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エルフヘイムをぶっつぶせ!  作者: 寄笠仁葉
第10章 稼働後の拡大
128/212

10-1 ある客人の視点

                   ~


 私は座り、石で出来た壁に背を付けて待っていた。

 援軍を待っていた。

 いや、正確に言えば援軍ではなく、他の拠点を支援するべく出て行った味方の帰りを待っていた。おかげで私は、数十人の運が悪い同僚と共にこの小さな砦を取られないよう守らなければならなくなった。それは任務であり、生存条件でもあった。


 ほんの少しだけ、遮蔽から顔を出して敵の様子を窺う。

 頬の横を矢が(かす)めていき、慌てて引っ込む。


 平原を埋め尽くすほどではないが、相も変わらずエルフは多勢である。日を追う毎に増員され、今では完全な包囲を形成していた。おかげで砦の各方面に人員を割かなければ簡単に突破される危険があり、困窮している。


 再び破城槌(はじょうつい)の運び手が補充されていくのが見える。

 殺しても殺してもきりがない。かといって、門を破られればあの数が雪崩れ込む。

 いくら魔法使いの集まりといえども、一騎当千の働きにはほど遠い。まともに相手をするわけにはいかなかった。


「ダメだ休憩終わり! アレ止めるぞ!」


 隣で同じように束の間の休息を取っていたナガセ先輩が、起き上がって槍の形にした炎を投げ落とす。私も言われた通りに弓を引き絞った。矢に魔法を乗せてから射出する。弾幕が激しいのでろくに狙いをつけられないが、私の場合はあまり問題にならない。ある程度なら誘導が可能である。自分の持っている感覚を、一時的にかつ部分的に矢へ移譲することもできる。


 吸い込まれるように飛んでくる矢を見つめる敵と、目が合う。私は()()()()()()()、命を奪う。少なくとも、遠くない未来には。三日ほど前から敵が一時退却を交代でするようになったので、矢を回収できるだけの隙はもうない。代わりに、撃ったのよりも多い矢が舞い込んでくるようになった。


 まだ太陽は頂点に達したばかりだ。今日はどのあたりで退却してくれるだろうか。


 既に一週間――エルフの攻撃を阻み続けている。降伏したところで彼らが私達に容赦することはないだろう。精神構造や思考形態は人間とほぼ同一のものであると教わった。仮に命を取られなかったとしても、死ぬよりひどい目に遭わないという保証はない。破滅を避けることと、ここを守り抜くことは同義である。


 空の青さはあまり慰めにならない。

 雨が降れば向こうもやる気をなくすんじゃないか、と誰かが言っていたが、果たしてそうだろうか。彼らは元々持っていたものを奪われ、取り返しに来ている。いや、さらに遡れば人間の領地だったそうだが、とにかく直前の持ち主はエルフだ。必死だからこその、この状況ではないだろうか。補給のない私達が音を上げるのは時間の問題であるし、ここは多少無理してでも目標達成のために働いておかしくない。

 雨が降ろうが、槍が降ろうが、戦い続ける。

 現に、もう何日も彼らは炎の槍を降らされているが、完全退却の気配はない。


「クソ! 盾持ってるヤツらがこっちに集中してないか!? どう思う」


 確かに、槌の担ぎ手を守る盾持ちが今日は分厚い。


「今日という今日は門を破るつもりでしょうか? 本気の本気で」

「まァそりゃ、梯子(はしご)かけるよりいいしな。どっかに言って、人回してもらえないかな」

「誰が伝令に行くんです?」

「誰か手が空いてるヤツ……」

「誰が?」

「……クソ! あークソくそクソ! クソったれ!」

「やめてくださいよトイレ行きたくなる……」


 大体、そもそも――五日で帰ってくる、という話だったはずだ。


 二日で行って、一日でケリをつけ、また二日かけて帰ってくる。そういうスケジュールだと言い聞かされて、私達は待っている。


 今日で二日、はみ出た。


 痛かったのは、()()でこちらに置かれた通信魔法家が死んでしまったことだった。

 これでは出て行った方の隊と連絡を取ることが出来ない。向こうの事情がわからないと、私達がこんな境遇に置かれている理由もわからないままだ。何かトラブルがあって遅れているのか、それとも何かアクシデントがあって壊滅したのか、待っていればまだ逆転のチャンスはあるのか、それとももう完全に生存の望みはないのか――知ることさえ出来ない。内容によっては、そろそろ自決してもいい頃だ。


