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エルフヘイムをぶっつぶせ!  作者: 寄笠仁葉
第9章 世界樹の要塞
123/212

9-22 落ちていく炎

「とっとと消えろっ!」


 招かれざる客を排除するべく、異界から来た魔法使いはさらに五匹の蛇を使役する。あのように()()()ることによって、それぞれの塊を制御しやすくするやり方は珍しくない。特にこの場合、不用意に樹を燃やしてしまわないよう、より精密な魔法の行使が求められる。炎を()()で投射して目標へ命中せず、思わぬ場所に着火しましたでは笑い話にもならない。そこは考慮しているはずだ。


 おそらくあれを避けたところで、蛇は方向を変えて再びこちらを襲うだろう。完全に防ぐならやはり炎の発生時点より前まで()()()消滅させるほかないが、少女の操る炎が実際どの程度の脅威なのか、間合いをはかるのは無駄ではあるまい。


 剣を鞘に収める。

 さらに水の階段を踏み、上がり切る。次に到達したバルコニーには、兵が置かれていなかった。こちら目がけて飛び来たる細長い炎の群れを、ゼニアは敢えて泳がせるままにしておく。走る速度を上げ、引きつけてから最初の一本と――交差。側転し、伏せ、宙返り、仰け反りながら後続もやり過ごす。転回して炎を確認。どれも緩やかに上昇した後、()()()()()きている。誘導――。


 だが、勢いがある分、急な方向転換は実現していない。こちらに対する()()が切れてからだ。少なくとも直角や、それよりもさらに少ない角度、軌道は描いていない。


 両手に魔力を集める。迎え撃つ。

 炎は再び覆い被さるようにバルコニーへと進入する。ゼニアは左右の手でそれぞれ一本を叩き落とすように触れ、戻して消す。こちらの魔力を吸わせるように、喰わせるように。残りは躱す――と思いきや、一本は横から割り込まれた水で消火された。ジュンが追いついてきたのだ。


「姫様! 弓、来ます!」


 ヒューマンの増援が現れてから、一時(いっとき)静まり返っていたエルフの兵だが、思い出したように動き始めている。既に放たれた七十八本の矢。少し迂闊だった――その迂闊さが迷いも生んだ。認識するのが遅すぎた。転がった直後でまだ立て(ひざ)、剣で落とそうとしても抜刀が間に合うまい。魔法はどうか。

 いや、もう当たる。

 三本。

 額をめがけてきたものだけなんとか掴み、あとは右(もも)、左肩に刺さる。息を止め、即座に抜いて、傷を、それが生じる前まで戻す。


「姫様ァ! お怪我を!」

「いいえ、助かったわ。それより次が来るわよ、矢も、炎も」


 しつこくこちらを狙う残り二本の炎を、片方はゼニアが戻して消し、もう片方はジュンが水をかける。予想していたよりも、かなり魔力を失っている。あの少女が炎に多く込めているため、ゼニアがそれに魔法をかけようとすると相応に負担がかかる。


 確かに強力だが、まだ細かな技術は身に着いていない。

 思い返してみれば、この要塞に取りつくまでに仕掛けてきた攻撃も(それで十分だったろうとはいえ)どちらかといえば大雑把なものだった。こちらを油断させるための罠でなければ、あの蛇をわざわざ消さなくとも、捕まるようなことはない。


 とはいえ、少々息が乱れた。連携されて隙も突かれた。

 どこまでも床が続くのならいいが、今の足場には限りがある。無限に続く大地を駆けるのとは違う。また、一人で戦っているのでもない。目的もあの少女ではなく、そのもっと上にいるであろう別の誰かである。総合的に見ると、逃げは割に合わない。


 下からフォッカー・ハギワラの声が聞こえてくる。


「殿下! 我々も今そちらに!」


 敵がさらに増え、隊と纏まって動くのがあまり得策でないのは変わらずだ。将であるゼニアが目立ちながら踏み込んでいくことによって、攪乱の効果は大きくなる。魔法の特色によって、非常に死にづらいという自負はある。やれることはやるべきだ。


 それに、炎の少女は集団で囲めば有利というものでもない。あれはここでゼニアが足止めしておいて、その分、隊には()()()もらった方がいい。


「無用! 炎を使うヒューマンは私が抑えます、この縦穴を登り続けて行きなさい!」


 そしてあわよくば、成し遂げてもらう。


 ジュンが駆け寄ってくる。


「姫様、危険です!」

「いい、ジュン? どうやらあれは私だけでも対処できるようだから、足場を作ることに集中して。皆を上まで連れて行って。こんなところ、早く抜けるのよ。出来る?」

「――わたし、悔しいです」


 ジュンの言いたいことはわかっていた。


「あの()を殺したいです!」


 足手まといというわけでは決してない。

 対峙するにあたって、水があれば炎の猛攻を防ぐのは楽になる。それは自明だ。

 だが、ジュンとあの少女の魔法に開きがあるのも、また事実である。今のジュンでは、ここで粘ったところで仕留めることは叶うまい。


 また、仮にジュンが単独であの少女を倒せる実力を持っていたとしても、任務遂行のために通り道を確保することが行動として何万倍も価値を持つのは変わらない。それはゼニアにも出来ないことだ。今はあくまでも、ジュンの力は作戦に役立てなければならない。


