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エルフヘイムをぶっつぶせ!  作者: 寄笠仁葉
第9章 世界樹の要塞
112/212

9-11 遅れた仕上がり

                   ~


 その男は、噂に聞いていたよりずっと温厚そうな顔立ちをしていた。


「貴公がマイエル・アーデベス卿かな。お出迎えありがとう」

「とんでもございません。――そちらこそ、元帥自らお出でになるとは」


 但し、軍属にしては、だが。

 頬や眉に残る傷跡はやはり経験を物語っていたし、いくら目元が優しくとも、お付きの二名を軽く上回る体格はそれだけでこちらを圧倒してくる。


 ラフォード・ゼイラブ。更迭されたディーダの代わりに軍務代表の席へ座った男。


「気が変わったんだ。むしろ留守の方をジェリー……ああ、ディーダに任せるべきではないかと――そう思ったんだ」

「左様ですか」


 当初の予定では別の将軍が本隊を率いていたのだが、そういうことになったらしい。

 奴は前線に出る男だ、と降ろされる直前のディーダ()()が言っていたのをマイエルは思い出した。


「前任者に倣って(みやこ)にどっしり構えているのもよいだろうかと挑戦してみたんだがね、性に合わないことをやっていると、調子が狂っていけない」

「なるほど」


 もう少し大きな椅子を用意しておくべきだった。

 強度は問題ないだろうが、明らかに尻を持て余している。


「そうでなくても軍務代表に就任してから初めての大きな作戦だ、顔を憶えてもらう意味も込めて、やはり出て行かなければと――まあ、急に決めたせいで皆には迷惑をかけてしまったが。ははは……」

「ははあ、なるほど」

「いや、嘘だよ」

「は?」


 意味を掴みかねているマイエルに、ゼイラブ将軍は語った。

 無邪気そうな笑みを浮かべながら。


「最初からこちらまで来ることは決めていた。しかし、都からこんな遠くまで真面目に付き合っていたら疲れるだろう? いくら他の将兵よりは楽ができるといってもだな、結局、同じ距離移動はしているわけだし……それなら道中は行軍好きに任せた方が、お互いにいい思いができる。どうだったかな、彼はイキイキとしていただろう?」


 彼、とは任されていたカンダル少将のことだろうか。


「はあ……まあ、そうおっしゃられると、そうだったような気もいたしますが」

「元帥ともなると、運搬魔法の申請も通りがいい」


 マイエルの反応が薄かったせいか、ゼイラブは心配そうな顔になって、


「貴公はディーダとも少し仕事をしたのだろう、奴とはこういう話はしなかったかな」

「いいえ……」

「……そうか。では笑い話はこのへんにしておいて、本題に移ろう。まず、今日までよくこの前線基地を維持してくれた。皆に代わって礼を言わせてもらおう。本作戦ではここが非常に重要な部分だったからな。長らく待たせてしまったが、そのおかげでこうして、()()の軍勢を集めることができた。()()()()()()()()()甲斐があったよ。期待させるような報告が上がってくるものだから、疑いはしたがつい甘えてしまった。本当に、そちらが言うほど静かな戦線だったのか? 内緒で交戦を重ねていても驚かないが……」

「いいえ。最初の夜襲が、ついに最後の交戦となりましたね。私としても信じられない気持ちはありますが、寡兵で、話しましたように数を減らしてもいたので、毎日、気が気ではなかったというのが本音です。地平線に同胞が重なって見えた時には、胸を撫で下ろしましたよ」

「気が気ではなかった、か。ふふ、よくそんな言葉で済ませられるな。私なら、心底怯えて過ごす状況だが……くくく」


 このエルフはこのエルフで、ディーダとは違った方向に変だ、とマイエルは思った。


「さあ……ちょっかいをかけてきた斥候を火の化身が焼いたので、度を越して臆病になってしまったのでしょうか……」


 不気味な沈黙である。

 絶対に94番がいるはずだが、あの男は未だ動きを見せないでいた。

 奴がそれを我慢できるものだろうか?


