第九十五話 死闘カウントダウン
第九十五話 死闘カウントダウン
街中をバイクで疾走していた。私は免許を持っていないのだが、見様見真似で操縦している内に、大方の操作方法を会得してしまった。
「バイクも乗ってみると面白いものね。現実世界に戻ったら、免許を取りに行こうかしら!」
「不良になったと、月島が泣くぞ!」
その月島さんだって、少し前まで法定速度を優に超えるスピードでバイクを乗り回していたのだ。バイクに乗るくらいで泣かれるのは、何となく筋違いの気がするわね。
腑に落ちない顔をしていると、急速に不良化していると、牛尾さんにからかわれてしまった。
ちょっとご機嫌斜めになり、頬を膨らませていると、後ろで土煙が上がった。おっと! こんな無駄口を叩いている場合ではなかったのだ。
現状を簡単に説明すると、私たちは今、イノシシの大群に追われて、バイクで逃げていた。さっきはバイクを試しに使ってみたら、乗りこなせたみたいに言ったが、実は結構切羽詰まった状況だったりする。
「何で街中なのに、巨大なイノシシが出るのよ!」
イノシシの大群には、十メートルくらいの巨大サイズもいた。あんなのに突進されたら、たまったものじゃないわ。
「イノシシだけじゃない。熊や鹿もいる。まるで、街が動物どもに占拠されたようなものだ。ハンターで生計を立てたいやつにとっては、泣いて喜ぶべき状況だな」
「誰も泣かないと思いますよ……」
四六時中、獣に追い回されるところで暮らしたいやつなんて、いませんよ。高層ビルの最上階ですら、猿に襲われるようなところですよ。
「人間様の道路を、我が物顔で闊歩しているんじゃないわよ!!」
動物軍団の猛襲に、堪忍袋の緒が切れた私は、巨大イノシシの眉間に向かって、雷を落とした。でかい図体の割に、肝っ玉は小さかったようで、イノシシたちは情けない声を上げて、退散していった。
「派手だねえ」
「最初からこうすれば良かったんですよ……」
動物愛護団体からはクレームを貰いそうだが、向こうから襲ってくるのだ。正当防衛というやつだろう。その後も、四苦八苦しながら、この世界に神様ピアスをどうにか入手することに成功した。
「ここの神様ピアスもゲット~!!」
つるの世界で、神様ピアスをゲットした私たちは、すぐさま他の異世界へと移った。基本的に黄色いピアスがあれば、ほぼ無敵状態なので、異世界で後れを取ることはなく、神様ピアスは順調に集まっていた。
「今ので五個目ですかね」
手に入れた神様ピアスを売り払えば、一生豪遊して暮らせる金が手に入るだろう。
「また別の異世界に行くつもりか? 悪いけど、その前に休憩しようや。真白ほどやんちゃでないから、お姉さんは疲れた」
私がやんちゃな訳でなく、牛尾さんが年寄りなだけでしょと思ったが、指摘してえらい目に遭うのも嫌なので、黙って休むことにした。
様々な異世界を巡ってきた疲れがあったのか、物陰のベンチに座ると、どっと疲れが表面化してきた。この世界って、都市部をイメージして作られているから、休憩する場所が無駄にあるのよね。自販機まであった時は感動したわ。誰がチャージしているのか、ちゃんと中身も入っているのよ。
自販機のジュースで、のどの渇きを潤すと、獲得してきた神様ピアスをテーブルに並べた。
「ふと思ったんですけど、神様ピアスって、何でも作り出せるんですよね?」
自販機から失敬したジュースをもう一度のどに流し込みながら、牛尾さんに聞いてみた。
「質問の意味が分からんが、“何でも”はないだろ。そんなこと、本物の神にだってできやしない」
「でも、試す価値はあると思いますよ」
「何が入っているのか分からない缶ジュースに口を付けるのも、チャレンジ精神の表れか?」
牛尾さんの皮肉を聞き流して、神様ピアスを右の耳につけて、力を行使してみる。
「……」
何も起こらない。失敗か。
「まさかとは思うが、神様ピアスの力で、強力な能力を作ろうとしたんじゃあるまいな?」
