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エルフヘイムをぶっつぶせ!  作者: 寄笠仁葉
第9章 世界樹の要塞
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9-10 先にこちらの準備完了

 そうやって不本意に時が流れていった結果、ついに戦端が開かれるよりも先に、召喚装置の試運転をする準備が整ってしまった。


 その間、世界樹における動きはほとんどなかった。偵察員を出す程度の積極性も見られなかった。あそこに居ながらにしてこちらの動きを探る術を持っているのか、それとも立て籠もるだけで精一杯なのか、はたまた敵情など把握しなくてもいいと考えているのか――謎だ。そもそも、俺達は要塞の、こちらへ向いている部分しか見ることができていないので、裏の方で何かされていても知りようがない。内部においても同様だ。


 唯一、食糧調達のためと思われる外出が観察できたが、運搬魔法家による極々一時的な出入りのため、そこを襲撃していいほどのタイミングは掴めなかった。ただ、外に出てきているのが全員エルフだということはわかった。あまり近寄ると炎のビームで焼かれてしまうので、個体を識別できず耳の形による判断だったが、服装からなんとか、男女混合であるという推測を立てている。


 第一、どういった理由でエルフとヒューマンが一緒にあの砦の中で暮らしているのかがわからない。姫様が言っていたように、エルフはヒューマンを利用しているのだろうか。しかしそのこと自体が、エルフの本意ではないような気もする。レギウスの弟子が召喚魔法を使えるなら、エルフを召喚すればいいじゃないか? 夜襲をかけてきたヒューマン達の雰囲気から察するに、彼らが俺達と同じ、地球の日本から引き当てられたのは確かだ。俺の件で向こうは召喚されたヒューマンに懲りていても――いや、それこそ今更か。奴がいる。シンという少年が。認めるのは癪だがとびきり強力な魔法家だ。まさか奴一人でマーレタリアの首脳陣を洗脳して回ったわけでも、俺への対抗手段を得たので柳の下の泥鰌(どじょう)を狙っているわけでもないだろうが、ヒューマンを使うということに対する抵抗は抑え、割り切っていると思った方がいい。元より、奪った土地に住んでいたヒューマンを全ては追い出さずに奴隷として位置付けている連中だ、理由はいくらでも出せる。


 重要なのは、あの木の中に潜んでいるヒューマンは明確な敵だということだ。

 敵なら殺すか、無力化するしかない。客人(まれびと)だろうとそれは変わらない。


 そこで、早速不利な点が一つ挙げられる。

 多分、奴らはメンタルが故障しない――というより、治療できるはずだ。


 ある意味、これは攻撃として精神魔法を使われるよりもおそろしいやり方だ。その気になりさえすれば、何が相手だろうと立ち向かっていけるようにできるし、味方にいくら損害が出ようともネガティブにならず行動させられる。不屈の兵隊を組織することが可能だ。……と思う。記憶を選択的に削除してもいいし、力技で安定させてもいいし、そういう気持ちにならないよう耐性を付けることだって可能かもしれない。命令にも従う。何でも言うことを聞かせられる。――その気になりさえすれば。


 そういう奴らを相手にしなきゃならん。


 一方、こちらはレギウスの弟子の存在が判明してからというもの、ヒューマン対ヒューマンの可能性を折に触れて隣界隊に説明してきたが、そのこと事態がもう望ましくなかった。本当はこの戦争を異種族の侵略者と戦うというだけのシンプルな構図として捉えてもらいたかったが、ややこしくなってしまったのだ。俺やジュンは特殊ケースなので、新しく加わる人達は出来る限りストレスから遠ざけたかったが――あの夜襲で死人が出てからというもの、オリたいという客人は増加の一途を辿っている。五人がこれ以上の戦闘を完全に拒否し、三人が考えさせてくれの状態で望み薄、あとは、闘志を失っていないというよりは、なんというか……()()()


「それで、やめたいって人、減りました?」


 俺は閉じていた目を開けた。

 座って壁に背を預けただけだというのに、ナガセさんに声をかけられなければ、知らず眠り込んでしまったことだろう。

 別に忙しいわけではない。ただ、気疲れは間違いなくある。明かりが乏しく、暗いのも手伝った。


「……も、全っ然、駄目」

「ありゃ……」


 待たされている。

 さっきからレギウスが部屋のあちこちをいじくり回しているが、終わる気配はない。


 さらなる援軍が到着するまでの間、ドワーフのアグラ氏はダイヤモンドの研磨も部品の補修も終え、召喚装置に魔力を蓄積することが可能となった。今後のことも考えると装置の扱いに習熟しておいた方がいいということで、毎日交代で様々な魔法使いから魔力を頂戴する試みがなされ、部屋が魔力を吸収するための正解パターンは本当に複雑で膨大な数があるということを俺達は思い知らされた。


