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エルフヘイムをぶっつぶせ!  作者: 寄笠仁葉
第2章 旋風色の道化師
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2-4 自主トレ

 ここでまた少しお勉強タイムだ。

 姫様のお(うち)――ルミノア家が、現在このセーラム王国を支配している。しかし、本家筋でその名を残しているのは、現在わずか三名。一人は姫様、第三王女ゼニア・ルミノア。もう一人は第一王女の実姉……ミキアという名前らしい。そして、最後に実父、つまり現在の国王、ガルデという男だ。


 まあ、足りないわけだ。

 そうだとも。同じ姓を持つべき立場の人間がいくらいたって困らなさそうなこのご時世に、これはあまりにも足りないと思わないか? 両手で数えられなくてもおかしくないところを、片手も使わないようなこの数。

 もちろん、理由はある。

 詳細は聞けなかったが、まず、お(きさき)様は病没している。第二王女は戦禍に巻き込まれて亡くなった。王子が三人いたが、その全員が戦死している。


 惨憺たる有様だ。まずい状況なのはわかっていたが、ここまでひどいとは思っていなかった。何故まだこの国が滅んでいないのか不思議だ。姫様の説明してくれた遅滞戦略を踏まえても不思議だ。話してくれた司書の人も不思議だと言っていた。

 ちなみに、側室及び落とし(だね)は、ガルデ王即位以来確認されてないとのこと。


 姫様が剣を振るうようになった時期は、そうして兄弟姉妹が死んでいった時期と一致している。この事実は一つの理由づけになるだろう。姫様がエルフヘイムをぶっつぶすと言い切る理由に。そりゃ剣も取るわいな――と。

 しかし、その一方で、果たして本当にそれだけなのか? という疑問も残る。

 繰り返し言うが、惨憺たる有様だ。ならばこそ、姫様は剣を取っている場合ではないのではないか? とも思うのだ。あくまで客観的に見ればの話だが。


 何を置いても、この国はまず次代の旗印を決めなければならないはずだろう。

 英雄でも何でもいいから婿をもらって、とりあえず血統を保とうとするのが、自然な権力の成り行きというものではないのか?

 仮に姫様が男だったとしても、同じことを言われるはずだ。

 死んでいった肉親のことを思うのならなおさら、などと。

 姉共々、一体何をしているのか――などと、声高に叫ばれていないらしいのが、それこそ不気味に思える。


 まあ、彼女のことだから何か理屈をこねて(かわ)しているに違いないとは思うが。

 利害は一致している、と姫様は言った。彼女もまたエルフ達への復讐を誓う一人だ。

 何が何でも自分の手でやりたいのだ。それはわかる。

 他の様々なものを抑え、捨ててまでそこにこだわる理由が、わからない。


 いくらか姫様と接してみてわかったのは、彼女は感情の起伏に乏しいのではなく、感情の起伏を隠すのが人よりも巧みであるということだった。きっと、姫様に姫様としてしか接するつもりがないと、あのカムフラージュは精度が跳ね上がるに違いない。だからアホな噂が立ってしまうのだ。


 まったく、人には笑顔を貼りつけるのをやめろと言っておきながら、自分は擬態し放題なんだから参っちまうよ。まあ、今思えば、ヘタクソはそんなことするなって言っただけなんだろうけど……。


 しかし、その点、俺は運がよかった。出会いが出会いだったから、先入観をいくらか取っ払うことができている。落ち着いて観察してみるとよくわかる――彼女の張る膜の下には、激情が渦巻いていることに。しかしそれも、気を抜くとすぐに透き通らなくなる。

 あるとしたら、そこだろう。だが、確かなものは、今は何もなかった。




 芸の仕上げもそうだが、もう一つ仕上げようと考えたのは、魔法の件だった。これこそまさにブラックボックスのようなもので、一筋縄でいかないことは火を見るよりも明らかだった。

 だからといって、いつまでも手つかずにしていられるわけでもない。

 姫様はああ言ってくれたが、()の価値は()()()()の価値と同義だ。そこを履き違えちゃいけない。

 魔法が使えると姫様に思われたからこそ今がある。彼女の気まぐれがなきゃ、俺はただの土左衛門(どざえもん)で終わっていたのだから。


 初の舞台を踏む前に、向き合っておかなければならなかった。

 俺は、どこまでやれる?


