第九十九話 削られる命
第九十九話 削られる命
揚羽とのゲームが始まった。最初に仕掛けてきたのは、揚羽本人ではなく、大量の市松人形の軍団だ。
私も奴隷人形を召喚して、立ち向かわせているが、多勢に無勢で、旗色が悪いのは明らかだった。
奴隷人形も懸命に応戦していたが、抵抗虚しく消滅していった。
「お前のお気に入りが、こうもあっさり跳ね返されるとはね」
「お気に入りではないですが、こんなに簡単にやられるのは、予想外です」
せめていくらか数を減らしてくれることを期待していただけに、何も出来ずじまいなのは、戦術的に痛かった。
歯噛みしている間も、人形の軍団はこっちに歩を進めている。私の奴隷を倒したことで、調子づいているように見えるのが、腹立たしかった。
でも、本当に腹立たしくなるのは、それからだった。
上空から光の槍が一本降ってきて、私を射抜いた。
全身を貫く衝撃が走った後、神様ピアスが一個地面に落ちてしまった。
神様ピアスの一個に穴が開けられていた。ここまで傷がつくと、もうこのピアスは使い物にならないわ。
今の能力は以前に食らったことがあるから、覚えているわ。確か『魔王シリーズ』の能力で、名前は『スピアレイン』。上空から、光の槍を何本も落として、獲物を狩る力だわ。
「ありゃりゃ……。上手くやったつもりだったんだけど、一つだけか。幸先が悪いなあ」
あまり残念そうでない声で、揚羽が呟いていた。いつの間にか後ろにいたのだ。
警戒を怠ったつもりはないが、無数の市松人形の行進に、背後への注意が疎かになってしまっていたのは事実ね。
揚羽は私を見ると、ニッコリ笑った。ただし、好意的な方ではない笑みだ。
「あんまり嬉しくないけど、久しぶり~! 三時間ぶりだっけ?」
本当に嬉しくないわね。出来れば、もう二度と見たくない顔だったけど。
「御楽がいないわね……」
いたらいたで鬱陶しい男だけど、あいつも一応ゲームの参加者だ。姿が見えないというのは、不気味だった。
「いらないから置いてきたの。いたらうるさいからね」
揚羽一人で十分らしい。
「完全になめてかかっているな。動作も隙だらけだなと思っていたら、本当に隙だらけでやんの」
「それだけじゃないです。見てくださいよ、萌の人形をこれ見よがしに、腰に付けています」
奪ってくださいと言わんばかりに、ストラップを付けられた人形が揺れていた。
「ムカつく物言いだが、チャンスだな」
牛尾さんはそう言うが、私はあまりチャンスだと思っていない。実際、前方からは市松人形の軍団がかなりの距離まで接近していた。
見ると、最前列の人形が網や手錠、二段目以降の人形が巨大な鉈や包丁などの刃物を振り上げていた。
最前列のやつらで、こっちの動きを止めて、他の奴らが一気に襲い掛かる。仕掛けられる側からすれば、面倒なチームプレイね。
「今、神様ピアスを一個砕かれた訳だから、萌ちゃんに向けられた槍が一本放たれた訳だ」
もし、それが当たりの槍だったら、萌はもう命がなくなっている。私も連鎖的に命を落とす。一気に背筋が凍りついたわ。
でも、私はピンピンしていた。私に異常がないということは、萌にも異常がないということだ。どうやら外れだったようね。
「一応、当たりだった場合は、メールを寄越すように、お前が神様ピアスを隠している時に、部下に命じておいた」
無論、そんなメールも届いていない。
「でも、安心は出来ないですね。残り九個の中に、確実に当たりがある訳ですから、このまま砕かれていったら、いつかは萌と私は死ぬことになります」
牛尾さんと長尾さんも、硬い表情のままで頷いた。そんな私たちと対照的に、愉快な気分が絶頂に達しているのは、追い込んでいる側の揚羽だ。
「人形たちが襲いかかると同時に、私も背後から襲っちゃおう。これ……、あんたからすれば大ピンチよね」
心底楽しそうに作戦をばらしているのが、とにかく鼻に付いた。絶対に吠え面をかかせてやる……。
「私が血路を開きます。二人は後についてきてください」
尾長さんがトンファーを両手に携えて、前方の市松人形の軍団に突っ込んでいった。揚羽に向かうより、逃げられる確率が高いと踏んだのだろう。その後ろ姿は、たいへん頼もしかった。
前方の人形が早速長尾さんを拘束しにかかったが、それを俊敏な動きで交わしつつ、尾長さんは一体一体確実に消滅させていった。
「良かった。あの人形は無敵じゃないのね」
あいつらまで無敵だったら、どうしようかと思っていた私にとって、朗報だった。
「長尾さん、援護します」
長尾さんを拘束しようと、網や手錠を構える人形たちに、火炎放射を浴びせまくる。人形なので、熱がる素振りは微塵も見せなかったが、消滅していくところを見ると、効いているようね。
「順調ねえ……。そのままいけば、この場から切り抜けられるね。でも、そんな思い通りにさせてあげると思っているの?」
背後で、揚羽の低い声が聞こえた。……もちろん、このままいけるなんて、思っちゃいないわよ。どうせあんたが妨害してくるんだから!
