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エルフヘイムをぶっつぶせ!  作者: 寄笠仁葉
第9章 世界樹の要塞
109/212

9-8 行って、帰る

                   ~


「――して、あの樹は何なのだ?」


 マルハザール大統領は不機嫌そうにしていたが、むしろそれだけで済ませられる鈍さが羨ましい状況だ。突如出現したあの物体――姫様が世界樹と呼んだ謎の大木への対応を決めるべく、急遽、野営地に設けられた会議用のテントに皆が集められていた。俺達先遣隊はもちろん、軍の幹部、将軍も一堂に会している。さすがに三国分ともなると、若干の狭さを感じる。


 大統領の疑問に、姫様が答える。


「おそらくは土魔法家によるものでしょう。それも相当な使い手です。マーレタリアにはあのような巨大な木が自生しており、エルフ達は世界樹と呼んで敬っています」

「昨日まであんなものはなかった……夜のうちに(こしら)えたと申すか」

「それを悟られぬよう、夜襲を仕掛けてきたと考えることもできます。とにかく、あのような脅威を突きつけられた以上、こちらも早急に対応策を練るべきでは」

「そんなことは言われずともわかっておるわ! ……いや待て、そもそもあれは脅威なのか? エルフ共は一体どういうつもりであれを投入してきたのだ?」

「それは――砦、でしょうな」


 とフォッカー氏が言った。

 大統領の腰巾着、齧歯類に似た男が唸る。


「しかしまさかあのような築城が可能だとは……」

「では、やはりエルフ共はあの中に籠もったのか」

「そう考えて差し支えありますまい。ただ……」

「ただ、なんだ」

「あそこに潜んでいるのがエルフだけではない、という点を留意しておくべきでしょう」


 と姫様が引き継いだ。


「ああ、例の、エルフに与しているらしい奴原(やつばら)のことか。忌々しい。――さて、我が軍はどう出るべきか。何か案のある者は?」


 勝手にどんどんと決めていってしまうのではないかと思ったが、展開についていけてないのか、何も思いつかないのか、意見を聞く気はあるようだった。


 誰も、すぐには発言しなかった。考えがまだまとまっていないのだろう。完全に予想外の一手を打たれたから無理もない。夜襲に加えて、一夜城ときたもんだ。セーラムのお城を四つ並べて十段くらい積んだような極太の要塞。なんでもありの魔法とはいえ、限度ってもんがある。どうしたらいいのか見当もつかない人がほとんどだろう。顔を見合わせたりして様子を窺っている雰囲気だ。


 俺も姫様と目を合わせた。すると、彼女は見逃しそうになるほどの速さでウインクを飛ばしてきた。真顔なのでどういう意味なのかまったくわからない。


「明日にでも攻め落とすべきです」


 と彼女は言った。ざわつき始めていた天幕の中が静まり返る。


 大統領も驚いていたが、そこはすぐに構え直して、


「ほお……ゼニア姫、いかにしてあの砦を落とすというのだ」

「少数精鋭の魔法使いによる一点突破」


 姫様は言い切った。


「指揮は私が執ります」

「それは、具体的な作戦の立案が今すぐに出来ると受け取ってよいのだな」

「お時間をいただけるなら、ここでご説明いたしますが」


 側近の小男が聞き取れるか聞き取れないかぐらいの声で、


「何を生意気な……」


 と言ったが、大統領は、


「よいよい。せっかく一番に名乗り出てくれたのだ、ひとつ拝聴してみようではないか」

「では、僭越ながら――」


 姫様は立ち上がった。


「あの大樹、私はハッタリと見ました」

「――何?」

「そもそも、偵察隊から送られてきた情報によれば、敵軍がこの地域へ到着するまではまだ時間があったはず」

「しかし、敵はもう目の前におるではないか! それどころか、我らに一撃を加えていったのだぞ!」

「あれは、別働隊ではないでしょうか。身軽な少数の集団なら、急げばこの時期に辿り着くことは可能です。魔法家による負担軽減の恩恵も受けやすい。もし大部隊をここまで運んでくることができていたら、敵はもっと別の出方をしてくるはず――あのように半端な夜襲など仕掛けてはきません。ヒューマンで構成された部隊を嫌い、本隊とは離して作戦行動を取らせている、いかにもエルフのやりそうなことだとは思いませんか」

「むぅ……」

「今の時点では、敵の戦力はまだごく少数にとどまっているはず。あの要塞は確かに脅威ではあります。おそらく少人数でも機能するでしょう。だからこそ、今のうちに、敵の本隊が到着していないうちに叩くべきなのです。何万という軍勢に入り込まれたら、あの樹に近寄ることはできません。エルフの弓兵をあそこに置かせるべきではありません」


