表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
エルフヘイムをぶっつぶせ!  作者: 寄笠仁葉
第9章 世界樹の要塞
104/212

9-3 前夜

 召喚装置の使い方が見えてきたことによって、発掘作業はピークを過ぎた。

 それと同時に、近々ここが戦場になるかもしれないという噂が、兵士達を介してオークとゴブリンにも広まっていった。地元民との交流が積み重なって、半端に壁が取り払われつつあったのが裏目に出たようだった。


 口に戸は立てられないというのはわかるが、こうなると不思議なもので、作業員の新規雇い入れはピタリと止み、代わりに潮が引くように暇乞いの声があちこちから上がった。元々、流浪の働き手が集まっている。戦の不安もさることながら、作業の進み具合で現場の終わりをなんとなく予期してしまうのだろう。早々に見切りをつけて次なるホットな職場を確保しようという判断はわからなくもない。


 ただ、ペースが――早かった。


 選ばれてこの国に派遣された俺達とは違って、雇われた作業員達の背負っているものは重くない。特に、今回の件は重要ではあったが、国を挙げて推進しているプロジェクトと言えるほど規模は大きくならず、臨時も臨時で継続性がない。最後まで残る義理を見つけるにはちと、材料が少ない。


 一時(いっとき)必要とされていたほどの勢いは、確かに今はいらないが、だからといって早々に全員いなくなってしまったら足りない状態に逆戻りである。というか、既に戦禍を恐れて親戚を頼りに村を離れた一家が出てきてしまっている。モール・セティオンとギン・エンの両代表は賃金を上げたり退職後の仕事先の世話をしたりなどして対策してくれているが、効果は微々たるもので、再び作業が難航し始めるのは時間の問題である。


「この調子じゃあ、先にエルフが攻めてきますかね」


 水魔法使いが前に出され、俺は少し悩んだ。火魔法使いが狙われている。

 後方で睨みを利かせている土魔法使いのそばまで戻さなければ危険だ。


 久しぶりに姫様が戦盤(いくさばん)に付き合ってくれるようになった。

 晩に、俺の寝起きしている離れで一戦か二戦だけ。


「まだここが戦場になると決まったわけではないけれど――こちらの方面へ兵を集めているようなのは確かだから……」

「事を構えるとしたら、やはり近くになりますか。まあ、偶然の動きじゃないでしょうからなあ。前はこの国を素通りしてセーラムに攻め込むつもりだったわけですけど、もうオーリンとマーレタリアは交際を断っているんでしょう? その気になれば無理矢理ルート開拓できるかもしれないけど、さすがにこの国の住民も抵抗する、同じ手は使えない。かといって陽動にしちゃあ大がかりすぎる。何が狙いにしろ、それなりに自信持てないとできないと思うんだよな。そういえば、今回は向こうで動き掴んだって言ってましたけど、もしかして霞衆(かすみしゅう)が姫様以外にも働きかけるようになったんでしょうか?」

「いいえ。ヒューマン同盟が抱えている偵察部隊の手柄よ」


 そういうのあったのか……。


「そういうのあったんですね」

「私も似たような任務に就いていたけど、敵地の奥深くまで入り込む分、彼らの方が数段苦労しているわね」

「危険な仕事だなあ。何ヶ月も潜伏し続けなけらばならないんでしょう?」

「そうよ。それで成果が出るとは限らないのが辛いところだけれど」

「――実際どうだったんです? これまでの戦績」

「負け越しね」

「それも追い込まれていた原因の一つか」


 ちなみに、俺も戦盤では姫様に負け越している。

 負け越しているというか、勝ったことがない。未だに。


 いい勝負になること自体は珍しくないのだが、気が付くと弱点を突かれていたりする。複雑で何が正着かわからない盤面を制する力が俺に足りないというのもある。

 負けたらしばらくは悔しいので、色々な人を誘って指して(客人(まれびと)の間でも人気だ)、上達してリベンジし、今度こそ一本取れるかもと思っている時に限って、実力の違いを思い知らされる。ジュンも言っていたが、姫様はそういうところがある。