 はっきり言って、今の俺に最初ほどの力を出せるという実感はない。記憶はある。しかしそれこそ白昼夢のように(もや)がかかっている。だがあれが正しくなければ辻褄が合わないのも確かだ。


 そもそも、芸の仕込みをするには、自分の部屋は狭すぎるし近所迷惑になる。加えて強い風を起こす可能性もあるとなると、屋外で、しかもなるべく人が来ないような場所が必要だった。

 王宮内では難しい。俺はそう考え、早い段階から思い切って姫様に外出許可を願い出た。

 明確に行動範囲を規定されているわけではない――が、城の中でチョロチョロするのは黙認されても、外に消えていくことまでが認められるとは考えていなかった。


「別に、それくらいなら構わないけれど」


 返答はあっさりしたもので、次の日から俺は適した場所を探し始めた。


「軽率なことをしなければね」


 そりゃあもう。


 その結果、ちょっと時間はかかるが河原まで出向くのが日中の習慣になった。コツは朝食を食べてすぐに出かけないことで、これはあんまり早くに行くと水を()みに来ている人が多く、その中に手ぶらでいるとちょっと恥ずかしい思いをするからだ。

 そうした()()()()()()を避ければ、全く人がいなくなるというわけでもないが、多少は遠巻きにできる。


 状況が整うと、俺は放送部にいた頃の基礎練習をひとつひとつ思い出していかなければならなかった。


「あえいうえおあお、かけきくけこかこ……」


 高校一年の春だった。俺が通っていたのは中高一貫の男子校で、頭の出来と本人の進路希望で多少のクラス替えが行われる以外は固定された面子の、新鮮味も何もないが、今思えば安心できる環境だった。

 放送部にはその時一番仲のいい奴が入ろうとしていたので、それにくっついていく形になった。つまり、大したモチベーションではなかったということである。


「巣鴨駒込駒込巣鴨、親鴨子鴨大鴨小鴨。歌唄いが来て歌唄えと言うが、歌唄いぐらい歌唄えれば歌唄うが、歌唄いぐらい唄えぬから歌唄わぬ。瓜売りが瓜売りに来て売り残し、売り売り帰る瓜売りの声。この竹垣に竹立てかけたのは、竹立てかけたかったから、竹立てかけた」


 だから、正直言うとこういうトレーニングはかったるかった……元々上がり症だし、本番の(衆人環境で朗読する)全国放送コンテストへ向けて取り組む、というのは性に合わなかった。発声のため腹筋を鍛えるのもたるかったし、朝に聖歌(カトリック系列だった)を当番で流しに来なきゃならないのもたるかったし、何かにつけて朝会やらの校務が舞い込んできたし、そういう仕事を後輩に教えるのもたるかった。

 そう――三年になって引退するまで、俺は続けてしまった。

 それはカメラを担ぐのだけは楽しかったからかもしれないし、放送室内は事実上校則が存在していなかったからかもしれないし、あれやこれやと経費で落ちたからかもしれないし、指定校推薦の時に話のネタになるからだったかもしれない。


 俺は、あの頃はまだ一番楽で簡単なやり方を嗅ぎつけることができていたように思う。


 そして、今になって頭の中の押入れに放りっぱなしだったマニュアルを掘り起こしてきて、必死に役立てようとしている。いやあ、人生って何が起こるかわからんね。ほんとに。

 一体いつから、感覚が(にぶ)ってしまったんだか――。

 取り戻さなければ。


 一人でいる時に軽妙な口調で喋るというのは、想像していたよりも遥かに難しいことだった。朗読の時は題材もやり方も真面目だったせいか、そういうことはあまりなかったが、今は油断するとすぐ心の中に、俺は何をやってんだろう、という疑いが忍び込む。振り払うのに苦労する。


 題材も悩ましいところだった。例えばペンギンの小話(ジョーク)をやろうと思っても通じないだろう。


 このペンギンはどうしたらいいでしょう。

 動物園に連れて行くべきではないですか。

 そうですね、そうしてみます。

 ――おや、先日動物園に連れて行ったのではないのですか。

 ええ、動物園は気に入ったようでしたよ。今日は遊園地にでも連れて行こうかと!


 動物園は多分無いだろうし、遊園地となれば尚更だ。そして何より、ペンギンを誰も見たことがない可能性が極めて高い。こういうハードルをクリアしてさらにウケそうなものとなると、かなり限られてくる。

 加えて、この先しばらく続けていくとしたら、安定した()()()ができるか不明なところもある。今はまだいいが、そのうち創作する必要が出てくるかと思うと、唸り声を上げずにはいられなかった。やればやるほど、とても俺の手には負えないんじゃないかという気がしてくる。


 そんな気持ちに負けそうになると、やっと重い腰を上げて、もう片方の目的、魔法に取り掛かるのだった。

 とはいっても、いきなりパワー全開にしてえらいことになったら困るので、意識して慎重に、少しづつ確かめるような作業に大部分を費やす方針にした。制御方法をまず覚えようとした、と言った方がわかりやすいだろうか? 鍛えることができるのならばそういう方向になるだろうし、この先ものにしていくのなら、色々と細かいことに使えないと困る。咄嗟(とっさ)の場面における対応も想定すると、反復によって慣らしておくという作業は、おそらくどれだけやってもやりすぎるということはないだろう。

