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第八十話 早坂揚羽の謎

第八十話 早坂揚羽の謎


 私の体の元の持ち主である水無月くんを、いじめていたという揚羽(ただし、記憶喪失のために、そのことを本人は忘れている)から、記憶を取り戻すために、異世界に一緒に行ってほしいと頼まれた。


 成り行きで、揚羽と良好な関係を築きつつある私は、元の記憶が戻ることには反対で、手助けもしたくないと思っていた。


「ねえ、いいでしょ」


 私が返事を渋っていると、揚羽が身を乗り出して、私に迫ってくる。何も知らない人が、この光景を見たら、絶対に誤解されるなと思いつつ、どうして私なのか聞いてみた。


「あなたを選んだ理由はこれよ」


 揚羽が提示してきたのは、水無月くんと仲良さげに映っている例の写真だった。


「前にも言ったけど、その写真に写っているのは俺じゃないよ」


「知っているわよ。でも、私の彼氏かもしれない人と同じ顔をしているのよ。何かしら縁のようなものを感じない?」


「感じない」


 そんな理由で、異世界に同行させられるのはごめんだわ。あのつるに、頭に巻きつかれたら、私も記憶喪失になるかもしれないのよ。キメラがアジトにしている世界への抜け道を探すために、全ての異世界を回るつもりでいるけど、あそこはパスよ。


「う~ん、あんまり行きたくないかあ……」


 私の表情から、行きたがっていないことを悟った揚羽は、渋い顔で腕組みをした。


「一つ確認したいんだけど、もし俺がここで断った場合、例の異世界に行くのは諦める?」


「それはないわね」


 揚羽はきっぱりと断言した。自分が一度記憶を吸い取られているというのに、よくここまで行く気になれるわね。


「一人で行くのは心細いけど、だからといって、行かない訳にもいかないじゃない? いつまでも記憶喪失のままでいられないし」


 意志は固いようね。私が同行しなくても、行くのか。こうなると、彼女を一人であの異世界に行かせるのは、見殺しにするような気がした。


 でも、行くのはやっぱり嫌だなあ……。


 結局、返事は保留にさせてもらった。揚羽は気にすることもなく、いつでも電話してきてほしいと笑っていた。


 揚羽の家を出て、帰路を歩きながら、面倒なことになってきたとため息をついた。当初は、電話の番号を教えたとはいえ、連絡を取らないように心掛けて、自然消滅を狙うつもりだったのに。自分の意志とは関係なく、揚羽との仲が深まっているような気さえするわ。死亡フラグが立っていないか、ちょっと不安。


 それより気になったのは、揚羽本人だ。彼女は記憶を失う前に、いじめの主犯格として、学校内でそれなりの立場を築いていたらしいが、彼女と話していても、それらしい素振りは全く見られなかった。加住くんが嘘をついているとは思えないが、揚羽がいじめをするような人間には見えないのよね。


 腑に落ちないものを感じつつ、駅に向かって歩いていると、誰かに思いきり腕を掴まれた。まさか、水無月くんをいじめていたという連中に見つかってしまったのだろうか。


 もしそうだったら、振り向きざまに一発お見舞いして逃げなくてはと思いつつ、振り返ると、そこには加住くんが立っていた。


「……何をしてるんだよ。ここには来るなと言っただろ」


「あ……」


 彼とは、この町には近づかないという約束を昨日したばかりなのだ。それから一日しか経っていない状況での再会。


 どうしよう。すごく気まずい。


「しかも、揚羽の家から出てきたよな。どういうことだよ……」


 家から出てくるところまで見られていたのね。こうなると、うっかり迷い込んじゃったっていう、言い訳も出来そうにないわね。


 私を真摯に心配してくれている加住くんを、邪険に扱うのも気が引けたので、昨日行った不味いハンバーガーの店で話をすることになった。




 ……この店はチーズバーガーも不味いわね。昨日今日で、もう三回目だし、もう常連になりつつあるし。たいして安くもないのに、いつの間にか通い詰めていたのよね。


 変な後味が残りそうなチーズバーガーを、コーラで流し込んでいると、加住くんが真剣な顔で聞いてきた。


「あの女に何かされたのか? 呼び出されたとか?」


「いや、呼び出されたのは事実だけど、脅されている訳じゃないんだ」


 揚羽は記憶喪失の状態で、妙にフレンドリーな関係になっていることを、説明した。


 一緒に異世界に行こうと、揚羽に誘われたことは黙っておこう。話したら、またややこしいことになりそうだし。私のことを心配してくれているのに、隠し事をしてごめんね。おちょくっている訳じゃないのよ。


