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第九十八話 迫る市松

第九十八話 迫る市松


 揚羽の提案で、私と萌の命を懸けたゲームをすることになった。


 とりあえず一時間の猶予があるというので、異世界にログインした。行先に選んだのは、見通しが良いことしか取り柄がないような、何もないところね。


 牛尾さんや、私が管理している異世界は、すぐに見つかりそうなので、パスしたわ。


 時間があるようで、意外にないのですぐに作戦会議を始める。


「まさかこんなゲームを提案してくるとは思わなかったが、本音を言うと、助かったな」


 認めたくないことだけど、それは私も同じだ。連中は、現実世界でも、特殊能力を使用することが出来た。もし、『魔王シリーズ』のいきなり使われていたら、無事では済まなかっただろう。


「能力勝負では向こうに分があります。チャンスを掴むまでは、屈辱でしょうが、逃げ回るのが得策と思われます」


「……はい」


 たいへん面白くないけど、そっちの方も同意。悔しいけど、あの二人に真正面から挑んで、まともな勝負をする自信がない。


「でも、いつまでも逃げてばかりいる訳にもいかないですよね」


 このゲームの勝利条件は、眠れる萌を起こすことだ。そのためには、萌の意識が詰まった人形を、揚羽の手から奪還しなければならない。そうなると、どうしても避けられないのが、直接対決だ。


「そうすると、揚羽の現在地が分からなくなるのも考えものだな。不意打ちが出来なくなってしまう」


「じゃあ、短期決戦でも狙いますか? 今なら、まだ萌の寝室にいると思いますよ」


「もういないかもしれないけどな。わざわざ確認に戻るのも何だし……」


 ただ短期決着は必要だと思う。向こうは、『神様フィールド』のメインプログラムに付き従っている連中だ。ほとんど反則に近いくらいの力を有している。持久戦は不利そうなので、出来ることなら短期決戦が望ましい。


「それから、神様ピアスだ。こいつを破壊されなければいいんだろ? 揚羽たちと対面する時は置いていくのが無難だな」


「置いていくって、どこにですか? 道端に置いていくのはごめんですよ」


 これが破壊されると、萌に向かって、槍が放たれるのだ。適当に扱うなど論外だわ。


「対決が始まる前に、神様ピアスを何個か、どこかに隠しておけばいい」


 牛尾さんの案に、長尾さんも一緒になって、説得してきた。


「私も同感です。向こうから強力な能力で攻められた場合、まとめて破壊される危険だって、あります。どこかに隠しておけば、一撃でやられることもなくなりますし、人形を奪還するために仕掛ける際も、やりやすくなるでしょう」


