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第六十九話 廃ビル炎上

第六十九話 廃ビル炎上


 金のなる動画を撮ろうと、廃ビルに突撃した私たち。お目当てにして、世間を騒がせている、生きた都市伝説、グラコスの姿を映像に収めて帰ろうとしたところ、事件が勃発してしまった。


 私たちとは別に来ていたグループが、悪ふざけが過ぎて、グラコスの逆鱗に触れてしまったのだ。それなら、そいつらだけ狙えばいいのに、どこで間違ったのか、私たちも狙いだしたのだ。


 幸い、グラコスから距離を取っていたおかげで、まだ見つかってはいないが、遭遇すれば、瞬殺されてしまうだろう。


「何で!? 何で私たちが狙われるのよ。テケテケのことを馬鹿にしていないのに。黙って撮影会を催しただけなのに!」


 それが癪に障ったのではないかという気もしないではないが、緊急事態なのは明らかだ。あいつに見つかる前に、早急に手を考えなければ。


 何か使えるものがないかと、辺りを見回していると、ちょうど窓の外に空き缶が一つ転がっているのが見えたので、財布から円玉を取り出すと、それに向かって投げた。


 自慢ではないが、昔は男の子に交じって、草野球でピッチャーをしていた時もあるのだ。コントロールには自信がある。十円玉は見事に空き缶に命中し、カーンという音を立てた。


 それと同時に、空き缶は蒸発してしまった……。音に反応したグラコスが、空き缶に突っ込んだのだ。


「一瞬で消えちゃいましたね……」


 空き缶の凄惨な末路を見てしまい、小夜ちゃんを始め、その場の全員が絶句してしまった。


 もし、さっき萌が空き缶を蹴ってしまった時や、別のグループから空き缶を放られた時に、グラコスが今の状態だったら、私たちが蒸発していた訳だ。


 運が良かったと思う反面、自分たちが置かれている状況の危険性を再確認して、背筋が凍る思いをした。


「こ、これからどうします?」


「どうするって、逃げるだけじゃない」


 逃げるか……。分かるわ。一刻も早く、安全事態に行きたいものね。でも、私は反対。迂闊に動くのは逆効果よ。


「俺は反対だ。あいつは音に敏感に反応する。下手に移動して、足音を立てるのは危険だ。このままここで待機して、あいつがどこかに行くのを待つべきだ」


 それに、月島さんに救助を依頼しているのだ。褒められたものじゃないが、隠れて助けられるのを待つのが、もっとも賢明な策だ。


 萌や小夜ちゃんは、しつこく早く逃げたいと主張したが、二人とも、ドジッ娘属性があるからなあ。逃走中に何かやらかしそうで怖い。


「そうは言うけど、走れるの?」


「し、失礼な。走るくらい……」


「本当は腰が抜けているんじゃないの?」


 萌と小夜ちゃんは黙ってうつむいてしまった。とても逃げられる状態じゃなかったのだ。結局、辛抱強く説得して、しばらく待機することにした。


 運よく、隠れるところだけは豊富にあったので、大きめのロッカーの中に隠れた。五人一緒だったので、暑苦しかったが、別々に隠れるよりはマシだろう。


 しばらくして、隠れたのが正解だったというのが分かってきた。グラコスは血眼になって、私たちを探しているらしく、廃ビルにあちこちから這う音と、叫び声が途切れなく聞こえてきたのだ。


 時折、グラコスが近くを這って行く音がする度に、萌や小夜ちゃんが怖がって、私に抱きついてきた。怖がるのも無理はない。なかなか私たちが見つからないのに業を煮やして、不気味なうめき声を上げながら移動しているのだ。それが時間を追うごとに、だんだん激しくなっている。


 このかくれんぼには、命がかかっていた。いつもならふざけて、自分から見つかろうとする萌ですら、物音ひとつ立てずに隠れることに神経を集中していた。


 それからグラコスと私たちの間で、睨み合いが続いたが、向こうは全然廃ビルから出ていこうとしない。ひょっとして、私たちを殺すまで、移動しないつもりなんじゃないのかしら。