 役割ごとの責任に照らし合わせて考えると、多分、対抗狙撃を成功させなかった私が悪いのだが、この状況で殊更(ことさら)それを追求する者はいない。何しろこの小競り合いが始まってからというもの、私に任されてきた標的は数多く――敵指揮官や、まあ要は現場を仕切っているように見える何者かが優先順位としては高かった。


 それらを殺すのに成功しても、彼らはすぐ別の者を繰り上げて指揮系統を修復した。そうでなくても、常に目前の脅威というものがあった。何度梯子を蹴って外したか知れない。一度なんて、完全に乗り込まれて白兵戦になった。駆逐するのに苦労した。


 戦闘なのだから時間が進めば怪我人も死人も出る。治癒魔法が間に合えばいいが即死することだって少なくない。疲労も重なる。休息を取るにも万全の環境とは言えず、一日に回復する魔力量が思うように稼げない。一方で、敵は増え続ける。


 そういうわけで、通信員がやられた時は、とてもではないが彼女を狙う輩にまで気を配っている余裕はなかった。絶対に大声では言えないことだが、彼女の移動の仕方はあまりに不注意で――そういう人を守るのは、難しかった。


 破城槌の持ち手を半数()ったところで、身を隠して小休止する。


「――どう思う」

「何がですか。トイレに行く余裕があるかどうか?」

「それもあるけど」

「食料が今晩で底を尽くかどうか」

「それもあるけど! ……前から思ってたけどオマエ肝座ってるよな。よく言われない?」

「いえ、別に」

「はあァー……割とマジで旗色悪いぜ。こりゃ覚悟決め」


 私達の会話を、爆音と衝撃が遮る。

 明らかに建物全体が揺れた。私達は這いつくばって耐える。


「――おかしいだろ! 昨日までこのレベルでやれるヤツいなかったろ!」

「新手ですかね……」


 この世界にはまだ爆弾が存在していないが、それに代わるほど威力のある手段は確立されている。誰でも使えるわけではないにせよ、優れた魔法使いは生物を死に至らしめるだけではなく、構造物を倒壊させることが可能とされている。


「反対側に来たのか?」

「おそらく。もしかして、例の炎使いですか? 女の子だっていう……」

「どうかな……だったら今頃とっくに……」


 次弾が来た。

 火柱が私達の視界にも入ってきた。


「う、お……向こう大丈夫なのか……!?」

「いやあ、これ駄目なんじゃ――」


 爆炎がもたらす衝撃に寿命の短縮を感じながら、私は記憶を掘り起こしていた。




 初めて落ち着いた状態で彼と顔を合わせた時、何よりもまずその珍妙な格好に困惑した。他二人はまだありえそうな服装だったが、その男はパッチワークをそのまま着たような状態で平気な顔をしており、私に椅子に座るよう勧めた。それよりもさらに特徴的なのは、目尻から頬骨の辺りにかけて入っている、涙滴の形をした刺青だ。


 後にそれは彼の立場を補強するためのものであるということがわかったが、とにかくその時は、出来の悪い演劇を見せられているような気がして戸惑った。他二人に関しては自信がなかったが、彼が同じ国の出身であることは、顔つきですぐに気付いた。だからこそ一層、自分のいる空間が不可解なものとして目に映った。


「では……死因を訊いても? いえ、実はここにこうしている時点で、本当に死亡していたわけではないのですが、便宜上そう呼んだ方が理解しやすいと思うので」

「はあ」


 男は流暢な現地語を喋った。私もそれを理解できた。


「――見た通りだったと、思いますが……」


 爆死だった。


 私がいた時代の情勢と需要に合わせ、意気込んで自衛隊に入隊したものの、訓練についていけないという至極単純な理由により除隊、他の職に就く気にもなれず、緊張を高めていく世界に冷ややかな視線を浴びせながら、人生を浪費し続けていた。


