第六十二話 兄妹の再会
第六十二話 兄妹の再会
御楽の手によって、さっきまでいた異世界が破壊されてしまった。
完全に消滅させる気はないと言っていたので、破壊の嵐が去った後で修復を図れば問題ないと思うが、あまり後味は良くなかった。
私たちは巻き添えを食らう前に、異世界から逃げてきたので、全員無事だが、戦略的撤退とはいえ、敗北のムカムカは残った。
「何かえらいことになったね」
「そうやな……」
私と瑠花の二人で、『魔王シリーズ』の威力を思い出して、ひたすら圧倒されていた。
すると、隣から大音量がした。横でお兄さんが空き缶のゴミ箱を蹴りあげたのだ。蹴られた衝撃で、ゴミ箱が派手な音を立てて、地面に転がる。完全に八つ当たりだが、不意を突かれてしまったせいで、私も瑠花もビクリとしてしまった。
「くそ……、御楽のやつ、俺の世界で好き放題暴れやがって」
結構人ごみの多いところだったので、通行人の好奇の目に晒されることになってしまった。
「ちょっと落ち着けよ。ゴミ箱に当たるんじゃない」
当たっても構わないけど、私たちのいないところでね。
「そうだな……。まずやることがあった」
荒い息をしながらも、お兄さんは素直に頷いてくれた。ゴミ箱を蹴ったおかげで、怒りは大分収まっていたらしい。
「そういうこと!」
「ティアラに会いに……」
「小夜ちゃんに会いに行くぞ!」
元の目的は、異世界に引きこもったお兄さんを連れ戻すこと。事情は大分違っちゃったけど、これは達成させないとね。
「お、おい。まず先にティアラから……」
「知り合いがしっかり保護しているから、大丈夫よ。本人も現実世界を結構エンジョイしているみたいだし、心配はいらないわ」
「なっ……!?」
ティアラが心細くしているところでも想像していたのだろうか、エンジョイしているという言葉に、多少ショックを受けているようだった。
「というか、お前のその姿は何だ? どう見ても男……!」
あ、そうか。お兄さんは私が現実世界では男の姿だということを知らなかったのか。
私は自分のことをかいつまんで説明した。お兄さんは半信半疑で耳を傾けていたが、『神様フィールド』というゲームの存在が、既に現実離れしている話なので、理解してもらえるのに時間はかからなかった。
「そうか。キメラに父親と、自分の体を……。あんたも相当ヘビーな人生を送っているな」
私も……ということは、お兄さんもヘビーな人生を送っている中に入られるのかしら。
「とにかく! まずは小夜ちゃんに元気な姿を見せること。散々心配させているんだから、当然だ!」
「……話し方まで男かよ」
そうしないと、周りから変な目で見られるんだから、仕方がないでしょ! 変なツッコミはいいから、会いに行くのよ!
