第七十八話 問題児 水無月?
第七十八話 問題児 水無月?
キメラに体を盗られてしまった私に、仮初めの体を提供してくれている水無月くんの過去を知ろうと、彼の過去に関わっているとみられる少女の通う高校を訪れていた。
牛尾さんからは、彼女の家の住所も教えてもらっていたのだが、いきなり行くのは気が引けたので、まずは高校の前で下校してくる彼女を捕まえることにした。
万が一、彼女に忘れられていたら、私は不審者になるのだろうか。覚えられていても、ストーカーって叫ばれたら、どうしよう。そんなことを考えながら、校門の前で缶コーヒーを飲みながら待機していたわ。
もうこの日の授業は終わったのか、エネルギーがやたら有り余っている顔で、何人もの生徒が私の横を通り過ぎていく。この時間に帰れるということは、帰宅なんだろうかと、変なことを邪推してしまう。
どこの学校でも、おなじみの光景だが、一つ気になったことがあった。私の横を通り過ぎる生徒の何人かが、私の顔を見るなり、顔色を悪くして、そそくさと走り去っていくのだ。
生徒の何人かが、すれ違いざまに、「水無月?」と呟いているのも聞こえてきた。水無月くんのことを少なからず知っているのは間違いないわね。彼って、それなりに有名人だったのかしら。
でも、どうして彼らは私を避けるの? みんなに悪いことでもしていたの? どうなの、水無月くん。
私を避けている人たちに話しかけようと近づいても、みんな無視して通り過ぎて行ってしまう。私の話に耳を傾けてくれない。そして、しばらく離れたところで、私を幽霊でも見るような眼差しで見ているのだ。周囲からも、ひそひそ話が聞こえてくる。この仕打ちは何なのかしら。
理不尽な仕打ちに徐々に腹が立ってくると、校門の前のガードレールに腰かけている、私と同じくみんなに避けられている少女を見つけた。
「君も避けられているみたいだね」
避けられている者同士、変な愛着を感じてしまったのか、私は彼女にフランクな感じで話しかけていた。
「あ、あなた。異世界で会った……」
幸い、少女は私を避けることはなかった。そればかりか、笑顔を向けてくれた。彼女も差別的な扱いにムカついていたようね。
先日、人の記憶を吸い取る異世界で会って以来だわ。彼女に会うことこそ、私がここに来た目的でもあった。前回会った時は記憶喪失にかかっていたみたいで、詳しく話を聞けなかったけど、もう記憶は戻ってくれているかしら。
淡い期待を込めて話しかけたが、残念なことに彼女の記憶はまだ戻っていなかった。あのつるに記憶を盗られた人は、記憶喪失のままだという牛尾さんの言葉が脳裏をよぎった。
とりあえず立ち話も何なので、近くのファーストフード店に入って、話し込むことにしたわ。安さだけが取り柄の不味いハンバーガーを二人分注文して、席に着いたの。
「記憶喪失というのも不便ね。誰が友人なのかも分からないから、学校にいても、全然楽しくないわ」
記憶が戻るまで、学校を休むことを提案してみたのだが、親が休ませてくれないと愚痴られてしまった。
「ねえ、あなた。本当に私のことを知らないの?」
「この間言った通り、君のことは何も知らないんだ。力になれなくて、悪いね」
ここまで足を運んだのは徒労に終わることを実感しつつ、コーヒーを飲んだ。
「でも、この写真では、かなり仲良さそうに映っているわよね。これ、どう見ても、カップルよね?」
私と彼女が仲睦まじく映っている写真を見せられたが、苦笑いするしかなかった。仮に二人がカップルだったとしても、私には一切関係がないのよね。
私は彼女のことについては何も知らないことと、たまたま自分にそっくりな人物が映っていたので、気になっただけのことだともう一度説明した。聞きようによっては、ナンパしているにも聞こえるが、怪しまれることはなかった。
「あなたも記憶喪失ということはないわよね」
ついには、私まで記憶喪失の疑いをかけられたけど、そういう訳じゃないのよね。ただこの体の持ち主のことを知らされていないだけなのよ。記憶の代わりに、体は失っているけどね。
「それにしても、みんなに避けられて嫌になっちゃうわ。記憶を失う前の私が何をしたか聞こうにも、誰も目を合わせてくれないのよ」
それは私も同じだった。おそらく水無月くんが何かをやらかしたのは間違いないが、それが分からないのだ。
「ちなみにどこまで覚えていないんだ? 自分の名前や家くらいは分かるだろ?」
「うん、それくらいなら……。あ、そういえば、しっかりと自己紹介をしていなかったね。私の名前は、早坂揚羽っていうの。よろしくね」