 ゼニアはジュンの頬を撫でる。


「お願いだから困らせないで。帰ったらまた訓練をしましょう? そうしたらあの程度の小娘は一捻(ひとひね)りよ」


 ジュンは泣きそうな顔で二度頷くと、こちらに飛んできた矢を払いのけてから、途切れていた階段を、複数の経路で繋いだ。


 それを黙って見ていた炎の少女だが、彼女は焦るでもなく、助走をつけて、ゼニアのいるバルコニーまで自力で飛び移ってきた。


「よっ、と……」


 そのくらいのことは問題なく出来るようだ。

 しかし武装はしていないので、魔法を頼りに戦うのだろう。


「話には聞いてたけどまいったなァ、ズルくない? そうやってなんもかんも無効化しちゃうわけ? こりゃちっと他のみんなには荷が重いかな……」


 見上げて、叫ぶ。


「そういうわけでエルフの皆さーん! このバケモノはアタシがなんとかしますんで、他のヤツらを行かせないように! ディフェンス! 死守! コノハが死んだら大変なことになるってレベルじゃないんだからさ!」


 その言葉をエルフが了解したのかどうか、反応は微妙なところであったが、ともかくも押し寄せるヒューマンの相手をするべく移動している。


「じゃ、もうちょっとやろうか? お姫様」

「――本当にもうちょっとだけよ」


 剣を抜く。向こうも武芸者であれば噛み合いもするだろうが、今は刃物であるという以上の期待はない。


 少女はまた炎を蛇の形にしたが、今度は前のよりも大きく、しかし三匹に(とど)めた。跳ねてやり過ごすには、あまりに空間を占領している。もうそのつもりはなかったが、少女も警戒はしているようだ。上方からの射撃も一応は気にしつつ、こちらから間合いを詰めていく。

 炎の蛇が這うようにして迫ってくる。一点に魔力を集中させるだけではとても追いつきそうにない。その首をもたげて、ゼニアを一呑みにするべく覆い被さろうとしている。

 ゼニアは自身を魔力の膜で包み、炎の渦を進んだ。この魔法さえ確かならば、ゼニアの肌を脅かすものはない。逆に蛇の中へと入っていく。魔力の形を変え、剣を覆うようにする。それを振るい、腹を食い破って外へ出る。


「やるよねえ……! 温存してたってワケ?」


 すぐに二匹目がけしかけられる。


「でもどこまで続く? アンタとアタシ、どっちの魔力が多いと思う? 試してみようかせっかくだからさァ!」


 あの少女がゼニアの許容量を超える炎を発生させることはおそらく出来るだろうが、それを一気に行った場合、周囲を巻き込む可能性も高いはずだ。ただ、小振りの太陽を存在させて問題なかったのだから、炎が発生させる熱も含めてある程度制御下に置けると考えると、これはやはり能力としては高いものを感じる。蛇が暴れている割には、このバルコニーも無事である。


「簡単そうに見えるけど、結構苦しかったりする?」


 炎は邪魔ではあるが、前進を完全に妨げるほどではない。

 包まれている間、ゼニアの姿は少女からは見えなくなっているだろうか?


 ブーツに収納していたナイフを取り出し、蛇が消え去るのと同時に投げる。


「なっ……」


 意表は突いた。(あやま)たず、ナイフは少女の頭へと吸い込まれていく。

 これであっさり死んでしまいそうな予感さえあった。


 だが、当たる直前、少女は、ナイフを一瞬で溶かした。


「ったく、燃やすのもタダじゃないってのに……」


 その通り、相当な魔力を今の自衛に費やしたことは間違いない。かなりの力任せだが、それを許される素質があの少女にはあるようだ。その気になれば十本でも百本でも溶かして見せるだろう。


 こうなると、この隕鉄の(つるぎ)も武器としては頼りなくなってくる。果たして斬る段階まで至ったとして、魔法で包んだとしても、刃が通るかどうか。


 少女が制約のある中で行動しているということは、余力を十分残しているということでもある。試すまでもなく、魔力量に関しては圧倒的に分が悪い。


 あの敵を殺す――悪くとも無力化するにあたって、今のよりはもう少し気の利いた小細工を弄する必要があるとゼニアは考えた。だがすぐには思いつかなかった。きっと、そこまで複雑にしなくても陥れることは出来るはずだが……。


