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エルフヘイムをぶっつぶせ!  作者: 寄笠仁葉
第9章 世界樹の要塞
115/212

9-14 分離

 正面から見える範囲では、砦に門はついていない。そのへん魔法で自在に作ったり消したりできるのかもしれないが、そこまで凝る必要があるとは思えない。大軍を一時的にでも収容していたから、出入りに手間をかけるということはないはず。おそらく裏手に回れば、それを見つけることができるだろう。開戦前の布陣でも、正面から吐き出される様子は観察されなかった。部隊は全て、あの世界樹の陰から出現していた。


 強襲部隊はその出入口を使わない。あの要塞が出現したばかりの頃、姫様が提案した戦術通りでいく。外に階段を作って、窓から侵入する。


 それを許してもらえるかどうかが問題だ。

 敵にしてみれば、例え少数だろうが中に入り込まれたくなどない。


 世界樹との距離が縮まるにつれ、(うろ)という(うろ)の中から覗く頭の特徴がほんの少しではあるが掴めるようになってきた。俺は耳の長くない奴を探した――しかし、当然のことながら、無数にある大小様々な矢狭間(やざま)の如き空間で待機しているのは腹立たしい面構えのエルフばかりである。弓を構えている者もいれば、魔法を誘導するためただこちらに手をかざす者もいて、俺達の接近を、最早待ち構える他なしだ。バリスタ式の投石器と思しき物体が突き出ている箇所もある。


 よく引きつけてから、動こうというのだろう。

 様々な妨害がまた雨霰(あめあられ)と降ってくるだろうが、これより先に行われるものは対応ではなく抵抗と言うべきもので、完全に強いているという点で大きく違う。


 目立つ炎が、先程とは別の窓から放射された。

 かなり端の方からだ。移動にそれほど時間がかかってない。


「来たぞォ、やってくれ!」


 俺が叫ぶよりも早くジュンは水を作っていたが、熱線は明らかにその威力を増していた。角度をマメに修正し、こちらを狙うと同時に干渉を難しくしている。


「あんなに動く!?」


 ジュンも負けじと水を曲げるが、今度の接触はきれいなものではなかった。交差するように当たって、炎は何度か、水で満たされた空間から逃げ出した。


「か、カバー入ります!」


 慌ててサカキ・ユキヒラが魔力を練った。


「展開――」


 二度目だが、きちんと防げていても思わず身構えるほど激しい光景だ。一体どういう魔法制御なのか、美しいほどに整っていた炎のラインは、バリアの壁に触れた途端暴れて生物のようにのたうつ。ガラス越しに観賞している気分になる。


 彼は今度も炎をしっかりと遮断し終えた。それを期待していたとはいえ、本番で成功されるとやはりある種の幸福感を与えられる。手応えの幸福感だ。


「前の発射点は気にしすぎない方がいいな」


 だが、安堵したのも束の間、解禁されたかのように、世界樹の全ての窓が活性化した。

 こちらに飛来してくる物体の多さで視界が濁ると本当にうんざりする。


「迎撃!」


 姫様の号令で皆が慌てて魔力を放出する。

 これまでの妨害はあくまでも敵の本隊が片手間に行っていたものだが、ここからは世界樹にいる連中が総力で仕掛けてくる――熾烈に。


 あれは大木だ。少なくとも、窓に見合った数の兵が配置されている。それに、奴らにしてみれば、今この瞬間、まさに脅威が()()()()()()()()のだ。()()()()()()()()()()()のではなく。


 ただ、悲しいかな、その来るなという意思は、関係ないといえばない。

 人間は何事にも慣れゆく側面がある。

 完全にとはもちろんいかないが、隣界隊の面々は、少しづつ冷静さを取り戻そうとしていた。弾の数が増えても、それが変わり映えのないものであれば、十分対処できる、あるいはしてもらえるということに気付きつつある。この段階ではまだ生きていられる、生きられる方向へ持って行ける――それさえ理解できるなら、混沌とした恐怖の中から戻ってくることはできる。


 矢が風に煽られ、石は盾や剣を叩くのみに終わる。別の使い手が放つまばらな火球も水をかけられ、その他難しい攻撃が迫っても、姫様の()()が捕まえる。


 みるみるうちに距離が縮まっていく。

 世界樹を見上げなければならなくなった。東京都心に乱立するビル群を真下から見た時に似ている。今の方が数段スペクタクルな印象だが。


 一度、攻撃の手が緩む。


「誰も欠けてないか!」


 誰も欠けていない。


「素晴らしい。奇跡だ」


 半分は必然と信じてもいいだろう。


 問題はやはり桁外れの火力を備えたあの熱線である。次はまた別の発射点から来ると予想し、いち早く発見できるよう木の表面を観察していると、サカキさんの乗せられた馬が下がってきた。