「それで、敵の動きを察知できたのはいいですが、こちらの対策は間に合いそうなんですか? 隣界隊(りんかいたい)もフォッカーさんの隊もいるとはいえ、私達だけでここで粘るようなことになったら相当しんどいですよ」

「大急ぎで支度を進めているようだけれど、それは向こうも同じことだから、整ってみるまではわからない。こちらが気付いたことにエルフが気付いていなければ、一手早くここに兵を置けるかもしれないけど――」


 と、姫様が騎兵を中央から外して、右辺に、


「あっ。――待った!」

「待ったなし」

「ええー……ええー、これもう駄目じゃねえかな……」


 将官と尉官の両取り。これは痛い。今更こんなミスをしてしまうとは。いかん。


 もう勝てる気はしなかったが、このまま終わってしまうのが嫌で、少しでも長くこの楽しい時間を味わいたくて、俺はできるだけ足掻いた。最後には詰められてしまったが、思っていたよりは、善戦した。




 セーラムから本隊が出発し、いつ敵が現れてもおかしくないということになって、俺は隣界隊の探知魔法家二名と交代で警戒に当たることになった。朝から昼、昼から夜、深夜のシフトで、俺は昼から夜を担当する。


 朝から昼は、元ネットアイドルの三十代女性に割り当てられている。その肩書きからしてちょっと厳しいものがあるが、彼女の場合はそこに色々と悲惨なトラブルが重なった――むしろそうした活動をしていたからこそのトラブルでもあったようだが。到底処理しきれない問題を抱えたまま、召喚される条件を満たした。


 深夜を担当するのは、致命的だったほど気の弱い少年で、ここに召喚される前は数年ほどひきこもりをやっていたという。自分が両親の負担になっていることに、ある日、とうとう耐えられなくなった。一番キツい時間帯だが、元々は夜型だったからむしろ歓迎ですよ、と快く引き受けてくれた。


 どちらも総合的に見て全く戦闘向きではないが、なんといってもこういう状況では頼りになる。音だけ拾ってくる俺とは違って、ちゃんとした専門家でもある。二人の魔法は範囲や精度に違いがある(ざっくり言うと女性が範囲に、少年が精度に優れる)が、どちらも村から遺跡までの距離は余裕でカバーしてくれるし、その先の荒野、つまりエルフがやってくると予想される方向にもある程度までは目を光らせることができる素晴らしい魔法使いだ。これで少なくとも、即応はできる。


 ただ、結果としては、ヒューマン同盟の軍隊が間に合った。

 夏も盛りを迎えた。


 本国ではやはり喧々諤々(けんけんがくがく)と議論が戦わされたようだが――最終的に、留守を任せたくないという理由でルーシアのスレイシュ・マルハザール七世大統領閣下が旗印として据えられることとなった。


 当然、姫様や俺はあのオッサンを出迎えたわけだが、その時のこちらを見る顔といったら、もう――なんとか隠せなかったのか、と説教したくなるほど負の感情に満ち溢れていた。怒りと恐怖、そして驚き、さらに困惑が混ぜ合わされた、複雑な色。これでまあ、ほぼ、()()()が誰であるのかわかった。どうか予想を大きく裏切ってくれと願っていたが、その線は薄そうだ。


 それにしても不憫なのはオークとゴブリン達であった。村という単位にとって、万の大軍は完全に災害だった。大統領が率いてきたのは、急ぎにしては大奮発の二万と……一千。俺も見るのは初めての、それこそ地平線まで埋め尽くさんばかりの、人で出来たジャングル。ここまでくるともう世話がどうのこうのといった話ではなくなる。ただただ怯えて、異種族の軍団を遠巻きに見守るばかり。いくら距離を空けて荒地に野営地を展開しようとも、それだけで村の何倍の広さにもなる。相対的に圧迫感を覚えるのも無理はない。俺達の相手だけをしていた頃はどこか余裕を残していたオークの若代表も、


