第四十八話 かみ合わない会話
第四十八話 かみ合わない会話
家族との関係も断って、異世界に引きこもっていた小夜ちゃんのお兄さんは伝説の勇者になっていました。
しかも、お姫様と恋仲になっているというRPGのテンプレ通りの悪乗りをかましてくれていた。
全く! 妹が心配しているというのに、お姫様をナンパとは隅に置けないわね。
「王様が呼んでいたぞ。あまり父親を心配させるな」
お兄さんに軽い口調で叱られると、ティアラはしゅんとしていた。しかし、叱る中にも愛情が込められているのを感じた。
対照的に、私に対しては、ゲームセンターで会った時と同じ目で、ジロリと睨んできた。
「またあんたか……」
こっちの言葉には愛情はこもっていない。心の底から鬱陶しく思っているのが分かる。
「またとは、失礼しちゃうわね」
現実世界に戻るように説得する前に、文句を言ってやろうとしたら、お兄さんはプイと視線を反らしてしまった。
「ここで魔王と闘うのも良いけどさ。たまには家に帰りなさいよ」
「! 家に帰れ? それだけか?」
「ごちゃごちゃうるさいな。あんたには関係ないだろ」とつっけんどんにされるかと思っていただけに、意外な返答だった。
「……お前。この間会った時と雰囲気が違うな。作戦か何かか?」
雰囲気が違うのは、前回会った時は小夜ちゃんの前だから、抑えてあげていただけよ。
「まあいい。とにかく、この間も言ったが、あんたと話すことはない。提案に従う気も全くない。だから帰ってくれよ」
結局最後には帰れというのね。お兄さんは吐き捨てるように言うと、そのまま立ち去ろうとする。
「待って。勇者様!」
ティアラはそんな無愛想な勇者の後を追っていく。何ていじらしいのかしら。私も見習って、後を追うことにしましょう。用事はまだ済んでないんですから。
両手に花なんて、この勇者様は幸せ者だなと、からかい半分に走り出そうとしたところで、この場に似つかない能天気な声が響いた。
「見つけた!」
城下町でも聞いたことのある、妙に明るい声だった。声の方を見ると、街中で私にイタズラくんが窓から身を乗り出していた。
「今日は客が多いな。見張りの兵士は何をしているんだか……」
私が声を出すより、お兄さんの方が先にうんざりした声を漏らした。まあ、私に侵入を許すくらいだから、誰でも入れるレベルじゃないの? 警備体制が不満なら、神様ピアスで強化するのを進めるわ。
「まっ! そう言うことを言わずにさ……」
イタズラくんが飄々とした態度で話し始めようとしてきたが、そんなことはさせるものですか。お兄さんと会話を始めたのは、私が先なのよ。順番は守りなさい!
遮るようにイタズラくんの前に立ち、現実世界に戻るように説得を再開した。
「あなただって、気付いているんでしょ? 小夜ちゃんがあんたのことをどれだけ心配しているかを。この数日、ずっと元気がないんだからね。こんなところで世界を救ってないで、とっとと現実世界に戻って、自分の人生を守りなさいよ」
いろいろ邪魔が入ったけど、やっと言い切ってやったわ。
ただお兄さんはどうせいつもの調子で、ぶっきらぼうに聞き流そうとするんでしょうけど。そんなことを思っていたら、驚いたように振り返っていたわ。
「? どうしてあんたが妹のことを知っているんだ?」
「え?」
お兄さんの反応が腑に落ちないでいると、唐突に思い出した。そうだ。この前にお兄さんと会ったのは、月島水無月の姿の時だった。そして、今は百木真白の姿をしている。何も知らない他人が見たら、別人だ。
え? でも、お兄さんは前にも会ったみたいなことを言ってなかった?