「フブキさん、それに殿下、お話があります」

「……はい」


 姫様もそちらを見て先を促すと、彼は少し間を置いてから、


「次、またあの炎がきたら、初めからぼくが防いでみます」


 驚くような提案ではなかった。


「できますか」

「二回やってみて、その……不可能じゃないと思います」


 それを聞いたジュンが不服そうに、


「わたしはまだやれます」


 もういいよ、と言われてあまりいい気分でないのはわかる。


 サカキさんは困った様子で説明した。


「ぼくはまだ戦闘員としては働けない。中へ入るまでにコミナトさんが消耗するよりは、ぼくが疲れていた方がずっといいはず――と、思ったんですが……」


 姫様も頷き、


「任せられるなら、私もそれを望むわ」

「姫様……」

「その方が()()()でしょうな。それにお嬢様、あの炎を防ぐだけの役目では、本領発揮とはいかないでしょう?」


 彼女にとっては退屈な魔法の使い道だ。一方で、新顔のバリア男にとっては向いてるシチュエーションと見える。


「魔力は、あれを防ぐのではなく倒すのに使うべきでは?」

「でも……」

「心配かもしれませんが、自分だけでやってみせますから!」


 念を押されて、ジュンは渋々ながら引き下がった。


「わかりました、温存します」


 言い終わりかけたところに、直前の発射点の丁度反対側が輝いた。


「言ってるそばから……!」

「やります!」


 揺さぶりをかけてくるくせに、やり口は単調だ。勝負師の気配は感じない。()()攪乱しようとしているだけなのだろうか。


 ――と思いきや、今度の熱線は(しょ)(ぱな)から妙な挙動を見せた。

 一直線に、惑わずに、俺達のいない方向へと伸びていく。


「何だ……?」


 その間も、他の攻撃は浴びせかけられている。俺は風でもう何度目になるかわからない矢の雨を打ち払いながら、変化に目を凝らした。


「どういう、」


 痩せた地面を焼いている。世界樹の巨大さのせいで、俺自身はどうも距離感を見失いがちだが、あの熱線には速さもかなりある。それは角度の調整に関しても同じことで、炎の筒は俺達の目の前を遮るようにしていたが、すぐにこちらへと寄ってきた。


 成長しながら。


「――幅がありすぎる」


 薙ぎ払うつもりか。


 これまでの比じゃない。線というよりも、帯の如く拡張された炎が迫ってくる。


「展ッ開! 展開!」

「足りるのか!?」


 呑み込まんとしている。それだけ充実した魔法の炎だ。


 サカキさんからの返答を聞く前に、バリアとぶつかり合う。二枚の壁を使って、熱も遮断してくれているが、明らかに勢いが違う。違いすぎる。彼の壁は吸収するわけではないから、表面を伝って火が逃げていくのだが、


「……空気が熱くなってきたぞ……」

「――溢れる!?」


 消えるよりも早く、炎は壁を越えようとしていた。耐久など無視した飽和攻撃――。


「持ち堪えなさい!」


 姫様が羽衣のように魔法を漂わせる。荒れ狂う炎のおかげで、壁は相対的に可視化されている。それを補強するように巻き戻しのエリアを設定した。はみ出た分の炎はその領域に触れると勢いを失い、波打つような奇妙な消え方をする。


「さあ、障壁をもっと広く取って!」

「て、展開! 展開だ! まだ! まだ展開する! 展開!」


 そんなことが可能とは思わなかった。しかし、サカキさんは何枚も、何枚も壁を展開した。それらを組み合わせて、かなり角ばってはいたがドームのように隊へ被せた。


「出来たのか……? これは守れているのか?」


 本人にとっても初めての試みだった。炎がシャワーのように降り注ぎながらついてきているおかげで熱さは感じるものの、絶えず移動し続けているおかげで蒸し焼きにならず、酸素も欠乏していない――のだろうか。まず遭遇できない現象のため、理解が若干追いついていない。


