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エルフヘイムをぶっつぶせ!  作者: 寄笠仁葉
第9章 世界樹の要塞
108/212

9-7 無意識に作られた一室で

                   ~


「それで? どうする」


 マイエルが問うと、シンは妙に抑揚のない声で答えた。


「どうするって、どうにもなりませんよ。予定からは外れてないんですから、本隊を待つしかないでしょう」

「ああ、確かにあとは彼女に任せておけばこの木の中身はいくらだって都合のいいように造り変えてくれるんだろう……我々は戦盤(いくさばん)でもやりながらのんびり待っていればいい君の言う通りだ。作戦通りだ。隣界隊(りんかいたい)さえ揃っていればここを要塞として維持するのはそう難しくないだろうし、それで行軍の遅れに関しては帳尻を合わせられる。――そんなことはどうだっていいだろう!」

「オレだってヤバいと思ってるさ!」


 吐き捨てるように言うシンを、それでもマイエルは睨みつけた。


「揃っていないんだ。半分も失ったんだぞ……」

「わかってる。――わかってる」

「どうしてだ? どうしてこんなことになった」


 まだ、土の化身であるコノハ・ヒイラギが首都より持ち込んだ世界樹の苗木を成長させる前のことだった。今、マイエル達は天を貫こうとするほど巨大に育った大木の中に設けられた小部屋で話をしている。その切り口は滑らかで角ばっておらず、(うろ)のようであった。あまり複雑なものでなければ家具を備え付けるのも容易で、マイエルは苛立ちからそうしなかったが、シンは小さな椅子に座っていた。また、コノハの魔力が常に巡っているためか、輝きを絞り、集中させることによって光源の確保もできる。あの土魔法家はそれら全てを短時間に行い、維持と管理も可能としていた。驚嘆すべき力だった。まだ工事をしている最中ではあるが、万の軍勢である本隊が到着するまでには収容の準備が整うだろう。


 ()()()()にマイエル達が気付いた時、既にコノハを除いた隣界隊の面々は敵陣の奥深くにまで入り込んでしまっており――後から追いかけても戦闘を止めることは不可能だった。


「仕方ないんだ……彼らなりに考えて行動した結果だから」

「――何だと?」


 生還した客人(まれびと)達は言った。いや――弁解した。威力偵察のつもりだったのだ、と。夜闇に乗じてほんの少しだけ手を出し、すぐに引き上げる予定で出て行った。事実、深入りせずに立ち回ったらしい者だけが戻ってきて顛末を伝えている。


 その、ほんの少しという考えがまさに浅慮であったのは結果の通りであるとして、問題は、そもそも()()を考えついたということ自体が――、


「ふざけたことを抜かすな。君が彼らにかけた魔法が不完全だったからだ!」


 この証明に他ならない。


 彼らが大火傷をしたことに不思議はない。何しろ彼らは異界の出身であろうが所詮ヒューマン、さらに若い……。召喚魔法によって魔法の才能には恵まれている、出身地の方針らしいが(半端ではあるものの)知識も持っている。だがそれを利用するために必要な、生きる上で身についていく経験というべきもの、理屈もそうでないものも合わせて学び取っていくもの、自分の行動を判断するためのある程度正しい材料に乏しい。彼らは持つ者であると同時に持たざる者である――というのがマイエルから見た印象だ。

 せいぜい十数年の時の流れ、拾えるものは多くなかろう。


 94番の扱いを間違ったマイエルもそれは大差のないことだろうが、その結果命を失ったかどうかのはっきりとした違いがある。彼らの扱いを彼ら自身に任せたところでどうなるか、初めから見えていたようなものだ。


 だからこそ、の意味合いも思考改造にはあったのだ。こちらの考えに同調させる――こちらの意に沿わせることで、不用意な行動を防ぐという意味合いが。


「彼らは君の不手際で死んだも同然だ」

「――マイエルさん、それは違う。オレはあの時、きちんとした魔法をかけた。間違いない」

「何が間違いないというんだ――それならば、どうして彼らを制御することができなかったんだ!?」

「忘れたのか、オレがやったのは洗脳じゃない。ただ自分の気持ちをわかってもらおうとしただけだ。彼らをオレ達に従わせるんじゃなく、戦争はいけないって考えを押し付けただけじゃないか!」

「それだけじゃないだろう。私達に逆らってはいけないと、確かに刷り込んでおいたはずだな!? 君は渋っていたが、今更取り繕ってどうなる!? それともまさか、いや――やはりと言うべきか? 君はそうしなかったというのか!」

