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第六十三話 魔王の爪痕

第六十三話 魔王の爪痕


 異世界に引きこもっていたお兄さんを、現実世界に連れてくることには成功したので、ひとまず小夜ちゃんと再会させた。


 ずっとお兄さんのことを心配していた小夜ちゃんは、とても喜んでくれて、私と瑠花にまで、手作りの料理を振る舞ってくれた。お金持ちの令嬢なのに、料理も出来るとは、小夜ちゃんの女子力はなかなか高いわね。これは良いお嫁さんになれるわ~。


 小夜ちゃんはとてもお兄さんを解放してくれる気配がなかったので、夜が更けて小夜ちゃんが寝てから、こっそり家を抜け出すということになった。


 私と瑠花は、ビルの場所だけ教えて、後で集合する約束だけをすると、一旦帰宅した。


 家に帰ると、月島さんが帰っていなかった。イケメンさんとの因縁について聞きたかったのに、残念だ。


 既に小夜ちゃんの家で散々食べてきていたので、何か口にする必要はなく、約束の時間までテレビを見て過ごした。


 そして、約束の時間。ビルの前で瑠花とお兄さんと合流すると、ティアラに会いに行った。


 愛する二人の再開は予想通り、未成年には刺激の強いものになった。お互いの姿を確認するなり、二人は駆け寄って抱きつく。そして、熱いキスを交わした。


 そういう大人の行為に、あまり免疫のない私は目を背けてしまうが、色恋沙汰が大好きな瑠花はにやつきながら眺めている。


 ふと、牛尾さんがお兄さんたちのラブラブぶりを物欲しそうな顔で見ているのが、目に入った。


「牛尾さんも彼氏が欲しいんですか?」


 ちょっと意地悪な質問をしていると思いつつ、面白そうなので、からかってみることにした。軽い冗談なのに、牛尾さんはすごい目で私を睨んで、「彼氏なんぞいらん!」と声を荒げた。


「へえ~」


「おい……。人を憐れみの目で見るのは止めろ。大体お前も彼氏がいない身だろ」


「いやいや、彼氏を作るのは、自分の体を取り戻してからにしますよ。今の状態で作っちゃうと、画的によろしくないので」


 男の姿の私が、彼氏とキスしているところを想像したのか、瑠花が噴きだしていた。


 さて、再会の抱擁が済んだところで、話はティアラをどうやって元いた異世界に戻すかに移った。


「ライフピアスを付けさせるのはどうかしら? それなら、手っ取り早く異世界に戻れるじゃない」


「ライフピアス……。まるでプレイヤーみたいだな」


 お兄さんの困惑はもっともだ。ライフピアスは、本来現実世界の人間が、異世界に行く際に使われる物だ。元から異世界の住人であるティアラが使うのは、違和感がある。


「でも、他に方法がない。四六時中ピアスを付けることになるが、贅沢を言っている場合じゃないだろう」


「……『神様フィールド』の開発スタッフの知恵をもってしても、それしか手はないか……」


 多少は期待していたお兄さんは深いため息をついた。


「仕方がないだろ。私たちが研究していたのは、こっちの世界の人間を、向こうの世界に異常なく転送する方法だ。今回みたいなケースは想定外なんだよ。全く、キメラのやつ、要らない知恵をつけやがって」


 期待に添えなかった牛尾さんの方も本気で悔しそうだ。彼女なりに、動いてくれていたのが窺える。


 結局、その後も、他の案が出ることはなく、ライフピアスの力でティアラを異世界に戻すことになった。


 そうと決まれば、善は急げ。早速実行に移すことにした。そのためにはお兄さんが一度異世界に行く必要がある。そこで神様ピアスの力を使って、ライフピアスを一個作って、それをティアラに付けるのだ。そうすれば、私たちと同じように、異世界にログインすることが可能になる筈なのだ。万が一、これで駄目なら、ティアラには現実世界で生きてもらうしかなくなる。横でのほほんとしているが、結構、追い詰められているな、お姫様……。


「ほな、三人で異世界に行ってくるわ」


「お願いします」


 いつの間にかティアラと意気投合していた瑠花が、元気よく宣言する。それにティアラも明るい口調で応答する。


「やれやれ……。ティアラのプラス思考には頭が下がるよ。俺も少しは見習おうかな」


 愚痴っぽく話すお兄さんに、失礼とは思いつつも、ちょっと笑ってしまった。


 私も御楽が異世界をどこまで破壊しているのかを確認したかったので、一度見に行くことにした。あれから時間も経っているし、目的も済んだので、もう会うこともないが、あの不気味な髑髏を思い出すと身震いしてしまう。