「こちらとしては、好都合でしたが」

「ふむ、そういうこともあるかもしれない。まあ、奴らにしてみれば、貴公らが言うところの、目的の物体とやらを手中に収めてはいるわけだから、敢えて積極的になる必要がないとも言えるだろうがね。戦略的にはまだまだ向こうに利がある」

「そうなのでしょう――それより、こうも静かすぎると、向こうも何か手を打っていておかしくない。そのことの方が心配です」

「おかしくない、というより、間違いなく何か対応した行動を起こしてはいるだろうな。賢者会でも悠長だと怒られたよ。だが、それでもこちらの用意した数が上回っているはずだ。ヒューマンがこの樹を見て増員を決定しても、二万五千を越えるかどうかといったところだろう。投入する兵力の問題に関しては解決できた。それにしても――」


 ゼイラブは全てが木で出来た部屋を見回した。

 お付きのエルフは微動だにせず、監視するかのようにマイエルを凝視したままだ。


「実に快適そうな砦だ。兵達が出て行きたくないと言い出すかもしれない。私としては、実はそちらの方が心配でね」


 笑うところだろうか。この男はどこかズレている。

 ズレているのでないとしたら、センスが、あまりよろしくない。


「あの、まったくもって今更なのですが……別の椅子をご用意いたしましょうか」

「椅子? ああ! いや、構わない。私は小さな椅子が好きなんだ」


 笑うところだろうか――マイエルは一応、愛想笑いを作ってから、続けた。


「まだ到着したばかりですから荷の整理が優先されるかと思いますが、それが済み次第、敵陣に攻め込むということになりますか」

「そうだな。もう日が暮れるから……展開にも時間がかかることだし、兵を一晩だけ休ませて、明日一気にやってしまった方がいい。向こうもさすがに、我々が到着した気配を察知しているだろうしな。奇襲という感じではない」

「……大変言いづらいのですが……」

「ん、どうした? もしかして、君達の方の都合がよくないのかね」

「概ね、準備を終えているのですが……。一名だけ、どうしても……」


 シンが、まだだった。

 まだ、謎かけに(こだわ)っている。


「例の、少年かね」

「そうです」

「その少年抜きでは、どうしても始められないか」

「始められません」

「本当にどうしても?」

「彼抜きの戦闘は必ず敗北します」

「そうきたか。彼女から――召喚代表から説明は受けたが、その彼がついていながら、前回の戦闘でも我が軍は敗走している。あれはディーダが読み間違えた部分も大きいから責任はやはりそこで追及するとしても、ヒューマンの少年一匹がそれほど重要な存在なのか疑問に思う私のことも理解してくれるね?」

「――風を操るヒューマンのことは?」

「聞いている。それにまつわる貴公の事情も、全てではないが把握しているつもりだ」

「天災に抗う者がいるとしたら、それはドラゴンくらいのものでしょう。魔法を用いてさえ、我々エルフは自然の意志には逆らえない」

ディザスター・クラス(天災級)を除けば、ということか?」

「この世界樹を育てた者も、それを守った炎の使い手も、どちらも強大な力を発現させましたが、分類してしまえばコラプス・クラス(倒壊級)の域を出ません」

「では、シンという少年の精神魔法は、竜巻に対抗できるのかね」

「邪魔が入らなければ。ディーンではそのために仕損じたのです」

「概念的な魔法の使い手を(クラス)分けするのは難しいものだが――貴公は、彼自身が災害足りうると考えているのだね」

「はい。シンは師匠からも技を譲り受けました。危険極まりない男です。ひとたび使い方を誤れば、必ずやマーレタリアにとって災いとなるでしょう」

「よくもそんな怪物を飼っておく気になるものだ」

「だからこそ94番にぶつけるべきなのです。そうでなくては、戦いになりますまい。逆に、シンと94番、一対一の構図へ持ち込みさえすれば、こちらは勝ったも同然です。失礼を承知で申し上げれば、八方手を尽くし集めて下さった三万の軍勢は、そのために存在するのです。邪魔をせず、尚且つ邪魔させないための戦力と心得ていただきたい」

「――大きく出たな。口で言うほど、確信を持っているわけでもなかろうに」

「しかし、それが最も可能性の高いやり方であると信じています。彼は特別です。隣界隊ですら、彼の補助に過ぎない」

「ふうむ……」


 男は腕を組み、椅子の背もたれに体重を預けた。不憫な軋みが聞こえる。


「参ったな――待ちたくない。私自身はそうでもないが、兵達はそれなりに急いでここまで来た。皆、行軍にうんざりしているはずだ。やっと歩く以外のことをしていいんだ、とね――その勢いを殺したくない。どうして定時連絡の際に言っておいてくれなかったんだ? 急に待ったをかけられても困る」

「元帥閣下がどのような方か、もう少し早くわかっていたら……」


 変わり者だが、妥協点を探れるほどには話せそうな気はした。


「それでまずい事情を黙っていたのか? 子供みたいな奴だな、貴公は。気持ちはわからないでもないが」

「面目次第もありません……」

「まったく……あ、そういえば、どうして準備が遅れているのかまだ聞いていなかったな。ヒューマン共が静かなら時間はいくらでもあったろうに、一体何に手間取っているんだ」

