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エルフヘイムをぶっつぶせ!  作者: 寄笠仁葉
第9章 世界樹の要塞
124/212

9-23 残る女

 それより先に立ちはだかった障害は、確かに障害であったが、隊の足を完全に止めることはなかった。炎使いを退けたのが正解だった。


「もう恐れなくていい! 敵のつわものは去った! 私達は――我々は、押し通る! 押し通れる!」


 隊と合流し、あとはこの()()()を終えるのみ。

 本心から号令をかけられると、気は楽になる。


 あれ以上の逸材は、少なくともこの要塞の中にはもう残っていない。

 感触としてはいてもおかしくはないが、だとしたら()()()()ている。

 致命的なほどの遅さだ。


 ゼニアもそろそろ確信を持てる。魔法戦においても、こちらの質は上回っている。

 やはり守備隊は精鋭ではない――客人(まれびと)と思われるヒューマンの増援も、危惧されていたほどの怪物は他に見当たらない。向こうも安定して揃えられるわけではないということだろう。


 対して、こちらは各方面に無理を言って揃えた魔法家達である。この死地へ向かう交換条件として引き出した、生け贄の如き集団だ。それは損得というよりは、セーラムの王女に付けるための装飾に近いものがある。大昔の外国に存在していたという、墳墓に従者をも埋めた文化と何も変わりはしない。


 他者を大事にしないのはお互い様だが、ルーシアの低質に肥えた豚は、それは認めた。道連れを選定することに文句を言わなかった。立場を勘違いした女に、せめてもの手向けとでも考えたのだろうか。


「とどめにこだわるな! 魔法とて、癒しの(わざ)には時間がかかる! 敵に構うのは殺される時だけでいい! 後は進め、逃げるにしても上!」


 苦戦はさせられる。虚空に筆で描いた絵を動かしたり、天地を逆転させているとしか思えないような現象を起こすなど、珍しい魔法も見せびらかされたが、所詮は――ゼニアに剣で挑んできた娘のように、圧力不足が否めない。制御にぎこちなさが残っているし、身体能力を補って余りあるほどの使用法を会得している者はいない。


 そして何より、ばらけて戦っている。


 エルフの弓手と束の間息が合うことはあれど、基本は異種族らしく噛み合いが悪い。どころか、客人同士でも意思の疎通が(にぶ)い。いざ狙われて、庇えない。それが精神の支配を奪われた者の特徴なのか、単に練度が低いからなのかはわからないが、とにかく、首を落とすのが想像よりは遥かに容易い。ゼニアだけではなく、隣界隊の客人も、戦いの中でそれに気付かされていた。自分達の方が生き残るための(すべ)を心得ている。まとまって動くことの重要さ――常に他人の庇護下にあることの利。


 数だけが問題であった。

 そしてそれも、解決できるだけの質は間違いなくある。


 結局、強襲部隊が有利に展開できる大きな要因として――ジュンの存在がある。


 この縦軸の筒状空間が、こちらにとっても都合のいい戦場であるということだ。

 もちろん、開けた場所であるから、弓の数に勝る向こうの攻勢が衰えるようなことはない。ゼニアとしても、口では進め進めと言えるが、()()()()()ことができる時間の方が少ないのはよくわかっている。


 しかし、この空間なら水の階段で独自の進軍経路が開拓できる――それは最終的に、敵戦力の()()へと繋げることができる。それは寡兵であるこちらにとっての理想である。戦いの最中にも休息は必要なために(特にジュンのコンディションを一時整えるために)、その都度どこかのバルコニーは占領しなければならないが、その気になれば、ゼニア達は遠くから()()()()()()()()()のだ。


 これまで散々そうしてきたように、弓矢には対処ができる。この隊なら耐性がある。むしろ撃ち返すことさえ出来る。隊は反撃する一方で、風魔法使いを優先して潰していった。この縦穴が逆に彼らにとっての逃げ場を制限していた。敵の戦術を減らすと共に、後々追いかけてくる兵も抑えられる。