「さ~て、じゃあ行くで……」


 瑠花の音頭で異世界にログインしようとするが、そこで私はあることを思い出して、待ったをかけた。


「あ、ちょっと待って」


 周りからきょとんとされる中、気にせずに牛尾さんに耳打ちする。


「異世界に行く前に聞きたいことがあるんだけど、ちょっと二人きりでお話しできませんか?」


「何だ? 彼氏を作れないからって、女に走る気か?」


「違いますって……」


 牛尾さんの方がよほど彼氏に飢えていると思いつつも、ツッコミすることはせずに、牛尾さんを廊下に連れ出す。


「知らんな~。月島本人に聞くのが一番なんじゃないのか?」


 牛尾さんに聞きたかったのは、月島さんとイケメンさんの関係だ。昼に会った時に見せたイケメンさんの雰囲気に尋常ならざるものがあったので、下世話ながら気になってしまったのだ。月島さんとの付き合いが長い牛尾さんなら、知っているんじゃないかと思っていたが、知らないとのこと。


「お前らが異世界に行っている間に、聞いておいてやるよ」


「ありがとう。恩に来ます!」


 牛尾さんにお礼を言うと、改めて異世界に行こうと、瑠花たちの元へと戻った。




 覚悟はしていたが、異世界の壊されようはひどいものだった。


「ひどいな……。城が半分以上破壊されている……」


「城下町も甚大な被害を被っとるな。死人もぎょうさん出とるんちゃうか?」


 まるで隣国から侵略を受けた後のように、街は荒れ果てていた。前回訪れた時の壮観な風景は跡形もない。


 呆気にとられていると、お兄さんに気付いた町人たちが一斉に寄ってきた。お兄さんはこの世界では勇者なので、町人たちにとっては、脅威から自分たちを救ってくれる救世主として写っているのだろう。


「みんなから期待されていましたね」


「全くだ。本当はしっぽを巻いて逃げ出した、臆病者なのにな」


 逃げるのを勧めたのは私だ。お兄さんは御楽に向かっていこうとしていたので、臆病者とは違うと断言させてもらいたい。


「御楽はもう帰ったみたいやな。もう壊される心配はないから、復興に専念できるとちゃうんか?」


 瑠花は楽観的なことを言っていたが、油断は出来ない。御楽によれば、この世界を破壊した『最終審判』と同等の力を誇る『魔王シリーズ』なる能力が他にもあることを匂わせていた。そっちの能力も試し撃ちしたいと言い出した場合、またこの世界を破壊する行為に出る危険は十分考えられた。


「御楽がまた来る可能性は十分にあるが、今話しても仕方のないことだ。まずはティアラをこの世界に戻さないとな」


 お兄さんの右手に青く輝くライフピアスが出現した。早速神様ピアスの力で生み出したらしい。


「お! ライフピアスが早くも一個。さすが神様ピアスの力はすごいなあ~」


「小夜ちゃんの分も作ったらどうです?」


「馬鹿を言うな。あいつまでこの世界に招待するつもりか」


 自分が勇者をしているところを、妹に見られたくないのだろう。顔を真っ赤にして、猛反対した。


「気持ちは分かるので、無理強いはしませんけど、その代わり定期的に顔を見せるようにしてくださいよ。小夜ちゃんがまた心配しているようなら、催促に来ますからね」


「本当に来そうだな。善処するよ……」


 顔をしかめながらも、私の要求には同意してくれた。


「とにかくティアラをこの世界に戻さないとな。気落ちしているやつらも、ティアラが戻ってくれば、少しは元気を取り戻すだろう」


 ライフピアスを手に、現実世界にとんぼ返りしようとしていたが、それを慌てて止めた。


「待って! その前に調べてほしいことがあるの!」


「……御楽が話していた、ティアラと一緒に現実世界に送られた厄介なやつのことか?」


「そう!」


 まだ現実世界で騒ぎを起こしていないが、これから起こすことはほぼ約束されている。それなら、今の内にデータを得て、対策を取っておくに越したことはない。


「少し待っていてくれ……」


 お兄さんが目を閉じて集中を始めた。神様ピアスが青白く光り輝いているので、今この世界でいなくなっている者を調べているのだろう。御楽が殺した人も含まれてしまうので、大変だろうが、ファイト!


「分かった……。御楽がティアラと一緒に現実世界に連れて行ったのは、こいつで間違いなさそうだ。あの野郎め。本当に面倒くさいやつを連れ出してくれたものだ……」


 お兄さんが歯ぎしりしている。面倒くさいやつって……。現実世界だと、能力を使うことも出来ないのよ。勘弁してよ~!


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