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第七十七話 記憶を食われる世界

第七十七話 記憶を食われる世界


 異世界の一つに、突如発生した花から生み出された異世界にログインして、探索している時に、偶然つるに襲われていた少女を助けた。


 少女は気を失っていたが、襲われた際に荷物をばら撒いてしまっていたので、せめて拾ってやろうと手を伸ばすと、一枚の写真に目が留まった。


 そこには、少女と一緒に仲睦まじく写る水無月の姿があった。


 現実世界で、月島水無月として活動している私だが、実際のところは、キメラに元の体を奪われて、途方に暮れていたところを物言わぬ死体になっていた水無月くんの体を使わせてもらっている訳だ。


 牛尾さんたちからは、お偉いさんから回されてきたとしか聞かされていない。詳細は何も知らないのだ。


 見たところ、この子は水無月くんの知り合いよね。これは今まで謎だった水無月くんの過去を知る絶好のチャンスかもしれないわね。


 キメラを探す上では、あまり関係のないことかもしれないけど、やはり仮初めの体なのだ。詳しく把握しておきたいじゃないの。


 しばらく起きるのを待つことにしたかったが、少女はなかなか起きない。体をゆすってみても、結果は同じ。


 そうしている間も、つるは私たちに襲いかかってきていて、しらみつぶしに叩き落としていた。でも、だんだん落とす作業も面倒になってきたわね。


 少女が付けているライフピアスは二つ。この世界のライフピアスだったら、外しても大丈夫よね。現実世界にログアウトして、どこにいったか分からなくなるとかないわよね。


 自分に言い聞かせるように、少女の耳からライフピアスを一つ外した。この世界から、少女が強制ログアウトさせられたのを確認して、私も巨大花の世界に戻った。


 巨大花の世界に戻ると、相変わらず花は新しい異世界を生み出し続け、地面にはライフピアスの雨が降り注いでいた。どこに連れて行かれるか分からないのに、ライフピアスを拾って、どこかの異世界にログインするものが後を絶たない。みんな、結構無謀ね。私が言うのも、何だけど。


「よお! つるが頭に巻きつくのはどんな気分だ?」


 先にこの世界に戻っていた牛尾さんが声をかけてきた。体力はすっかり回復していたらしい。あんなに息を切らしていたのが、嘘のようだ。底を尽きるのも早いけど、回復も早いということかしら。


「自分からログアウトしてきました。つるが巻かれたことを前提で会話をしないでください」


 縁起でもない言葉を、とりあえず否定する。


 巨大花の周りには、さっきの異世界からログアウトされてきた連中が、大勢倒れていた。ログインしていくやつも多い仲、ログアウトさせられてくるやつも多かった。それが野次馬の好奇心を一層刺激するらしい。どんな危険が待ち受けているかも分からないくせに、嬉々とした表情で、別の異世界に旅立っている。ご苦労様と皮肉りながらも、ログアウトしてきた連中の中から、さっきの少女を見つけると、側に駆け寄った。


「む! そいつは、私がログアウトする直前に助けた少女ではないか」


 少女に目をやった牛尾さんが、自分が助けたとか、恩着せがましいことを言っている。私に後の処理を押し付けて、さっさとログアウトしていったくせに……。まあ、いいわ。牛尾さんのことは無視、無視。


 意識を失ったままの少女の体を揺さぶったり、叩いたりしてみたが、やはり目覚めない。こうなったら、持久戦よ。つるが襲ってくることもないし、巨大花があることを除けば、この世界は安全だしね。


「起きるまで待つつもりか?」


「はい。この子に聞きたいことがあるんです」


 不謹慎とは思いつつも、少女のバッグの中から、先ほどの写真を取り出して、牛尾さんに見せた。写真を見るなり、牛尾さんは驚嘆の表情になって、驚いていた。


「これ、お前か? いつの間に、こんないたいけな少女をたらしこんでいたんだよ」


「違いますよ。写っているのは、生前の水無月くんです。私じゃありません」


 思わぬところで、女たらし呼ばわりされてしまい、気分を害しながらも、突っ込んだ。


「知り合いじゃないのなら、どうして話そうとしているんだ? お前には関係がないだろうに」


「体を使っている人間のことを詳しく知っておきたいんです。月島さんや牛尾さんに聞いても、教えてくれないから気になっていたんですよ」


 皮肉も込めて言ってやったが、牛尾さんは全く気に留めていないようだった。それどころか、この眠れる少女に対して、興味津々なようにも見える。もしかしたら、牛尾さんも詳しいことは聞かされていないのかもしれない。


