第六十五話 避難所生活
第六十五話 避難所生活
御楽の口車に乗って、現実世界に連れてこられてしまったティアラだったが、お兄さんの力により生み出されたライフピアスを身に付けることで、無事に異世界へと戻っていくことが出来た。
ティアラが戻るのを見届けた私と瑠花も帰ることにしたのだが、ちょうど月島さんがやってきたので、愛車で送ってもらうことになった。歩いて帰る手間が省けて、ラッキーだわ。しかも、フライドチキンまで奢ってくれたの。私も瑠花もダイエットはしていなかったから、喜んで揚げたての肉にかぶりついたわ。
「それで愛する二人は、再び夢の世界に旅立ったと」
瑠花を家に送り届けた後、月島さんにも、お兄さんたちのことを話したんだけど、本人はあまり興味なさそうで車の運転に集中していた。
「でも、お兄さんには、定期的に戻るように釘を刺していますよ」
「さすが真白ちゃん。しっかりしているね」
「ええ。これで小夜ちゃんも元気出してくれますよ」
「良かったね……」
月島さんは素っ気なく頷いていると、車は赤信号に捕まった。チャンスとばかりに、月島さんは残りのフライドチキンを食べ終えた。
「どうしたの? 俺の顔なんか眺めて」
「別に」
瑠花によれば、月島さんはなかなかストライクらしい。いつも接している私は、穴が開くまで、じっと横顔を見つめても、月島さんにキュンとすることはない。
「小夜ちゃんとお兄さんの話を聞いていて思い出したよ。そいつらには、端正な顔の兄がいる。牛尾の話では、何回か会っているらしいけど、今後一切関係を持つな。間違いなく、ろくな結果にならない」
恐らくイケメンさんのことを言っているのだろう。鋭く細い目で警告するように言ってきていることから、過去に相当の因縁があるのは聞くまでもなく分かった。詳細を尋ねるまでもなく、了承した旨を伝えた。
「全く……。都市伝説だけでも鬱陶しいのに、景虎まで絡んでくるとはな。最近、面倒なやつばかり増えやがる」
忌々しそうに呟いているのが、耳に入ってきた。景虎というのは、話の流れから、イケメンさんの名前だと推測できた。やはり二人の仲は相当悪いみたいね。誘われた時に断ったのは正解だったかもしれないわ。
家に到着すると、玄関に上がることもなく、月島さんはまた出かける素振りを見せた。
「あれ? 入らないんですか?」
「ああ、仕事が立て込んでいてね」
そんなに忙しいのに、車で送ってもらったなんて。月島さんに悪いことをしたかな?
家に入ろうとする私に、月島さんが釘を刺した。
「どうも君はトラブルに巻き込まれやすい体質だ。だから、しばらくは学校と家を往復する生活をしてもらうよ。君の年齢を考えると、不便かもしれないけど、俺がテケテケを潰すまで、我慢するんだ」
テケテケじゃなくて、グラコスね。月島さんにはどっちでもいいかもしれないだろうけど。でも、トラブルに巻き込まれやすい体質か……。キメラやアーミーの件もあるし、否定はしないけど、年頃の乙女としてはあまり嬉しくないことね。腑に落ちないものはあったが、素直に頷いておくことにした。
「大丈夫ですよ。ちゃんといい子でいますから」
ちゃんと頷いたのに、月島さんから念入りに釘を刺された。これまでのことを考えると仕方がないとはいえ、信用されていないのがよく分かった。車で送ってくれたのも、私がちゃんと真っ直ぐ帰るのかが、疑わしかったからではないだろうか。やっと月島さんがまた玄関から出ていくと、私はため息をついた。
「そんな心配しなくても大丈夫なのに……」
「それだけ私たちのことを心配しているということですよ~」
そうは言われても、こっちは年頃の高校生だ。あまり強めに監視されると、良い気はなしない。
「ところで……。ここで何をしているの? 萌ちゃん」
少し前まで、月島さんの家に家出していた筈の萌が横に立っていた。ほとんど強制送還に近い形で、家に連れ戻された筈だが、何故かここにいる。まさか、また家出してきたとでもいうのだろうか。
「えへへへ……、エプロン姿の萌、どうですか?」
私の質問には答えずに、自信のエプロン姿を見せびらかせて、誘惑してきやがる。
「もう一度聞くよ。ここで何をしているの? また家出でもしてきたの?」
「ぶう~、違いますよ~! 月島さんから、しばらくここで寝泊まりするように言われただけです~!」
月島さんが!? ……信じられないなあ。またお姉ちゃんと喧嘩して、家出してきたんじゃないの?
