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エルフヘイムをぶっつぶせ!  作者: 寄笠仁葉
第9章 世界樹の要塞
113/212

9-12 特別強襲任務

                   ~


 増員は間に合ってしまった。

 何という強行軍であろうか――というより、何と時間のかかる睨み合いだったのであろうか。そして、エルフは一体どういうつもりでこちらの増員よりさらに遅れて本隊を到着させたのだろうか。夏の盛りが姿を消し、荒野は秋の落ち着いた温度を受け入れ始めている。待たされている間、兵士達は容赦なく照りつける太陽に悪態をつきながら、そんな環境下で戦闘が始まらなかったことを感謝していた。


 俺や姫様には苛立ちがあった。しかし、それを各々の内に押し止めていた。原因は最早、手の届くところにはなかった。巻き返せるとも思えなかった。


 結局は力不足だったのだ――姫様がそう結論付けた時、俺が彼女に対して抱いていた、万能感や安心感といったようなものが、少し削れてしまったような気がした。集団が持つわけのわからない圧力に押し流されてしまう姫様など見たくなかった。

 彼女が正しかったかどうかは関係ない。

 もっと確実な根回しが必要だったとか、敵の積極的な時間稼ぎも読んでおくべきだったとか、()()()を始める彼女を、俺は知りたくなかった。俺の望む姿じゃなかった。それが勝手な思い込みであったとしても――とにかく嫌だった。


 これまでの俺達が、いかに独立した勢力であったかを思い知らされた。組み込まれた途端にこれだ。何が本当の敵なのかわからなくなる。


 一つ言えるのは、屈した姫様を見てショックを受けるのだったら、その分、俺にはやらなければいけないことがあったということだ。上手くいったかわからないなどと消極的になるのではなく、誰よりも強力に、俺が後押しをするべきだった。そうしなかったのなら、()()()()()()資格もない。


 勝手に、出撃の準備を整えてしまえばよかったのだ。

 姫様が本当に、あの世界樹は即座に攻め落とすべきだと信じていたのなら、それで行動に移ったはずだ。隣界隊はガタガタで、何人も付いて来ないかもしれない。フォッカー氏にも立場があり、協力が得られないかもしれない。でも、それでも言うべきだった。

 俺と姫様とジュンだけの編成かもしれないが、やるべきだと。

 言うべきだったのだ、やらなければ――と。

 独断であっても。


 思い上がりかもしれない。

 だが、俺が言おうとしなかったせいで、姫様は自分の意見を半ば投げてしまったような気がした。行ってみて駄目そうならすぐ逃げ出せばいいとか、おっさんたちに怒られても出来るだけペナルティを軽減するよう立ち回ればいいとか、そういう可能性の枝を自ら切り落としてしまったのではないか?


 結果――、


「――無謀すぎる」


 今、何もなかったはずの荒野はヒューマンとエルフで埋め尽くされている。

 エルフは大木を背にし、俺達はゴブリンの村、もといヒューマンの野営地を背にしている。わずかにこちらの方が数は上回ったようだ。予定通りに一万と一千が足されたヒューマン同盟軍は三万二千を並べた。対するマーレタリア軍は入っていた情報を超えて二万七千から二万八千を展開し、残りをおそらくは魔法使い中心に要塞へ詰めたままの格好となった。兵員を増やしたために本隊の到着が遅れたということなのだろうか。


「あれを通り抜けて砦に入っても、中の奴らにやられる」


 聞いていたデニーが、口を開いた。


「でもよお、最終的に引き受けたのはお姫さんなんだぜ?」

「あの場面で断れるか。あれは大統領の挑戦だ」


 作戦をあんたにも説明する。


 ゼニア・ルミノア以下、隣界隊と選抜魔法戦力はスタンドアローンでの行動を認められ、この戦いにおいて特別任務を与えられた。世界樹を維持する魔法使いの討伐である。本来この土地には育たないものを無理矢理生やしているという仮説の下に、今後ちょっかいを出され続けないためにも、この戦闘で放棄させようという試みである。


 なんだかんだで今回の軍団の総司令であるところのマルハザール大統領は、さも以前から申請されていたお願いを通しましたよと言わんばかりに、この仕事を姫様に押し付けたのだった。こちらはとっくに諦めていたというのに、今更どうしろと言うのか。


 しかし、姫様は受けてしまった。


 あからさまな挑戦状を叩きつけられた状態で引き下がるのは後々損になると踏んだのか、こんなひどい作戦でも姫様ならなんとかしてくれるだろうという周囲のひどい期待に応じてなのか、受けてしまった。


「プライドのために命捨てるもんかね。おれは殿下はそういうお方ではないと思うんだがなあ……っと、こんなこと言ってたら危ねえか。いい意味でだよ、いい意味で」


 俺もできるだけ小声で話す。


「俺にもわからない。答えてくれなかった」

「ふうん」

「絶対無理だって任務を引き受けると思えないのも確かなんだが……まあ、俺も姫様の本気っていうか、必死になったところまでは見たことないからな。ジュンお嬢様もさらに強くなってるし、勝算があるとしたらそこなんだろう。あとはどれだけ隊のみんなが奮闘してくれるかに賭けてるだろうし……それに、」