 そこに関しては、俺よりも彼ら現地のヒューマンの方がよほど恐ろしさを理解しているだろう。


「敵が何故あそこに砦を構えたのか。こちらに対抗できる戦力を持ち合わせていないからです。少なくとも、まだ準備をしている――お忘れにならないでいただきたいのは、あくまでも攻め込まれているのはこちらであるということです。それなのに敵はまず足場を固めている。既にこちらが召喚装置を手に入れたにも関わらず、悠長なやり方を選んでいる。もし勝負を決められるなら、もっと近くに、こちらまで攻撃の届くところにあの樹を生やすべきです。そしてすぐにでも奪う。いえ、むしろ、一瞬でも奪ってから世界樹をここに構えればいい。それをせず、あくまで当座の防衛力のために、あの距離を選んだ――敵の心理の現れです。あの大木を恐れさせ、こちらの攻め手を鈍らせる。それこそが敵の狙いです」


 なるほど、言われてみると、そのような気もする。


 仕掛ける前に万全の態勢を築くというのは、それはそれで大事なことだと思うが、今回ヒューマン同盟に比べて動きが遅れているらしいマーレタリアにそんな余裕があるのか、という疑問は浮かばなくはない。長期の睨み合いになった場合、困るのは明らかに向こうの方――俺達が召喚装置による利益を確定させる前に阻止したいはずだ。それをまるで、自分達が防衛側だと言わんばかりの行動、いきなりあの巨木を見せつけられて気が動転していたが、落ち着いて考えてみると不自然さも感じる。


「それを前提に置いて、作戦をご説明します。城攻めはいかに乗り込むか――といっても、この作戦に複雑な手順はありません。まず攻撃を掻い潜って、あの樹に接近します」

「簡単に申されるが、それができれば苦労はせん!」

「大統領閣下、だからこそ精鋭を揃えたいのです。敵の妨害を()退()け、なおかつ、まっすぐに、……目的地まで進める者を」

「……根元に取りついたとして、そこからどうやって中に入る」

「門があればそれを破壊してもいいですが、時間のかかる行動は極力避けようと考えています。内部構造が不明な状態であれの中を進んでいくのも不安が残ります。やはり梯子(はしご)をかけるのが正攻法かと。幸い、幹に無数の()()()が確認されております。それが我々の侵入経路になるでしょう」

「並の高さではない、届く梯子など――魔法か」

「私の侍従は水を足場として利用することが可能です。それで幹を軸にした、失礼、梯子ではありませんね――螺旋階段を作れば、ある程度は楽をできます。万一の場合は逃げやすくもあるでしょう。懐にさえ飛び込めば、あとは魔法の力比べということになります。そうして、敵の本隊が到着する前にあの要塞を占拠し、逆に利用して迎え撃つ。あるいは、近寄らせない――如何でしょうか」


 まあ、ここで本格的に隣界隊を売っておきたいというのが姫様の本音だろう。欠員が出た後で、何人がついてくるのかまだわからないが、召喚魔法が役に立つことを証明するためにも、この紛れもない本番で結果を出してご覧に入れるというのは、必要だ。


 隣界隊がもう隊としてまとまれなくても、実際にやるとなればどのみち白兵戦に強いフォッカー氏の隊が中核を担うような気もするし、あの要塞を攻略した方が有利になるのだったら誰に任せてでもやるべきだ。姫様は多分、隣界隊が駄目だったとしても、他の隊から優秀な魔法使いを選抜してそれを率いるだろう。


 指揮官である大統領はしばらく考え込むような素振りを見せた。

 そして側近の小男や近くにいた自国ルーシアの将官らと小声で少し相談をした。こういうところはヒューマン同盟あんまりよくない。風で盗み聞きしてやろうかとも思ったが、この場で芸でもないのに魔力なんか見せたら今度という今度はただじゃ済まされないのでやめておく。


 セーラムの軍は大体姫様の言うことを聞くように通達されているだろうし、ディーンの人間も概ね友好的であることはあまり変わっていない。まあ、もとより選択肢としては、あれに攻め込むか、放っておいて別の手に時間を割くかしかなさそうなので、対案としての別の手をここで提示できなければ、今のところは姫様に賛成するか反対するかの意思表明だけになる。セーラム・ディーンの両陣営は、沈黙でやんわりと肯定か。