「なあ、ちょっと聞きたいんだけど、揚羽は本当に学園を支配していたのか? どうも毒がないっていうか、不良に見えないんだよ」


 加住くんが嘘をついているとは思えないが、揚羽と話していると、どうにも信じられなくなるのだ。


 仮に不良だったとしても、記憶のない今は普通の女子高生なので、問題なく付き合っていけるような気さえしていたのよ。そのことを伝えたんだけど、加住くんは渋い顔のまま。


「……今はいないからな」


「え?」


 気になる一言が加住くんの口から漏れた。今はいない? どういうことなのか詳しく聞こうとしたところで、加住くんが苦しそうに呻きだした。


 慌てて加住くんに駆け寄ると、彼は全身を震わせていた。脂汗までかいている。何かとてつもなく恐ろしいことを思い出しているようだわ。


 私たちの様子がおかしいことに気付いた店員が数名、慌てた様子で駆け寄ってきて、解放してくれた。料理は不味いけど、サービスは行き届いているようね。


 症状が重いようなので、救急車を呼ぶことも提案したけど、加住くんは、しばらく休めば大丈夫の一点張りで、執拗に救急車を拒否していた。


 結局、加住くんに押し切られる形で、少し休んでも回復しないようなら、今度こそ救急車を呼ぶことを約束させて、店の奥で休ませてもらうことにした。


 店員さんに何度もお礼を言いつつ、加住くんの様子を見ていると、徐々に落ち着いていった。十分もする頃には、すっかり回復していたけど、大事を取って、この日はもう別れることになった。またぶり返されても困るので、話の続きをせがむことも出来なかった。


「とにかくだ。あの揚羽という女とは、もう関係を持つな。あんたが俺の知っている水無月と違う人間だということはよく分かったが、だからといって、安全ということにはならない」


 別れる瞬間までそのことを言い続けて、ふらついた足取りで、加住くんは去っていった。




「へえ~、なかなか興味深い少女だったんだな、あの子」


 牛尾さんに揚羽のことを話すと、すっかり興味を持ったようだ。


「牛尾さんは良いですよね。研究室で、のうのうと高みの見物が出来て、私はまたあの異世界に行かなきゃいけないかもしれないというのに」


 一見して、選択権があるように思えるが、揚羽は一人でも行くと言っている。しかし、彼女一人であそこに向かわせたら、またつるの餌食になって、記憶を盗られるのがオチではないか。だから、結局は私も行くことになってしまう。


「行ってみたら、どうだ?」


 私の深刻な顔を見て、牛尾さんが胸を張って、そうアドバイスをしてきた。どうでもいいが、胸を張った時に、豊満に実ったスイカが二つほどたゆんと揺れたのを見て、イラッとした。


「本心を言うとですね。揚羽には、記憶を戻してほしくないんです」


 学園に支配者として君臨していた揚羽に戻ってほしくない。彼女は不便で仕方ないみたいだが、今の気さくな性格の方が素敵だと思う。周りの人間も被害を受けなくて済むしね。


「なあに、その時は、上手くあの子を誘導して、記憶を戻さないようにすればいいだけだ」


 上手いことを言っているようで、すごく無責任な言い方だ。私と一緒に無数のつるに襲われたのを覚えているでしょうに。すぐにへばったのをもうお忘れですか! あれを躱しながら、そんな器用な真似をする自信はありませんよ。


「そんなことを言って、あの異世界の情報が欲しいだけじゃないですか?」


 牛尾さんがギクリとしたのを、私は見過ごさなかった。あの異世界はみんなが避けるから、なかなか情報が集まらず、悶々としているのを知っているんですからね。


「お、お前だって、揚羽については、気になっているんじゃないのか? ほら、加住って少年が言っていた、「今はいない」という言葉」


 それは否定しないわ。揚羽は記憶を失っているんだから、今は忘れているというところだろうに。今はいないなんて、まるでいつもは何かが揚羽の中にいるような言葉ではないか。


 何となく揚羽の部屋にあった家族写真の黒い何かを思い出してしまった。


 思わず身震いするのを我慢して、出された熱いコーヒーをのどに流し込んだ。


口では行くのを渋っていますが、結局例の異世界に行くことになります。ちょっとネタバレしました。

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