第八十二話 襲撃者のレベルアップ
第八十二話 襲撃者のレベルアップ
私、揚羽、萌の三人で、記憶を奪うつるが徘徊する異世界に戻ってきた。
さて、降り立ってはみたものの、何事もなかった。つるが四方八方から襲ってきた前回に比べると、時間が止まったような錯覚すら覚える。だからといって、安心することは出来ないけど。
「異世界を探索するにあたって、宣言しておくことがあります」
「何?」
私と揚羽が良い感じになっていると拡大解釈して、敵意をむき出しにしている萌が、揚羽の前に仁王立ちした。揚羽も、怯えこそしなかったものの、萌の態度に面食らっていたようだ。
「先輩の周囲一メートル以内には立ち入らないでください。いくら先輩が格好いいからって、私の目が黒いうちは好きにはさせませんよ!」
言っている本人よりも、聞いているこっちの頭が痛くなった。
さっきから、揚羽との間には何もないと口を酸っぱくして何度も言っているのに、この子はもう……。
「あはは! 分かった。言う通りにするわ。だから、そんなに怒らないでね」
「……悪いな」
いきなり敵意むき出しの発言をされたにも関わらず、揚羽が気を悪くしていないことに、ホッとした。精神年齢では、萌よりも大人みたいね。
揚羽から萌に視線を移すと、ニッコリとほほ笑まれた。本人は、私に着く悪い虫を追い払ってやったくらいにしか思っていないのだろう。揚羽と二人きりで行って、ちゃちゃっと終わらせて帰って来る筈が、だんだん面倒くさいことになって来たわね。
今は静まり返っているからいいものの、つるが襲い始めてきたら、萌は間違いなく足手まといになるわ。
もし、つるが遅いかかかってきたら、萌のライフピアスだけ早急に外して、ログアウトさせるという手もあるわね。ていうか、今すぐ実行して方が良い気もするわね。揚羽だって、いつまで大人の対応をしてくれるか分からないし。
でも、萌の私に対する想いだけ消してもらえるなら、これはチャンスかも……って、そんなこと考えちゃ駄目よね。
「いいかい。つるが頭に巻きついたら、記憶を吸い取られるんだ。だから、しっかりと叩き落とすんだよ」
「私の力じゃ不安です。もし襲われたら、水無月さん、守ってくださいね❤」
最初から、私に依存しないでよ。そんな甘い声で、すり寄って来たって、無駄なんだからね!
「萌ちゃんだけ、先に現実世界へ戻した方がいいかな……」
「ふえ!?」
「だって、つるを叩き落とす自信がないんだろ? それなら、無理に連れていく訳にはいかない」
「わああ!! 嘘です。自分の身は自分で守ります! だから私も連れて行ってください!!」
最初からそう言いなさいよ、全く。
私から意味深な返事が聞けないばかりか、異世界からも強制送還されそうになり、萌はにわかに慌てだした。こいつとは、元の体の時に何度か取っ組み合いの喧嘩をしているので、私ほどではないにせよ、腕っぷしが強いことはよく知っている。実力があるのだから、自分の身は自分で守ってもらわなくては。
萌はその後も懲りもせずに、私の腕にしがみついたまま歩く。本人的にはセックスアピールのつもりだろうけど、私には大嫌いな豊満な感触が密着しているところから伝わってきて、ひたすら不快なのよね。
「……水無月」
いまいち緊張感のない、探索というより散歩に近いまま歩いていると、揚羽が突然顔色を変えた。萌は揚羽の変化に首をかしげているが、私には分かった。
耳を澄ますと、周囲がざわついているのが、聞こえてくる。最初は耳に神経を集中しないと聞き取れないほど、かすかな音だったが、徐々に大きくなっていき、ついには能天気に構えている萌にも分かるくらいのボリュームになった。
不穏な空気をまといながら迫ってくるそれに、さすがの萌も不味い状況になってきているのが分かってきたようで、顔から笑みが消えていき、代わりに周囲を睨むような顔つきになっていった。もし、この段階になっても、変化が見られないようなら、ライフピアスをそっと外すつもりだったけど、問題ないようね。
私が息を吐くのと同時に、周囲からつるが飛び出してきた。
きたわね。
前回来た時と同じように、私たちの頭部に向かって、真っ直ぐ飛んでくる。相変わらず単純な動きね。
「そんな馬鹿正直な動きじゃ、俺の記憶は吸い取れないよ」
余裕でつるをどんどん叩き落としていく。あまりにも快調に落としていけるので、勢い余って、萌に向かっていたつるまで落としてしまった。
「何だかんだ言いつつ、萌のことはしっかり守ってくれるんですね……」
しまった。萌にさらに好かれてしまった。面倒くさいから、こいつには多少嫌われているくらいがちょうどいいのに。
「でも、水無月くんがいてくれると、本当に頼もしい。やっぱり誘ってよかったわ」
そう言って、揚羽がさりげなく私の後ろに回ってきた。さりげなく持ち上げたりと、私を盾にする気満々の様子。この子も、結構腹黒いところがあるわね。
まあ、意思を持っているとはいえ、所詮つる。タイミングさえ合わせれば、この程度なら対処できる。よって、慌てるということはなかった。
その時、緑色のつるに混じって、銀色の光が射しているのに気付いた。不思議に思って、目を凝らすと、つるに混じって、鎖が生えているような……。
何でつるに混じって、鎖が? 首をかしげていると、鎖がつると同じ動きで、こっちに向かって飛んできた。鎖の先には分銅まで付いている。動きから察するに、こちらの頭に巻きつく気らしいが、直接狙われても不味そうだ。
前回には見られなかった異常事態に、私なりの結論を出した。まさか……、レベルアップしている?
