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エルフヘイムをぶっつぶせ!  作者: 寄笠仁葉
第10章 稼働後の拡大
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10-3 生着替え

 途方に暮れるほどではない。今すぐにどうこうという話でもない。

 だが、俺一人の手に余るのは確かだった。


 衝立(ついたて)の向こうで姫様がお召し替えをしている。

 今晩に開かれるパーティへ着ていくドレスを吟味しているのだ。


 それを待ちながら、俺は持ちあがってきたこの問題について話した。


「とまあ、そういうわけでして」

「そう。それは……困った……困ってるのよね?」

「だからこうして直接相談しに参ったのではないですか。デリケートな問題ですから、とりあえずはご内密に」

「そうね……客人(まれびと)の評判に繋がることを考えると、吹聴されるのは避けるべきね」

「ジュンお嬢様も聞いてます?」

「えっ? ええはい聞いてます」


 思えば結構、時が経った。数年。

 ジュンも姫様の侍従となって、(つまづ)きながらも順調に経験を積んできた。


 しかし慣れても大変なことはある。

 オートクチュールというやつは金がかかっている分、厄介なものになると一人では容易に脱ぐことさえできなかったり、異様にパーツが多かったりする。姫様の性格的にそういうのは避けそうなものだが、好みより流行を取らなければならない立場でもある。


 俺は仕切りの向こう側になんとなく多忙の気配を感じ、声をかけた。


「お嬢様、復唱」

「サカキさんがロリコ」

「その(あと)

「えーと、内緒にする」

「OK聞いてるな……それでですね、対策を考えなければならないのですが、私一人ではどうも手詰まりで、お知恵を拝借したいのです」

「対策――」


 と姫様は呟く。


「わからないわ」


 それは、考えてもわからない、というようにも、性癖それ自体がわからない、というようにも聞こえた。


「しかし何か手を考えないと、次の場を設けるということさえできません」

「そうね、そういうことに……なるのかしら」

「はい。相手が見つからないので」

「なんとか、その……準備ができたばかりの娘を連れてくることはできないかしら」

「いや……」


 提示された数字から考えると、さすがに皆無ではないだろうが、


「望みは薄いかと」


 サカキさんの本能という条件に合致する娘もそうだが、それを差し出す親御さんもセットで見つけなければならない。


「それに、最終目的のことを考えると、準備ができたというだけでは安全とは言えないような……」


 形だけの婚姻では意味がないのだ。

 見返りとして仲立ちをしている以上、無責任なことはできない。

 それは姫様もわかっているはず。


「難しく聞こえるわね」

「第一、上手く組み合わさったところで、それを見た周囲がどう思うか」


 あらためて口に出してみると、まさに問題が山積している。

 これらをどうにかクリアできないものか?


「……そこだけは我慢してもらいましょう」


 この感じでは姫様にもいい案はなさそうだ。


「何か、大変な話になっちゃったんですね」


 とジュンも難しげな声を出している。


「というか、よく考えたら、上手くいかないってわかっててフブキさんに色々やらせてたってことですよね? ……ちょっとひどくないですか?」

「まあ、それはそうなんですが、中々こういうことは言い出すのに勇気が要りますし、本人も隠していたというよりは、どうにか自分を曲げられる相手を見つけたかったみたいで……。あまり責める気になれなかった」

「そですか……」


 とはいえ、がっくりきたのは事実だ。


「はあーあ……大体、俺自身が所帯持ちじゃないのにどうして人の見合いにあーだこーだと口を出さにゃならんのだ……」


 恋人がいたことさえないんだぞ。


 本当なら、彼とはもっと新しい話をしていてもおかしくないはずなのだ。戦術の話とか、似た魔法を持つ新入りの話とか――見合いなど、とうに古びた因縁のようなものだ。簡単に終わらない約束だとは思っていたが、ここまでとは予想していなかった。


「よし! いいですよ姫様、見せてあげてください」


 ぱん、とどこかを叩く音が聞こえた後、姫様がゆったりとした足取りで姿を現した。

 広い部屋に弧を描き、目の前まで来て、くるりと一回転。


 俺は椅子の背もたれを抱えながらそれを眺める。


 紫色。ワンショルダータイプのロングドレスだ。

 左胸部に薔薇を模した飾り布がついていて、右には刺繍。背中に大きなリボン。

 スカートは波打たせてあるものの、幅を結構絞っている。


「どうかしら」

「んーいいですねえ……素晴らしい! よく似合っていらっしゃいますよ」

「そう」


 落ち着きは損なわずに麗しさを引き立てている。いい買い物をしたようだ。


 姫様は自分でも姿見を使い、その出来映えを様々な角度から確認する。ジュンもやってきて、上体を反らせたり、反対に背中を丸めさせたり、腕をぴんと伸ばさせたりした。惚れ惚れするラインだ。正当に美しくあります。


 かつて、似合わねえと思わされた時からは考えられないほどの着こなしっぷりだ。

 ジュンの着付けの上達もそうだが、俺達の状況が上向いていく中で、少し余裕が出てきたというか、心境の変化があったのか――姫様自身も普段の振る舞いを変えたような感じがあり、それがどんどんと反映されていった結果ではないかと思えた。元から何もしなくてもきれいな人ではあったが、近頃はより深く、女性らしい気がしている。


 あくまで、おっぱいの大きさとか――そういうのとは別に。


 二人は俺に訊ねた。


「さっきのと、どちらがいいかしら」

「どう思います?」

「え? うーん」


 さっきの緑のやつ?


