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エルフヘイムをぶっつぶせ!  作者: 寄笠仁葉
第9章 世界樹の要塞
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9-20 内部構造

                   ~


 既に三周はしただろうか。

 水の足場を踏み続け、地上は遠く、敵ばかりが近いという状況にも、少し慣れが出てきた。部隊は未だ世界樹の内部に浸透できずにおり、立ち往生しているわけではないが、突破口の見つからないまま、ただひたすらに外周を回っている。


「フォッカーさんはまだ戻って来ませんかあ!?」


 ジュンの声はほとんど悲鳴である。降り注ぐ矢の雨を、剣で振り払おうとして二本もしくじっている。


「まだよ……まだ」


 このやりとりも定型文と化しつつある。


「痛いです!」

「自分で抜きなさい」


 ジュンは覚悟を決めるのに数秒かけると、矢を取り除いて捨てた。血が噴き出す。ゼニアはすかさずジュンを戻した。


 比較対象があまりに大きいため、自分達が今どの程度の高さにいるのかということは正確にはわからない。ただ、おそらく四分の一ほどは稼いだような――気がしていた。おそろしく長い一周を、もう三度も繰り返しているため、そのくらいは進んでいて当然だろうという、思い込みのせいでなければ。


「展開!」


 新入りのサカキ・ユキヒラという男はよくやっている。隣界隊の面々は、彼の障壁に保護されながら、今も隙を見て魔法を撃ち返している。隠れることを忘れた未熟なエルフの射手が、ナガセという若者の上げた炎に焼かれながら落ちていった。


 しかし悲しいかな、十匹や……積もり積もって百匹倒したところで、向こうにとっては打撃と言えるほどの被害ではないだろう。敵は戦力の大部分を地上に展開しているようだが、それでも数千はこの砦へ残しているに違いなかった。現状では、攻撃を仕掛けているというよりは、自衛のために応戦しているだけである。犠牲も出ている。


 この状況を打破するためにも、侵入経路の開拓を済まさなければならないのだが……。


「次もハズレだったら……」


 とジュンが呟いた。


 フォッカー隊は、無数にある世界樹の窓から、これだというものを選んでは()()()()突入し、()()()のルートを見つけてくる役割を担っている。向こうから言い出した。


 要塞の内部構造が複雑怪奇であることは容易に想像でき、全員で一度に乗り込むよりは、狭い空間での攻防にも優れ、打たれ強さもある鎧の魔法使い達に任せた方が(かえ)って得になるだろうとの判断だったが、こうも進展がないのなら、早々にどこかへ決めて雪崩れ込んでしまえばよかったようにも思える。それほどに焦れていた。


 いや、ディーンの武者達は実際驚異的な速度と生存率で仕事をこなしている。二十七回の試みを重ねて、損耗は二人のみ……だがそれほどの効率であっても、この要塞を攻略するための糸口は見つからない。慌ただしく、戦闘を続けながらの探索であるため、満足に調べることができぬまま切り上げる場合もあっただろうが、どれもが行き止まりか、この兵力でさえ侵入に適さない構造となっているようだった。


 フォッカー・ハギワラ曰く、どれほど堅牢な要塞であろうと、運用にあたって最低限必要な()()(みち)を備えている。それは物資の搬入や兵の収容に関わり、また防衛態勢を円滑に整えるための血の通り道、(くだ)である。そこに乗じるのが肝要だが、我々はまだそれを引き当てていないのだ、と。


 ゼニアもそれには概ね賛成であった。

 事実、窓の多くは一匹の利用者でさえ身体を折り畳んで当たり前の恐るべき空間であり、その先には腹も(つか)えんばかりの道ならぬ細穴(ほそあな)がかろうじて通じているような有様で、それを極端な例と位置づけても、他の窓もまた、そこから先へ進むためには屈んだり体の向きを変えることが要求されるようなものばかりであった。


 そんな中で、フォッカー隊でも無理なく通れる広さの(みち)を見つけては入り、引き返す……ということを繰り返している。最初は良さそうに見えても、どれも結局は、その先で迷路と化しているか、狭まっていた。探索は困難であり、もし通路内で追い詰められるようなことになれば、逃れる術はない。


「次も外れたら、打ち切るわ」


 今、フォッカー隊が試している窓もかなり有力そうに見えるが、これまでの結果からすると、期待するのはどうしても難しかった。

 これ以上の探索が、許容できる危険度であるとも思えない。


 外から見てもそうであるし、こうして密着していると実感としてよくわかるが、窓は、上へ行くほどその数を増やしている。それだけ探索の機会は増えるのだろうが、より密度の高い抵抗に曝されるということでもある。


 こちらが停止を挟みながらも移動を続けているため、エルフもまだ戦力の集中を徹底できていないような節はあるが、こんな行動パターンがいつまでも通用するわけがない。むしろ対応されて然るべきもので、そうなった場合想定される最悪の事態は、前進も後退もできず、まさに水が蒸発するかの如く壊滅することである。そうなる前に少なくとも、一度要塞の内部で降り注ぐ脅威をやり過ごす必要がある。


「――戻ってきたぞ!」


 と誰かが叫んだ。


 ゼニアとジュンは上の方の段にいたので、横穴から彼らが出てくるのを見下ろすような形になった。フォッカー・ハギワラの鎧は、突入を繰り返す毎、徐々にその色を変えていったが、この一回で完全に染まり切った。それだけ血を浴びてきたということだ。