「あ、その顔は、私のことを信用していませんね」
「だって、萌ちゃん。お姉ちゃんと二人暮らしでしょ? 萌ちゃんがこっちに来たら、お姉ちゃん一人になっちゃうよ。そっちの方が危ないじゃないか」
「今回はお姉ちゃんも一緒なんです~!」
「え?」
ということは、お姉ちゃんも来ているということなの? 言われてみれば、玄関に女性物の靴が二つ……。
「その子の言っていることは本当よ」
廊下の向こうから、こちらもエプロン姿のお姉ちゃんが顔を覗かせた。
「和人がね。物騒な事件が発生しているから、解決するまでは、ここで暮らしなさいって、言ってきたのよ。心配のし過ぎかとも思ったんだけど、こっちは女が二人でしょ。用心するに越したことはないって思い直したの。迷惑だけど、しばらくよろしくね」
和人というのは、月島さんの下の名前だ。とはいっても、月島さんを名前で呼ぶのは、親か、婚約者であるお姉ちゃんくらいのものだろう。
「そんな……、迷惑なんて、とんでもない。是非お願いします」
萌はともかく、お姉ちゃんと一緒に暮らせるのは、すごく嬉しい。だって、家事全般、何でも出来るんですもの。リビングで寝転がるだけの萌とは大違いだわ。
「……何か私の時と反応が違う」
萌がふくれっ面をしていたが、これは事実よ。仕方のないことなの。
案の定、その日の夕食はお姉ちゃんが一人で作ってくれた。月島さんのいない夜は、私が作るしかなかっただけに、楽でいいわ~。
うわあ……、久しぶりに三姉妹水入らずの夕食だ……。私は男の姿だけど……。月島さんったら、気が利き過ぎよ~!
「水無月くん、どう? 私の料理は口に合うかしら?」
「はい。すっごく美味しいです。兄の料理より美味しいです!」
料理の出来を心配する必要なんてないよ。お姉ちゃんの料理、相変わらず美味しいです!!
久しぶりのお姉ちゃんの手料理に感激する私を、面白くなさそうに見ていた萌が、またろくでもないことを思いついたらしく、わざとらしく椅子を動かしてすり寄ってきた。
「あ、そうだ。水無月さん、後で一緒にお風呂に入りましょうよ」
「ぶっ……!」
いきなり何を言い出すのだ、この馬鹿は! 思わず飲んでいたみそ汁を噴き出してしまったじゃないか。
「い、いきなり何を言い出すのかな……?」
「そんな恥ずかしがらなくても良いですよ。いずれ、お互いの裸を見せ合うことになる仲じゃないですか」
「そういうことじゃなくて……!」
あんたの裸なんて、子供の頃に、何度も一緒にお風呂に入っているから、もう見飽きているのよ!
「気にしないでね、水無月くん。もうとっくに気付いていると思うけど、その子、馬鹿なのよ」
私と萌の掛け合いを、涼しい顔で見ながら、お姉ちゃんが口を挟んできた。ええ。言われるまでもなく、こいつが低知能なことは分かっていますとも。
だが、馬鹿といわれた萌は、癪に障ったのか、止せばいいのに、反撃に出ることを選択してしまった。
「そんなこと言わずに、お姉ちゃんも一緒に入ろうよ。どうせ将来的には水無月先輩も家族の一員になるんだからさ。恥ずかしがることなんてないよ」
「大人をからかうんじゃありません」
お姉ちゃんがわずかに頬を染めている。月島さんとの婚約のことをからかわれて赤面しているのだろう。
「あ、そうか。一緒にお風呂に入ったら、お姉ちゃんの貧相なスタイルが浮き彫りになっちゃうからね!」
この馬鹿……! 言ってはいけないことを!!
タブーを口ずさんでしまった萌に、寒気を感じて、箸を動かす手を止めた。慌てて立ち上がったが、もう遅かった……。
「言ったわね……。言ってはいけないことを、言ったわね……」
ゆらりとお姉ちゃんが立ち上がった。全身から殺気が立ち上っている。私以上に体に凹凸のないお姉ちゃんにスタイルの話はタブーなのに、この馬鹿な妹は……!
「な、何よう。本当のことじゃないの!」
怯えているのを隠すためか、生意気な返事をする萌に、お姉ちゃんの怒りのボルテージが、さらに上昇していった。そして、その後に待っていたのは、嵐の到来だった。
「ふぅ……。冗談なのに、あそこまで怒ることないじゃん……」
お姉ちゃんにぶたれたところをさすりながら、萌はぶつぶつと文句を言っていた。
「いや、あれは萌ちゃんが悪いよ」
部屋の掃除をしながら、迂闊な言動をした萌をたしなめる。
それより、お姉ちゃんが暴れたせいで、滅茶苦茶になった室内を、月島さんにはどう説明しようかしら。
しばらく考えた末に、口裂け女にやられたと言い訳することを思いついた。うん、これなら完璧だ。
今日は町にやたらとカップルが歩いているんですよね。平日なのに、何故かみんな楽しそうです。一体どうしてなんだろうなあ~? …………畜生




