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エルフヘイムをぶっつぶせ!  作者: 寄笠仁葉
第10章 稼働後の拡大
131/212

10-4 酩酊

 朝早く、俺は客人(まれびと)向けの寮に来ていた。

 玄関、談話室を通り過ぎ、二階へ上がってどんどん歩く。一番奥の部屋。


 深呼吸。――ドアを叩きまくる。


「おはようございます! タマルさんいるんでしょ? タマルさん起きてます?」


 呼びかけている途中で、何かが崩れるような音が中からした。

 あと、何かが落ちるような音も。

 俺はそこでドアを叩くのをやめ、反応を待った。


「……うわやべ、今何時だ? すいませんすぐに出ますから……」

「待った! まず下着を探してもらおうかな。それから服」


 この人は脱ぎ癖がある。踏み込んだらすっぽんぽんだった、というケースがこれまでに何度かあり、俺は学習していた。


 情報によれば、タマルさんは昨晩もたっぷり酔っぱらったということだ。このところルーシア新政権の式典と祝賀会続きで、客人の中にも招かれる人がおり、特に彼女のようにある種の役目を持った人間は、性質上どうしても出ずっぱりになってしまう。


 まあ、それを抜きにしても、暇さえあれば昼夜問わず酒を飲んでいるような人なのだが……。


 ややあって、割とあられもない格好の女が出てきた。それ下着のまんまだよねと思わずツッコミたくなったが、これで外出していたのを俺は一度目撃している。


 とろんとした目は眠いからだけではない。これは相当……()()()いる。

 髪、ぼさぼさ。口の端からよだれの跡、肌もほんのり赤みがある。

 歳はこの間の誕生日で二十一になると言っていた。


「おはようございます」

「おあようございます……」


 思わず鼻がひくついた。ものすごいアルコール臭だ。

 部屋に染みついている分もそうだが、タマルさん本人からも漂ってきている。

 肩越しに、空になったと思われる瓶が散乱しているのが見えた。多分、連日会場からガメてきたやつで夜通しやっていたのだろう。


 俺は目立たないように一歩後ずさりして、言った。


「迎えに来ました」

「……あたし遅刻?」

「いいえぇ、それだと困るので、間に合うように」

「あ、なーるほど」


 他の人に頼んでもよかったのだが、既に三回失敗しているので直接出向いた。

 一応、俺に怒られるとヤバいということは理解しているようで、この方が話は早くなる。いつの間に自分はそういう存在になってしまったのだろうと思うと気落ちする。


「そしたら……それ着替えてください。正装だって連絡したと思うんですが……準備してます?」

「してま、してませんすいません」

「言っとくけど時間そんな無いですからね、はい急ぐ!」

「えーっ……どこやったっけ……」


 そろそろこの人はマネージャー付けなきゃ駄目だな、と思う。

 さすがにいつもこんなひどい状態というわけではないが、大事な連絡が抜け落ちてしまうのは今日に始まったことではないし、せめてスケジュールの管理だけでも委託しておかないと、いつか大変なやらかしを引き起こしかねない。


