第八十一話 支配者の足音
第八十一話 支配者の足音
暗い夜道を加住くんが逃げ惑っている。その後をゆったりとした足取りで、逃げるのを見て楽しむように追う者が二人いた。
狭い路地を、ゴミ箱を蹴り飛ばしながら逃げ続けたが、先が袋小路になっており、加住くんは途方にくれながら立ち止まった。
散々走って逃げたのに、すぐ後ろに二人組が追いついてきていた。全身から汗を流す加住くんとは対照的に、二人組は汗一つかいていない。
「ま、待ってくれ。見逃してくれ!」
加住くんはその場で土下座をして、許しを乞うた。その様子をおかしそうに見ながら、二人組は相談を始めた。
「見逃してくれってさ。どうするよ?」
「どうするって、そんなことをしたら、俺たちが揚羽にしめられちゃうじゃないか」
「確かに。それは勘弁だ」
「だから、見逃すことは出来ない。だろ?」
「そういうことだ。悪く思うなよ」
二人組の会話から、自分の命乞いが無駄に終わったことを知り、加住くんは泣きそうな顔で固まっている。
「お前も馬鹿だねえ……。水無月には関わるなって、揚羽から脅されているのを忘れて、仲良くしちゃうんだから」
「そ、そんな……。あいつは水無月じゃないって……。うわああああ!!!!」
加住くんの悲鳴は夜の闇に消えた。だが、その悲鳴を聞きつけて、駆け寄ってくる者はいない。
二人組は、うな垂れる加住くんを眺めながら、その場を立ち去ろうともせずに、また話を始めた。
「次のターゲットって誰だっけ?」
「確かこいつ……」
「水無月か……」
「そっくりさんを名乗っているらしいよ。揚羽とも、何回かコンタクトを取っているんだってさ」
「ふ~ん、あんな目にあったのに、懲りないねえ」
「揚羽の話だと、まるで別人みたいなんだってさ」
「へえ、本当に別人だったりして」
二人組はくすくすと耳障りな笑いを漏らして、闇に消えていった。後に残ったのは、意識を失った加住くんだけだった。
「えっ!? 加住くんが?」
揚羽からの電話で、加住くんが何者からの襲撃を受けて、病院に運ばれたことを知った。
「やっぱり水無月くんの知り合いだったんだね。この間、私の家から帰る時に、道端で話し込んでいるのを窓から見ていたの。念のために知らせて、正解だったね」
……あの時に見ていたの? 油断も隙もないわね。
「それで犯人は?」
「目撃者によると、二人組の男女だったってさ」
見ていたんなら、警察に通報するとかしなさいよ。本当に気が利かないわね!
目撃しておきながら、見てみぬ振りを決め込んだ人間に、罵詈雑言を吐きつつも、加住くんの容態が気になった。
揚羽に彼の搬送された病院を知らないか聞いてみたけど、期待した返事はなかった。
彼の無事を願いつつも、先日、別れ際に揚羽とは、もう関わらないように言われていたのを思い出した。
まさか揚羽が?
根拠はなかったが、先日の会話を思い出すと、今話している揚羽の声がだんだん気味悪く感じるようになった。
「大丈夫だよ。命に別状はないそうだから」
私が黙り込んでいるのを、加住くんの件でショックを受けていると勘違いした揚羽が、心配して励ましてきてくれた。
揚羽がやったとは思いたくないが、加住くんの「今はいない」発言がが、どうしても気になった。
「揚羽。話は変わるけど、異世界に一緒に行く話、受けることにするよ」
「え? 本当に? 嬉しいけど、どうしたの、急に」
「世の中物騒だろ。女の子を一人で、よく分からない世界を歩かせるのは、不味いと思ってさ」
「何それ? でも、嬉しいな。ありがとう!」
電話の向こうで無邪気に喜ぶ声に、演技をしている気配は感じられない。犯人は二人組って言っていたし、加住くんの襲撃事件に、揚羽は関係していないのかしら。
まあ、いいわ。とにかく揚羽と行動していれば分かることよ。自分から危険に首を突っ込むことになるけど、仕方ないか。
翌日、揚羽と合流した私は、ログイン用のカードを渡してくれた。前にあの世界に行った時に、大量に拾っておいたのだという。そんなに拾ってどうするのかと聞いたら、高値で売ると言っていた。この商売上手と言いたいところだが、あの世界行きのライフピアスは、かなり値崩れしているのだ。大量に手に入るのと、誰もあの世界に行きたがらないのが原因らしい。
