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エルフヘイムをぶっつぶせ!  作者: 寄笠仁葉
第9章 世界樹の要塞
110/212

9-9 さらに待つのか

                   ~


「わー、うわっ、わ……! もう早く拾ってくださいそれ!」


 確かに好き好んで見るようなものでもないが、マイエルに抵抗はない。育った環境の差か――それとも、これが世代差というものだろうか。矢傷と、翼が折れているのみの比較的きれいな屍体でも、メリー・メランドにとっては相当衝撃的な光景らしい。もう何往復めか忘れてしまったが、慣れる様子はない。


 単に気持ち悪がっているようにも見えたが、妹達の亡骸を思い出させるのだとしたら、少々この任務は酷だったかもしれない。しかし音を上げずこうしてマイエルを外まで運び続けているのだから、良き兆候ではあるのか。巻き込んで利用してきた立場のマイエルだが、気の毒に思ったり心配したりといったことはまた別の話である。まさか直接訊ねたりはしないが、克服し、立ち直っていくのならばそれに越したことはない――例えそれが、シンというヒューマンの存在に因るところが大きくとも。


 知らぬ種の獲物を拾い上げると、異国へ来たという実感が湧く。やはり土地のせいか、痩せたような体型の個体が多い。所詮現地調達、添え物程度の期待しかしていないが、果たしてそれでも足りるのだろうか。食料は一応十分と思える量を持ち込んで来ているものの、コノハの魔法による植物栽培に頼っている部分も大きい。この(のち)どのような展開に転ぶかは未だ不透明な状況であり、節約という意味で備えはしておきたかった。肉が手に入ればそれだけ気力も充ちやすくなる。持て余しがちな時間を利用しない手はない。


 振り返って世界樹を見る。溜め息を、吐いてから気付く。


 久方ぶりに弓を握ったせいか、飛ぶ鳥を落とそうとしてみるとギルダの方が成績は良い。片方が当てたらもう片方がメリーと共に獲物を回収しに行く、と提案されたルールを素直に了承してしまったのがいけなかった。その方が張り合いもあるだろうといざ取り組んでみれば、行かされるのはマイエルばかりである。


「いいぞ、頼む」


 メリーに()()されて世界樹上層部にある大部屋まで戻る。

 この程度の距離なら、単身でも優れた魔法家である彼女にはあまり負担にならない。


 急激に切り替わった景色を把握すると、丁度、窓辺にいるギルダが次の矢を(つが)えているところだった。思わず声が出る。


「ま、待った! またか!? 戻ったばかりで……!」

「でも、あそこにいますよ」


 ギルダはマイエルの方を見もせずに弓を引き絞っていく。


 嘘ではあるまい、あるまいが、


「――おい君、私達が戻ってくるのにわざと合わせて当ててないか」


 駆け寄って(ふち)にしがみつき、同じく遠方を確認する。灰色の点が空中を飛行していた。


「少しはメリーがかわいそうだとは思わんのか」

「マイエルさんさあ」


 後ろから声がかかる。ハナビ・アキタニのものだ。


「負け惜しみはいけないよなあ」

「失敬なことを言うな」


 目を凝らして、羽ばたきまで把握したと思った時、すぐ横で緊張したものが解き放たれる気配を感じた。


 ほんの僅か、間があり……そして、鳥は墜落した。


「イエー!」


 いつの間にか隣にハナビがいた。

 シン達がかつて住んでいた国の中では珍しいらしいが、ほとんど赤毛と言っていい頭髪である。ヒューマンにしてはまあ整った顔のような気がしないでもない。しかし肌が浅黒い。エルフのそれと比べれば何でも浅黒くなると隣界隊の全員から難癖をつけられようとも、そう見えることだけは事実だ。小柄だが胸などはギルダより豊かでどうも妙な塩梅(あんばい)である。


 この娘はヒューマンにしては視力に優れている方だった。


「はい罰ゲーーーム」

「参ったな……」


 これでまた外へ逆戻りということになる。


「ほらほら、早くー、行った行った」


 囃し立てるハナビを、ギルダは困ったような顔で見ている。


「メリー・メランドさん! 君からも何か言ってくれないか!」

「まあまあ、あたしはどうせ手透きですから」

「そういうこと」

「ハナビ! 君は真面目に警戒しろ!」


 まったく同胞を失ったばかりだというのに――言いかけそうになる。

 その事実は、半ば禁忌として定められつつあった。シンが客人(まれびと)の苦痛を強制的に削減した結果である。自己防衛のため、触れまいとする心理が強く働いているのだという。まるであの不手際がなかったことであるかのように、彼らは振る舞おうとしていた。そしてそれは実際に効果を上げているようであった。薄ら寒いものを感じようとも、悲しみに沈んだまま途方に暮れているような状態よりは遥かに高い士気を保てるので、マイエルとギルダもそれになるべく同調しようと努めてきたのだ。