 そんなある日、乗っていた地下鉄で自爆テロに遭遇した。


 当時既に、日本国内においてもそういった事件は珍しい存在ではなくなっていた。

 また、伝統もあって、地下鉄は標的として特に人気があった。


 とはいえ、私が遭遇した犯人の手口は、比較的()いている車内で、たった一個の手榴弾のピンを抜くだけというお粗末なもので、明日の朝刊の一面を飾った後は話題にも上らないような内容だった。


 詳しい経緯は省くが、最後に手榴弾は犯人の手を離れ、私の目の前に転がってきた。

 その次に近かったのが、五歳くらいの少年だった。


 当然だが、時間はなかった。


 私は、かつて幾人もの部隊員がそうしたように、自分の身体を手榴弾に覆い被せた。

 それだけで足りるかはわからなかったが、その子の母親もまた、我が子を抱いて盾となった。今でも目に焼き付いて離れない。


 それが、私がその世界で最後に見たものとなった。


「では、私の身体を覆っているものが見えますか?」

「光が……」


 男はまるで面接官のように、いや、事実面接官だったが、私のプロフィールについて訊ね、紙に記し終わると、この異界、陣営、国家について説明し、それらがどのような状況に置かれ、何を行い、何を求めているのか私に教授した。


 慣れた様子だった。

 おそらく私の前にも何十人、いや何百人という来訪者にこの儀式を行ったのだろうと思った。後に私はそれが千を越していることを知った。私を始めとして、俗にジャングルの遺跡と呼ばれる召喚装置を通して現れた客人(まれびと)は第二世代に属するらしく、今となってはそのほとんどを占めていた。


 異世界に召喚されたと聞かされても、あまり衝撃は受けなかった。最初の驚きはゴブリンのルームキーパーが世話を焼きに来た時に済ませていたし、アニメのようなことが自分の身にも起こったのだと了解できるほどには、私の時代にもそれが氾濫していた。

 その後の身の振り方についてもガイドラインが策定されていて、スタッフも揃えられており、何不自由なく次のステップへと移ることが出来た。


 私は隣界隊と呼ばれる、地球出身者だけで構成された魔法使いの部隊に入った。

 希望すれば他の働き口も都合してもらえるということだったが、私は強く希望して、事実上の同盟国であるオーリンから彼らが所属するセーラム王国の首都まで旅をし、戦闘訓練を受けた。自分が優秀な成績だったかどうかは不明だが、想像していたより遥かに早く実戦投入まで進んだ。掃討戦だった。

 ナガセ先輩とはその時に出会った。私は彼のことを知っていた。自分を燃やした有名人だった。客人が召喚された時点は様々だが、証言の増えた現在では、皆全て同じ時間軸の出身であると考えられている。私はかなり先の未来人に分類された。ナガセ先輩は私の死に様に共感を示し、同じ作戦へ参加する時は共に行動するようになった。ただ、彼は後方での武器開発と供給が本業であるため、回数は多くない。


 同時期にアデナ学校を卒業した者の中にはPTSDに(かか)る者も多くいたが、全体として見ればその数は問題ではなかった――あるいは問題にされなかった。どのみち専門家やそれを目指していた者が説得力と証明性を伴って認定することもできなかった。

 エルフに関しては正直、耳が長い以外は直感的にも人間と変わらないので、そういう存在を殺し続けることで私も精神に変調を(きた)すかと怖れていたが、杞憂であった。順調に経験を重ねても発症せず、殺し合いに関係なく大変な目に遭ってもそれは変わらなかった。


 道化の格好をしたあの男は確認されている中では最古参の客人で、実に様々なことを取り仕切っている。あくまで明確化はされていないが、事実上、現地人にとっては外様(とざま)である私達客人の頭領であり、隣界隊の上官でもある。さらに、既知世界の二足歩行生物ではただ一人、天災級に分類される魔法使いだということだった。その活躍を端的に表すものとして、強力な竜巻の発生が挙げられた。世が世なら神風と呼ばれるであろう、圧倒的な魔力を発揮したそうだ。