 隊は、別のヒューマン達とぶつかり合っているところだった。早くも血を血で洗う魔法合戦となっていたが、どちらかといえば精神面の方で、ゼニアは隣界隊が心配になった。誰も口にはしていなかったらしいが、騙されたと思われても仕方のないことだった。エルフを駆逐するだけという話が、結局はヒューマン同士で戦わされている。しかもその相手は年若い。さらに指摘してしまえば、戦士のようにも思われなかった。街で暮らす学童をそのまま引き連れてきたような違和感があった。


 空中を何十本も(つるぎ)が舞っていた。その下にいた敵の少年が、異形の腕を持った中年の男に貫かれた。剣は途端に込められていた力を失い、落ちていった。


 最早、客人(まれびと)の間では語り尽くされてさえいるかもしれないことだが――彼らはゼニアを恨むだろう。至極正当な理由で。


「ヨソ見してるなんて、やっぱり余裕じゃん?」


 そう少女に言われたが、別に注意を向け損ねているわけではなかった。三匹目の大蛇を攻略しなければならない。やることは変わらないが、魔力の尽きるまでやるわけにもいかない。


 その三匹目を倒した時、少女はまた新しく、炎を蛇の形に変えようとしていた。

 ゼニアはそれを咎めるべく、今度は腰にあった短剣を投げた。だが、狙いは少女のいる位置から、彼女にもわかるように外した。


「あっはっは、焼くまでもないね!」


 少女は手出しせず、ただそれが飛んでいくに任せた。やがて短剣は、遥か遠くの壁に食い込んだ。


「しまったわね……でも」


 剣を握り直す。


「踏み込むには十分」


 一気に距離を詰め、首を獲るつもりで振り抜く。


 少女は怯んだものの、隕鉄の剣を焼くことによって、その切先を溶かすことには成功していた。ゼニアはすぐにそれを()()、もう一振りする。だが結果は同じだ。高熱の、滑らかに美しくもある炎が、刃を少女の肌に届かせない。ゼニアは諦めない。ここで掴んだ攻め手を捨てる気はなかった。下手に緩めてまた蛇を出されても厄介なことになる。何度刃を溶かされようが、魔力の続く限り、戻す所存である。


 計算違いがあるとすれば、少女の脚が強いことだ。刀身が当たりさえすれば、というつもりで踏み込んでも外されるのは、思った以上に彼女の足運びが優れているからだろう。どこで覚えたのか、そんな時間をどうやって確保したのか――炎の出現があと数瞬でも(のろ)いなら斬れるものを、これでは立て直される。


 予定より早く、魔力を身体から切り離す。魔法に備わっている性質のこともあり(治癒魔法のそれと似ている)、ゼニアはあまりこれが得意ではないが、今回は拳大の大きさがあれば十分だった。少女めがけて放出。だが、難なく躱される。


 出来た隙を逃さず、少女はゼニアから距離を取った。


「もしかして、今のが決め手だった? ……外れたけど」

「……ええ、まあ、一応、そのつもりだけれど」


 決め手である。間違いなく、決まり手である。


 ゼニアは軸をずらしてから再び斬りかかる。

 また何度も、根気よく。――甘めに。


「もう、当たらない!」


 もう当てる気もない。ただの調整である。元いた位置まで移動してもらう。


 ゼニアの魔力、ゼニアの手は、遥か遠くの壁にまで届いている。そこへ刺さっている短剣を掴んでいる。戻す――短剣の運命を。ゼニアに投射された過去から引き戻す。

 その先に今、少女が立っている。


 先刻の軌道そのままに、短剣は空気を切り裂いて、少女の後頭部に柄が激突した。

 頭蓋(ずがい)を割ることはないが、揺らすのには役立つ。


 そうなった場合の症状として、身体を上手く動かせなくなるのと同じく、魔法も上手く動かせなくなる。衝撃を受けた状態でも集中力が保てるならば話は別だが、それが出来るヒューマンを(エルフも)ゼニアは見たことがない。


 結果、少女の発生させた炎は、ついにゼニアの剣を溶かさず、赤熱させるだけで終わった。切先が消えなければ、それは、届く。胸を浅く裂いた。傷口が焼けたからか、大きさの割には、出血は控えめである。


「ぎゃァっ……!」


 それでも尚、少女の瞳に報復の光を見た。

 ゼニアは少女を蹴った。足を焼かれることはなかった。


 少女は体勢を崩し、よろめき、バルコニーの縁に手をかけようとしたが、その時にはもう身体の半分以上が投げ出されており、片腕で体重を支えられるだけの力は残っていなかった。


 ゼニアは少女の落ちた先を確認しようと下を覗き込んだが、少なくとも見える範囲では受け止めてくれるような足場は存在せず、小柄な体躯が徐々に濃さを増す闇の空間へと呑み込まれていくのみであった。

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