「お兄ちゃん……!!」
お兄さんの姿を確認すると、涙ながらに小夜ちゃんが走り寄ってきた。
ここは小夜ちゃんとお兄さんの自宅。都内だというのに、なかなかの豪邸だった。駐車場だけでなく、プールまで備え付けてあった。こんな広い家は、都内ではおじいちゃんの家しか知らない。小夜ちゃんって、実は相当なお嬢様なのだろうか。
私と瑠花の前だというのに、小夜ちゃんはお兄さんの抱きついて、しばらく再会の喜びに浸っている。お兄さんは困惑した顔で、されるがままになっている。
ようやくお兄さんから離れると、小夜ちゃんは私に向き直った。
「ありがとうございます、月島先輩!! 瑠花先輩!!」
「いやいや、それほどでも……」
私が実は女だということを知っているお兄さんが、気持ち悪そうに私を見ている。ちなみに、小夜ちゃんは何も知らないということを既に伝えているので、うっかり口走ってしまう心配はないけどね。
「親父は?」
「うん……、仕事中かな」
「いつも通りだな」
冷めた口調で、何の気なしに呟いた。ドラマでよく見る金持ちの構図をイメージ通りに見せてもらっているようだ。小夜ちゃん以外への愛情は欠落しているらしい。
「お手伝いさんに言って、何か作ってもらうわ。もちろん、私も腕によりをかけるつもりよ! 先輩たちもご一緒に!」
「いや、俺は……」
早くティアラと再会したいお兄さんが申し訳なさそうに断ろうとしたが、瑠花が強引に押し切ったしまったせいで、まだ滞在することになった。
料理を作るため(もしくはつまみ食いするため)に、小夜ちゃんと瑠花が先に家の中に入っていった。
「強引な娘だな。どうにか出来ないか?」
お兄さんに相談されたが、無理だと伝えておいた。瑠花の手綱を握ることは、私にも困難なのだ。
「それより、小夜とはどういう関係なんだ? さっき小夜がお前を見ていた時、視線が妙に熱っぽかった気がするんだが?」
小夜ちゃんの兄として、じろりと睨まれてしまった。本当は女というやつに惚れてしまっているのだから、無理もない。私は曖昧に笑って、場を誤魔化すしか出来なかった。
「まあ、いい。この話は後だ。さっさと料理を食べて、ティアラのところに行かないといけないからな」
そう短く言って、お兄さんは行ってしまった。やれやれとため息をついていると、何者かの視線を感じた。
「あいつ、戻ってきていたのか……」
家の門のところで、こちらを窺っている人間がいたのだ。
「あなたは……」
「やあ! 昨日会っているけど、俺のことは覚えてくれているかな?」
覚えていますとも。小夜ちゃんのもう一人のお兄さんじゃないですか。私はイケメンさんで覚えていますけどね。
「家に入らないんですか?」
「ああ、仕事中に寄っただけだからね。せっかくの楽しい雰囲気も壊したくないし」
そういえば、このイケメンさんは小夜ちゃんに嫌われているんだっけ。お兄さんもあまり好きではないみたいだし。
「あの後調べたんだけど、君、月島の弟なんだって?」
「ええ……」
一応そういうことになっているので、頷いておく。でも、何だろう。この間会った時と雰囲気が少し違うような?
「あの……、兄と何か……」
「ただの腐れ縁だよ」
その割には、穏やかな口調ではない。月島さんは昔、やんちゃをしていた時期があるので、その時期の知り合いなら、仲間というより、敵対していた可能性もある。
イケメンさんは私に意味深な笑みを浮かべて歩み寄ってきた。仕事中だというのに、こんなところで油を売っていて良いのだろうか。
「ちょっと付き合えよ。負け犬を連れ戻してくれたお礼をしなくちゃな」
負け犬というのは、お兄さんのことだろう。この人の言葉には棘がある。そういえば、お兄さんが引きこもるきっかけを作ったのはこの人だって、御楽が言っていたな。何か嫌な感じがしてきたので、お礼は断ってしまおう。
「いえ……、小夜ちゃんたちを追わないといけないので」
また今度誘ってくださいと言おうとして、慌てて止めた。初めて会った時は単純にイケメンだと思っただけだったが、この人のことがどうもきな臭く感じるようになってきたのだ。この場は離れて、後で月島さんにどういう人なのか聞いてみよう。
「あ、そう……」
イケメンさんはしばらく黙っていたが、素っ気ない言葉で返事をしてきた。
「まあ、君がその気じゃないなら、無理に誘うのも気が引ける。この場は諦めよう」
「月島によろしく」とだけ言って、イケメンさんは立ち去ってしまった。小夜ちゃんやお兄さんには、会う気もないらしい。
「先輩。何をしているんですか? 早く来てくださいよ!」
「ああ、ごめんね」
イケメンさんが立ち去ると同時に、小夜ちゃんが顔を覗かせた。機嫌を損ねるのも嫌なので、イケメンさんが来たことは黙っておくことにしよう。
最近寒いので、風邪を引かないように、着る服の枚数を増やしました。今度は眠くなるようになりました……。執筆が進まない……。