 それでも取り組んでいくうち、徐々にコツを掴み始め、ある程度なら必要な操作を分類できるまでに至った。筆記用具も貴重な環境だが全く調達できないほどでもない。レギウスに主導させ、装置が誰にでも使えるよう、もっと簡潔な取扱説明書の作成も並行して進めた。もしかすると最近一番忙しかったのはこのエルフかもしれない。


 俺や姫様はその監督をしていたわけだが、どちらかというと、客人の説得に注力していた。士気低下とそれに伴う離脱は、隣界隊の存続を危うくするレベルのものだ。お願いはするが強制はしないというモットーでやってきたものの、今、もう無理ですと言われてハイそうですかサヨウナラとすぐに引き下がれない。抜けようとしている人でさえそれをわかっている状況だ。死者も含めると、半減どころではない規模縮小になる。


 こうなると、もう隊というか、班である。あまりに小規模な集団になってしまうと、当然だが力が落ちる。出来ることが少なくなる。出来ることが少なくなり過ぎると、無能だと思われるようになる。召喚魔法を利用して魔法隊を作る、という活動そのものに疑問を持たれてしまう。それでなくても莫大なコストが俺達のやっていることにはかかっている。なんだかんだでそれだけ期待をかけられているということでもあるが、見合った効果を示せなければ、俺達はこのご時世に大変な浪費家だと見做(みな)される。


 ここにきて隣界隊がやっぱり実戦じゃ役に立ちませんでしたということになってしまえば、俺達の、というか姫様の立場はえらく悪いものになるだろう。展開によってはもう浮き上がれなくなるかもしれない。


 そんな事態を避けるべく、考え中の人達には残留してもらえるようお願いし、離脱を宣言した人もすぐに帰してもらえるわけではないので、考え直してもらえないか面談を続ける……という毎日が続いた。それをやる時間はたっぷりあった。望んでない時間だが、説得を続けていくうちに、これはこれでよかったのかもしれないと思えるようにもなった。


 姫様は十人を割った隣界隊でもあの要塞を落とす材料になると今でも信じているようだ。確かに、全軍の中から選抜して部隊を編成する案なので、元の隣界隊からも全員は連れて行かなかったかもしれないが、俺はあの時ほどの自信は持てなくなってきた。説得の過程で、ワタナベさんを始めとした残留組にも色々と話を聞いてみた結果、想像していた以上に彼らがストレスを抱えたままにしていることがわかった。そして、それを解消する術を俺達が持たないことも。


「まあ、しょうがないすよ。こればっかりは。オレが加わるんですから元気出してくださいよ」

「ええ、心強い限りです……でも、その気じゃなかったのに申し訳ない」

「何言ってるんですか、他に色々やりたい時間が欲しかっただけで、いつかは戦うつもりだった。それが早まっただけの話! ――それより、アグラさん何か悪いですね、長々と引き止めちゃって」


 ナガセさんにそう言われると、ドワーフの石細工師は髭を少しいじった。


「いや、なんの……。やはり一応、自分の仕事がうまくいったか確認してから帰りたいですからなあ」


 アグラ氏はそれ以外にも、軍で使う道具の面倒を見てくれていた。やはりドワーフの匠は器用であるらしく、専門外の注文でも様々なものを修理してのけた。


「それに、異界からヒューマンがやってくる魔法というのも、この目で見てみたい」

「こんな緊張した状況下でテストするのもどうかと思ったのですが、稼働は早いに越したことはないので……」


 部屋の中には他に、姫様とジュンも待機している。


()()()()()の中にも誰か戦ってくれる人が混じってるかもしれないし、そこに期待しましょうや」


 援軍を、という意見には一理あった――しかし、だからといって、装置で召喚したばかりの人間を戦線に投入してはどうか、というルーシアからの提案は肯定できるものではなかった。


 隣界隊における士気低下の問題は、既に会議でも強く指摘されていた。任務遂行能力を疑う、という声はセーラムの中からでさえ上がっていたし、俺達が説得にあたっているのはそれに後押しされているせいでもあった。


 そんな中で、あのマルハザール大統領が、どうせ戦力を増やす目的なのだから、召喚を成功させたらそれをそのまま使ってしまえと言い放った。元から俺達のやっていることに理解がないだろうとは思っていたが、ここまでよくわかっていないとは! 召喚したばかりの人間を、訓練もケアもなく投入できるわけがない。混乱から立ち直るのを待ち、この世界について説明するだけで一体どれだけの時間がかかると思っているのか。