 また、前衛の層が厚いのも、質を保護する助けとなっている。

 ハギワラ氏の部隊を中心に、客人で言えばワタナベ・ソウイチのような、小手先よりも純粋に膂力を上げられる隊員で前面を成し、それにより遠距離からの攻撃を得意とする使い手が魔法の投射に専念できる。太陽がもう無いので視界が良好とは言えないが、こちらにも火魔法はあり、必要な分を照らすことはあまり難しくない。


 極めつけはゼニアの魔法と、この土壇場で加わったサカキ・ユキヒラの障壁だ。

 後者については言うに及ばず、極端な話、負傷者が出ても即死さえしていなければゼニアがそのままにしておかない。瞬時にとはいかないが、下手な治癒魔法家よりは素早く同じ目的を達成出来る。但し、戻したそばからまた新しく怪我が増えるような有様であるため、本職と分担してやっと間に合う――それだけの余力が残ったことに感謝するべきだろうが――炎の使い手と総力戦にならなかったのも僥倖だった。


 上手くいっている。信じられないほどに。


 そして、ゼニアの残り魔力が尽きる前に、隊は最上層に到達しようとしていた。




 ある程度予想していたことではあったが、高所の空気が薄くなるように、上層の兵力もまた薄れていった。中盤、特に敵の攻勢が激しかったのは、そこに集中させてきたからだろう――隊はそれを振り切ってくる形になった。


 あの縦穴よりさらに上が目的地であるため、ゼニア達は再び通路の中を進むことを余儀なくされた。敵は待ち構えていたが、茶の出涸らしのような配置であった。探知魔法を頼りに答えを詰めていく。巨大な反応は、ついにそこを動くことはなかった。


 やがて、隊はこの要塞の中では珍しい、扉の前に立っていた。

 両開きで、ヒューマンの背丈三人分はあろうかというそれは、侵入者を拒む最後の壁でありながら、どうも頼りなげであった。


 いつの間にか、静かである。

 全員の息は上がっている。ゼニアも激しい呼吸を隠さなくなっていたし、周囲からは呻きやすすり泣きさえ聞こえてくる。だが、これまでと比べれば鳥の(さえず)りよりも気にならない。すぐ後ろにもあらゆる方向から追手が上がってきている――そんなことなど嘘のような、落ち着いた空気があった。


 ゼニアは振り返って隊を見渡した。

 点呼を取る気はなかった。両手の指に収まる犠牲ならば、それでよかった。


 全身を魔力で包みながら、両手で扉を押し開く。


「……ようこそ」


 広間と言うにはやや狭く、部屋と言うには広すぎる――そんな場所だった。

 円形の中に太い管が、床へ至るまで幾本も張り巡らされており、一層強く魔力が走って、輝きも湛えている。それは根のようで、役割としてもおそらく似たものと思われた。栄養のない地面ではなく、魔法の行使者から魔力を得るために、このような設備を必要としているのであろう。したがって、家具や調度品といったものはない。柵も無ければ武器の類も見当たらない。おそらくは、管のための場所。


 ヒューマンが一人、横方向へ伸びた一本に腰かけている。


「ここまで来たのですねえ」


 また、少女――また、子供。


 異様に髪が長い。ゼニアよりもさらに。

 これまで見た敵ヒューマンの中では、年長な方だろう。


「お帰り下さい、と言っても帰ってはくれんのでしょう?」


 殺気はない。敵意すら、吹けば飛びそうな薄さである。

 ばかりか、抵抗そのものを諦めている、いや、最初から無いような――。


 ともかく、問う。


「あなた達に指示を出していたエルフがいるはずよ。どこに隠れているのかしら」


 少女は、なんだそんなことか、という顔になって、


「直接乗り込んで来られるなんて、ちょっと予想外だったんですよ。もしもという時のために避難してもらったつもりでしたが――そのもしもになってしまったようで」


 本当にそうだろうか、とゼニアは思った。

 なんとなくだが、この娘はこうなることを予見していたのではないか?


