第五十五話 不良の証明
第五十五話 不良の証明
キメラとの決闘に負けた私は、雨の降りしきる現実世界に戻ってきていた。
黙って、雨に濡れる私を見つけた月島さんが傘をさしてきてくれた。
「あ~あ、すっかりびしょ濡れじゃないか。すぐに風呂に入って、温めないと風邪を引くぞ」
面倒くさそうに頭をかきながら、月島さんが呟いた。私のことを気にかけてくれているように見えるが、機嫌はあまり良くないようだ。
「ねえ、月島さん。聞きたいことがあるんだけど」
「何だ?」
「アーミーってどうなったんですか?」
私の記憶なら、確か月島さんの取り調べを受けている筈だ。キメラが、アーミーのことを月島さんに聞いてみろと言っていたのを思い出したのだ。
月島さんが、哀藤とかいう優男に後れを取るとも思えないが、アーミーが持っていた黄色のピアスが私の手元にあることを考えると、何かあったのは明らかだ。月島さんを見る限り、怪我はしていないようなのが不幸中の幸いだけど。
「亡くなったよ……」
「……え?」
警察の事案に口を出すなと釘を刺されるかとも思ったが、意外にもすんなりと教えてくれた。だが、その内容は、あまり芳しいものではなかった。
「俺がちょっと目を離した隙に、不審者に侵入されてしまってな。そいつがアーミーの黄色のピアスを盗んでいったんだ。そうしたら、アーミーの体が粉に変わっていったんだ」
月島さんが冗談を言っていないことは表情で分かったが、人間が粉になるなんて、現実離れした話だった。
「でも、どうしてそんなことを聞くんだ? 君を疑いたくないんだが、タイミングが良すぎる」
疑いの籠った目で、私を見つめている。まあ、無理もないか。誤解を解くために、私はアーミーが付けていた黄色のピアスを月島さんに提示した。
「キメラから言われたんです。アーミーがどうなったのか、月島さんに聞いてみろって。これ、アーミーに付けていた黄色のピアスです」
「キメラに会ったのか?」
私は首を縦に振った。続いて、キメラがどこにいるのか、矢継ぎ早に質問が飛んできたので、私は今異世界で体験したことをかいつまんで説明した。
「そうか……。後輩のお兄さんが管理している世界で、キメラの手下に会ったのか。大変だったな」
「連中の話では、その世界で何か企んでいるようなので、また来る可能性は大です」
「でも、その世界に行くためには、黄色のピアスが必要な訳だ」
そう……。でも、私の手元には、黄色のピアスはアーミーが付けていたものしかない。
「君のピアスはどうした?」
私の左耳に、申し訳なさそうについているピアスの破片に目をやって、月島さんがただ事でないことに気が付いたようだ。
「……壊されました。キメラに」
「!! このピアスって、どんな衝撃を与えても、砕けない筈じゃないのか!?」
「『スピアレイン』という能力で破壊されました。キメラが作った新しい能力だそうです」
「そんな能力まであるのかよ……」
月島さんが面倒そうに呟いた。無敵が売りの黄色のピアスなのに、思わぬところでケチがついてしまったのだ。無理もない。
「アーミーが持っていた黄色のピアスは月島さんが持っていてください。私よりもよほど有効に使ってくれると信じています」
「当然だろ。俺を誰だと思っている。警察を舐めるなよ」
だから、心配するなと、月島さんは私の頭を掴んで、くしゃくしゃにした。
その後、家に帰って、温かい湯に浸かりながら、壊れてしまった私の黄色のピアスのことを思い出した。
お父さんからもらった大切なピアスだったのに……。
今頃になって、悔しさが込み上げてきた。収めなくてはと思いつつも、一度湧き上がった強い感情は収まってくれそうにはない。
ここが風呂場で良かったよ。心置きなく泣くことが出来るから……。
その日の夜、ようやく泣き止んだ私は、携帯電話を手に取った。
アーミーの死を知ったことで、気になることが、もう一つ浮上したのだ。本当はずっと前から気になっていたことなのだが、それが今回の件で、尚更知らない訳にはいかなくなったのだ。
「こんな時間にどうしたん? それに、ずいぶん落ちこんどるやんけ」