 もっとショックだったのは、それに追従する声が相次いだことだ。やはりセーラム人の中にも賛成派がいた。最初は根回しされたのかと思った――しかし、後の調べでそうではないことがわかった。単純に、戦力を増やせるなら形振り構わず増やすべきだと、多くの人間が考えているだけだった。


 俺と姫様は、隣界隊を用意するのにどれだけの手間がかかったか、改めて説明した。それが満足いくほどのものではないことも。出来ることなら、全般的にもっと手厚くやりたいところを、余裕がないのでよしとしているだけなのだということを。

 わかっておくれ。


 しかし奴は言った。


「――こちらに招くヒューマンは、ある程度条件を付けて選別できるそうだな?」


 そしてこう続けた。


「ならば、初めから戦う意思のある者に絞って召喚すればよい」


 魔法の習熟はどうする。


「何を言っている、これほど魔法家が揃っている場所もそうなかろうが? 喚び出す数などまだたかが知れている。持ち回りで足りよう」


 賛成の数がまた増え、俺達は何とか、召喚装置の具合を試してからその方針でやる、という予定だけ表明してその場を乗り切った。


 そんなやり方、真っ平御免だ。


 まず、俺達に必要なのは戦士であって、狂人ではない。戦う意思は必要だが、それは最終的な決定の段階に存在するべきもので、必ずしも好戦的である必要はない。戦いありきが行動の基本では困る。この世界とヒューマン同盟が置かれている状況を知り、(おのれ)の魔法を知り、その上でまだ、戦争に加わってもいいと考える人間を集めたい。そうじゃなければ続かないというのと、そうじゃないのに戦いたいという奴を取り込むのはあまりに危険だからだ――ジュンは例外なのだ。彼女のように手綱を握れる相手ばかりとは限らない。従順であれ、と標榜するつもりはないが、聞きわけがないようなのを紛れ込ませてしまった時の面倒は、おそらく想像を絶するものになる。好戦的で、現代日本の知識を持ち、魔法を持ち、聞き分けのない生物だ。ありえん。万が一にでも召喚してしまう可能性を作ってはいけない。


 次、制御されていない魔法はマジで危険だ。思い返してみれば、俺の最初の魔法――竜巻は暴走だった。他の魔法家を信用しないというわけではないが、隣界隊の面々は全員アデナ先生にお墨付きをもらった上でこの旅に同行している。本拠地での事故ならまだ復旧力も働くだろうが、今は戦闘の起こりうる出先だ。下手に魔法開発なんかして、ここで事故を起こした場合、それがそのまま敗着になってもおかしくない。


 認め難い。

 しかしそれも、彼らに言わせれば、


「生ぬるいわ!」


 だそうだ。


「細かなことに拘っておる場合か!? 貴様等のそのような甘さが、隊の崩壊を招いたとは思わんのか!?」


 そうかもしれない。


「あの砦への無謀な攻撃に賭けることはできても、客人の召喚には賭けられんと言うのか? おかしな話ではないか、なあ……?」


 ……そうかもしれない。


 召喚の条件付けは、まだ「日本からこの世界に来たいろくでなし」で通す。

 この先のことは、まだわからない。


「――さあ、準備が完了いたしましたよ!」

「遅い」


 レギウスがようやく、パソコンで言うところのエンターキーに手をかけた。


 今日の召喚のために魔力をフル充填するまで、大体五十人ほどかかった。魔力量には個体差があるし、その時使える魔力を全て吸収させたわけではないのではっきりしたことは言えないが、専念させればその半分か、さらに少ない人数で一回分を貯めることができるだろう。ここが完全に確保されて、常に人員を置いておけるようになれば、驚異的なペースで召喚を繰り返すことができるようになるはずだ。


 これからここへ召喚される何人かは、まず間違いなく戦禍に巻き込まれるという点で不幸だ。後方へ避難させてもいいが、召喚されたばかりで俺達の目の届かないところにいると、それはそれで難儀するだろう。オークとゴブリンを信用しないわけではないが、お互いのためにも、やめておいた方がいいように思う。


 どちらにせよ、無事にセーラムの都へ辿り着くまでは、ハードモードが続くだろう。

 救いがあるとすれば――見た目ではっきりわかるエルフとドワーフがこの場にいるので、先輩方よりは、多少状況を飲み込みやすいかもしれない。

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