「お待たせしました! 行きましょう」


 軍の礼服は見つかったようだが身嗜みは千点満点で百二十点くらいだ。

 彼女は隣界隊に所属していない。軍属というわけでもない。だがそちらの方面で共に仕事をすることも多く、見映え的に都合がいいため大抵はこの装いである。


「じゃあこれ、今日のガソリン」


 俺は持ってきた小さなシアマブゼの水筒を渡した。あの竹と瓢箪の合いの子みたいなやつの、これは瓢箪に似ている方。


「うほっ、待ってました! いやー、あたし日本酒にゃ目がなくてねえ」


 彼女はワインやビールを与えても同じことを言う。ディーンの酒なので正確には日本酒ではないが、製法自体は同じだ。


「もう飲んでもいいですか」

「むしろ今飲んでください」


 さっそく口開けをして、ぐびりとやる。


「うわっ、これすごい! フルーツジュースみたい!」

「そうでしょうとも、お高いですからね。いくらしたか聞きたいですか」

「こわいんでいいです」

「そうですか。とりあえず、城へ」

「了解です」


 彼女が指を鳴らした一拍後に、俺達は転移した。


 タマルさんは運搬魔法に適性を示した。

 総合的には非常に優秀な使い手で、調子がいい時は首都から最前線まで一万人規模の軍勢を、馬を含む装備込みで直接ワープ・アウトさせることさえやってのけた。当時既に同盟軍の支配領域は日本地図で言うところの宮城県を完全に押さえるところまで進んでおり、ほとんど反則とも言える増援はそこでの勝利に大きく貢献した。おそらくエルフヘイムにもこれほどの使い手はいないのではないかと思われる。しかし調子の悪い時はヒューマン一人送るのにも苦労する、なんともムラ気のある魔法家だ。


 その秘密は魔法の燃料にある。

 彼女はカタリスト・タイプ(触媒型)の魔法使いで、摂取した酒の質に魔法の出来も左右される。これはアルコールの魔力への変換も含まれる。ヴィンテージの貴重な酒で気持ちいい酔い方をするとこちらが舌を巻くようなパフォーマンスを発揮するし、安酒による苦しい酔い方だと――まあそれでもヒューマン陣営の運搬魔法家としてはいい方だが、同じ客人同士で比べると一気に見劣りしてしまう。


 幸い、本人は酒好きであるため、与える物の品質にさえ気を付けていれば、年中稼働できるジャンパーとして活躍が見込める。実験が重ねられ、ある転移を実現させたければこれだけの酒が必要、という大まかなガイドラインが設定された後は、彼女の(もと)には毎日国を問わず様々な運搬依頼が舞い込んでいった。そしてひとたび重要な軍事作戦が立案されれば、特別に支給される何十年もの何百年ものといった酒を引っ提げて、八面六臂の働きを見せる。


 だから、まあ、タマルさんの名誉のために一応言っておくと、彼女の職務とはまさに酔っぱらうことであって、魔法行使以外の面で色々トラブルを抱えやすいのは仕方のないことではあるのだ。それを補って余りある成果を、この世界に来て半年という短期間で彼女はしっかりと示している。だからこそこちらでサポートした方がいいのだが、これがなかなか、問題の解決順序というやつの前には――しかし近いうちには必ず誰か(あて)がおう。もっと言うと、その優秀さ故に同盟全体で酷使しまくっているので、緊急の任務も多くまともな休日など無縁な状態は申し訳ないのだ。本人は大好きな飲酒がそのまま仕事になり、毎日呑めて幸せ、ぐらいにしか思っていないだろうが……。


「はい、到着」


 視界の揺らぎが治まる。


「どうも。ではこちらに」


 先導し、待ち合わせ場所まで案内する。

 歩いている間も、タマルさんは酒を飲み続ける。


「あー、それ、全部飲まないように。半分だけ。残りの半分は、帰りの燃料に」

「ありゃ。まあいっぺんに呑むのも勿体ないか」


 法律を無視して小学生の頃から機会があれば呑んでいたと豪語するタマルさんがここに召喚された原因は、予想通りのアルコール中毒……ではなく、飲酒運転による交通事故である。ストレートに最悪なケースだ。単独事故だということだし完全に自業自得だが、その分後ろ暗いところもなく、客人の中では素直で付き合いやすい部類である。懸念される酩酊状態においても、酒乱の気はあまり見られない。


「それで、えーっと、何運ぶんでしたっけ、今日は」

「……嘘でしょう? しっかりしてくださいよ!」

「す、すいません」

「ルーシアに行くんですよ」

「ああ、そうか……」

「だからあなたに頼むんじゃないですか。長距離を一発でやってくれるあなたに」

「こんないい酒をもらえるわけだ……」


 タマルさんだけではない。

 魔法使いの安定確保は、もちろん輸送にも福音をもたらした。まだまだ、いくらでも運搬魔法家は数を揃えたいところだが、戦地まで人と物を運ぶという一点だけでもとりあえず劇的な変化が現れたのはさっき言った通り。


