第七十九話 家族写真
第七十九話 家族写真
ある日、父の研究室にて、キメラに自分の体を盗られてしまった私。途方に暮れていたところに、月島さんと牛尾さんが運んできたのは、水無月という名前の物言わぬ死体。
お偉いさんから口止めされているみたいで、彼の詳しい話を聞くことはなかった(というか、月島さんたちも知らなかったみたいだけど)が、代わりとはいえ、生身の肉体が手に入ったことで、私は安堵していた。
その水無月という少年の過去が、少しだけ明らかになった。彼は自分の通う高校で、いじめを受けていたみたいで、行方不明扱いになっていたというのだ。彼の親友を名乗る加住くんからもたらされた情報に、私は内心でかなり動揺していた。
しかも、一番驚いたのは、水無月くんをいじめていた主犯格の存在だ。相手が記憶を失っているとはいえ、めっちゃ会っているし。というか、さっきまで、何も知らずにフレンドリーな会話までしていたし。
こういうの、危機一髪っていうのかしら。揚羽が記憶を失っていなかったら、不味かったってことよね。
加住くんは、私が冷や汗をかいているのには気付いていないみたいで、不味いハンバーガーを完食していた。
余計なトラブルはごめんね。水無月くんの過去も知ることが出来たし、気分はあまり良くないけど、この件からは、もう手を引いた方が良さそうだわ。
この後、加住くんから、何度も念を押されて、別れたの。
帰宅すると、月島さんはまだ帰ってきていなかった。もう夕食の時間だったが、ハンバーガーをたべたせいか、食欲がなく、そのままベッドで横になった。
横になると、両手をまじまじと見つめた。この体が、以前いじめを受けていたのか。でも、あまり実感が沸かないな。
そして、いじめていた主犯。それが揚羽だったなんて。
でも、そうなると、分からないのが、あの写真だわ。写真の中の二人は誰が見ても、カップル同士で、いじめっ子といじめられっ子のツーショットには、とても見えない。
矛盾した事実に、頭がこんがらがってくるが、この件には、もう頭を突っ込まないことにしましょう。全てが明らかになったところで、誰かが救われる訳でもないものね。
それからしばらくして、携帯電話が鳴っているのに気付いた。いつの間にか眠ってしまっていたようね。
「ん……?」
ディスプレイに表示されているのは、揚羽の名前。ということは、今電話をかけてきているのは、揚羽ということか。
ハンバーガーを食べながら、加住くんがしてくれた話を思い出す。揚羽は、いじめの主犯格。水無月くんを死に追いやった犯人かもしれない。
電話を手に取るかどうか、一瞬悩んでしまったが、結局取ることにした。
「もしもし……」
「あ、おはよう。ごめん、寝てた?」
電話に出るなり、朝の挨拶をされたので、時計を見ると、翌朝になっていた。
「今起きたところだから、気にしないでいいよ」
「そうなんだ。良かった!」
加住くんから、彼女が水無月くんを死に追いやったのを聞いているが、電話の向こうで話しかけてくる彼女は自分のやったことを忘れている。本当なら、恨まなければいけない相手なんだろうが、毒気の一切ない声を聞いていると、どうも白けてくるわね。
「ねえ、今日って、何か予定ある?」
「これから学校だけど、その後は暇だよ」
「それなら、私の家に来ない? 学校を休んでいるから、暇で死にそうなのよ」
記憶喪失の揚羽は、校内でどうして自分が孤立しているのか、分かっていない。
「ねえ、いいでしょ?」
揚羽が甘えた声を出して、すがるように訴えてきた。その声に押し切られる形で、放課後に訪問することを了承してしまった。揚羽は無邪気に喜んで、美味しいお菓子を用意しておくと言って、電話を切った。
自分の押しの弱さにため息をつきつつも、ふとあることに気付いた。そういえば、揚羽は学校の支配者なのよね。それなら、話しかけてくる仲間の一人や二人良そうなもの。そいつらはどうして話しかけてこないのかしら。
また頭がこんがらがってきそうだったので、思考を一時中断することにした。
とにかく、自分を殺した(かもしれない)相手の家にお呼ばれしてしまった。昨日、加住くんから、この町にはもう近付くなと警告を受けているというのに、翌日にはとんぼ返りだ。
急用が出来てしまったと言って、断ってしまおうかと思い悩みながらも、結局彼女の家に着いてしまった。
