように合わせた。
「……参ったな……」
面倒といえば面倒だった。
だが、この熱意に負けてしまいたい自分もいる。
技術的な側面は全然わからないが、やはりプロジェクトの実現に繋がる重要なことなんだろうとも思うし――。
「――とーりあえずー、姫様に相談はしてみます」
「マジで? やった!」
「相談だけだって。お願いじゃないよ。とりあえずの感触を引き出してみて、それからまたちょっと我々で話し合いましょう。どのみちお願いするにはただ行きたいっていうのじゃ駄目で、具体案が要るし」
「わかりました! じゃあみんなに伝えるんで、オレはこれで失礼しまっす!」
ナガセさんは目にもとまらぬ速さで図面を巻き終えると、そのままピッと敬礼して部屋から出て行ってしまった。
「……飯食いに行こうよ」
残された俺の呟きが、泡のように消えた。