「してるって、ここで。実際よく見えるし。また何か来たらすぐ焼いたげるから安心してよ。それよりアタシはコノハと違ってヒマ潰しの方が問題なんだからさ、もっとあれこれ面白いこと考えてよ。ただでさえこっちは娯楽がないんだから……」

「君を楽しませるためにやっているわけじゃない」

「えっ、でもギルダは……」


 マイエルはギルダの方を見た。


「……いやその、うるさいので試しに言ってみたら面白そうだと言うので……」

「しっかりしてくれ……。メリー、魔力は大丈夫だろうか? 一応、翌日に響かない程度を保ってもらいたいが……」

「問題ありません。ハナビの言うこともちょっと当たってますよ。あんまり暇で魔法を錆びつかせる方が心配です。こうして簡単にでも練習する方がずっといいんじゃないかしら」

「そう言うなら任せるが……いつ戦いになるともわからないのだから、注意はしておいてくれ」

「まあ、そもそも向こうが静かだから狩りなんてこともできるんですけどね」


 そう言われてマイエルは初めて、先程までいなかったコノハ・ヒイラギが少し離れた寝椅子に横たわっているのを知った。


「――驚かせるんじゃない! いたのか……。部屋の構築は進んでいるんだろうな?」

「休憩です」

「進んでいるのか、と聞いているんだ」

「ええ、ええ、すこぶる順調ですよお。早め早めに進めておりますのでご安心を」


 ハナビは癖のある短髪だが、コノハはコノハで髪をろくに手入れもせず伸ばしたい放題でよしとしている。寝そべっている今も身体の下敷きにしてそれで構わないらしい。そのくせ、少年少女で構成された隣界隊の中では飛び抜けて大人びた雰囲気を纏う。それは単純に、悪い言い方をすれば年を取っているように見えるということでもあるが、眠たげな声や、どこか柔らかな物腰、随所に丸みを感じる身体のパーツも印象の形成に一役買っているようだ。マイエルにはヒューマンの感じ方など正確には理解できようはずもないが、漏れ聞こえてくるところによるとそのような評価となっている。


「予定より遅れてたら、ワタシも休憩なんかしませんて」

「本当だろうな……? いいか、我々はマーレタリア軍、」

「二万五千名を迎えなければならない、何か不手際があっては……でしょう。いい加減耳にタコって感じですねえ。――お確かめになります? その二万五千名が泊まるお部屋、ひとつひとつ。それだけで一日終わりそ」


 コノハは薄く作っていた笑みを一度消し、


「言わせてもらいますけれど、ワタシは()()()を生かしてるだけで休憩なしも同然ですからね」

「む……それは、そうだが……」

「もー、かわいそうだと思うならこの子ですよ。こんな場違いな所に生やされちゃってまあ……。そういうわけで、ワタシのことはお気になさらず」


 寝返りを打つ。


「――昼寝を邪魔してはいかんか。メリー、行こう」

「はあい」


 ギルダがメリーに鳥が落ちた大体の位置を伝えていると、おもむろにハナビが、


「あーあ、シンがいりゃあ警戒任務も手分けしてやれるのになあ」


 まだ寝入っていないコノハが、


「まだ仕上がらないって?」


 何故か会話はそこで途切れた。


 やはりヒューマン共の、それも異界の者は考えていることはよくわからない、どうして今の流れで言葉が続かないのか――と考えているうちに、


「もしかして私に訊いたのか」

「だって、マイエルさんが連絡係でしょう? あの人にかかりっきりになってから、どれくらい経ちました? もう羨ましいったら……」

「だからヒューマンではないと何度も……まあともかくだ、シンがミンジャナにかけた魔法はある意味極限状態で生み出されたもの、簡単に解くことはできない」

「それは前にも聞きました」

「白状するが、私にもシンの魔法のことなどよくわからん。あんな下手な説明ではな」


 精神世界を見聞きして、嗅いで味わい触れるような男の話だ、共有はできない。


「ただ、言えるのは、自分の成した(わざ)を自分で解けない――ここに問題の本質があるということだ。魔法の難易度ではなくな。こうしてヒューマンの陣営と睨み合ってはいるが、実は彼にとって今目の前にいる敵は自分自身なんだよ……おそらく。しかもどうやら、話は技術的な到達点ではなく、何か概念に変革を与えなければいけないような段階まで来てしまったらしい。こうなるともう何か(ひらめ)きが()ってくるのを待つほかないと思うんだがな……」