「まあ、用地だけは、まだいくらでもありますから……」


 などと言ったりして、苦笑いの頻度が多くなった。


 一応、迷惑ばかりだけではなく、僅かに残っていた作業員相手に細々と協力していた、これまた僅かに残った商い屋は、まさに特需の恩恵を受けていた。しかしそれも度の過ぎた需要により間もなく押し潰され……もとい、飛蝗(バッタ)の群れが過ぎ去った後の如き不毛の……ともかく、供給が追い付くはずもなく、ゴブリンの老代表に泣きついて、今度こそ国主導で輸送網の構築に尽力せざるをえなくなった。

 オークランドとゴブリニアの両方からありとあらゆる物資をかき集めて、怪物と化したヒューマンの軍隊に差し出す――それが深刻な負担であるとわかっていても、エルフの脅威に対する防衛力という大義名分があるから、やらないわけにはいかない。


 最早、召喚装置の現場も一旦放り出され、やっと届いた金剛石のスペアを加工するドワーフのアグラ氏と、研究に余念のないレギウスだけが(昼から夜にかけては俺に見張られながら)黙々と仕事を続ける状態となった。

 未だ敵の姿さえも正確には確認できていないというのに、これだけ騒いでどうするのかと、呆れはするものの――咎める気にまではならない。戦の高揚というのか、イベントに対する熱狂がこの規模で膨張し、自分もその一端を担っていると知ると、何か――水を差してはいけないような、それこそ空気を読んだ方がいいような、そんな順応なんだか迎合なんだかわからない思考回路を刺激される。おそらく、他のヒューマンも皆抱えているであろう思い――今度こそ先手を取った、この一点が、せっかく舞い込んだ好機をふいにすまいと、妙な一体感を持たせてくるのだろう。

 ベストな状態で備えて、力を出し切れる状態で迎え撃つ、中々それができなかったからこそ、この何度目かもわからない大一番では実現させたい。そしてあわよくば、完璧に迎撃態勢を整えたこちらを見て、エルフは攻撃を考え直してくれまいか、どうか我々を無事に帰してくれまいか――といったところか。

 それは押しつけがましいのだが、よく理解はできた。


 さて、気になるエルフの動きはというと、賢いはずの彼らにしては、いくらか遅れているらしかった。どこまで信じ込んでいいものかわからないが、本国を経由した最新の情報によれば、ようやくまとめた軍団を出発させたところだという。

 一手早く、ヒューマンは兵を置いたと、思ってしまっていいのだろうか。

 その通信を受け取った後の会議で、大統領も機嫌を良くした。


「ふん、エルフ共め、度重なる敗北でいよいよ動きが鈍ってきたと見えるな。軍団一つまとめるのにも手間取りおって、いい証拠よ。焦ってのこのことやってきたところを即座に叩いてくれる!」


 但し、その数は、約二万三千から、二万五千の間と見られる。

 魔法使いの割合にもよるが、こちらの戦力をやや上回るためにわざわざ日程を遅らせてまで揃えたのだとしたら、このデブが言うほど楽観視はできない。

 どこまで信じ込んでいいものか、わからないが……。




 夜の闇を、あちらこちらに設けられた焚き火が振り払おうとしている。

 ()()()を少年と交代した後、遅めの晩餐にありついたが物足りず、テント村に出向いて兵の食べ残しを分けてもらった。お礼に、口笛で民謡を吹いている。ポケットマネーをはたいて買った酒で酔っぱらっていた兵士達は、最初は耳慣れぬ音楽に戸惑っていたものの、そのうち曲に合わせてデタラメに踊り始めた。魔法を使えば少しくらい離れても音は届くので、俺は誰もあたっていなかった隣の焚き火に移動し、丸太椅子に座って、ぐるぐる回転する兵士を眺めた。


 気が付くと、隣の椅子にジュンが座っていた。

 最後の一曲をきちんと吹き終えてから、俺はそちらを向いた。


「こんばんは、フブキさん」

「姫様はどうしました?」

「ついさっきお休みになられました。わたしの代わりにミナちゃんを置いてきました」


 ミナというのは、隣界隊にいる、呪文型の魔法を操る、ちょっと痛々しい言葉遣いの、眼鏡をかけた少女のことである。とにかくモチベーションが人一倍あったので、今では隊の中でも一、二を争う実力者となった。