 私はそれを信じていなかった。もし何万もの軍勢を相手できるというのが本当なら、いつもそのようにして、彼に一切合切を任せてしまえばいい。聞いたのもナガセ先輩からで、あの人は話を盛る傾向が見られたから、有能な味方に対する行き過ぎた尊敬のようなものだろうと考えた。


 ところが、各方面にそれとなく聞き込みをしてみると、同じ話ばかり聞かされる。

 道化師の活躍を直に目撃したというどの国の兵士も、竜巻がエルフを蹂躙したと語り、召喚装置の獲得を確かなものにした戦いでは、天にも届く規模の大木が倒れるのを、風の力だけで支え、受け止めたと言う。そしてそこには、少なからず畏敬の念が込められている。ここまでくると少々、気味が悪い。優れた魔法使いであるというのは間違いないにせよ、未だ優勢を確立できないヒューマン陣営内に英雄を作り出さんとするプロパガンダの成果であるというのが妥当な線だろう。




 その英雄、イガラシフブキは、私達を見捨てたのだろうか?


 三発目が砦に浴びせられた。

 私は、今日でここは崩れるだろうと理解した。


「多分だけどな」


 とナガセ先輩は言った。


「オレが見たJKじゃねえよ。もしそうだったらもっと簡単さ。今仕掛けてきてんのは、あれよりは弱い。でもここは落ちるな」


 JKというのは彼の世代でも完全に死語なのではないかと私は思った。


「まだまだエルフにも手練れはいるだろうからよ、それがここに来ちまったんだなァ」

「食い止めに行きます?」

「できるか?」

「いいえ」

「じゃあこのへんにしとこうや」

「それもそうですかね……」


 私は再び空を見上げた。


 その時、何かが視界を横切った。

 私はそれを目で追おうとして――全然追いつかない。


「何だ……?」

「どうした」

「空に、何かが」


 言って、すぐに気付いた。脳裏に情報が引っかかっていた。

 あのパッチワークは。


「まさか……!」

「決まってんだろ!」


 ナガセ先輩の言葉に呼応するように、大音量の声が天から降り注ぐ。


「大変長らくお待たせ致しました皆々様! 大遅刻につき取り急ぎ私だけ!」


 そして、口笛で奏でられるヨハン・シュトラウスⅡ世の『美しく青きドナウ』。


 彼は螺旋を描きながら降下を始める。魔力の輝きを撒き散らしながら。それら一つ一つが形を取り、刃となり、弾丸となって、大地を埋め尽くすエルフに突き刺さる。あちこちで悲鳴が上がり、統制も乱れていく。


 私はエルフの一匹が叫んだのを確かに聞いた。


「とにかく逃げろ! 敵うわけがねえ!」


 道化師がそこに降り立ち、何十匹という単位で空中に放り出していく。その全てが八つ裂きとなり、肉片に変えられる。彼が手をかざせば突風を巻き起こし、ステップを踏めばカマイタチを身に纏う。誰も止めることが出来ない。誰もがその姿を見ていた。


 彼は私達のいる砦を乗り越えた。そこにいるであろう炎魔法の使い手を倒しに行ったのは明白だった。激しい戦いが予想された。エルフの魔法家も道化師を迎え撃つため、一際巨大な火柱を立てた。


 しかし、直後に私は――それが吹き消されたように見えた。


 それ以降、私達のいる位置からも見える形で火の手が上がることはなかった。


 気が付くと、エルフの軍勢は形振り構わない退却を始めていた。一時的なものではなく、完全な引き揚げとして、ここを離れようとしていた。そう決めていたのだろうと私は思った。彼の姿を見たら、逃げ出そうと決めていたのだと思った。


 だがそれを許す彼ではなかった。狩りは、地平線の彼方まで続いた。

 私達は生き延びたことを知り、ここでの戦いは終わった。


 結局、彼が本当に竜巻を起こせるのかまではわからなかった。

 だが一つだけ、確実に言える。

 敵も恐怖している。

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