 ハナビが怪訝な顔をする。


「えーと、それじゃあ全然ダメってこと?」

「ああ、全然駄目だ。だから待つしかない」

「閃きが要るってんなら、尚更ひきこもってちゃダメだと思うんだけどなあ……本人が放っておいてくれって言ったって、外に出した方が……」

「――いや、やめておけ」

「なんでよ」

「なんでもだ」


 なんとなくではあるが、シンはその閃きに至るまでの材料をもう持っているのではないかとマイエルは考えていた。だからこそ閉じこもっているのではないかと――。加えて、どう見つけようとしているのか、想像もしてみたが、当たっているかの自信がない。当たっていて欲しくもなかった。シンは孤独に過ごしているわけではない。


「待っていた方がいい」


                   ~


 敵の防衛能力の片鱗が見られたのは収穫だった、ということになる。


 それで三人死んだが、というか、もう、ほとんど消滅していたが、貴重な情報と引き換えの尊い犠牲だったと月並みな判定もそこそこに、彼らの死を無駄にするべきではないというこれまた月並みな論調で姫様は攻撃の承認を迫った。


 非常に強力な火魔法だが、ジュンと姫様が本気で取りかかれば、世界樹に取りつくまでの短い時間なら防げないこともないというのは道理だった。ジュンの水で消すというのはちとアヤシイが、姫様が()()魔法をバリアーのように展開すれば魔力の消費は激しくても対処は可能であろうと納得できる。


 目に見える攻撃として、あの炎の矢は威力がありすぎた。


 俺としては大いに姫様の肩を持ちたいし、敵を倒しに行く気もある。しかしその一方で、あれを見て完全に怯えてしまった派閥のことを責められないと思うところもあった。いや、派閥というより、あれはヤバいと承知の上で突っ込んでもいいと思える人物が一握りしかいなかったというのが正しい表現になるだろうか。


 あれが敵の手の内の全てではないという事実が、より一層、皆を及び腰にさせた。それは正論でもあった。当たり前の話だが、姫様の魔法でも防げない手段が無いとは言い切れない。失敗の可能性の方が高い。もちろん、敵の魔法を全然把握できていない以上、どうやってもバクチにはなる。それをやりたいわけだが、最早、俺達が勝手にやって勝手に死ぬだけというような話でもなくなってきた。


 結局のところ、最終決定を下すのは司令官のマルハザール大統領なので、ここでセーラムの姫君と直属の部下が完全な頓死ということになれば、さすがに立場が危うくなってくる。姫様は議場で押したり引いたり、時には煽ったり挑発までしてなんとか作戦決行まで持ち込めないかと試行錯誤していたが、萎縮しているのは大統領だけではなく、セーラムの幹部達までもが姫様を死地へ送り込むわけにはいかないというまた別の理由で待ったをかけて、ちょっとこれじゃあGOサインを出せないという反応が延々と続いた。そしてそれもまた無理からぬ話だった。


 これまでは本当にやるしかないという状況で戦ってきたが、今回は、一応まだ撤退の選択肢が生きている。オーリンは梯子を外されるので最悪の展開ではあるものの、ヒューマンが絶対的に自己の存続を保とうとするのであれば(絶対的にそういうものだが)取れない選択肢じゃない。後退してもいい、という方向を指せるのは幸福なはずだが、どうも逆に、俺達の足枷となっているようだった。


 それではせめてさらなる情報収集を、という提案もなされはしたが、お前生贄になってこい、と再度命令を発するには、寄り合い所帯の性質が邪魔をした。決断を下せないわけではなく、下すと、直接的にしろ間接的にしろ、止められる。そのような力学となっている。意思が三つあることの不便さだ。


 ではここでただ動かず、なにもせずいるのか――それも許されない。今ある力と材料で動かせそうにないなら、外から足すのが自然だ。敵が積極的でないのならば、間に合うかまではわからないが援軍を呼んでみてはどうか。あそこに構えを築いたのならば、案外予想されている本隊とやらが合流してもすぐには仕掛けて来ないかもしれん、そうだそれはありうる話だ、何だかんだと負け続きのエルフ共だ、ここらで考えを改めていても不思議はない、力押し一辺倒を見直して、本当の狙いは最初から持久戦だったのかもしれん、もしや先手を完全に捨ててさらに戦力をかき集めるためあんな砦を建てたのでは、そうだそれもありうる話だ、足されては勝てない、こちらも足すがよかろう、そうだ、「ここは冷静に援軍を」、このフレーズはキャッチコピーのように使われて広まっていき、今では攻め込まないことに対する免罪符のように機能している。果たして援軍は承認され、さらに一万と一千の兵が蛮族戦線へ向けて出発したという。


 俺達のやり方も、彼らのやり方も、どちらもあまり利口ではないのが、悲しい。

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