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第七十三話 機嫌の悪いやつ限定、細切れ刃

第七十三話 機嫌の悪いやつ限定、細切れ刃


 異世界産の化け物を倒すためとはいえ、ミサイルまで使用した月島さん。ミサイルの発射すら自由に出来る、彼の裏の人脈の広さに、改めて畏怖を覚えた。


 しかし、それ以上に畏怖を覚えたのは、ミサイルを食らっても、尚立ち上がるグラコスの驚異的な生命力に対してだった。


「何で……? 何で平気なの? あいつ……」


 ここまでくると、不死身じゃないかと思いたくなる。元々がゲームの攻略対象である以上、そんなことはないのだが、それならどうすれば倒せるのだと思ってしまう。


 私の恐怖などどこ吹く風で、ミサイルまでその身に受けたというのに、ぴんぴんしている。というか、無傷って……。


 さすがにどこかは怪我しているでしょうと、目を凝らして見てみるも、変化は見られなかった……。いや……、さっきより爪が異常に発達している。でも、爪の発達なんて、怪我の内には入らないし。というか、ミサイルを受けて、傷を受ける代わりに、体の一部分が発達するって、どういうことよ?


 一つの爪はグラコスの頭一個分の大きさだった。それが十個……。圧巻といえばいいのか、おぞましいといえばいいのか。


 だが、グラコス自身も、突如進化した自身の爪に、驚きを隠せないように見えた。その爪の力を試すかのように、右手を振り回すと、信じられないことに空間が切れた。これにはグラコスを含めた、その場にいた全員が目を疑った。


 だが、紛れもない事実。グラコスが爪で空間を引き裂いているのだ。そうか! あの爪は空間を切り裂く能力を持っているのね。それで、切り裂いた先に広がる世界に逃げて、ミサイルの衝撃から逃れた訳か。面倒な能力を隠し持っているわね。それとも、追い詰められたことで、発動したのかしら。


 爪で裂かれた先に広がっていたのは……、言わずもがな、異世界!


「空間を切り裂くとか、ありえねえ。マジで漫画の世界だな」


「でも、チャンスじゃないか? なあ、真白ちゃん」


 喜熨斗さんは呆れかえっていたが、月島さんは私の方を見て、ニヤリとした。もちろん、私もニヤリを返した。


 本当なら、ミサイルすら効かない敵に、ひたすら震撼するところの筈なのに、ニヤニヤが止まらない。


 だって、そうでしょ。ようやく私のターンが訪れたんだから。次の瞬間、私は駆け出していた。


 私たちへの怒りもどこへやら、グラコスは望郷の念から、裂かれた空間に手を伸ばしていた。化け物でも、やはり自分の世界が一番のようね。でも、ごめんなさい。先にその世界に足を踏み入れるのは、この私よ!


「お先っ!」


 グラコスの頭を踏みつけて、裂かれた空間に飛び込んだ。後ろでグラコスが怒声を上げているが、構うものですか!


 人間一人分空いた裂け目に、勢いよく飛び込んだ。




 異世界に飛び込むと、私はどの異世界なのかをまず確認した。辺りを見回すと、向こうで中世風の服を着た農民が数人、私のことを興味深そうに見ていた。あの服装は……、見覚えがあるわ。


 この異世界は……、小夜ちゃんのお兄さんが勇者をしている世界のようね。全然知らない世界に来るよりは良かったかしら。偶然とはいえ、自分の故郷を引き当てるなんて、化け物なりに運が良いじゃない。


 自分の体を確認してみると、百木真白の体に変わっていた。ピアスの力でログインした訳ではないが、黄色のピアスの力を使った時と同じ変化が生じていたのだ。空間の裂け目に飛び込んだだけなのに、面白いこともあるものね。


 感慨に耽っていると、背後から抱きつかれた。これが恋人だったら、嬉しいところだけど、そうじゃない。グラコスだった。やつは私に対して、恨みがましく唸っている。


「ああ、そっか。さっきあんたの頭を蹴ったから、怒っているのね」


 ほんの数秒前までだったら、今のでお陀仏だったわね。でも、異世界に来たからには、もう大丈夫。黄色のピアスが物理ダメージを無効にしてくれるから。本当なら、熱くて仕方がない筈の、こいつの異常体温も、もうへっちゃら。


「……!?」


 現実世界で、散々人を溶かしてきたグラコスは、自分が抱きついても溶けない私に、明らかに戸惑っていた。


 いや、グラコスが戸惑っている理由は他にもあるだろう。さっきまで自分から逃げ惑っていた私が、急に強気な態度に改まっているのだから。恐らく私に対して、薄気味悪いものを覚えているに違いない。