こんがらがってくる頭で考えるが、一向に整理がつかない。
考え込む私をみんなが、こいつはどうしたんだろうという目で見ているのが分かる。他人からすれば、今の私はかなりの変人なのだろう。
「街で会った時から思っていることだけど、今日の君はどうもおかしいな。話し方も女の子染みているし」
「女の子が女の子の言葉を使って、何が悪いのよ!」
お兄さんと言い、こいつと言い、ムカつくことを言ってくれるわね。心外なことを言うなと怒鳴るが、イタズラくんはさらに表情を曇らせる。
「何を言っているんだ? 単に女の体を借りているだけであって、君自身が女という訳ではないだろ?」
「な、何ですって……」
こんなかわいい子に向かって、女の子じゃないですって!? ここまで聞き捨てならない台詞は、未だかつてないわ。
「あんたがどこの誰か知らないけど、お仕置きが必要なようね」
拳を鳴らしながら、男を威嚇する。荒事に慣れていないお姫様は、お兄さんに助けを求めているが、肝心のお兄さんはというと、私たちの争いをむしろ好機と捉えているようだった。
「同士討ちか。いいね。俺の居ないところで好きに騒いでくれよ」
はあ!? こいつと仲間? そんな訳ないじゃないの。冗談もほどほどにしてよ。
「そんな……、この城はどうなってしまうのですか?」
「心配しなくても、俺の魔法で修理してやるさ……」
涼しい顔をして、お兄さんはティアラの手を引いて、立ち去ろうとするが、そこにイタズラくんの声がかけられた。それまでの人を小馬鹿にしたような声の中に、明らかに脅しを含んでいたのだ。
「その魔法をあんたに使わせてやっているのは誰だと思っているんだ? 甘い生活を続けたかったら、態度を改めるべきじゃないのかな? それとも、現実世界の二の舞を味わいたいのか?」
「それ以上言うな」
明確に殺意の籠った目を男に向けた。ティアラは驚いていたが、男は肩をすくめておどけてみせた。いや、それよりイタズラくんの言葉が気になった。魔法を使わせてやっている? 魔法は神様ピアスの力のことだから、使わせてやるという表現はおかしいでしょ。
「あの……、勇者様。現実世界というのは?」
ティアラが説明を求めるも、お兄さんは怒ったような顔で口をつぐむのみだ。
「君は知らなくていいことだ」
確かに、異世界の登場人物に過ぎないティアラにとっては、知らなくてもいいことかもしれないわ。ただ、言い方がぶっきらぼう。ティアラに対しても、そういう口調で話すとは、かなり動揺しているようだ。
勇者の態度に困惑を隠せないティアラは、私を見てきた。私なら説明してくれると思ったのだろうが、申し訳ないことに、私からも説明することも出来ない。ここには、あなたの勇者様を説得しに来ただけであって、これ以上、事を荒立てるつもりはないのだ。
しばらく緊迫した雰囲気が流れていたが、にわかに城内が慌ただしくなった。何事かと思っていると、女ゴリラが走ってきて叫んだ。
「た、竜彦殿。大変です。北の森に巨大な熊が現れました。魔王の力でかなり狂暴化しているようです」
竜彦というのは、お兄さんの名前だろう。あの女ゴリラが、人が変わったように、お兄さんに泣きついている。勇者を頼らずにあなたが行ったらどうかしら。同族同士、話し合いで解決出来るかもよ。
でも、お兄さんはやる気満々。そりゃそうよね。こういうことをするために勇者になったようなものだから。
「既に何人かの勇者が挑んでいますが、悉く返り討ちに遭っています」
何人もの腕自慢を返り討ちにするほどの強い魔物。それをあっさり倒す最強の勇者。民衆から向けられる羨望と歓声。出来過ぎなほどに出来ているシナリオね。
「分かった。すぐに討伐してやる」
女ゴリラにそう言うと、次に私とイタズラくんに向き直って答えた。
「あんたたちとの話は討伐の後だ。話し合いの場はこっちで用意する」
あら? さっきより微妙に態度が軟化したわね。脅しが効いているというの?
頑ななお兄さんの態度を改めさせた、イタズラくんの脅し。こいつ、何者?
ただのプレイヤーにはない不穏なものを覚えて、じっと見つめると、向こうはニコリと笑い返してきた。
「後は俺がやるからさ。君は帰っていても大丈夫だよ」
相変わらず意味の分からないことを口走っているが、それが私にとって、重要な意味を含んでいることを何となく感じ始めていた。
前回か今回の話で、謎の男こと、イタズラくんの正体を明かすと言いましたが、すいません。思ったより、話が伸びてしまいましたので、次回に持ち越します。本当にすいません。