 硬直事態がさらに続く中、萌がボソリと呟いた。


「ねえ、暑くないですか?」


 言われてみれば、暑い。


 いや、ロッカー内に五人で密集しているのだ。暑苦しいのは入った時から感じていたが、温度の上がり方が早い気がする。


 見回すと、私を含めた五人全員が、汗を滴らせていた。


「ちょっとロッカーを開けてみようやないか」


 蒸し暑さに耐えられなくなった瑠花が、ロッカーの外に出ようと言い出した。グラコスに見つかると反対したのだが、瑠花の我慢は限界に達していたらしく、制止を振り切って開けてしまった。


 グラコスが近くにいないか、思わず身を乗り出して確認してしまったが、目に入ってきたのは、別の脅威だった。


 ロッカーに入る前にはなかった。火の手が、私たちを囲んでいた。


「これって……、火事?」


 グラコスがあちこち這いずり回る中で、廃ビル内に残された可燃物に引火してしまったらしい。私たちが気付いた時には、視認できるほどに、火の勢いが強まっていた。


 全員が互いの顔を見合わせた。


 このまま、ここに隠れていたら、火事で焼け死んでしまう。それが嫌なら、表に出るしかない。


 示し合わせたように、ロッカーから飛び出した。グラコスめ。私を見つけられないからといって、炙り出す気だ。


「ビルが全焼する前に、避難せんと!」


「でも、そうすると、見つかっちゃいます」


「し、慎重に出れば、大丈夫よ。物音さえ立てなければ、私たちの現在地は、あいつにはばれないって。それとも、ここで焼け死にたいの?」


「う……、それも嫌です」


 小桜が私たちを励ましてきたが、どうも嫌な予感を拭えない。グラコスが火事を発生させた理由は、他にもあるような気がしてならないのだ。


 だが、不安だといって、動かない選択肢は取れない。急ぎつつも、音をたてないようにして、出口に向かって歩き出した。


 グラコスはいつの間にか建物の外に出ていた。あそこで私たちが出てくるのを待ち伏せているのだろうか。


 何ていやらしい作戦を思いつくのだと、歯ぎしりしていると、グラコスが四つん這いでの前進を再開した。


 また私たちを探すつもりなのかと思っていると、迷いなくこっちに向かってきているではないか。まるで私たちの現在地を見抜いたかのような動きだ。


 どうして? あいつには見られていない筈だし、音も立てていないのよ。見つかる訳がないのに!


 理解不能な状況に動揺してしまった時、私の額を汗が伝っていった。


 その時、私の頭の中で閃くものがあった。


 ……これだ。グラコスのもう一つの狙いは、私たちに汗をかかせることだったのだ。汗の匂いをたどることで、私たちの現在地を割り出しているのだ。


 平常時には、五感が全く機能していないくせに、一度キレると、犬並みの嗅覚も併せ持つなんて。


「も、もしかしなくても、み、見つかってますよね」


「そ、そんなこと知っているわよ。早く逃げないと!」


 誰からともなく、一斉に逃げ出す私たち。


 だが、グラコスの方が圧倒的に速い。普通に逃げても、あっという間に追いつかれるのは必至だ。


 良い策はないかと頭をフル回転させるが、混乱した頭では、空回りするばかりで、ろくな作戦が思いつかなかった。


「みんな! 私が囮になるから、その隙に逃げて!」


 突然、小桜が叫んだ。部長の英断に、みんなの視線が集中する。


 だが、小桜の腕前を知っている私と瑠花は、不安しか感じない。思いとどまらせようとするが、聞く耳持たずに、小桜は私たちと反対側に走り出してしまった。


「すごい! 小桜先輩、何か秘策があるんじゃないですか?」


 萌は、小桜の勇気ある行動を称賛しているが、私は気付いていた。これは、単に気が動転しているだけだ。策がある訳じゃない。これじゃ、ただ殺してくれと叫んでいるだけじゃないか。


 小桜の自殺を見てみぬ振りする訳にはいかないので、萌と小夜ちゃんを瑠花に任せて、小桜の後を追った。


仕事が急に入ってしまい、こんな時間の投稿になってしまいました。次回は、いつも通り17時に投稿する予定です。

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