「――反対意見等、何もないということであれば、すぐにでも準備に入りたいのですが、まだお時間が必要でしょうか」


 そこでやっと、大統領が小さく手を挙げて、


「まあ待たれよ、ゼニア姫。主張はわかったが、やはりその作戦を実行するには、まだ情報が不足しているとは思わぬかな」

「はい。今私が説明したことも大部分は推測の域を出ません。裏付けが取れるのならそれに越したことはないでしょう」

「そういうことだ。急がずとも、斥候にその……少し様子を見てきてもらってからでも、遅くはあるまい?」


 まだあの世界樹は一日目だ。姫様も(明日にも攻め落としたいというのはその通りだろうが)自分の言ったことが的中しているなんて思っちゃいないだろうし、相手のリアクションを見るために探りを入れていいなら、もちろんそれを優先する。


 大統領が思ったより反発してこなかったのが、何か手応えの無さのようなものを感じて妙な具合だったが、実際に危険な場に立たされて想定外の事態に直面すると案外あんなものかもしれないと考えると、自分を納得させるのはあまり難しくなかった。


 その日のうちに、弓騎兵が三騎、斥候に出された。エリートな弓騎兵の中にあって、素行不良の目立つ手合いが選ばれたという噂だ。

 敵の手の内や狙いを知るというよりは、本当に様子見で、樹の周囲をぐるっとなぞって帰ってくるだけの簡単な任務だけを言い渡されていた。装備も、弓よりは、大きな盾の方が目立った。それも気休めだ。本気の魔法攻撃が飛んで来たら役には立たない。その()()を敵が持っているかどうかも含めて、偵察することになる。


 彼らは出発した。

 俺達は野営地の近くにある、比較的見晴らしのいい小高い丘から斥候を見守ることにした。試しにジュンが水からレンズを作って望遠しようとしていたが、相当細かい精度で魔法の制御が必要になるようで、殺しに関わりそうにないことだからか、宙に浮いた水の塊はぷるぷるするばかりで上手くいっていなかった。


 俺も目を凝らすというよりは、細めて、弓騎兵の様子を観察した。

 一応盾は構えているものの、そうしていいのかどうか、当人達もよくわかっていないような印象を受けた。要塞に動きはない。荒野にぽつんと、取り残されたように三騎が進んでいく。それにしても、よくこの豊かでもない土地にあれほどの木を立たせたものだと思う。どこから栄養を賄っているのだろうか。そりゃあ魔力だろうが、供給している側は維持管理しかできなくなるのではあるまいか。それでもあの規模の魔法というだけで破格の働きだが……。


 斥候は距離を保ったまま、向かって右周りでゆったりとした曲線を描き始めた。やはり要塞に動きはない。ここからでも幹に点々とした(うろ)が見つけられるが、誰かがそこから顔を覗かせているということはない。あそこにいる彼らは、いるだけで重圧を受けている気分だろう。見上げようとするのは一人だけ、それも半分くらい盾で顔を隠すようにしてだ。想像してみる。魔法を持たず、ちっぽけな自分のまま、あそこで上を見て、中にいる誰かと目が合ったら、それだけで死ねるような気がする。


 やがて彼らは木の陰になって見えなくなった。

 それが最後の姿に――とてもなりそうな予感がしながら、俺達は再び馬の躍動が目に入ってくるのを待った。要塞に変化はない。時折吹く風が、葉や枝の先を揺らすだけだ。何もない。ふと、中に誰もいないのではないかという考えが浮かんだ。ハッタリだ、まさにハッタリ――ありえなくはない。例えば、そうだ、あんな目立つ物体だ、絶対に気を取られるのだから、あれに注意を向けておいて、別の方向から、


 三騎が出てきた。様子は変わらない。一旦消えた時と同じように、弧を描きながらやってくる。ハンドサインなどは示さない。裏にいた間も特に何も起こらなかったらしい。一騎が、盾を、鞍に付属している荷物保持用の部品へ下げた。そして、背中の弓を取り、筒から矢を出して、(つが)え、もちろんそれは木に向けられていたが、ほとんど天に向けて放った。それがどうなったか、丘からではよくわからなかった。その一騎の狙いもわからなかった。幹のどこかに刺さったのか、覗き穴のどれかにシュートされたのか、どこにも届かず重力に敗北したのか――。


 斥候はこちらに向かってくるばかりになった。

 要塞に変化はない。


 走り続けた。ここからあの木まで、荒野をまた丁度半分ほど帰ってきた。

 要塞に変化は、


 ――と、その時、世界樹に空いた穴の一つから、光線が放たれた。

 頼りなげな、実に細い光線だ。

 ジュンが殺したあの少年の使っていた光線とはまた違う、実体を感じられる、あれは炎だ。おそらく魔法で、あまり速くないように見えるがそれはここからだと遠すぎるからだ、一本で、開始点から途切れずに伸び続ける炎。そして不意に――到達した。


 俺達は斥候が蒸発するのを見た。

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