「そうですか。それならいい」


 特に用事というわけではなさそうだった。

 彼女もまた、寝るまでのちょっとした時間を潰しに来たのだろう。


「わたし、こんなにたくさんの人見たの初めてかもしれないなあ」


 ちょっと笑って、


「あの人、まだ回ってる」

「三回もアンコールするんだから参りますよ」


 俺がそう言うと、また笑った。


「まあ、向こうさんの到着までには、まだあと少しだけあるって話ですから、ハメを外すなら今のうちなんでしょうね。これも偵察隊が死ぬような思いでエルフの軍団に貼り付いて、報告を上げてくれているおかげですよ」


 俺はすぐそばに転がっていた木の枝を一本拾い上げ、投げてくべた。


「――彼ら、本当に二万人いるんでしょうか」

「いないんですか?」

「士気を保つためにそれだけの数がいるって言ってるだけかもしれませんよ。だってお嬢様、自分で数えてみました?」

「ええ……? うーん、そう言われると、ちょっと不安になってきたかも……」

「何だかね、二万一千って数字が本当でも、実はあんまりありがたくないのかもなって思うんですよね」

「それって、どういうことですか?」

「これだけ味方がいるのを見てると、根拠もないのに安心感が出てきていけない。それに、この数が戦場で動くと思うと、周り全部埋め尽くされるでしょうから、もし敵の方が多くても気付けませんよ。それって、最初からわかってるよりも恐ろしくないですか?」


 そう言うと、ジュンは変なの、という顔をして、


「でもフブキさん飛べるじゃないですか。数は上からわかるでしょ……」

「いや、そりゃ俺はそうだけど! 例えばあっちで馬鹿笑いしてる人はわからんでしょうが。それって、うん、やっぱり何だか、むごいなあって」

「むごいのは仕方がないじゃないですか。戦いなんですから」

「まあそうなんですけどお――俺が言いたいのは、……やっぱいいや」

「何なんですか、もう」


 今度はジュンが枯れ枝を炎に投げ込む。

 俺は膝を抱えた。


「はあーあ、やだなあ」

「やだって、何がですか? ワタナベさんからまた泣き言聞かされそうだから?」

「ちげーよ。それもちょっと嫌だけど、普通に戦いが嫌だなって」

「ええ? でもフブキさん将棋好きじゃないですか」

「いや、戦盤は好きだけど、それとこれとは話が違うだろ」

「違いますか? そんなに違わないと思いますけど」

「あれはボードゲームなんだからさ。実際には誰も死なないし殺さない。うんざりするほどには疲れない。精神的にがっつりやられない。……子供みたいなこと言うなよ」

「同じ、勝負だと思うんですけど」

「あーわかった俺が悪かったよ。とにかく嫌な方の戦いなの!」

「ふーん……」


 しばらくジュンは魅入られたように火を見つめていたが、唐突にぱん、と手を叩き、


「そうだ! いいこと思いついた」

「嘘つけ」

「ひどいー。フブキさんが戦いを楽しめるグッドアイディアなのに」

「言ってみ」

「どっちが多くエルフ殺せるか競争しましょうよ」

「……お前ほんと好きね」


 レクリエーションにしちゃえば俺でもエンジョイできるって理屈か。

 そうはならないと思うが、提案してくれた気持ちは素直に嬉しい。


「いいけど、俺、勝つぜ。張り合いねえな」

「んじゃあ、勝った方はお願いを一つ聞いてもらうっていうのでどうですか。あ、何でもは無理ですけど……」

「ほー、大きく出たじゃないの。いいよ、乗った」


 ジュンはすごい殺し屋だと思うが、エルフ相手となると、俺に分がある賭けだ。

 立ち上がって、伸びと欠伸(あくび)


「そうと決まれば、ぼちぼち寝ますかね」

「わたしはもう少しだけ起きてます」

「そ。……言ったこと後悔してないか? 今ならまだ撤回してもいい」


 これにはさすがにジュンも膨れっ面で、


「そっちこそ、覚悟しておいてくださいよねっ!」

「おやすみなさい」

「おやすみなさい!」

「また明日……」


 しかし、襲撃は夜が明けぬうちに起こった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