「……やったさ……」

「ならば、何故」

「一応、あの時に説明したじゃないか。どこまで逆らえないようにするか、って問題があったんだよ。憶えてるだろ?」

「――そのことか……」


 細部はもう忘れてしまったが、シンが言っているのは要するに、精神を縛ればそれだけ柔軟な働きが失われてしまうという問題のことだ。


「しかし、勝手な行動はさせないようにと、決めただろう」

「もちろん、勝手な行動は()()ように、一人一人、()()()()()()()よ。忘れるもんか。でも、完全な禁止なんかできっこないって、言ったはずだ。そういうふうに魔法をかけることはできるけど、それで出来上がるのは何もできない人間だ、って……」


 そこの匙加減をシンに任せたマイエルの失策だとでも言うつもりだろうか――そうではないということはわかっていたが、怒りの混じった苛立ちがどうしても矛先を求めようとする。


「それで、結局は彼らに悪戯心が残ってしまったというわけか?」


 シンは頷いた。


「それでもかなり制限をかけたんだ、オレだって――驚いてるんだよ、すごく。今まで一度もこんなこと……なかっただろ。ハナビが言ってたこと憶えてる? 驚かせたかった、って……。多分、そういうことなんだよ。誰も逆らおうとは思ってなかったんだ。ただ、なんていうか――自分達にはそれができると思って、よかれと思って、やったんだろうな」

「そして、取り返しがつかなくなり、問題だけが残った」


 マーレタリア全体として見れば、ヒューマンが五名減ったところでその損害は微々たるものだが、マイエル達の裁量で動かせる手駒として見た場合、この収支は割に合わない。唯一、大惨事の中から一欠片の幸運を見出すことができるとすれば、それは火の化身であるハナビ・アキタニが生き残ったということだけだが、コノハと合わせて()()の二名であるため、慰めにまではならない。


「シン、一体全体、我々はどうしたらいいと思う? それを考えるのが私の役割だが、すぐには思いつきそうにない。頭の中を占領しようとするのは、比較的安定しているように見える君の精神に対する疑問などばかりだ」


 メランド姉妹が欠けた時と比べると、同種であるヒューマンの死を突きつけられたにも関わらず、シンの動揺は、少なくとも外側から見れば抑えられていた。


「悲しくないということはないよ。今すぐここから飛び降りて死にたいくらい、気持ちは悪い方向に向かってる。ただ――」

「ただ?」

「ここからでも見ようと思えばなんとか見えるじゃないですか、敵の陣地が。本当は頭を掻きむしって何もかも投げ出したいけど、許してくれないんだろうと思うとね――ちょっとの間は鈍感に過ごさなきゃって気持ちになった。ハナビ達から心の辛いところを切り取っているうちにどうしても冷静な視点が出てくるし」


 残った隣界隊の面々はいつまでも悲しみに暮れなくていいが、魔法を施しているシンは、自分の心には同じことをしない。


 シンは窓の部分に手をかけて、下の方を見た。


「それに、身を投げてみたところで、きっと本能的に生き延びようとしてしまって、実際助かっちゃうだけの能力が、今のオレにはあるから……」

「やるだけ無駄か?」

「多分ね。自分のそういう部分を意識して、余計嫌な気持ちになるだけだ」

「やはり君は、もっと隣界隊から死者を出さないための努力をしておくべきだったよ」


 シンは一瞬だけマイエルの目を見て、


「後悔している、と言いたくない」


 すぐに伏せた。


「でも、そうかもしれないなぁ――こんなことになるぐらいだったら、あなたの言う通り、死んでいった一人一人から、考える自由も何もかも、全部奪い取っておけばよかったよ……!」


 握って、膝の上に乗せられていた拳に、一滴だけ涙が落ちていた。


「そうしたら誰も死ななかったかな……?」


 ――気が済んだわけではないが、


「さて、」


 シンの責任についてだけ話して一日を終えたくはなかった。


「確かに与えられた仕事に関しては予定通りにいっている。我々はごく少数で行動して距離と日数を稼ぎ、仮の拠点を設営した。次の仕事は本隊が到着するまでこの木を落とされずにいることだが、こうして戦力に損失が出ている状態の我々にまだそれが遂行可能かは議論の余地があるはずだ。最終的に判断するのは私で、召喚代表として命令を出すのはギルダだが、実行部隊の隊長である君の意見は一応聞いておきたい」


 シンは目を隠すように顔を手で覆って仰け反り、しばらく黙っていたが、やがて、


「問題ありません」


 と言った。


「敵が攻めてこないと踏んでこの作戦にしたんじゃないですか」

「まあ、な……」


 そもそも、まずこの木が立っていること自体が、対峙しているヒューマンの軍団にしてみれば想定外であろう。何もない荒野に一夜で生やした、この世界樹の要塞とも言うべき手段、いかな切れ者とて読めるはずがない。これを見て手出しするという判断ができるわけはないし、そうしようと思ったところで、偵察に時間をかけなくては作戦も立てられまい。何しろ世界樹を見たことのあるヒューマンは限られているか、既に絶えている可能性さえある。これが何であるかわかる者はほんの一握り――。