あまりにもあっさりと胸の内を見抜かれてしまい、全身が硬直する。それを見た牛尾さんが、頭に手を置いて、心底呆れたように溜息をついた。
「チャレンジ精神は認めるが、短絡的過ぎないか?」
やってみなくちゃ分からないじゃないですかと反論しようとしたけど、口をつぐんだ。
でも、このまま引き下がるのも癪なので、質問を変えることにしたわ。
「チャレンジ精神で続けて提案してみますけど、神様ピアスって、どれも同じですよね」
「む?」
「センサーみたいなのを作れないですか。それがあれば、他の異世界で、神様ピアスを探すのが、グッと楽になると思います」
もしかしたら行けるんじゃないかと思ったが、返事はあまり芳しいものではなかった。
「いや、やってみたんだが、駄目だったよ」
しらみつぶしに探していくしかないということね。一休みしたら、また地道に始めますか。
舞台は変わって、ここはキメラたちが拠点にしているビルの一室。
「キメラ~❤」
飼い猫のように甘えた声を出して、媚びるようにキメラにすり寄っているのは、私に殺害予告までしてくれたトリガーハッピーな少女、怒木揚羽だ。
「しばらく会えなくて、私、とっても寂しかったの~」
顔をかなり接近させて、甘えている。この状況を楽しんでいるのは、揚羽だけで、他のメンバーは、全員居心地の悪そうにしている。
「僕も君がいなくて寂しかったよ。君一人いないだけで、全然雰囲気が違うからね」
キメラも、煩わしそうに追い払えばいいものを、さらに調子づかせるようなことを言っている。こいつもこいつで、空気が読めていないわね。
「でしょでしょ! やっぱり私たち、ずっと一緒にいないといけないさ駄目なのよ~!」
そう言って、さらに顔を近付ける。念のために言っておくが、キメラの体は、元は私の体なのだ。だから、間違ってもキスとかしないでよ。将来取り戻した時に、汚れているのはごめんだからね。
揚羽の相手をするのに飽きたのか、キメラが話題を変えた。
「そういえば、真白ちゃんだけど、活発に活動しているみたいだね」
それまでキメラに甘えるだけだった揚羽の顔が、私の名前を聞いた途端に、一変した。
「何でも、あちこちの異世界を回って、神様ピアスを回収しているそうだよ」
揚羽は険しい表情のまま、黙っている。代わりに御楽と喜熨斗さんが返事をした。
「神様ピアスなんて、一個あれば十分な代物を集めてどうする気だ?」
「人に売りつけて、億万長者にでもなるつもりなんじゃない?」
「ははは! 成る程な。高値で取引されているから、一生遊んで暮らせる金がすぐに懐に入って来るぜ!」
「それだけならいいんだけどね」
私の体を使っているだけあって、キメラは私の行動が気になる様子。揚羽も言葉を重ねる。
「私に潰されるのが嫌で、たくさんの神様ピアスで対抗しようとしているんじゃない? 浅知恵もいいところだけど」
「我々に対抗できる、強力な能力を手にしようとしているんじゃないですか?」
それまで黙っていた哀藤がサラッと正解を口にした。四人の視線が一斉に哀藤をとらえる。
「それ、あるかもな。前回に会った時も、俺たちに喧嘩を売りたくて仕方ないって顔をしていたしな」
「そりゃいい。面白い喧嘩が楽しめそうだぜ」
「どっちにせよ、浅知恵は浅知恵よ」
さっきまでの飼い猫の顔は、完全に消えていた。
「どれほど足掻いたところで、私とキメラの脅威にはなりえないけど、あまりちょろちょろされるのも鬱陶しいから、そろそろ潰すことにしようかしら」
立ち上がると、キメラの投げキッスをして、部屋から立ち去っていく。
「すっかりやる気だな」
「ああなると、何を言っても聞きませんからね」
各々がわがままな揚羽のことを口にする中、後を追うように、御楽も立ち上がった。
「君も行くのかい?」
「ああ。彼女だけじゃ危なっかしいからね。それに久々に真白ちゃんとも会いたいしね」
私は全然望んでいないが、御楽は興味津々らしい。どっちにせよ、対決の時は迫っていた。
キメラ一派が初めて一堂に会しましたね。