頭が混乱しそうになったが、ここは異世界だ。つるが鎖にバージョンアップするくらいのことがあってもおかしくない。
でも、どうして鎖なの!? 前がつるだったんだから、とげが付いたり、太くなったりするものじゃないの? 有機物から、無機物に変わるなんて、そんな馬鹿な!
始めはつるの割合が多かったのに、徐々に鎖の割合が増えてきた。まるで、これを操っている何者かが、つるより鎖の方が、私に対して有効なことを学習したかのようだ。
くっ……! つると違って、鎖は簡単に叩き落とせない。どんどん向かってくるから、全部叩き落とすのは無理ね。狙ってくるのは、相変わらず頭だけみたいだから、そこに向かってくるつると鎖だけを叩き落として、逃げることにしたわ。私が苦戦する様を間近で見ていたので、萌も、揚羽も、逃走には素直に応じてくれた。
とはいっても、そう簡単に逃げられるものではない。私たちが全速力に近い速さで走るのと、同程度の速度なので、いつまでも逃げ続けられる訳でもない。かといって、つるを撒くのに、妙案もない。現実世界に撤退することも考えながら、逃げていると、萌が何かを見つけて指差した。
「あっ! 先輩。あそこに避難しましょうよ!」
萌が指差す先にあったのは、洞窟だった。
「洞窟か……」
逃げ込んで、行き止まりだったら、袋のネズミね。それ以前に、洞窟の中にもつるが繁殖している可能性もある。
「先輩、早く行きましょうよ」
行くかどうか迷っている私に、萌がせっついてきた。
……もし、洞窟内がつるまみれだったとしても、ライフピアスを外して、現実世界に戻ればいいだけの話だ。物は試しと、萌の案に乗ることにした。
幸いなことに、洞窟の中には、つるは存在しなかった。それどころか、さっきまで私たちを執拗に追って来ていたつるまで、やってこない。信じられないことに、入口のところで、ピタリと追跡を中止したのだ。
「ふふふ……。どうやら、あのつるは、暗いところが苦手の様ですね。いつまで経っても、追いついてきません」
本当かよと思いつつも、追跡が止んだことには、素直に称賛を送りたい。
「どうですか、先輩! 萌のお手柄ですよ」
自分でアピールしてくるなよと呆れつつも、萌の機転が功を奏したことも事実。半信半疑ながらも、褒めることにした。とりあえず、頭を撫ででやると、萌は嬉しそうに唸っていた。
「どうして追ってくるのを止めたのかしら?」
私と萌のアホな対話をよそに、揚羽は常識的な疑問に頭を悩ませていた。
「この洞窟に何かあるのかもしれないな。あいつらが嫌うものとか……」
何気なく発した言葉に、我ながらハッとなった。もし、そうなら、手に入れれば、この世界の探索が格段に楽になる。
「この洞窟、結構奥行きがあるみたいだし、探検してみる?」
つるが嫌うもの探しに、私たちの探究心は高まった。この洞窟にだって、物は試しで入って功を奏したんだし、物事、やってみないと分からないものもあるからね。
作品に関して、リクエストがあれば、お知らせください。