「どう、だったんだ……?」


 異形のワタナベ・ソウイチが全員の気持ちを代弁するかのようにそう言った。


 返答――フォッカー・ハギワラは黙って、今やってきた窓を、刀で指した。


「……ほんとに……?」


 あれほど待ち望んでいた答えを、誰もがすぐに呑み込めない。


「総員応戦やめ! 第三段階に入る」


 ゼニアは不安になることがある。自分がこうして声を張り上げても何の効果もなく、人々の心に、行動に働きかけられない日が来るのではないかと。今は生き残れるかもわからない時であるから、特にそうだ。


 昔、誰かから、真に高貴な生まれの者には特別な力が宿ると教わった。武の強さではなく、魔法の良質さでもない、ヒューマンを惹きつけ影響する力――ゼニアはそれを益体もない嘘だと信じている。長い間、ゼニアは力とは無縁だった。ゼニアの人生の中で、()()()というやり方が始まったのは最近だ。訓練してきたことならいくらか自信も持てる、腕比べによって実感を浮かび上がらせることもできる。だが、生まれにより備わるものとは? 何がそれを保証してくれるのか? ゼニアの声、ゼニアの態度に、威厳なる謎の概念を他人が思う理由は? それを感じ取る者とゼニアの間にどんな違いがあるのか? 納得できるほど明瞭な答えが示されることはない。


 今回も、問題なく隊員の気を引き締めた。見ていればわかった。顔つきが変わるのだ。放っておけばまたすぐに恐怖の虜となるだろうが、再び勇ましい(ように聞こえる)叫びを浴びせることで、立て直す。


 我ながら、不思議の塊と思う。異界の、より洗練されているであろう環境から迷い込んだ客人(まれびと)達でさえも、それに意味があると考えている。誰もこの女を笑い飛ばさない。軽んじさえしない。余所(よそ)に起源を持つ彼らに、王家の紋章が効力を持つとは思えなかった。ならば、ゼニアから逃げ出さぬのは何故か。


 それとも()には、全てただの自惚れだったと証明されるのか。


 フォッカー・ハギワラがこちらを見上げた。


「引き続き先鋒は我々が」

「任せます」

「――参るぞ!」

「さあ、本番はここからですよ!」


 フォッカー隊の後をついていく。

 彼らが選んだ通路は、進むにつれて、窓よりも広さを増していた。屠られたエルフがそこかしこに転がっている。壁や床全体から魔力の光が見て取れたが、常人にもわかるだけの輝きも混じっていた。夜目の利くエルフとて、全くの闇では活動できない。


「すごい植物、なんですね……わたし、光るのって蛍だけだと思ってました」


 ジュンがそう言い、隣界隊の何人かが頷いている。


「それで、どこへ通じているのでしょう」


 先頭に追いついて訊ねると、ディーンの武者は難しい顔をして、


「通じている、というよりは……ふむ、口で説明するよりは、実際に目で見た方がわかりましょう。実はもう、すぐそこに」


 横穴のような通路は、意外なほどあっさり途切れようとしていた。先の空間は桁違いに明るい。まだ遠いが、敵の気配もある。


 フォッカー・ハギワラは手前で足を止め、


「あの先――ご覧になれますか?」


 ジュンに目配せをし、二人で壁に沿いながら奥を観察する。


 出口は、小さなバルコニーになっているようだった。それは、そこをバルコニーとして認識できるだけの広い空間が存在することを示していた。ゼニアはもう少しだけ身を乗り出し、手鏡を使って様子を見た。


 広すぎる――それが最初の印象だった。

 全体を見終える前に結論が出た。


「こんな中身で……」


 要塞の内部は、ほとんど空洞だ。

 ゼニア達が接しているのは、巨大な縦穴――吹き抜けの空間である。


「芯をくり抜いたようね」


 おそらく複雑な造りになっているのは表面からのごくわずかな距離だけだ。というより、()()()()()()その部分だけしか造り込むことが出来ないのだろう。


 縦穴に繋がる無数の横穴とバルコニー、そしてそれらを階段やスロープが繋いでいる。弓を装備したエルフが並び、既にこちらを狙っていた。


 鏡に、何か眩しいものが映る。


「太陽……?」


 目を潰すような明るさを放つそれは、炎。

 縦穴の上部に浮かんで、照らしていた。


「そういうこともできる、か……」


 これまで散々邪魔をしてきた炎の使い手があれを作り出していることは明白だった。


「どうしますか、姫様」

「そうね、まずは……目標を探すわ。彼女を呼んで」

「わかりました」


 隣界隊唯一となってしまった探知魔法家の女性である。広範囲をカバーできるが、精度に若干の難を抱えている。


「――お役に、立てますか」


 死んだ相方の少年とは良好な関係を築いていた。それだけに――。


「強い魔力を上から順に探り当てられるかしら」

「私は、詳しい位置は掴めません」

「方向がわかれば十分」

「……仇を、討ってくれますか」

「必ず」

「強い反応を把握するだけなら、多分できます」

「お願いするわ」


 結果、味方以外で目立つ反応が、上層部に二つあるという判定が出た。


「あーあやっぱり上かあ……」

「行きましょう」

「もうちょっと楽な方法があると思うんですよね。みんなゼツボーしてますよ。山より高いんじゃないかって」

「なくはないけれど、それを出来る人がいないのよ。進めるだけでも幸運だと思うべきね。ジュン、頼りにしているわ」

「ふう……お任せください」


 ジュンはバルコニーの先へ、新たに水の階段を作った。

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