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エルフヘイムをぶっつぶせ!  作者: 寄笠仁葉
第9章 世界樹の要塞
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9-16 死闘にはならなくて

「だからここまで渋ったのか? そんなに俺が嫌だったのかい」


 エルフが俺達を見上げている。

 ぽかんと口を開けている者もいれば、未だ精力的に矢を放つ一団もおり、俺がおとなしくなったのをいいことに、突撃してくるヒューマンの軍団を迎え撃とうと備えを始めた隊もあった。


「乱暴者の相手をするのが好きな人はいないよ」

「それは……そうだな」

「あなたを止めに来た」

「頼んだ憶えはないんだがなあ。会うのだってまだ二度目だ」

「やらなきゃならない」


 シンは拳を握った。


「こんなことは終わらせる」

「――考えは変わってないらしいね」


 彼の方から仕掛けてくるのは意外だった。但し、一発目の試みとしては、熱意に欠けていた。少年はスーパーマンの如く拳を突き出して、ただ真っ直ぐに飛行した。


 少し悩んだが、風で自分を横に三歩ほど押して避けた。避けることができた。


「ふむ」


 一体――どういうつもりなのだろうか。


 空振った勢いのままくるりと縦に一回転し、シンがこちらに向き直る。


「準備体操と解釈しようか」

「――あなたは、周りを見たことがあるか」

「何だって?」

「周りを見たことはあるかと訊いた」


 少年に向けている注意を少しは残しつつ、俺はさらに周囲の様子を窺った。


 すぐ近くで槍と槍のぶつかり合いが起こっているが、ヒューマン側がすり潰されるような勢いで戦いは進行している。一方で、エルフ側のど真ん中に火球が何発か着弾し、爆炎の中へ何十匹かが呑み込まれていくのがわかった。


「どういう意図の質問か、よくわからないな」

「何か思うところはないのか」

「ん……? どうも大事な時に察しが悪くていけない。逆に疑問をぶつける形になって恐縮なんだが、そんな、わざわざ訊ねなくても、君には俺の思っていることがわかるだろうに……」


 ついさっきのパンチも、当てに行く気があるなら、もっと違った動きになったはず。


「精度は高いよ。でも絶対じゃない。それに――」


 奴の瞳の中にある、警戒の色に過剰さを感じる。


「あなたの中にいる何かに邪魔をされている可能性は高いな」

「――あァ?」

「アレは何なんだ? あなたは心の中に何を飼っている?」


 あまりにも真面目な口調でそう言われたので、余計に、滑稽さが際立った。それと表情が組み合わさると、これはどうにも、


「――く、ふ、はっ! はは、いやいやあはハハそれはひゃフフハハはは!」


 堪えることができなかった。


「随分高度なギャグだなあ! もう……こんな世界に来たとはいえ、そろそろ治さないと苦労するぞ。くく、早くも一本取られたか……まあ、何か根拠のように思えるものがあるのかもしれんが、」


 そう、心当たりが、全く無いとは言わないが――。


「的を外しちゃいかんなあ」


 俺が銃口となった指を向けるより先に、シンは回避行動を取り始めている。立て続けに十八発撃ってみたが、例外なく、最初から狙っていなかったかのようなショットになった。やはり、直接触れずともこちらの思考を読み取る程度のことはしている。そこに罠を仕掛けてもおかしくなかったが、少なくとも、わざと鈍い動きをして間違った考えを植え付けるようなやり方でないことは確かだ。余裕の動き――一応本気の試みだったが、有効ではないことが証明された。


 よかろう。

 元より、簡単に当たるなどとは思っちゃいない。


 回避のついでに、シンは高度を稼いでいた。非常に効率の良い上昇だ。一瞬視界から消え、見つけようとして、やめた。その時にはもう俺は()()()()しかなく、奴は太陽の中だということがわかっていた。仰向けになり、陽光を直視しながら待った。目に像が焼き付こうとも構わない。真下のエルフに被害を出さず俺を攻撃しようと考えた時何をするのか、興味がある。


 ――のろい。

 攻撃だと認識するのに少し時間がかかった。太陽にちらちらと黒い点が発生し、それは例に漏れず高速で飛来する投射物の影である、俺はとりあえず避けて、真後ろのエルフが貫かれるか潰されるかする――そんな漠然とした想像は裏切られる。意外と名も知らぬ誰かを自分の戦闘に巻き込んでも平気なのではないか、はっきり言ってしまうと有象無象のことは頭に入っていないのではないか――そういう、情に傾こうとする割にはドライな面が広すぎる人物像を期待していたのだが、さすがに悪意を持って捉えすぎたようだ。