今後も彼女と付き合いがあるかどうかは不明だが、一応よろしくと返しておいた。
その後、揚羽と取り留めもない話をしたが、あまり盛り上がることもなく別れることになった。記憶が戻ったら、教えてもらえるように、連絡先を彼女に伝えておいた。会って間もない人間に連絡先を教えるのは、不用心な気もしたが、これくらいは大丈夫でしょ。揚羽が何をして、みんなに避けられているのかは知らないが、話した感じでは、そんなに悪いやつではなさそうだし。
だが、その考えが間違いだと知ったのは、揚羽と別れた直後のことだった。
揚羽と手を振って別れて、彼女の姿が見えなくなると、ため息をついてしまった。
無駄足を踏んでしまったと思いつつ、帰路に着こうとしていると、誰かに肩を掴まれた。最初は因縁を付けられたのかと思ったが、どうも違うみたいね。
「水無月! お前、水無月だろ!」
私の肩を掴みながら、懐かしそうに話しかけてくる。振り返って見てみると、見覚えのない男子高生が、私を見て笑っていた。
「良かった! お前、生きていたんだな。心配していたんだぞ」
「……え?」
ちょっと。生きていたって、穏やかな話じゃないわね。でも、この人、水無月くんのことを知っているみたいね。試しに話を聞いてみようかしら。
とりあえず水無月くんのそっくりさんを騙って、話を聞くことにした。
「お前……。水無月じゃないのか……」
私が否定すると、男は露骨に肩を落とした。何となく悪いことをした気になってしまうけど、実際に水無月くんは死んでいるのだし、あなたのご希望に沿うことは出来ないのよ。悪く思わないでね。
なるべく気さくな人間を装って、たった今出てきたばかりの店に、彼を連れて再入店。人違いと知って、話を渋る彼に、不味いハンバーガーとコーラをおごって、ソフト且つしつこくインタビューを開始。
「俺は加住っていうんだ。さっきは肩を掴んでごめんな」
「俺は黒田っていうんだ。肩を掴んだのは気にしなくていいよ。でも、話は聞かせてほしいな」
黒田というのは、もちろん偽名。本名の百木真白を名乗れば、怪しまれちゃうし、水無月と名乗る訳にもいかないから、苦渋の選択というやつよ。騙すつもりはないの。ごめんね、加住くん。
「実は俺の親友の水無月ってやつにそっくりで、つい話しかけてしまったんだ」
「さっき生きていて良かったって言っていたよな。ひょっとして、不慮の事故か何かに遭ったのか? 差し支えなければ、教えてくれないか?」
店にまで連れ込んで、差し支えないも何もないだろう。自分の厚かましさを実感しながらも、平静を装って質問した。加住くんはしばらく難しい顔をして黙り込んでいたけど、やがて意を決したように教えてくれたわ。
「……俺の通う学校を仕切っているやつに睨まれてな。行方不明になっているんだ」
「……そうなんだ」
いきなりとんでもない話がきてしまった。水無月くんに危害を加えた、学校の支配者とやらはやばい人物なのだろうな。そいつのせいで、水無月くんは命を落として、私に体を提供することになった……。水無月くんのかわいそうな人生がだんだん顔を見せてきたわね。
「悪いな。他人にするような話じゃない。あんたも気分を害しただろ。話しておいて何だが、この話はさっさと忘れてくれ」
私が無理を言って話させたのに、申し訳なさそうに頭を下げてきた。慌てて頭を上げるように言いつつも、加住くんに好感を持ち始めていた。
「あと、ここにはもう来ないほうが良い。水無月をいじめていたやつがあんたを見たら、勘違いして絡んでこないとも限らないからな。危険な目に遭う前に退散することだ」
確かにその方が良さそうね。下手したら、人殺しですもの。そんなやつに絡まれるのはごめんだわ。
加住くんのアドバイスを、素直に受け入れ、この町を早々に離れることを約束した。念のために、水無月くんに危害を加えたという、学校の支配者の特徴を聞いておくことにした。そうすれば、すれ違うことがあっても、先手を打てるものね。
「見た目は普通の女子高生なんだけどな。正確が腐っているっていうかな。髪はセミロングで、やたらアクセサリーのついたバッグをいつも持ち歩いているから、歩くたびにジャラジャラうるさいんだ。名前は早坂揚羽っていって……」
そこまで聞いて、心臓が止まりそうになった。加住くんはまだ話し続けていたが、既に本人と会っていることを伝えるのは、どうも気まずいわね。
人間、忘れていた方が良いこともたくさんあります。