 ヒューマン同盟は遥かにフットワークが軽くなった。要人の移動に関しても。


 今回の式典のように顔を出すだけでいいなら、わざわざ馬車に揺られなくてもよくなった。実際には付き人や護衛、そして荷物も一緒に運ばなければならないが、タマルさんのように腕のいい魔法家ならそれでも許容してしまうし、もし予定が早めに組めれば、そういうオプションは先に送りつけて当日の運搬人数を抑える、なんて手も使える。


「やあやあ皆々様、ご機嫌麗しゅう。運搬魔法家も到着いたしました、準備はよろしいですか、快適な旅のために……おや、そちらのご婦人、そろそろ線の内側に入っていてくださいね、はいそちらのお方も、ご子息についていてあげてください、どうかくれぐれも目を離さないで、安全な旅のために……」


 乗客と荷物は、全て城内の庭園に集められていた。パーティに参加していた連中がほとんどそっくりそのまま移動する。その中には王様も姫様もジュンもいるし、姉上のミキア姫もいる。そしてローム・ヒューイック新大統領以下、ルーシア共和国の面々も。


 全てが、軽石や掘られた溝によって示された円のエリア内に入っている。

 これは魔法陣ではなく、タマルさんが魔法を使う際の目印だ。さっきみたいに誰か一人を飛ばすだけなら簡単だが、運ぶものが増えるに従って、影響を与える面積と空間も多く必要になる。魔法行使の難易度も上がる。


 俺達はルミノア家と軽く目配せをして、円の中に入った。


「それでは、あとはお願いします」

「はーい。――皆様、予定通りにお集まりいただきありがとうございます、運び屋のタマルです。この魔法はセーラム、ルーシアを繋ぐ特急便、都から都まで数瞬の旅でございます。忘れ物、ありませんか? トイレ行きました? あたしは着いたらすぐ行きます」


 小さく笑いが起こる。

 ディーンのアキタカ皇帝などは、また別の客人が現地まで迎えに行っている。


「大丈夫そうですね。じゃ、始めまーす。さーん、にー、いち」


 そしてまた指を鳴らす。

 (ほとばし)る魔力が線の内側にあるもの全てを包み込む。何もかもが揺らいでいく。


 俺の記憶が確かならば、彼女はこれが済んだ後すぐにデニー・シュート()()の部隊を今は秋田・岩手方面まで伸びた前線へ再移送する仕事が入っていたはずだ。これは何回かに分けると思う。そして行った先でフォッカー隊と、隣界隊の一部も回収して帰還する。そこにはナガセさんとカラサワさんが含まれていて、カラサワさんは都に留まるが、ナガセさんはオーリンの召喚村へと送られる。そして召喚村から新たな客人をセーラムに送って、残りの時間は補給品の配達をリストの上から順にだが、大抵は何か別の依頼が入るのだと聞いている。


 彼女は忙しい。


 ――え? お前がマネージャーやれって? そうかも。嫌だ。




「混乱の残る地域も多いですが、幸い、武装勢力との衝突や住民の抵抗には遭っていません。課題は、かつてあった生活を取り戻すという点に集約されています」

「これまでの話からすると、そこは客人の協力を得られれば、比較的速やかに解決すると見てよいのだな?」


 王様にそう言われ、ヒューイック大統領は頷いた。

 一国のトップという座に就き、前よりは喋っている姿を目にするようになったが、相変わらず何を考えているのかよくわからない雰囲気はそのままだ。強いて言えば、上に立つ人間がいなくなったことで窮屈そうな感じは薄れたが、喜んでいるようにも見えないし、貧乏くじを引かされたと嘆く様子もない。


「左様です。先程も申しましたように、我が国の荒廃は、(とどこお)りの荒廃であって、崩壊とは性質の違うものです。止まっていた動きを再び活性化させることさえ叶えば、国力の回復にそう時間はかかりますまい。しかしながら、やはり我々自身の手だけではそれが成し得ないのも事実――」


 式典を終え、国際的な認証も得たローム・ヒューイック政権は、さっそくセーラム、ディーンを交えた公式な首脳会談を行った。臨時ではあるが、内容的にはヒューマン同盟定例会議と同じようなものだ。