 だが、そんな自分を鼓舞するように、グラコスは奇声を上げて、絶叫した。こっちからすれば、無理しているようで、何か可哀想に思えてくるけど。


 でも、こいつが危険なことに変わりはない。悪いけど、そろそろ決めさせてもらうわよ。


「形勢逆転ね。あんたに恨みはないけど、これからまた別の世界に行ってもらうわ」


 しかも、その世界からは、あなたの自慢の爪を使っても、戻ってくることは出来ない。


 私の同情も交じった顔を見て、馬鹿にされていると判断したグラコスが、私への恐怖を振り払い、怒りのボルテージを上げていく。


「現実世界で、あんたに追われている間、ずっとこの能力のことを考えていたのよ。これをあんたに使えたら、どれほど楽かってね。やっと……、使えるわ」


 まさにこいつにぴったりの特殊能力があったのだ。


「『裁断ネット』!」


 私とグラコスを囲むように、白く光るネットが出現した。それが意志を持ったかのように、間隔を狭めてくる。


「私の言葉が理解できているか分からないけど、この能力について説明してあげる。これは『裁断ネット』といって、こっちの感情が昂ぶっているのに比例して、切れ味を増していく魔法の網なの。落ち着き払っていると、ノーダメージで素通りするだけだけど、あんたみたいに怒り狂っていると、何でも切り裂く鋭利な刃物になるって訳。切り刻まれたくなかったら、早急に深呼吸でもして、落ち着くのね。……って、化け物のあんたには、やっぱり通じていないみたいね」


 せっかく忠告してあげているというのに、グラコスは唸り声を上げるだけだった。


 「俺をそんな目で見るんじゃねえ」とでも、言っているような、怒りに支配された目で、グラコスは最後に吠えた。そして、刃の網によって、細切れにされた。


 切られた後のグラコスの肉体は、無数のサイコロのようだった。さすがのこいつも、ここまで綺麗に細切れにされたら、もう生きていることはなかった。


「短気は損気ってね。ジエンドよ、あんた!」


 指を突き付けて、上から目線で勝利宣言。物言わぬ死体となったグラコスは、無言のままで消滅していった。


「うん! やっぱり頼りになるのは、特殊能力ね」


 ようやく脅威から解放された私は、一息ついた後、現実世界へと戻ることにした。


 その後、私たちは廃ビルに侵入して、危険なことをしていたということで各々の親から、ひどく叱られることになった。そんな中でも、小桜はグラコスを撮影した映像を保管しておいて、投稿したらしい。見上げた根性だが、結局賞金は貰えずじまいだった。「せっかく命をかけたのに!」と、しばらく愚痴をこぼしていたのが笑えた。




 私がグラコスを倒してから、数時間後、ここはキメラが拠点にしている世界。とある男が、キメラ一派がたむろしているビルに、不機嫌な顔で戻ってきていた。


「あれ~? どうしたのさ、キノッピ。いつもの数倍はご機嫌斜めじゃん」


 ロビーで携帯ゲームに興じていた御楽が、男の様子をからかい気味に突っ込んだ。男はそれに返答することなく、代わりに蹴りで反応した。「ぶっ!?」という声を上げて、御楽は後ろに吹き飛んだ。御楽の嫌いな私にとっては、良い気味だ。


「てめえの尻拭いをしてきてやったんだよ。このボケが!! あと、人のことを変なあだ名で呼ぶんじゃねえ!!」


 尻拭いというのは、グラコスのことを言っているのだろう。信じられないことに、御楽は異世界から化け物を連れ出しておいて、そのまま放置したのだ。おかげで、私たちは殺されかける羽目になってしまったのだ。


「そ、そんな怒ることないだろ……」


 蹴られた顔を覆いながらも、言い返す御楽に、もう一回蹴ってやろうかと、足を上げたのは、現実世界で私の窮地を救ってくれた喜熨斗さんだった。


「そんなに怒るなよ。グラコスみたいに切り刻まれるぞ」


「……キメラか」


 キメラの姿を確認すると、喜熨斗さんは睨むような目で見つめた。


 何を隠そう、喜熨斗さんも、キメラ一派の一人なのでした。ただし、私がその事実を知るのは、これから少し後のことだった。


元旦はのんびりできるので、好きです。

今年こそは、新人賞で一時通過を果たすべく、執筆に励んでいきますので、去年に続いて、よろしくお願いします!!

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