 世界樹とは、広義には魔法に親和性のある木を意味する言葉である。植物には基本的に土の精霊由来の魔力が通っていると考えられており、魔法使い達の目にも見えるほどの魔力を有した植物は同じ種であっても巨大に成長する傾向がある。特に強くその傾向を示すのが木であり、当時狭かったと思われるエルフ生活圏のどこからでもその姿を観測できたことから、魔力に恵まれた樹木を世界の目印として世界樹と呼ぶようになったと伝えられている。現在でも、そこまでの特徴を示す種はマーレタリア首都周辺でのみ見られる。


 当然のことながら、(いにしえ)の魔法研究家達は世界樹を自分達の手で作り出すべく、魔法による特定種の改良や交配を重ねてきた。そしてある時、魔法の助けさえあれば理論上は無限に成長する、という種の開発に成功したのだが、天然の世界樹に匹敵するほどの個体を育てられるだけの魔法を示した者は、存在しなかった。


 仕方なく、他の種と変わり映えしないサイズのまま、保存だけは細々と続けられてきたのだが、今になって――実用できる者が現れた。それがコノハ・ヒイラギだった。


「私が心配しているのは、無駄な交戦をしたことで敵を勢いづかせたのではないか、ということだ」

「こっちの魔法使いの数が減ったのはわかっているから、弱体化したと思って攻めてくる可能性はありますね」

「その場合、守り切れるか?」

「守り切れますね」

「何故すぐにそう言える」

「戦闘が始まった後の砦の利点は、一方的に攻撃できる状況を作れることにある、で合ってますか?」

「――概ねそのようなものだと、私も解釈しているつもりだが」


 とはいえ、マイエルもシンも専門教育までは受けていないので自信はない。


「その意味ではこっちの攻撃力は、変わってないです。――他に誰もいないから言うけど、ここからでも外の広い範囲に攻撃を飛ばせるのはハナビくらいのもんだよ。あと一応オレもね。近寄らせないってだけなら人数はそんなにいらない……」

「何らかの魔法でそれを()くぐって乗り込まれたらどうする。こちらは言うまでもなく数で劣っているんだぞ。何百――いや、もしかしたら何千いるかもしれない魔法戦力を、十名にも満たない私達だけでどう凌ぐ」

「オレが凌ぐ」


 まるで、最初からそう決まっていたことのように――真実そうなのかもしれなかったが――シンはそう言った。


「君がいくら強かろうが、」

「そういう状況になったら、みんなで頑張っても敵いっこない。だから、最後はオレが全部やる。何千人いようと、オレが止める」


 有効な回答ではない、とマイエルは思った。どうにも、理屈になっていない。

 しかし、呆れる反面、何処か――あまり驚いてない自分がいた。


「ほう、言ったな? では仮に君だけで魔法戦力を潰せたとして、残った通常戦力はどうする、二万はいるぞ」

「――やるさ」

「馬鹿な。魔力が尽きる」

「やるさ」

「おい、自分が何を言っているかわかってないな、魔法使いは魔力があるからこそ特殊な働きを実現できるんだ。君など魔法が使えなくなったらただの脆いヒューマンにすぎない」


 シンの身体から魔力の光が踊るように立ち昇った。


「やるって言ってるんだ。オレはそのつもりで来たんだ。戦争を止めるつもりで来た」


 その魔力は、主人の近くで留まらず、練り出されるままに広がっていく。


「レギウスさんとは別の軸で召喚魔法を扱えるようになったら、きっと向こうの人達は勢いづくだろう。そうしたら戦争は長引く。どのくらい強力なものかはわからないけど、マーレタリアに対抗する手段なのは間違いない。今以上に、()って、()られるような戦いになる。それが続く。ずっと続く。そんなこと、させるわけにはいかない」


 明らかに、部屋を満たそうとしていた。


 マイエルは、シンがついに精神魔法でもって自分を()()()()()つもりなのではないかと思ったが、かねてより抵抗は無意味だと理解していた。恐怖しかない状態で、しかし身構えることはなかった。


 シンはマイエルに魔力を触れさせることはなかった。いつか、水魔法家に周囲の空間を全て水で覆ってもらった時と似たような光景が目の前に展開されていた。全ての像が歪んでいる。


「必要なら――本当に必要なら、魔力は出てくる。いくらでも」


 ふ、と元のように世界が見えるようになって、マイエルはいつの間にかシンが部屋を出て行こうとしているのに気付いた。


「マイエルさん、またしばらく、師匠と過ごすよ。それで、こんな大変な時にアレなんだけど、出来る限りオレ達を放っておいて欲しい」


 今のうちに残った文句を全て言っておいた方がいいだろうか、と思ったが、やめた。


「集中したいんだ。そろそろ、自分で出したクイズくらい、解かなきゃ」

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