 あれは今着ているのとは逆で、装飾にドレスをくっつけたような不思議な仕立てだった。とにかく何層にも重ねた布地が特徴的で、ちょっと草のようなイメージがあった。


 ただ、あれはあれで可憐さがあって、姫様の知らなかった部分を強調して押し出していくような働きをしていたのでよかった。


 ――どちらもよかったな。


「どちらもいいと思います」


 そう感想を述べると、二人共黙ってしまった。


「……あれ」

「さっきのと、どちらがいいかしら」

「ですからどちらも……」

「どちらがいいかしら」


 ああ、まあそうか、姫様にしてみりゃ最後にはどちらか選ばなければならないんだから、どっちもいいという感想は参考にならんか……。


「ふむ、となると、やはりそちらの方が、色といい、絞った大きさといい、姫様によく合っているかと存じますが」

「――ジュン、別のを試しましょう」

「あ、はーい……」

「……あれ?」


 二人は再び衝立の向こうへ引っ込んでしまった。


「あの、姫様」

「彼の件に関しては、私の方でも考えてみるわ。要は引き続き需要を満たそうとするか、需要を変化させるか――どちらかでしょう?」

「多分、そういうことになりますか……」


 どちらにしろいい手があるとは思えないが。


「まあ、今すぐには無理ね」

「それは認めましょう。しかし、いつかは片付けなければなりません。あの時、私と姫様で彼と結んだ約束なのですから」

「わかっているわ。私達はそのように規律や法を定めたわけではないけれど、功に報いなければ少なからず皆に動揺をもたらすもの――それは望ましくない結末」


 オーリンでの活躍に比べたら、ささやかな願いなんだ。

 叶えられませんとは言えねえ。


「それよりフブキ、今晩は大丈夫なの? 私はまだ段取りを聞いていないけれど」

「え? ああはい、本日の余興は、大がかりなことはやりません。そんなに時間もないし、軽く喋って終わりです。皆様根回しの方に集中したいでしょうし……それは我々も同じですから」

「そうね。やっと見えてきた、安定を望める関係だもの――逃す手はない」


 前大統領スレイシュ・マルハザール七世が戦死してから、ルーシア共和国は混乱の時期を迎えた。まず、調査の終盤に至って大統領の死に関する陰謀説が囁かれ始めた。ゴタゴタに紛れての謀殺――あの状況下で実行に移したクソ度胸を除けば、ありえない話ではなかった(裏目に出ていたらと思うと、今でも背筋が凍りつく)。


 焦点は、誰が何の得あって、という部分だが、ああいう男だったので本国でも敵は多かったらしい。そうでなくともめちゃくちゃ命を狙われやすい立場だが、それに輪をかけて注目の()だった――つまり、心当たりがありすぎて、首謀者を絞り込むことが非常に困難となっていた。何百人という人物が容疑者として持ち上がった挙句、濡れ衣をスケープゴートに着せようとした新たな陰謀が白日の下に曝される事件まで起き、事態は一気に混迷を深める。


 そうこうしているうちに、そんなことよりもうさっさと新政府を安定させようぜ、という声が高まっていった――指導者のいない国で暮らす民の生活は荒れ放題だった。


 それで、結局、真相を闇の中に眠らせたまま、調査は終了する。


 その残った闇が厄介だった。

 犯人を出せずに終わった事件は、当然のことながら、ルーシアの人々に疑念をもたらした。誰がやったんだろう――この疑念の効力はおそろしいもので、新大統領擁立へ向けて動いているはずの勢力を、ことごとく雁字搦(がんじがら)めに縛ってしまった。


 簒奪(さんだつ)者と見られぬようにするのが、難しい。

 自分が大統領位へ就くために前任者を葬った――そのように思われないことが、新たな指導者への第一歩なのだが、犯人不在の状況でただ名乗り出てみたところで、疑いの目を向けられる可能性は高い。いかにもこの機会を待っていたように見えてしまう。


 仮に人々がそう考えなかったとしても、他の有力者にこの状況を利用され、下手人に仕立て上げられるのは火を見るよりも明らか。むしろ、その危険性こそが二の足を踏ませる一番の理由となった。誰もが最初の一人を陥れようとしていた。依然として罪を(なす)り付けるという方法は手っ取り早く、そして確実と思われていた。