さっき私を射抜いた『スピアレイン』をまたも放射した。今度は尾長さんを狙っている。だが、尾長さんは寸でのところで交わした。代わりに餌食になったのはレーザーの進行上にいた人形だった。
「ほら! どんどん行くよ! いつまで躱せるかなあ?」
続けざまに、二本目、三本目と光の槍が放たれていく。どうにか躱していく尾長さんだったら、徐々に退路が狭まれていった。
ただ見ているだけという訳にもいかないので、私も能力で発生させた雷で、光の槍を叩き落とそうとしたが、雷では光の槍の進行を妨げることは敵わなかった。
そして、遂に一本の槍が、尾長さんに突き刺さった。
「ぐっ……!」
尾長さんの顔が歪む。そして、彼の姿は消えていった。一瞬のことだった。
「お、尾長さん……!」
叫んでも、もちろん返事はこない。
「あははあ! いっちょ上がり! しかも、神様ピアスも一個破壊できたみたい。これって、一石二鳥ってやつじゃないの?」
腹を抱えて、大笑いする揚羽を、歯ぎしりしながら睨んだ。
先頭に立って獅子奮迅の活躍をしていた尾長さんがログアウトしてしまったことで、戦況は一気に悪化してしまった。
「メールがこないし、お前も無事だ。今のも外れか……」
「このままじゃ残りのピアスが砕かれるのも時間の問題ですけどね……」
とりあえず、上空から放たれる光の槍をどうにかするために、揚羽の顔面を殴ってやろうかしら。ダメージは与えられなくても、スッキリしそうな気はするわ。
「真白……。私が盾になるから、お前はその隙に逃げろ。このままここに残っていたら、犬死確定だ」
「そ、そんな……。牛尾さんを盾にするなんて、出来ませんよ!」
「遠慮するな。戦闘に関しては、私はいらない子だから、お前の盾になって散るのが一番……」
「あの……、悲しいことを言わないでください」
牛尾さんの言葉を強引に中断させた。冗談で言っていることは分かるが、聞かされているこっちの方がへこんでしまいますよ。
「あらあ! せっかくだから、その作戦でいけば? やられるのがちょっと遅れるだけだけどね」
「うるさいわね! 会話中なんだから、黙ってなさいよ!」
ああ、もう! 『スピアレイン』さえなければ、どうにか出来るのに~! やっぱり嫌いだわ、『魔王シリーズ』!!
「まっ……。あんたがどう言おうが、次はそっちのお姉さんをしとめるつもりだったけどね」
宣言通り、光の槍が牛尾さんを射抜いた。槍の落下速度は、尾長さんをしとめた時より、数段早くなっていた。最早、躱すことが困難な速度だわ。
「牛尾さん!」
反射的に伸ばした手をはじく素振りをすると、牛尾さんは一言だけ言って消滅していった。
「逃げろ……」
いつになく真面目な顔だった。同時に、砕けた神様ピアスが、また一個地面に転がる。……残り七個か。
メールが来ないことから、今のも外れだったらしい。でも、この調子でいったら、いつかは当たりを引いてしまう。
取り残された私は、言いたくないが、徐々に途方に暮れていった。
次回、百話目になります。だからといって、特別なことはありません。