 そして、唐突に火は晴れた。


「あ、あっ!」


 誰かが声を上げた。無理もなかった。


「――着いた……」

「おっと、全隊止まれ!」


 とデニーが叫ぶ。

 いつの間にか、辿り着いていた。すぐ前にごつごつとした木の肌があった。


「頼むからモタモタしないでくれよ! おれ達はすぐにでも帰りたいんだ」

「分離!」


 誰よりも早く、ジュンが馬から飛び降りた。そして即座に大量の水を使い、世界樹の壁に隣接するように階段を作成していく。


「フォッカー隊、損害なし! 総員、着装も完了!」

「隣界隊もだ」


 他の隊も生存を報告する。


「――準備できました!」


 階段は当面の上昇に必要な分だけだ。新しい段が必要になったら、古い順から維持を放棄していく。一度足を踏み入れたら、後戻りはできない。


「よーし、行け! 行け! 行けッ!」


 フォッカー氏を先頭に、次々とディーンの武者が殺到する。頑丈な鎧に身を包んだ彼らが斬り込み隊になるのは頼もしい。馬に乗っている間は行動を制限されていた彼らだが、これからは完成した状態の魔法を維持できる。ちょっとやそっとの妨害ではビクともしないだろう。


「次は隣界隊だ! 行ってくれ!」

「わたしに続いてくださぁい!」


 水を踏む訓練はさせてある。だから、客人(まれびと)達に残る最後の躊躇いは、ここから先で生き残れるかといった以上に――数え切れないほどの命を手にかける衝撃を受け止められるかどうかの不安だろうか。能動的な戦い、本番でしか得られない感覚というものはある。ただでさえ俺達は戦争を特別なものとして教わってきた。自分が自分でなくなってしまう人も出てくるだろう。それでも身を投じられるか?


「――こういう時は、上から何でも落ちてくると相場が決まってる!」


 動かすとしたら、哲学より状況だ。

 どうしなければならないかではなく、どうしなければどうなるか――。


「想像するんだ――何でもだぞ! わかったら少しでも早く移動! ほいほい!」


 ここに至って俺は、最大限おどけた振る舞いをして見せた。ある人の肩を押し、ある人の尻を叩き、ある人の頬を両手で挟んで――急かした。階段を踏ませた。ここに留まっていてもただただ危険だというのもあるが、今この瞬間という時は間違いなく金以上の価値を持っているので、無駄にして欲しくなかった。


 風を巻き起こし、矢と石を吹き飛ばす。これらは真下へ向けるのも簡単だ。ただし、木の幹は曲面なので、角度の関係で自ずと手数が絞られてはいる。それでも多いが。


「ほうら来た! ひどいことになる前に行った行った!」


 想像力豊かな人から進んでいったと思う。


「常に味方と連携して行動することを忘れないように! それでも困ったら、姫様とお嬢様を頼りなさい! 武運を祈る!」


 同行したいのは山々だ。ここまで付き合わせてしまった以上、正しいのは責任持って帰宅まで面倒を見ること――だが、俺はここで別れる。

 来た道を戻らなければならないデニー隊の護衛をし、強襲部隊の囮になった騎兵を少しでも多く救出するためだ。――それが一つ。


 姫様は一歩踏み出してから、こちらを振り返った。


「……ご無事で、なんて言わないぜ」


 生きて帰ってくるのが前提なんだから。


 彼女は黙って頷き、駆け上がっていく。


「頼んだぞ」


 まだまだ降り注ぐ妨害の邪魔をし、避けながら、最後に選抜隊を見送る。そして、ジュンが作った階段の一段目が消えた頃、俺は再びデニーの馬へ飛び乗った。


「脱出だ! 本体と合流して、もっと目立とうじゃねえか!」


 それにしてもデニーは前向きな男だ。これだけの目に遭って、萎縮もしていない。


 世界樹から離れる。散発的にこちらを逃がすまいと加えられる攻撃はあったが、やはりどれも俺で対処できた。それよりも、ほとんどの戦力は強襲部隊を追い出しに向かっているはずだ。熱線が再び照射されることもなかった。


 ある程度の距離を稼いでもらったところで、俺は風で自分だけ宙に浮いた。


「もういいのか?」

「いつまでもおんぶにだっこじゃな……それに、空からの方がやりやすい」

「そうかい。危なくなったらよろしく」


 高度を取る。上から俯瞰して戦場を眺められるのもまた利点だ。

 想定通り、ヒューマンの方が旗色は悪い。しかし、大きく崩れているわけでもない。空戦も含めて、強力な魔法家が多数大暴れしているが、戦局に直接、素早く作用するほどの存在は見えない――。


「やっぱり、俺から誘うべきなのか」


 息を吸い込む。

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