 長尾さんの話は説得力があるわね。確かに、神様ピアスを全部持って、挑みかかるのは勇気がいるわ。


「ゲームが始まってからだと、隠す暇もないかもしれません。今の内に済ませてしまうのが吉と考えます」


 そこまで言われると、私も嫌とは言えない。


「分かりました。神様ピアスを半分の五個、あらかじめ隠しておくことにします」


 早速、牛尾さんと尾長さんをその場に残して、神様ピアスを五個、バラバラの場所に隠してきた。簡単だけど、これで事前準備は終了かしら。


「いいか、真白。戦闘になったら、特殊能力を出し惜しみするなよ。3つの能力を使い切ったら、すぐに別の異世界へと移動する」


 万が一、能力を使い切っても、他の異世界へと移れば、また使えるようになるのだ。その作戦は、連中との戦闘では、かなり使えるだろう。もちろん異論などない。


 手元にある五個の神様ピアスも、牛尾さんと長尾さんに一個ずつ渡した。もし、私に攻撃が集中しても、五個全部砕かれることは心配は、これで解消されたわね。


 事前準備はこんなものかしら。あとは向こうがどう出てくるかね。それに応じて対応を変化させていくしかないわ。


 それからは、互いに無言で、時間だけが流れていった。


 開始まで、残り五分、四分、三分……。時計の針の動く音が、やけに耳に響くわね。


 そして、一時間が経過する頃に、ちょうど一時間前にセットしておいたスマホのアラームが鳴った。


「一時間が経ったな……」


「はい……」


 私と萌の命を懸けた決戦が静かに始まったのだ。周りに何もない環境のせいで、却って不気味な気持ちになってしまう。


 思わず身構えてしまうが、周りの状況に変化はない。


「開始と同時に、攻めてくることはなかったな」


 一時間経過と同時に、私たちの前に現れて、いきなり強力な能力を使用する展開も考えていたが、そういうのはないみたいで安心した。


 長尾さんが単独で、萌の寝室に行って様子を見てきてもらったが、もう揚羽と御楽はいないとのこと。先手で勝負することも考えていたが、まず相手の出方を見ることにした。


 こういう言い方は変だが、それからの時間は穏やかに流れた。


「もうすぐ開始から二時間経ちますけど、何も起きませんね」


 最初の方こそ、強襲されないことにホッとしていたが、こう何も起きないのも、不信感をくすぐってしまう。


「こうして気が緩んだところを攻める作戦なのかもしれないな」


「気が緩むなんて、あり得ませんよ」


 何といっても、自分の命がかかっているのだ。こんな状態で油断できるとしたら、相当の馬鹿だろう。


 とりあえず向こうからも攻めてこない以上、こっちもやり方を変えた方が良いかもしれない。こっちから攻める案が再度頭をよぎった時、遠くから団体が歩いているような音が聞こえてきた。


「何か音がしません? 上手く言えないんですけど、軍隊が行進してくるような……」


「? そんな音なんてしないぞ。気のせいじゃないのか?」


 そんな筈ないんだけどなあ。私だけにしか聞こえていないの? ちょっと不安になっていると、長尾さんが話に割って入ってきた。


「いえ……、私にも聞こえています。何者かがこちらに向かって行進していますね。それもかなりの数です。はっきりとした悪意も感じ取れます」


 揚羽の顔が真っ先に思い浮かんだ。あいつが仕掛けてきたというのが、根拠はないが、確信できた。


 自分だけ聞こえないのが悔しかったのか、牛尾さんはムキになって、耳に手を当てて神経を集中していたが、その必要は最早なかった。音の正体が、向こうの方にうっすらと見えたからだ。


「何だ、あれは……」


 無数の市松人形がこちらに向かって行進していた。動かない状態でも、暗がりで見ると、結構怖いのに、それが幾つも集まって行進している。はっきりいって、不気味の一言に尽きた。


 誰の仕業かと、呟く者はいなかった。三人共、心当たりがあるからだ。それよりも、あの市松人形が、ここに到達した時に何をしてくるかの方が気になった。


「よし、逃げるか」


「迎え撃たないんですね」


 牛尾さんはあっさりと撤退を決断した。それに突っ込みつつも、私も同感だった。得体の知れないものには関わらないに限る。私が立ち向かうべきは、あの人形軍団ではないのだ。それなら、無理をする必要など皆無でしかない。


 元々戦況が激化するようなら、すぐに移動するつもりだったので、三人揃って、別の異世界へと移動した。しかし、そこでも市松人形は、私たちに向かって行進を続けていた。しかも、前の異世界と同じ距離を取っていた。


「こっちでも会うとはな。気持ち悪いな」


「また移動しますか?」


 牛尾さんは黙って頷いた。だが、三つ目の異世界でも、状況は同じだった。人形軍団に抱いていた薄気味悪い感情が、だんだん大きくなっていく。


「『奴隷人形』……」


 目には目を。人形には人形を。という訳ではないが、奴隷人形を人形軍団に立ち向かわせた。多勢に無勢で、普通なら絶対に嫌がる命令にも、こいつは嫌がる素振りを見せずに突っ込んでいった。


「おいおい……、さすがに一対多数じゃ、厳しくないか?」


 牛尾さんにも無謀だと声を潜めて指摘されたが、私の狙いはそこではなかった。


「今です! 別の異世界に移動しましょう」


「! あの奴隷は当て馬かよ!」


 少し違うわね。ちょっと確かめたいことがあるんですよ。


 半ば強引に、四つ目の異世界に移動。それと同時に、刃物と刃物がぶつかる音がこだました。


 私の奴隷と、人形軍団の先頭にいた市松人形同士が、武器を振り下ろしていたのだ。


「念のために聞いておくが、奴隷人形をもう一体呼び出したりしていないよな」


「ええ。あの一体だけです」


 前の異世界に置いてきた筈の奴隷が、移動先の異世界で、激しい火花を散らせている。これから導き出されることは一つだ。私の疑念は確信に変わった。


「あの無数の市松人形。私たちを追って来ていますね」


 それも徐々に距離を詰めながら……。このままだと、いずれは対峙することは避けられないだろう。


いつの間にか100回目前です。本当にいつの間にかです。

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