 確かに、奴は俺のいる方向に魔法を送り出している。くすんだ緑色に染まった泡状の何か――が回答である。粒は大きい。かなり大きい。俺がすっぽり収まるくらい? 加えて量もあり、増えている。危険物なのはわかるが、本能にはあまり訴えて来ない感じだ。あれに触れないで対処しようとしたところを突くつもりだろうか? 奴が他人の魔法を模写できることはわかっているので、極端なことを言えば何事も実現しうるわけだが、さて、抜け道を作れないほどの手数かどうか……。


 泡は増殖を続けている。

 分裂しているわけではなく、次々に後続を足されているようだ。

 ゆっくりと落ちてくる。

 空気の流れに煽られる羽根よりもさらに遅いかもしれない。


 敢えて割ることにした。ただ、深い理由はない。裏をかこうというのでもない。奴からも俺が見えていないような気がするが、知覚する手段を別に持っているだろうし、そうなれば当然思考も読まれているだろうと心得るべきだ。よって、作戦を練ろうとすることにあまり意味は感じられない。


 とりあえず、守りに入らない方がいい。


 人差し指と中指を揃え、天へ向ける。

 試しに三発撃つ。着弾を確認。――泡が破裂しない。


「ム……」


 これはハッキリと様子がわかった。空気弾が当たった部分には、瞬間的にではあるが勢いに応じた分の歪曲が生じていた。しかし可能だったのはそこまでで、膜はすぐに強い弾力を思わせながら、元の形状へと戻った。反動で周りにあった別の泡をいくつか押し退けたが、衝撃もすぐに吸収されていったように見える。


 俺が調節していた威力は、エルフを狙っていた時とほぼ同じ――四肢の関節に当てれば骨ごと簡単に切断できる程度のものだ。それを踏まえて、1・単純に空気弾の威力が足りていない。2・何らかの特性によって破壊できなかった。


 まずは1を確かめる。今撃った三倍の強さまで魔力を搾る。そして、槍の如く尾を引く形状で撃ち出した。先程よりは強く泡を動かしたが、やはり割るには至らない。ここまで頑丈だと、あれも一種の障壁なのではないかと思える。設置しやすそうだ。


 ただのユニークな目晦ましだったか?

 それならそれで、怯えることもなくなる。2について考えるためにも、もっと近くで見た方がいい。俺は泡で出来た雲に接近した。触れるところまで来ても様子に変化はない。ゴムなどとは全然違う質感だが、指で突くと似たような()()()()はある。分厚い膜だ。中に詰まっている緑色の何かは気体と思われ、見通しは良くないものの、他には何も入っていないように見える。


 泡をかき分けるように泳ぐ。僅かに陽光がこの雲の中を照らしている。

 耳に魔力を集中させ、音を拾う。奴がまだこの中に隠れているとも思えないが、目の前にある情報が少なすぎるのでどうしても頼りたくなる。敵の用意した領域にわざわざ入って、俺は一体何をやっているんだろう――と思ってはいけない。


 ぱち、ぱち、と不規則なリズムが刻まれている。


「……予感はあったけどなあ」


 約束事のような始まりだった。察するなという方が無理だ。雲が外側から消えていっているのだろう。泡が、割れていっているのだろう。今いる場所では変化がないし、外側の様子も見えないが、パチパチの間隔が徐々に狭まっているので間違いない。


 やがて雪崩のようにそれは来た。

 上へ上へと離脱する途中で、まだ泡が残っている層を抜け、緑の気体の中を通らなくてはならなかった。密度が高く、拡散していこうとしない。魔法のおかげで、吸うこともなければ触れることもなかったが――少し、遅かった。


 迫ってくるのが見えた。炎はもう飽きていたが、緑に着色されているだけマシだ。操作されているようには――その必要があるとも思えない。ただ充満した()()に反応して、食い尽くそうとしているだけだ。あっという間にそれが終わろうとしていた。俺の命にもそれだけの時間しか許されていないということだ。


 必死に身体を押し上げた――それだけに集中していたから、脱出に成功した時、シンが振り下ろしている、どこから取り出したかもわからない槌を避けることができなかった。使い手より二倍は大きい。接触面もまた、完全に俺を覆うことのできる広さを持っている。僅かに空気の壁を挟んで、直撃を拒否する以外にできることはなかった。魔法で強化された膂力が生み出す勢いを殺すことなど望むべくもない。


 斜めに方向を与えられた状態で俺は落ちた。呼吸を整えていられる暇はなく、着地にさえ困難を伴った。何の助けもなく叩きつけられるのを防ぐため、逆噴射の要領で風をかき集めたが、それはどちらかと言えば()()になった。大量に巻き上がった土がささやかな丘を作り、俺はそこへ突っ込んだ。