 背負うには割に合わないリスク。

 ルーシア大統領選は、一番最初に動いた奴が死ぬ椅子取りゲームとなってしまった。


 新たな統治者が決まらないままいたずらに時は過ぎ、人々は野放しの無法者や乱高下する食料の価格に苦しみながら空位を仰いだ。それが一年続いた。


 そんな中、自然発生的な支持を得て台頭したのが、俺達も知る若き執政官、ローム・ヒューイックだった。彼は無政府状態にあって実績を残した数少ない人物のうちの一人で、必要に迫られ一時的に治めていた地域を安定させ、太守に限りなく近い立場となった。その勢力母体はオーリン訪問の際に活躍したスタッフと兵隊であり、母国に戻った後の彼らは、その組織図を拡大するように動いていたのだった。


 評判はすぐに広まり、移住の試みと、ローム・ヒューイックの統治を望む声がルーシア全国で相次いだ。ここでようやく、牽制に明け暮れていた主流派の有力者達は、取るべき椅子の位置が移動していたことに気付いた。特筆するほどではない小競り合い、淘汰の末に、ルーシアはヒューイック派、伝統派、新伝統派に三分された。


 事実上の内戦状態であったが、実態は奇妙に静かなものとして進んだ。


 ヒューイックは重い腰を上げ、民衆に突き動かされるまま、統一へと乗り出した。

 政治家も人気商売とはよく言ったもので、水面下での権力闘争に(うつつ)を抜かし、人心を全然掌握できていなかった両伝統派の言うことを聞く民は少なく、圧倒的な信望をもってヒューイック派はスムーズに無血の勝利を重ねた。戦いというよりは、確認作業のような儀式がほとんどの内容を占め、再びルーシアは一つとなった。


 それが現在だ。


 今夜のパーティーは新政権樹立祝いの一環で、同盟国であるセーラム、ディーンをヒューイック大統領が一度訪問し、その後ルーシアに集まるという予定が組まれていた。


 外から見ていた俺達としては、事の成り行きに少々あやしげなものを感じなくもないが、前任者よりは良好な関係を築けるだろうという意味で歓迎しているのも確かだ。混乱の間中ろくに得られなかった支援も、これからは引き出していけるだろう。


「できました。さあ、姫様、どうぞ行って行って!」


 次のドレスは赤と青の交差する立体的な作りで、袖の部分など色が螺旋のように絡み合っている。さらに特徴的なのはスカートに入っている多数の切れ込みで、隙間からおみ足がチラチラとのぞいていた。そうきたかという感じだ。


「これはまた……派手な装いですなあ」


 どういう気まぐれでこの服を買ったんだろう。というか、着てみたいと思ったんだろう。仕立て屋の口車に乗せられたんだろうか。


 姫様は今度は俺の後ろへ回りこむように歩いてきた。

 俺の視線も移動し、つられて身体も回って、椅子に普通に座る形へと戻った。


 姫様はどんどん近付いてくる。

 どこまでそうするつもりなのだろうか。ぐいぐい来る。意味のある距離なのか?


 ――近い! 俺は思わず脚を畳み、膝を抱えた。


 姫様は俺を見下ろしながら腰に手を当て、胸を突き出す。


「どうかしら、前の二つと比べて……どれがいいかしら」


 俺は思い切って言った。


「あの、それなんですが姫様、私に見せるためのもんじゃないんですから、もっと他の方から意見をいただくべきでは?」


 姫様の纏っていた空気が変わった。


「ほら、例えば姉上様とか」


 あれ、これは――不機嫌なやつだ。何故だ。


「きっとためになる助言を……なさってくれませんか? 大昔からの付き合いだと新鮮味がありませんか? ふーむそれですと、あー……ではアデナ先、いや失言でした、どうかお許しを。しかし、その……しかし、いや俺何か変なこと言った?」

「いいえ何も」

「嘘だ……怒った……」


 助けを求めてジュンの方を見たが、何故かそちらからも非難めいた眼差しが送られてくる。呆れてものも言えない――と目が言っている。


 何か間違ったのだろうが、わからない。


 姫様は椅子の足を蹴った。


「わ」


 もう一度蹴った。

 それから俯いて、長く息を吐き、ジュンに言った。


「姉上を呼んできて」

「よろしいのですか?」

「いいから読んできて。あとフブキを追い出して」

「かしこまりました」

「えぇ……。いや出てこうと思ったけど……」


 ジュンがすごい早足でやってきたので、俺は椅子から飛び降りた。


「えと、じゃあ、また晩に!」


 扉を肩で押して部屋から出る。それを、ジュンが静かに閉めた。


「……あの、さ……」


 ジュンは俺の脇腹に膝を入れた。


「おぁ――いって! お前、」


 もう一度入れた。勢いがあり、俺は床に倒れ込んだ。


「えっ、ちょっと本当に痛いんだけど……」


 やはり早足で、ジュンは去っていく。

 後には脇腹を押さえる俺だけが残される。


 姫様は紫色のドレスで出席した。

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