 俺も王様や姫様と共に、客人の監督官として出席を求められていた。


「わかりました、では今後しばらくは貴国の復興に客人の多くが出向できるよう取り計らいましょう。新規の人材も優先的に馴染めるよう、新しく手引きも考案しなければなりませんね。さすがに隣界隊は別ですが……」

「十分です」

「よろしいですか姫様?」

「妥当でしょうね」

「是非とも、よろしくお願いしたい」

「――隣界隊といえば、お国の戦力は疲弊からどれほどの期間で立て直せるとお考えか?」


 今度はディーンの関白、クドウ氏が発言した。


「内々のこととはいえ戦は戦、兵が随分と傷つかれたのではないですか?」


 アキタカ皇帝も後に続く。

 男子三日会わざればというが、初めて見た時は十一歳の少年(の肉体)であった彼も、数年でぐんぐんと背が伸び、声変わりまでした。


 フォッカー氏も同席しているが、今回は沈黙を保っている。


「それは、少し日程を伸ばして、目で見て確かめられてもよろしいかと考えていますが……我が軍は今回の騒動ではほとんど損害を被っておりません。確かに戦いは戦いで、死人も出なかったとは申しませんが――ご存知ありませんでしたか」

「いや、巷でも囁かれていたような話であるから、当然こちらでも耳にしてはいたが、真偽のほどには疑問が残っておった」


 王様の言うように、実際は違っていてもおかしくない流れではある。

 困っているならいるで、隠されるよりは明るみに出して解決に動いた方がいいという事情もあるし、この場ではっきりさせておきたい彼らの気持ちは俺にもわかる。


「一旦分かれていた軍団を再統合するのにまだ少々時間を要するでしょうが、来年まで待つということにはなりません。今後は我々の軍も積極的に戦闘へ参加できるでしょう。ただ――特に消耗品などは、調達が困難であると報告されています」

「人と武器は残っていても兵站に問題あり、ですか」

「恥ずかしながら」

「ではそこさえ解決すれば?」

「次回の大きな作戦には間に合わせることが可能です」

「まあ、何にせよ、視察せんことには決まらぬか……」

「ディーンとしては滞在を伸ばしても構いません。よいですね、クドウ」

「はっ」

「よかろう、そういうことであれば、もう日も暮れることであるし、今日のところは切り上げて、細かい話はまた明日にでもじっくり話そうではないか?」

「あ――」


 そこで、ヒューイック大統領は俺の方を見た。


「その前に一つだけ、私としては……是非、道化師殿に聞いておきたいことが」

「……はい」


 急に何を言う。どういう意味だ?


「ついさっき言ったこととは別に、でしょうか」

「その通り。この先について、ということは変わりませんが、つまり――我が国に関することだけではなく、ヒューマン同盟全体という目線から捉えて、この先についてどうお考えかということですが」


 試してんのかな。


「それは、(わたくし)めではなくガルデ王陛下がお答えすべき問いであるかと……」

「そうではなく、道化師殿個人の見解を聞いておきたいのです」

「私、個人の……?」


 ――なんだか挑戦的じゃないの。

 聞きようによっちゃ、王様と、後継者である姫様をも軽んじる発言とも取れる。

 さらにはディーン皇国の皇帝を差し置いて……?


 思えばホームの会場なのに、ルーシア側から卓についたのはヒューイック大統領だけだ。ここまで上りつめた経緯といい、只者じゃねえと思ってはいたが、やはり曲者か。


「是非、お聞きしたい」


 だが、悪意や邪気は感じない。

 言い方こそはっきりしていたが、何の気なしに聞いてきたような感じだ。

 ところで君はどう? って具合に。だからこそ一層不気味なのだが。


 ――どんな意図を込めてきたのか知らんが、付き合ってやる義理はないね。


「ではお答えいたします。私個人の考えは、以前から提示している方針のまま。変わりはありません。そしてそれは我が主、ゼニア・ルミノア殿下の考えと同じです」

「――エルフ民族の根絶、ですか」

「はい」


 それ以外ない。それが全てだ。


「正直申し上げまして、この場で改めて()()するほどのことではないかと」


 何故なら、もうその計画は動いている。

 戦場で殺す以外に、効率よくエルフの数を減らすためのシステムは設置されている。


 例えば労働所だ。

 背骨が折れるまで鉱山で岩を砕かせてもいいし、兵士向けの売春宿を充実させてもいい。短期的に死ぬまで使い潰せる場はいくらでもある。農場に当たったエルフはラッキーだ。比較的楽に暮らせる。だが彼らは皆、一様に、残り僅かな命を花火の如く一瞬で燃焼させて死ぬ運命を背負う。