電話に出たのは瑠花だった。私の親友にして、同じく黄色のピアスを所持している。私がどんな気持ちで電話をかけているのかを知らず、能天気な声を、私に向けている。
「瑠花。明日、私とデートをしない?」
「は!? いきなり何を言い出すねん。明日は授業があるやろ」
変なことを言っているのは百も承知だが、邪魔の入らないところで、話し合いがしたかったのだ。
「授業なんかサボって、遊びに行こうよ」
「アホか!!」
アホで結構だ。どうしても、明日瑠花と二人きりで会わなくては。電話で用件を話そうものなら、またはぐらかされるから……。
「映画でも見ようよ。私が奢るからさ」
「奢るとか、そういう問題ちゃうやろ。……自分、ほんまどうした? おかしいで」
私のいつになく強引で、不自然な様子に、だんだんと瑠花も不安になってきたようだ。結局、様子のおかしい私を放っておけないということで、明日学校をサボって、会ってくれることになった。親友の優しさに感謝しつつ、私は電話を切る。
「さて……、今日もいろいろあったけど、明日もいろいろあるんだろうな。知りたくないことも、たくさん知りそうな気がするし……」
今はたまたま止んでいるだけで、明日になったら、また嵐が訪れることを予感しつつ、それまでに英気を養えようと、私は眠りについた。
事実、翌日もハードな一日になる。どうして私のろくでもない予想は、高水準で当たってしまうのだろうか。
翌日、待ち合わせに指定したカフェで、紅茶を飲んでいると、普段着の瑠花がやってきて、迎えの席に座った。
「よっ! ずいぶん様になっとるやんけ。不良少年」
「そうでもないよ。……結構早かったね、不良少女」
「うちは優等生や。たまたまクラス一の不良とデートする中になったせいで、悪の道に引きずり込まれようとしとるだけや」
「クラス一の不良って俺のことか?」
挨拶代わりの雑談に興じる。この雰囲気を保ったまま、今回のデートを終了させることが出来れば、どんなに楽だろうと歯噛みする思いだ。
「いきなり無理を言って、ごめんな」
「アホ! 謝るくらいなら、最初から呼び出すなっちゅうねん」
それを言わないでくれ。私だって、本当はこんなことをしたくないんだから。
「まあ、うちも友達のことは大事やからな。ほな、行こうか」
私に紅茶をさっさと飲み終えるように急かしてきた。自分は何も頼むつもりはないらしい。メニュー表と水を持ってきた状態で、ウェイトレスさんが固まっている。
瑠花に急かされるままに、まだ熱い紅茶をほぼ一気で飲むことを余儀なくされる。くそ、こんなことなら、もっと飲んでおくんだった。瑠花が来るからと、あまり口を付けなかったのが、仇になってしまった。
「早く来んかい! 映画が始まるやんけ!」
「ちょっと待って。急いで飲んだせいか、胃がタプタプで……」
「不良のくせに情けないことを言うなや」
「いやいや、だから、俺は不良じゃないから」
瑠花が急かしていたのは、観たい映画の上映時間が迫っているからだった。そういえば、昨日デートに誘う時に、映画に連れて行ってあげると言っていたのを思い出した。単なる誘い文句だったのに、真に受けていたとは……。
映画は恋愛ものだった。これでカップル同士だったら、良い雰囲気になりそうなものだが、親友同士なので、いかがわしい空気が芽生えることはなかった。せめて、アクション映画にしてほしかったと思いつつも、瑠花に付き合って、映画を鑑賞した。
映画を観終わると、出店で買ったクレープを食べながら、隣町を散策した。こんな時間に高校生が歩いていることで、職務質問を受けたらどうしようと思っていたが、すれ違う誰からも、不審な目を向けられることはなかった。二人とも外見が大人びているので、大学生と間違えられたのかもしれない。
少なくとも、仲の良いカップルには見えていたかもしれないが、私の胸中は穏やかでなかった。
だって、そうでしょ。この後の展開次第では、瑠花との関係が修復困難なものになるかもしれないんだから。
なろうで、公式ラジオをやるみたいですね。聴こうかどうか思案中です。