「何故あなたは一緒に逃げなかったの?」

「またまた、わかってるクセに……ワタシが去れば、この子は生きていけませんよ。そうでなくても、皆さんの大事な仮住まい。放り出すなんてできるわけがない」


 確かに、奇襲されたからといって、この拠点まで捨てるという選択肢はありえない。世界樹はエルフにとっての急所だが、弱点ではない。守備はあった。ここに立っているゼニア自身、どうして辿り着けたのかと思う部分がある。


「まあ、もうワタシはここで死ぬんでしょうが……時間稼ぎがてら、一つ聞いても?」


 想像していたよりも、ずっと利発そうに見えた。

 ――だからこそ、瞳の奥にある濁りが一層際立つ。

 普通に会話ができていても、心の支配権を握ってはいないのだろう。


 ゼニアは沈黙でもって先を促した。


「そんなにお強いのに、どうして人類は死にそうだったんでしょう?」


 答える義理はなかった。だが――、


「局地的に物事が達成されようとしているだけ。大きな枠で見れば、一歩踏み込んだにすぎない」


 異界より()び出され、わけのわからぬうちに死んでいく彼女ら少年少女を、不憫に思うのもまた事実であった。


「想像することしかできないけれど、きっと長い時の中で、いつの間にかヒューマンはその一歩を大事なことだと思わなくなっていったのでしょうね。そしてエルフは逆に、積み重ねることを諦めなかった。だから、(しゅ)として伸びた」


 それこそ勝手な、ゼニアの解釈であった。

 しかし、的を大きくは外れていないはずだ。


「今、再びその認識が傾いているのだと願いたいのよ」


 少女は考え込むというよりは、品定めでもするかのように、ゼニアの目を覗き込む。


「――少しだけ納得できました。さあ、どうぞ」


 そう言って、彼女はその場で両手を広げた。


「そもそも戦いは得意じゃありませんし、魔力も、この子にオッパイあげるので精一杯……なんちゃって」


 剣を抜く。


 少女の目の前まで距離を詰める。


 両手で(つか)を握る。


「さっき、時間稼ぎと言ったわね。アテがあるということかしら」

「ありますよ、そりゃあ。でもワタシはどうも昔から間が悪くって」


 心の臓めがけて、深々と突き入れる。

 噴き出るほどではなく、しかし確実な流血が始まる。


 刃越しに、身体から力が抜けていくのがわかった。

 少女は崩れ落ちながらも、ゼニアに顔を向けるのをやめなかった。

 横たわったまま、見上げてくる。


「ふふ……そうやって、生き物なら何でも殺していいと思っているんでしょう……?」


 剣を鞘に収める。


「そうよ」


 踵を返し、出て行く。

 ジュンが待っていた。


「やっと終わりましたね、姫様」

「帰還するまでが作戦よ。撤収するわ」


 ――と、言い終わった途端、揺れが、来た。

 足元が大きくふらつき、手を床につく。


 非常に短いものだったが、それ故に不気味さが残った。


「ええ、何……?」

「……急ぎましょう」


 ――しかし、脱出経路の確保は困難を極めた。


 どこをどう移動してきたのか、敵はこれまでゼニア達が探索していなかった方の分かれ道をしっかりと固めていた。蹴散らすことは不可能ではないように思えたが、主を失ったこの樹があとどれほどで自壊を始めるかわからない。争点が時間に移ったのならば、敵で満たされた道を行くのは結果的に無理攻めとなる公算が大きい。


「さすがに、そう簡単には逃がしてくれそうにありませんね」

「やむを得ない、か――中心の空洞まで戻りましょう」


 さすがのフォッカー・ハギワラも、焦りが顔に出ている。


「その方が却って短縮になる、ということですか。確かに今よりは当たりが引きやすいでしょう。しかし、厳しいですな――」


 途中、あの正体不明の揺れが立て続けに起こっていた。主を失ったとはいえ、この巨木を根元から震わせるような何か。長居は許されない。


 そして、縦穴まで戻った時、呆気なく()()が判明した。


 燃えている。全てではない。だが、最早この筒の底には到達できない。消火するしないという問題ですらない。ここは巨大な炉である。燃料に困ることもない。エルフの兵すらも、上がってくる火の手から逃げ惑っている。ゼニア達がいるのはかなり上の方だが、既に空気が温められている。