 召喚されたての客人で、参加したいという人が、一人出た。

 待たされている間に召喚が成功した四人の中の一人だ。


 厳密には、戦います、ではなく魔法を使います宣言だったが、戦場へ連れ出されることには変わりない。よく決心がついたと思う。危険性は伝えたつもりだ。魔法を実際に見せて、これを生き物に当てればどうなるかということを理解させたし、戦意を喪失した元隣界隊員に会わせて、色々語らせるということまでやった。


 その人は、意思を曲げなかった。

 但し、待遇は期待していいという俺達の言葉を聞いて、一つ注文をつけてきた。

 美人のお嫁さんが欲しい。


「新しい人は、少なくともあの木に辿り着くまではとても頼りになるはずだ」


 俺は、後ろをちらりとだけ振り返った。


 そのテのコンプレックスを抱えそうな外見ではないと思う。

 俺と同い歳くらいの男性だが、正直言わせてもらうと童貞っぽくもなかった。ボディが貧弱すぎるということもない。生きて帰れたらの話だが、あの容貌なら魔法使えて戦場経験ありますと自己紹介すれば、この世界の女性ならかなりのレベルまでをしかも選り好みできる(未亡人になるのが心配だという人は当然除外されるだろうが)。とりあえずの訓練で今日まで忙しかったため、まだリクエストは聞けていないが、例え貴族の御令嬢を指名されたって、姫様や王様が口添えすれば婿入りも夢じゃない。


 一体何が彼から切実な願いを引き出したのか、まったくわからない。

 わからないが、その願い、叶えるしかない。


「ところでデニー・シュート中尉は知り合いに娘の結婚相手を探している方とかいらっしゃいませんかね」

「ええ? 何だよいきなり……戦闘前にする話じゃねえだろ」

「……悪い。ワケは後で話す」

「おう。――フブキ」

「今更だけどよ、よろしく頼むぜ?」

「任せろ。……と言って安心するならいくらでも言う」


 さて、俺とデニーはタンデムで騎乗している。

 キップは置いてきた。姫様も愛馬のマウジー殿を置いてきた。

 ジュンも、隣界隊も、ディーンのフォッカー隊も、その他各国から集められた魔法使い達も、皆、一様に誰かの後ろへ乗せられている。

 何故か?


 世界樹の内部は馬での移動が困難であると想定されるため、姫様以下特別強襲部隊は侵入時には徒歩であることが望ましい。しかし、出来るだけ早く到達したいので、道中も徒歩なのは都合が悪い。風でブーストするという手もなくはないが、俺は別の部分に集中していたいし、他の風使いも空戦という仕事がある。途中までは出来るだけ騎馬に頼りたい。


 そこでデニー隊の登場である。

 彼らの第一の任務は、俺達を世界樹まで運ぶことなのである。

 必然的に敵陣を突破することが前提となるので、要塞への侵入と同じくらい危険だ。いや、到着次第強襲部隊をパージして、また味方と合流する――()()()()()()くることを考えると、さらに上の危険度と言ってもいいかもしれない。


 しかし、デニーはこれでまた出世できるとノリノリだったし、姫様直々のご指名でもあった。何と彼女を乗せているのは、メイヘムを攻めた時に巻き込んだ眼帯の女だった。恩赦で自由の身となった後、デニー隊へ入ったらしい。


「本当に上手く行くんだろうな!?」

「行って欲しいね、俺としても」

「何だよそりゃあ……」


 敵陣から伝わってくる音が、不意に静まったような気がした。

 そしてその直後、風魔法で増幅された音声が響いてくる。


『――聞こえているだろうか? オークとヒューマンの諸君、及びヒューマンへ告ぐ。私はマーレタリア軍務代表、ラフォード・ゼイラブ元帥である』


 確か、大統領が「高らかに戦の開始を宣言」する予定だったと思うが、敵の方が用意がよかったようだ。


「元帥? どうして元帥が出てくんだよ!」

「俺に聞くなよ……」

「だっておまえ、エルフの元帥っつったら、どんな大一番でも出てこないことで有名じゃねーか!」

「そうなのか?」

『難しい要求はしない。まずヒューマンには退いてもらおう。その後、我が軍を駐留させ、互いの関係について前向きな対話を求めたい。如何か』


 あくまでオーリンへ向けてのメッセージか。


『オーク、ゴブリン、どちらかの代表だけでも聞いているはずだ。百数える。それまでに返事くらいはいただこうか。代表に連絡を取れる者でも構わない。数え終わるまでに何の反応もなければ、武力に訴える。繰り返す、反応がなければ、武力に訴える』