「ああクソっ、服が!」


 それでもまだ怪我はしていなかった。晴れ着が汚れ、比較的新鮮な土の香りが鼻腔を満たしてみじめではあったが、何も欠けたところはなかった。


 浮遊する水の塊が包囲を狭めていた。用意のいいことだ。脈絡もなく気温が低下し、俺はすぐにその場を滑るように離れた。その全てがこちらを向く鋭利で細長い大粒の(しずく)となってから、水は氷柱と化した。彼方にいるシンが、


「行け――」


 と言ったのが口の動きでわかった。

 順番を守りながら、ロケットのように発射されていく。


 俺は進行方向に背を向けたままかなりきつい角度で上昇していたが、奴は先読みの恩恵を受けた計算によって、直線的な軌道しか描けないらしい氷を全て()()()()()に仕立て上げていた。回避行動が回避行動にならないため、俺の飛行ルートではなく氷の飛行ルートを逸らす形で対応していたが、やはり重いものに干渉すると魔力のロスが激しい。


 ――とはいえ、奴に対しては例外的に魔力の使()()()()が緩和されているようだ。やはり直接痛い目に遭わされていると、そこらのエルフを見ているよりは断然腹が立つ。贅沢に使えるだけのリソースは、まだ、余っていると言えるほどの量がある。


「次から次へと……」


 今度はシンが代わりに地上へ降り立った。丁度、俺が不時着した場所だ。こちらから目を離さないようにしているが、何故か屈んで掘り起こされた土を調べるように弄んでいる。何をやりたいのか知らんが、


「ぼんやりしてると攻め手が移るぞ」


 邪魔するに限る。


 点攻撃があまりに頼りないので、近寄って線攻撃にしたい。

 魔力に直接(さわ)られないよう気を付ければ、致命傷は避けられる。逆に、テレビゲームで言うところの1フレームでも割り込まれたら終わる。


 ――そう考えると、どうも奴のやり口は回りくどい。もっと積極的に精神魔法による必殺技の成立を狙ってもいいと思うが、それを俺が警戒していることを知っているからやりたくないのだろうか。しかし俺が何か対策を立てたとしてもその内容は筒抜けなのだから、奴に可能なことの多さを思うと対策潰しもそう難しくはないはずで……。


 忌々しい。


 作った距離をばっさり捨てて近寄って来たことに思案の様子を見せながら、少年は別の得物(あの槌はどこへ行ったんだ)を懐から取り出した。短いナイフで、装飾過多だった。


「今更説明しなくても」


 どこもかしこも、びっしりと文字が彫ってある。あれもまた魔法陣(サークル)だ。

 刃はギザギザで、柄も変に曲線を用いたデザインとなっている。

 俺を刺そうってんじゃないだろう。


「わかっていることだと」


 風を五回走らせるが、撃ってみた時と対応は変わらなかった。斬ろうとした時、既に奴は移動を終えるか、どれだけ後手に回っても行動自体は決定しており、未来を予知したような結果だけが残る。そしてそういうことをされると、自然に隙も見切られてしまい、返しでナイフを振られる。それが本気でないことは見え透いていたが、


「思うけど……」


 俺はたっぷり数メートルは安全地帯を設けたかった。


「オレにはあなたの考えていることがわかるから、何をしても当たらない」

「――しかし、このぐらい肉迫されてしまうと、当たらないための労力は支払わなければならないだろう?」

「それはそうかもしれない。でも無駄なことだ。どうしてこんなことをする?」

「あー、おどけるのは俺の重要な仕事の一つでね。無駄なことをやっていても本当の意味では無駄じゃないことがあって」


 会話の途中で攻撃に移ってみても、シンにはそれがわかっている。


 俺もほとんど全ての動きを風で補助しているが、奴はさらに単純な、肉体の強化そのものを可能にする魔法を知っている。宙に浮かずとも、跳躍と体躯の移動だけで見切ってしまう。俺も剣豪十人分くらいの働きはしているはずだが、それでも奴としてはまだ余裕があるらしく、おそらく儀式なのだろう、ナイフを使って、自分の手を傷つけた。


「……ったー、人間の動きじゃねえな……」


 少年の掌から、血がぼたぼたと滴り落ちている。


「それで、次は何を見せてくれちゃうんだ?」

「――きっと驚くよ。古の魔法だ」


 ひび割れた土地に、血が染みていく。

 もこもことその部分が蠢き、隆起し、人型になるところまではよくある話だったが、その先の、ディティールの作り込みが問題だった。出来がいい――という表現が適切でない。美しく造形してあるとか、高機能を実現しているのとは全く別の範疇。


 そいつはナルミ・シン少年そのものだった。

 髪の毛も、着ている服も何もかも、血の土から練成した分身だ。


「あなたはこういうのにも感想言うのかな」


 と、奴らはステレオで言った。


「……実にずるい」


 と俺は答えた。

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