「姫様……!」

「皆を急がせて。探し出すのよ」


 笑いが出そうになるほど、脱出路が見つかることはなかった。もう戦闘になることはないというのに、追い詰められていくのが、兵隊に囲まれるのとはまた違った感覚でわかった。一段、また一段と炎の海に近づいていくしか、正解を探り当てる方法もない。


 そのような中、ゼニアは見た。


 少女が、炎の上を()()()くる。()()()()を、亡霊の如き足取りで――そう思うのは、殺し損ねたという事実を受け入れ難いからか。


 最初の揺れが起こった時から、考えないようにしていた。

 魔法使いには等級というものがある。殺生級や倒壊級といった物騒な名で呼ばれているのも、結局はそれが実力を認識するのに最も手っ取り早いからに他ならない。この要塞を揺さぶれるのなら、それは間違いなく倒壊級の仕業だ。そして、ここへ至るまでに倒壊級だと思えた魔法家は――。


 少女が掌をこちらに向ける。

 雑な魔力の放出だったが、それ故に、放たれた小太陽の暴れぶりは、途中のバルコニーもそこに乗っていたエルフも一瞬で焼け落とす勢いとなった。


 ゼニアもまた手を突き出してそれを迎え撃った。魔力の塊がぶつかり合い、炎を未発生の時点まで押し戻し続ける。


 だが、力比べが終わった時、ゼニアの右腕は完全に炭化していた。

 ――戻せる怪我だ、これで済んでよかったと考えるべきなのだろうが、圧力負けしたという結果は消せない。


「姫様! ハギワラ隊が帰ってきました! グリーンです! あの道は外に繋がってます!」

「わかったわ。あなた達は先に脱出しなさい。私はもう少し残るから」

「――は!?」

「もう少しここで、あの()と戯れるの」


 狭い横穴だ、あの少女は炎を好き放題に詰め込める。

 それを許すわけにはいかなかった。ゼニアが受けるしかないのだ。ならば、閉所で立ち止まることを強いられたくはない。例え、敵が空中を歩行しようが――。


「何を――わたしも残ります!」

「だから何度も言わせないで。あなたが道を作るのよ」

「でも、でも……!」


 殺しが好きでも、こういうところは可愛げがある。

 さっさと置いていけばいいのだ。どうしてそこまで(した)ってしまうのか。


「行きなさい。私が顔を出すまで、足場も消しておくこと。急げ!」


 このどさくさに紛れて、エルフがジュンの階段を利用することはありえる。


 背後で動こうとしない気配に痺れを切らし、ゼニアは振り返って睨んだ。


「――早く行け!」


 ジュンは(はな)をすすってから、隊を率いて穴の奥へと消えていった。


「さて――あれで何故生きているのか、参考までに訊いてもいいかしら」


 ジュンの真似が出来るようになったとはいえ、ゼニアが蹴落としたあの瞬間は、間違いなく助かる術を持っていなかったはずだ。種明かしはしてほしいところだ。


 少女はゆっくり、ゼニアと同じ高さまで上がってきて言った。


「コノハがね……落ちたところに、花を咲かせておいてくれたのさ……」

「花――?」

「品種改良ってやつ……生き物を中に取り込んで、何とかしてくれる花……。アタシ、背骨もバキバキになってたと思うけど……治してくれた……」


 戦闘の末に落下する者が出るだろうから、予め用意していたのだろうか?

 そのくらいの思慮は――あったのだろう。

 しかし、だからといって、本当に助かるものだろうか?


「そういうことばっか……考えるヤツだったよ……」

「あなたは幸運ね」

「花の中で……コノハの魔力がなくなっていくのがわかった。コノハのあたたかさが――あんなに輝いていたのに! もう何も見えない」


 少女はなおも階段を踏み続け、ついにはゼニアを見下(みお)ろす。


「許さない」

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