「おいおい」

『九十九』

「――今の声が本物なら、出てきたんだろ。いや、待てよ、」

『九十八』

「確か交代したとかいう情報が入ってきてるって姫様が言ってたから、それじゃないか?」

『九十七』

「方針変えたってことか……」

『九十六』

「大統領はどうするつもりだ」


 九十、まで言ったエルフの声を遮るように、また別の、風に強化された音が飛んだ。


『そこまでだ、長耳共が!』

「応戦するらしいな」

『この地は最早我らヒューマンの庇護下である! 貴様等エルフが侵してよい領域ではないわ! 武力と申したな、大方こちらの数を侮っていたのだろうが、万全に備えておるわ! 叩き潰してくれる!』


 少しの間があり、エルフの返答はただ一言、


『残念だ』


 それからどう指令が伝わったのか、(とき)が、波のように彼方から渡ってきた。

 呼応して、ヒューマンの軍勢も次々と吼える。デニー隊も叫んだが、後ろに乗せられた人々は、俺も含めてほとんどが静かだった。


「前進」

「――前進!」


 姫様からデニーの号令で、隊が動き始める。

 俺は空を見ていた。

 風魔法使いやそれに支援された攻撃役(アタッカー)が宙に浮いていく。それが両陣で起こっている。放たれた矢の雨と干渉しないように出撃しなければならないから大変だ。早速、どこかから飛んできた気の早いファイアーボールに一人が衝突した。散開する部隊もあれば、固まって動く部隊もある。共通しているのは、もうスピードを上げているということだ。


 俺はこちらまで届こうとしていた矢を風で払いのけた。しばらくはこれが役目だ。

 かなり広めに範囲を取ったが、全軍はカバーしていない。竜巻にしてもそうだが、ここであまり魔力を使うつもりはない。


 地面の震えを感じる。これだけの数の生き物が蠢くと、それだけで現象が起こる。

 空では先頭の部隊同士がヘッドオンして、瞬く間に双方から血が弾け飛んだ。速度に特化して攻撃手段は刃物という隊だ。少し視線を下げると、遠くに先程見たのとは比べものにならないほど巨大な火球が着弾するのが見えた。遅れて今度は、この距離だと自信はないが多分砲丸投げの弾くらいの大きさの固形物が降り注いでいる。この世界には攻撃的な植物というのがいくつかあるが、土魔法によって種子を射出する器官が備わったそれを操ったのだろう。


 そろそろ俺達の動きが目立ち始める頃だ。全体として見ればどちらの軍も横へ横へと引き延ばすように並べられたところからスタートしているわけだが、機動戦力としての騎兵や魔法隊がいるのですぐに形を変えていく。デニー隊を中心として、縦長の楕円に組んでいる騎馬隊がヒューマン軍の中では一番の速度で、エルフ側から見ると左端に突撃をかけている。


 エルフがどこまでこちらの思惑を想像しているかはわからないが、少し驚かされているかもしれない。一応、ヒューマン側というか、オーリンが攻め込まれようとしている立場なので、適しているのはもちろん防御的な対応だろう。U字型に包み込んだりして、騎兵で蓋をするとか。しかし俺達がやっているのは回り込みではなく世界樹突入を目的とした完全な突撃陣形――さらに、砦を攻略するには足りない数のように見える。


 そもそも、あれだけ強力な迎撃ができる魔法家を置けるので、世界樹から行える攻撃の範囲内には入って来ないとさえ思っているかもしれない。


 強いて言えば俺達はそこを突くつもりでいるが、それでも無茶には変わりない。


 次の弓が飛んできた。今度は露骨にこちらを狙ってきている。何か妙な手を打ってきた、と向こうも気付いたのだろう。だが、矢は、俺が簡単に落とせる。問題は魔法だ。火球と、大きすぎる植物の種、からくりやゴーレムの力を借りて投げられた大岩――それらが一斉に飛来する。全部を風では無理だ。他の魔法家の出番。


 火球にはジュンが水鉄砲を放って相殺した。

 姫様はぐにぐにと魔力を扇状に広げると、種と岩に魔法をかける。それらは空中でゆっくりと巻き戻しをかけられ(こうすると負担が少ないそうだ)、その間に部隊が着弾地点を通り過ぎる時間を稼ぐ。


 隣界隊はもちろん、デニー隊の面々も、おそろしい光景に悲鳴を上げている。耳に届く音もまた恐怖を煽りに煽る。


「騎手は走ることだけに集中せよ!」


 こういう時、よく通る声の持ち主は得だ。

 パニックになりかけた客人達に、一筋の光を投げかけることができる。


「次が来る! 魔法兵! 今度は、撃ち落とせるものは撃ち落としなさい!」


 できるわけが、と誰かが言いかけたところに、俺も被せる。


「もう遅い、ここまで来てる! 生きて帰りたいだろ!」


 何人かが魔力を練り、そしてそれは何十人かとなっていく。

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