「先程、彼の師匠について触れましたが、それが問題でもあって――」


 マイエルは説明すると、ゼイラブはみるみるうちに納得しかねる様子になり、


「……なんだそれは。では、あとどれぐらいかかるのかもわからないのか?」

「恥ずかしながら」

「もっと恥ずかしがってもらってもいいんだぞ。……さすがにそれでは話にならない。なんとか説得して、自分の世界から戻ってもらうんだ。誰の言うことなら聞く?」

「それは、私か――いや、この場合はギルダの方がましか……」

「そうだ、肝心のギルダ・スパークル嬢はどこへ行ってしまったのかな。彼女に少年を説得してもらえないだろうか?」

「ギルダなら他の客人の面倒を見ています」

「私と少しの間会うこともできないくらい忙しいのか?」

「ええ、それに関してはその通りです。なにしろ召喚代表ですから、自分のやった魔法の面倒を見るということなんですよ、つまり」

「それは呆れるほど難儀だな。手伝いがいなければそんなものか」

「しかし、今の少年がギルダの話でも聞いてくれるかどうか」

「――少年って、オレのこと? 他の誰か?」


 マイエルが顔を上げると、そこに見知ったヒューマンがいた。


「シン! どうした――君以外に誰がいるんだよ……」

「新しい元帥閣下が来たって、ギルダから聞いてね。挨拶しようと思って……あと報告も」


 そう言って、シンはゼイラブに握手を求めた。

 側近の二名が立ち上がったが、ゼイラブは手でそれを制した。


「シン・ナルミです」

「ああ……ラフォード・ゼイラブだ。よろしく」

「よろしくお願いします」

「――全く気配がなかったが、それも魔法かね?」

「そんなに便利なやつじゃないです、本当に警戒してる人は気付く。どうか気を悪くしないでください。オレが色々できるってこと、知って欲しくて。名刺代わりです」

「名刺?」

「ええと、自己紹介の代わりってことです」

「シン、報告ということは――済んだのか」


 どうかそうであってくれ、とマイエルは願った。


「ああ。終わったよ」


 とシンはあっさり答えたが、その瞳は悲しみを帯びている。


「――上手くいかなかったのか? 謎解きはどうなった」

「解けたよ。ついさっき」

「ではどうして、そんな……」

「謎は解いた。でも師匠は、元には戻らなかった。すごい魔法になったよ。相手が同じ魔法の持ち主でも負ける気がしない。もう、瞬きする間もいらないだろうな。それでも、師匠は元には戻らない。そういう報告(オチ)だよ」

「詳しく聞かせてもらおう」

「いいのかな、元帥は何が何やらさっぱりわからないと思うけど……まあ、いいのか。ちょっと発想を変えるだけでよかったんだ。解き方のヒントはオレ自身の中にあった――って言えば、わかるかな」


 シンは親指で額をコツコツと叩いた。


「何だと!? まさか、」

「ああ、怖い考えだ。でもオレはそれをやっていた。ほんの少しではあったけど、オレはオレの記憶をいじっていたんだ。師匠の魔法と事故ったのは本当だったけどね。その瞬間がはっきりしないままなのも本当。隠れていたのは、あの時もう、師匠自身は霞のように散って、消えてしまったんだってことだよ。オレがそうしてしまったんだ。やり返してしまったんだ。師匠もオレの魔法を読み誤っていたのかもしれない。わからない。確かなのは、あの雪山にいた頃から、師匠はもうどこにもいなかったってことなんだよ。オレはオレから、それを隠したかった。空っぽになった師匠の肉体に、よく似た心を勝手に生み出してからもう一度、わざと下手に壊した。オレはそれを師匠の破片だと思い込んでいただけだった。思い込まされていただけだった」

「ただの勘違いだったのか?」

「そうとも言えるし――まあ心配しないでくれよ、師匠の中に正解は最初から無かったけど、あれはあれでとても勉強になったし、オレがオレ自身にかけた記憶のプロテクトだってびっくりするくらい複雑でカタかった。最終試験としては満足のいく出来だよ。さんざん待たせちゃったけど、かけた時間は無駄になってない。……怒ってる?」

「おい、ふざけるなよ、私が怒っていないとでも」

「まあまあアーデベス卿、落ち着いて。――シン・ナルミ、君はもう、心残りがなく、納得した状態で作戦に参加してくれるということでいいのかな」

「つまりそうです」

「ならば、説教より先に、打ち合わせの方を進めたいのだが」


 シンはニコリと笑う。


「始めましょう」

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