 それに、そうして細かい部分と反復作業に目を向けていれば、すぐに自分の底を見ないで済む――そういう意味でも、俺は慎重にならざるをえなかった。


 さて、そよ風を吹かせることは、訓練開始時の状態でも何ら問題はなかった。

 もうちょっと進んで、スカートめくりも造作のないことだ。実際にやったわけではないが(大抵はスカートが長すぎる)、それが十分見込める強さの突風は発生に問題なし……だが、それはケンカでとりあえず力任せに相手を殴ろうとするのと同じことで、つまり、てんでなっちゃいない。


 どう吹かせるか、それが大事だ。

 魔法を操るための力は、その気になれば蛇口から水が出てくるように、ずっと流れっぱなしになる。ただ風を吹かせるだけなら、それは流れ出ている水を手で掬ってぴちゃりとかけるだけの児戯に等しい……と思う。

 そうではなくて、指向性や性質の付与といったもの――俺が欲しいのはそれだ。

 あの時のように。

 あの時、風は肉を引き裂けるほどに仕上がっていた。風は矢を弾いていた。

 風は俺をスーパーマンにしようとしていた。


 ――風で説明がつくもんか。


 再現できない。

 これほど難しいものだったのか、と頭を抱える日々が続いた。

 赤子の手首を捻るようなものだと、あの時は心の底からそう思えた。今考えるとほとんどやつあたりだったが、確かにあの時、俺は彼らよりも強かった。()()()()()()()

 今は、近づける自信もない。


 実を言うと、一度誘惑に負けて、その時にできる最大出力を川に(はな)ってみた。

 制御も何も考えず、蛇口を目一杯捻って力を解放したらどうなるのか。

 結果は、波を立てるだけに終わった。

 すごい波だったが、それだけだ。

 そして、そのくらい頑張ってしまうとすぐオケラになることも判明した。


 落胆はあった。だが同時に、まだ蛇口を壊していないとも感じた。

 ぶっ壊れていたんだろう、姫様が俺を二回に分けて()()までは。

 なんというか、あれで……元からあったリミッターのようなものが、働きを取り戻したのではないだろうか。実際、もどかしい感じがある。夢の中で空を飛んでいることに気付いて途端に見えないエンジンの調子が悪くなる現象、あれに似ている。


 本当は姫様に教えを乞うべきなのだろう。

 しかし、そのために必要な時間のことを考えると、修業に付き合えとはなかなか言い出せない。そもそも、魔法の修業をしろなんて言われていない。道化師になるための準備をしろと言われているのだ。俺に与えられた時間はそのためのものだ。魔法が芸の助けになるなら言い訳も立つが、俺がやろうとしているのは戦うための行動だ。勘違いも甚だしい、とまでは言われないだろうが、順序を間違うな、というお叱りは免れまい。


 だが、戦争だ。しかも、もう三百年もやっている。さらに、負けている。今から入り込もうと思ったら、最初からある程度戦えなきゃどうにもならない――というのは、視野が狭すぎるだろうか? 物に当たりたくなるほど悔しくて腹の立つことだが、あのクソッタレ「即戦力」は正しいと認めざるをえない。あくまでもある一面では。

 強い風が吹くだけでは、脅威にはならない。

 何も傷つけられないし、何も壊すことができない。

 つまり、役立たずってことだ。

 これじゃあ、こっそりとやっている甲斐もない。


 こっそりと――待てよ?


 もしかして、姫様は俺がこういう方針でやることを見越していたのだろうか。

 だとしたら、とんだ首輪をつけられたもんだ。


 実際、ありえない話ではない。彼女は俺がチンピラを惨殺した結果を見ているわけだし、魔法に関しては、こういうわかりやすい形で存在していない世界から来たわけだから、もうまるっきり素人以下だ。いや、独学でやるということを無視したって、俺はこの国の一般的な通念に関してさえも無知な部分が多いのだから、トラブルを起こす可能性の方がそりゃあ高い。おまけに目付(めつけ)も連れちゃいない。

 それで、テンパった結果、何をやらかすかとなれば――。

 冷静になって考えてみると、首輪がつかない方がおかしいなこりゃ。危なっかしくてしょうがない。外に出てもいいと言われるのには、理由があったということか。


 そうなると、魔法でどこまでやれるか調べようなどと考えること自体が、馬鹿馬鹿しいということになってしまう。

 事実その通りなのだろう。結局は、逃避だ。

 そして、その逃避からさらに逃げようとして、本来の目的に戻ってくる。

 行ったり来たりが繰り返される。

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