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第九十七話 十本の死神

第九十七話 十本の死神


 対決に備えて、異世界を回って、神様ピアスを集めている私の前に、揚羽と御楽が現れた。こっちの準備は完了していないのに、向こうはもうやる気満々だわ。しかも、対決に勝てば、眠ったままの萌の意識を戻してやるとまで言ってきた。


「さて……。賞品の発表を終わったことだし、そろそろゲームに参加するかどうか聞かせてもらおうかしら。返事は効くまでもないと思うけど、念のためね」


 嫌な笑いを漏らしながら、揚羽が言い放った。こっちの足元を見た様な発言が、とにかく癪に障った。


 私に拒否する選択が出来ないことを知った上で、敢えて聞いてきている。底意地の悪いことをしてくれるじゃないの。


 内心では、すぐにでもこいつらをぶちのめしてやりたいという戦闘を逸る気持ちと、まだこいつらを倒す準備が出来ていないという慎重な意見が、真っ向から対立していた。


 ……とはいっても、揚羽の言う通り、最終的に出す判断など、一つしかないのよね。意を決して、了承を告げようとした時、意外なところから助け船が出た。


「その話、ちょっと待った」


 私を含めた三人しかいないと思っていた室内に、聞き覚えのある声が響いた。


「そのゲームには私たちも参加できるのかな?」


 振り返ると、牛尾さんと尾長さんが立っていた。


「牛尾さん! 長尾さん!」


 意外な助っ人の登場に、私はつい上ずった声を出してしまった。揚羽たちも予想していなかったらしく、一応は驚いていた。


「あらら! 真白だけに話をするつもりが、いつの間にかギャラリーが出現していたわね」


「ふん! これだけ大胆なことをして、気付かれないとでも思っているのか? まあ……、侵入は許してしまったけどな」


 うっかり賊の侵入を許したことに対しては、牛尾さんよりも、長尾さんの方が険しい顔をしていた。警備という職業上、自分の失態が許せないようね。責任感が強いのは良いことだけど、こいつらの常識を超えた行動力の前には、仕方がないと思うわよ。……そう言っても、長尾さんは納得しないんでしょうけどね。


「ふん! いくら警備を強化したところで、私たちには通用しないわ。私たちの実力を過小評価してもらっちゃ困るわね」


 揚羽は得意そうに言い放った。こんな態度を取られたら、真面目な長尾さんでなくても、気を悪くしちゃうわね。不機嫌の原因は何となく判明したわ。


「まずは質問に回答するわね。途中参加はOKよ。だから、分が悪くなってきたと思ったら、どんどん援軍を呼んでもらって、結構」


 こいつ……。どこまで人をおちょくったことを言えば気が済むのかしら。途中でいくらでも人数を追加できるなんて、人を舐めるにも程があるわ。


 馬鹿にするなと叫ぼうとしたところを、牛尾さんに制された。


「キレるな。気持ちは分かるが、せっかく向こうが有利な条件を提示してきているんだ。乗らない手はない」


「でも……、ムカつきます」


 そうでなくても、萌の意識を人形なんかに閉じ込められて、私の怒りは頂点に達しているのだ。これ以上、我慢など出来そうにない。


 そんな私の心情を分かった上で、牛尾さんは厳しく自制を求めた。


「それでも我慢するんだ。自分のプライドと、妹の無事。どちらが大丈夫なんだ? 我がままを通している場合じゃないことを分かっていると、信じている」


「……」


 萌を引き合いに出されると、もう何も言えない。涙が出そうになるくらいに悔しいけど、屈辱的な要求を呑むしかないのよね。


「返事は?」


 牛尾さんと長尾さんに目で合図を送る。二人とも、異論はないみたい。


「もちろん、受けて立つわ!!」


 それしか私には選択肢がないものね。仮にあっても、勝負を断ることが出来るかどうかは自信がないけど。


 私が勝負を受けると宣言すると、揚羽は一気に表情を緩めた。


「そうこなくっちゃね! 楽しみだわ。これからあなたの顔が苦痛で醜くなっていくのを、リアルタイムで観察できるのね……」


 恍惚の表情で話しているけど、それはこっちのセリフよ。まあ、私は人並みの感性しか持ち合わせていないから、楽しみではないけどね。


「じゃあ、ルールを説明しようかしら」


 揚羽が念じると、空間が裂けて、萌の周りに天幕のようなものが現れた。


「な……!? 萌に何をするのよ!!」


 突然の蛮行に、反射的に掴みかかろうとする私を手で制して、揚羽はまだ能力を発動し続けた。


「驚くのは、まだまだこれからよ。心配しなくても、この子には、まだ手を出さない」


 まだってことは、これから手を出すってことでしょ。安心なんかできないわよ。大体、萌をこんな風にしておいて、よく言えたものね!