「ふ~ん。この写真を見る限り、二人は恋人同士だな。どうする? 目覚めた途端に、抱きつかれて来たら。お前、その姿で、部活の後輩を食っているそうじゃないか」


「誤解です。向こうから勝手に言い寄って来ただけで、食うつもりは一切ございません」


 私にレズの気は一切ないわ。さっきから黙って聞いていれば、心外なことばかりじゃない。いくら牛尾さんでも、いい加減怒るわよ。


 だんだん腹が立ってくるのを自覚していると、少女がかすかにうなった。目を覚ましたようね。


「おっ! 起きたみたいだぞ。目を開いた」


 言われなくても、見れば分かります。……さて、問題はここからね。私は彼女のことを知らない訳だし、どう話しかけたものかしら。


「え~と……、久しぶり?」


 少女にとっては、久々の再会の筈なので、ぎこちないながらも笑顔で語りかけた。てっきり、涙ながらに、「今までどこに行っていたのよ」とか言われると思っていたが、予想に反して、少女は顔をしかめた。


「……誰?」


「……え?」


 いや、誰って……。それは、こっちが教えてほしいことなんだけど。


 全く予想外の言葉が飛んできたので、どう返せばいいのか分からず、固まってしまう。呆気にとられる私の周りで、つるが頭に巻きついて、強制的にログアウトさせられた人たちが一斉に目覚めだした。そして、彼らの口からは、異口同音の台詞が吐かれたのだった。


 ここはどこ? 私は誰?


「おいおい。何か妙なことになっているぞ」


 牛尾さんを始めとして、周りの人たちも、異常事態に気付いたようで、どよめきが生じている。


「ねえ、私は誰なの? あなた、知らない?」


 少女にもう一度聞かれた。彼女が誰なのか聞いてきたのは、記憶喪失にかかっていたからなの? ちょっと待ってよ……。


 水無月くんのことを聞くことしか、頭になかった私は、困ってしまった。




 夕方のニュースで、異世界で起きた連続記憶喪失事件について、レポーターがカメラに向かって熱弁していた。


 テレビ画面には、記憶を失ったプレイヤーがインタビューを受ける映像が流されていた。何か見世物にされているようで、見ていて、気分の良いものではなかった。


『以上、異世界に迷い込んでしまった人たちへのインタビューでした』


 アナウンサーが機械的な声で、インタビューを締めくくっていた。次のニュースに移ったのを確認して、私はテレビの電源を切った。


「記憶喪失になったやつは、つるが頭に巻きついて強制ログアウトさせられたやつに限るようだな」


「ということは、あそこでつるに巻きつかれていたら、私も記憶喪失になっていたということですか?」


「そうなるな。知識を吸い取られるなんて、あのつるもえぐいことをする」


 プレイヤーが頭につるを撒かれている姿を想像して、思わずゾクリとしてしまった。あの中で、つるが記憶を吸い取っていたのか。


「記憶喪失というのは一時的なものなんですかね?」


「異世界で起こったことだからな。詳しいことはこれから調べていくが、記憶が戻ったやつは今のところ、出ていないな。被害者の脳から、本当に記憶を吸い取っているようだ」


 だんだん話がグロい方向に進んで来たわね。徐々に吐き気も催してきたわ。限界を突破する前に、ストップをかけた方がいいかしら。


「怖いですね」


「怖いな」


「記憶を吸い取られたということは、つるの本体を叩けば、記憶が戻ったりするんでしょうかね?」


「まるでゲームの話だな。いや、実際にゲームの話なんだが。だが、そんなことはないと思うぞ。本体を倒して、記憶が戻るところを想像できない」


「ということは、あの子も記憶を失ったままか……」


 せっかく水無月くんの過去を知るチャンスだと思ったのに、残念だわ。ちなみに、例の子は、あの後、他の人と一緒に病院に運ばれていった。


「あの子だけどな。身元が分かっているから、会いに行ってみるか? あの子の記憶が戻っていなくても、周辺を洗っていけば、水無月の過去が芋づる式に判明するかもしれんぞ」


 私の残念がる様子を見て、牛尾さんが情報提供をしてきてくれた。


「それって、情報流用ってやつですよね。いいんですか?」


「一人くらい黙っていれば、分からないだろ。それで、お前はどうするんだ?」


 牛尾さんから聞かれたが、そんなこと、答えは一つに決まっているじゃない!


「是非、教えてください」


 乗りかかった船だ。こうなったら、とことん調べ上げてやる。気分は名探偵で、水無月くんの過去を暴くことに熱を上げてしまっていたのでした。


正月休みが終わって、世の中がだんだんと動き出しているのを感じます。のんびりしてて良かったんですけどね。

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