彼女の家は、思ったより大きかった。小夜ちゃんの家ほどではないが、富裕層の部類には入るだろう。私がチャイムを鳴らすと、満面の笑みの揚羽が嬉しそうに出迎えてくれた。いじめっ子の情報さえなければ、普通に美少女として認知していたことでしょうね。
「ちょっと待っててね。お茶を淹れてくるから」
私を自室に案内すると、キッチンに行ってしまった。
何気なく揚羽の部屋を見回す。年頃の女子の部屋という感じで、きれいに整頓されている。学園の支配者の部屋とは思えないくらい、普通の部屋だった。
不謹慎ながらも、血の付いたナイフとか、いじめの模様を克明に記した日記とかがないか、目で探してしまう。だが、何回見回しても、部屋の中は普通だった。
「お待たせ~!」
やがて揚羽が戻ってきたので、部屋をじろじろ見るのは、中止することにした。
そこからはお茶菓子をつつきながら、雑談交じりのテレビゲームを楽しんだ。暇を持て余しているというのは本当らしく、終始はしゃいでいた。
揚羽にいじめられていた水無月くんには悪いけど、彼女とは気が合った。いじめをしていたという情報がなければ、このまま親友になっていたかもしれないわ。
「へえ、あなたって、あの漫画のファンだったんだ」
「ああ。でも、どの本屋に行っても、置いていないんだよな」
「私、持っているよ。読む?」
ずっと読みたかった漫画を見られるチャンスに、反射的に首を縦に振った。揚羽は笑いながら、本棚に向かった。
本棚の中から、その漫画を取り出す時に、一枚の画用紙がひらりと私の前に零れ落ちてきた。拾い上げて見ていると、漫画を持ってきた揚羽が絵の解説をしてくれた。
「ああ、それはね。私が小学校の低学年の時に描いた絵よ。両親がその頃に離婚してね。お姉ちゃんとも離れ離れになって、その寂しさを紛らわせるために描いたんだ」
「そうなんだ」
何か重い話がいきなり始まってしまった。揚羽が明るい口調で話してくれたおかげで、この場の空気までは重くならずに済んだけど。
絵には家族と思われる四人の人間が幸せそうな顔で描かれていた。幼い子が描く絵としては、普通の部類に入るだろう。
これだけなら、気にすることもなく、絵を揚羽に返して、それでおしまいになるところだが、その絵には不自然なものが描かれていた。
揚羽本人と、そのお姉さんと思われる人物の間に、真っ黒い人型の何かが立っていたのだ。
「こいつは何?」
他の人物が色とりどりに描かれている中、そいつだけは真っ黒に塗りつぶされていた。
「……分かんない」
この絵を描いた揚羽本人も、困った顔で黙ってしまう。
ああ、そうか。揚羽は今記憶喪失だから、この絵を描いた時のことも忘れてしまっているのか。
私はもう一度、画用紙に目をやった。この黒いやつも家族……ということはないわね。じゃあ、一家に取りついている悪霊とか? 何かオカルトなことを想像してしまって、どんどん気になって来るわね。でも、記憶を戻したら、また学園の支配者に戻っちゃうし……。
「ということは、今は片親と二人暮らし?」
「うん、お父さんと一緒」
家族を描いた絵をじっと見つめながら、揚羽は答えた。ひょっとすると、私よりも気になっているのかもしれない。
しばらく画用紙を見た後、目を私の方に向けると、深刻そうな顔で語りだした。
「ねえ、お願いがあるんだけどさ」
「お願い? 何?」
そんな改まった顔をされると、緊張するわね。変なお願いじゃないと良いけど。
「あの変なつるが襲ってくる異世界に、私と一緒に行って欲しいの」
「あそこに!?」
自分が記憶を奪われた世界にまた行きたいとは、ずいぶん酔狂なことね。でも、何で私まで?
「昨日テレビで、あの世界で記憶を奪われた人は、自然に回復することはないって言っていたの。記憶を取り戻したければ、あのつるを操っているやつから、返してもらわないといけないって」
そんなことを知ったふうな顔で、話しているどこぞの大学のお偉いさんがいたな。記憶学か何かの世界的権威とか紹介されていたけど、胡散臭いおじさんだったわね。そいつの話を真に受けちゃったのね。
「でも、一人で行くのは怖いけど、俺に来てほしいと?」
揚羽は真剣な顔でこくりと頷いた。暇だというのは本当でも、私をここに呼んだのは、これが目的で間違いなさそうね。
さて、どうしたものかしら。
最近「この漫画がすごい」で紹介されていた漫画を読んでいますが、どれも面白いです。自分もこれくらい面白い作品を描きたい!!