「現実世界でも能力の発動が出来るとはな……」


 ある程度、牛尾さんの予想の範囲内だったらしく、たいして驚くこともなく、揚羽が能力の発動するのを観察していた。


 次に現れたのは、十本の槍だった。それが萌を包んだ天蓋に刃を向ける形で、宙に浮かんだままで固まっている。


「先に言っておくけど、叩き落とそうなんて思わないことね。妙な真似をしたら、直進するようにセットしてあるから」


 直進なんてされたら、萌が串刺しになっちゃうわ……。最悪の事態を想像して、一気に背筋が寒くなった。


 能力の発動は、一段落したらしく、もう何も新たに出現することはなかった。


「私の能力って、おもちゃみたいなのが多いのよね。性格的なものが関係しているのかしら?」


 自信の能力を見ながら、ポツリと揚羽が漏らした。あんたの能力への想い入れなんてどうでもいいから、説明を続けてくれるかな。


「じゃあ、ルールを説明します!」


 無駄に楽しそうに、対決のルール説明が始まった。


「これから、私と御楽で、あんたが獲得していった神様ピアスを壊していきます。それで、ピアスが一つ壊れるごとに、宙に浮いている槍がランダムで、一本ずつ発射されるわ」


「! それじゃ、一つでもピアスを砕かれた時点で、萌が死んじゃうじゃないの! 認められないわ!!」


 獲得した神様ピアスは、全部で十個よ。ということは、的が十個ということになる。ただでさえ、不利なのに、さらに拍車がかかっちゃうわ。こんなの、絶対に認められない!


「早とちりしないで。あなたの妹を突き刺す槍は、一つだけ。他は全部外れるように設定されているわ」


「つまり、当たりの槍が放たれる前に、お前たちに勝利すれば良い訳か」


「そう言うことよ。真白と違って、話が分かるから、助かるわ」


 私を嘲りながら、牛尾さんを褒めた。牛尾さんは興味なさそうに、似たようなゲームがあったことをぼやいていた。私は冷静を装って、質問した。


「……こっちの勝利条件は何なの?」


「妹さんの意識を戻すことよ。この人形を、私の手から奪還して、妹さんの前にかざせば、意識が戻るようにしておいてあげるわ」


 揚羽が差し出したのは、萌の意識が詰められた人形だった。


「どちらかと言えば、『真白処刑ゲーム』というより、『萌処刑ゲーム』という気がするな」


「そんなことないわ。萌が死んだら、そいつにも死んでもらうから」


 そう言うと、揚羽はカプセルを放ってよこした。


「愛する妹を、自分のせいで死なせることになる訳だから、それだけで地獄の苦しみを味わうでしょうけど、私は優しいから、一緒に天国に送ってあげる……」


 放られたカプセルを握りしめながら、一言つぶやく。


「萌が死んだら、これで自殺しろってこと?」


「違うわね。それはね。妹さんが死ぬと、自動的に溶けるようになっているのよ。加えて、他の方法では絶対に溶けない」


 理解できたわ。対決の前に、この毒入りカプセルを飲む。萌が死ぬような事態になったら、胃の中でカプセルが溶けて、中の毒のために、連鎖的に私も死ぬことになる……。どういう仕掛けになっているかは知らないけど、大方これも能力の一つでしょうね。


「はい、よくできました!」


 正解したのに、何かイラつく物言いね。全然嬉しくないわ。揚羽は睨む私を無視して、他に質問がないか、涼しい顔で聞いている。


「追加の質問がなければ、そろそろ始めましょうか。ゲームの開始は今から、一時間後よ。それまで現実世界でも、異世界でも、好きなところに逃げなさい。神様ピアスは隠しても、持ち歩いても、どっちでも好きにしていいわ」


 余裕たっぷりな態度ね。


「一時間の猶予があるとさ。どうするよ、リーダー?」


「……異世界に行きましょう。現実世界より、逃げきる自信があります」


 向こうが現実世界でも能力を発動できることを知ってしまったのだ。現実世界でゲームを行ったら、能力を使えないこちらが圧倒的に不利になってしまう。牛尾さんたちも同じことを考えていたらしく、反対はされなかった。


「じゃあ、行くわよ。ゲームスタート!!」


 開始の号令と同時に、私は毒入りのカプセルを口にした。これで、ゲームに勝たなければ、私の命はないのね。


 萌の顔をチラリと見やる。待っていてね。すぐに起こしてあげるから。


 決意と共に、拳を握りしめると、異世界へと早速移動した。


ついに直接対決の火蓋が切って落とされました。

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