 俺達がそう命じているからだ。法も作った。

 絶対にすぐ死ぬような働かせ方を徹底できないなら、罰金だ。


 エルフを使っていいと新たに認定された経営者達は、飛びつきはするものの、大体最初は不満を口にする。こんなやり方じゃ結局儲からねえ、と。だがすぐにどうでもよくなる。殺しても殺しても、次から次へと戦果が送られてくる。潰しても潰してもきりがない。素早く、かつ確実に、補充される。損しまくっているはずなのに、手元に残っているエルフは先週よりも増えている。それでも国は、格安で売り払い続ける。


 奴隷にも向かないような年寄りや幼すぎる子供、病気持ちはどうなるか? もちろん、彼らは労働を免除され、即処分となる。彼らは専用の施設に送られ、首を落とされるなり急所を突かれるなりして旅立つ。言うまでもなく、ギロチン装置を用いた断頭台にかけられるのは、当たりクジを引いた者だけだ。生産が追いつかないため、その恩恵に(あずか)れるエルフはごく僅かに限られた。


 スタッフには事欠かなかった。エルフに恨みを抱く者は、ヒューマンにはいくらでもいる。戦場へ出ることなく復讐を遂行できる――このチャンスは民衆に希望を与えた。仕事にできなくても、拷問娯楽の施設や巡業団に足を運べばいい。連日盛況だ。


 ただ、ちょっと厄介な問題もあって、確率は低いが、ヒューマンとエルフの間でも子を成せるようだ。奴らをどう苦しめるかは直接手を下す者達の自由だが、子孫を残されるのだけは困る。姦淫に使用した後は、必ず子を産ませる前に処分すること。これもまた厳格に守る必要のあるルールだった。


 わかってる。

 あんたに言われなくたって、気付いてるに決まってるじゃないか。

 ホロコーストだ。


 俺も当事者じゃなければ何てひどいことをするんだと思うだろうし、客人とこれについて揉めたりもしている。でもやっぱり、こちらより数の多い相手をまともに管理するのは大変なわけで、効率を考えたら口減らしはいいやり方だ。


「私の願いは叶えられつつあります。この先についても、これまでの通りになるなら、それが最上です」


 そんなに俺の話が聞きたいなら、余計に喋ってやろう。


「まあ……もったいないと見る向きがあるのは否定いたしません。奴らは長生きしますし、労働力を賄うという点から見れば、大事に使った方が儲かるでしょう。楽にもなります。しかしそれは、エルフ共が未来永劫反抗しないならの話です。当然、ご承知の通り、生き物が恨みを忘れるということはありません。仮に我々がマーレタリアという国を飼い慣らしたとしても、その根本であるエルフが生きている限り、抜かれたはずの牙は研がれます――そしていつの日か、築き上げた平和も、守り通した命も、稼いだ富も、何もかもが消えてなくなるのです。それは、最初から無かったのと同じです。誰もそんなことは望まない。消えるべきはエルフだ」


 感情を(たた)えないローム・ヒューイックの眼孔が、無限に俺の言葉を吸い込んでいくように思えた。自分が何故ムキになっているのかわからなかった。


「エルフヘイムはまっさらになり、その名は失われる。獲得した土地で繁栄するのはエルフの奴隷じゃない。根付くのはヒューマン自身であるべきです。そうでしょう?」


 ヒューイックは答えない。


「ヒューマンの地は、ヒューマンで満たさなければ。違いますか?」


 呼びかけが、どこか力の足りない響きを持って、部屋の壁を打つ。

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