「えへへ。何かデートみたいだね」
「そうか?」
水無月として、異世界に行くため、黄色のピアスを使うことは出来ない。異世界にログインすると同時に、百木真白の姿になっちゃうからね。だから、今回は特殊能力が使えない。そのことで不安が募っていて、揚羽の冗談に答えるどころではなかった。
「自分から誘っておきながら、緊張してきたな。ねえ、抱きついてもいい?」
「彼女じゃあるまいし、断る!」
意味ありげに距離を詰めてくる揚羽を、ちょっとばかりきつめの言葉で制した。つっけんどんな態度をとられたことで、逆に闘志を掻き立てられたのか、揚羽の眼がギラリと光るのを感じた。
「そんなつれないことを言わないでよ。それとも、彼女でもいるの?」
「そんな大層な存在はいないよ」
中身が女ですからね。これからも、作る予定はないと断言できるわ。だからといって、抱きついて良いことにはなりませんけどね。
「水無月くんはノリが悪いな。せっかく格好いいのに、もったいないぞ!」
「褒め言葉だけありがとう」
唇を尖らせながらも、異世界に行こうと、自分の分のログイン用のカードを取り出す。
こんなところを見られたら、どう言い訳すればいいのか分からないからね。さっさと異世界に避難するに限るわ。そう思って、揚羽を急かしたの。
でも、こういう時に限って、予定調和のように、知り合いに会うもの。その法則は、今回も適用されてしまったわ。
「な、な、な……。何もしているんですか!?」
揚羽と二人で、「ログイン!」と叫ぼうとした、ちょうどその時、後ろで叫び声がした。聞いたことのある声だった。面倒くさい事態になる確率百パーセントなので、自分一人だったら、聞かなかった振りをして、異世界に行くところだ。でも、揚羽が声に反応して、ログインを叫ぶのを止めてしまった。もう聞かなかった不利は出来ない。アーメン……。
「やっぱり! 水無月先輩だ! 私を放ったらかして、他の女とデートなんて、何のつもりですか!!」
鬼気迫る声で、私の肩を掴んだのは、萌だった。言っておくけど、あんたと恋人関係になった覚えはないから。だから、その勘違い発言はマッハで訂正してほしいわ。
一番見られたくない相手に見られてしまったことに、思わず頭を抱えてしまう。
「? この子、水無月くんの知り合いなの?」
「知り合いっていうか……」
妹です。いろいろあって、一方的に言い寄られています。こんなことを正直に言ったら、面倒くさいことになるので、本人には絶対に話しませんけどね。
「ちょっと! 私を差し置いて、二人の世界に入らないでください」
ヒステリックに、私と揚羽の間に入ってくる。そんな殺気立たなくても、甘い展開はないから。
萌を落ち着けるために、これまでの経緯をかいつまんで説明した。
「い、異世界にデートですか!?」
「違うって……」
説明したのに、萌はちゃんと理解してくれなかった。年頃の男女が二人きりで出かければ、それだけでデート? 年頃とはいえ、短絡的すぎるわよ。
「デートじゃないなら、私も連れて行ってください」
「は!?」
心配した通り、一緒に連れていけとせがんできた。こいつを連れて行くと、トラブル度が増すから、嫌なのに。
「揚羽さんが先輩に手を出さないか、常に寄り添って、目を光らせます」
また馬鹿なことを言いだした。そろそろ引っぱたいて黙らせた方が良いかしら。幸い、目の敵にされている揚羽は、腹を抱えて爆笑している。気を悪くしてはいないようね。
「一緒に行きたいのは、山々だけど、ライフピアスが……」
二人分のライフピアスしかないと言って、萌の動向を断ってしまおう。こいつが来たら、うるさくて敵わないわ。
「大丈夫。ライフピアスだけは大量にあるから」
そう言って、バッグの中から、数多くのログイン用カードを地面にばら撒いた。わあ~! 何てことをしてくれるのよ。これじゃ、萌を連れて行かざるを得なくなるじゃない。
「決まりですね」
冷や汗をかく私の右腕に柔らかいものが巻きついてきた。萌がしがみついてきたのだ。私が見ると、闘争心を宿らせた目をたぎらせて、萌はニヤリとしていた。
主人公の女難は筋金入りです。




