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第三十九話 素っ気ない命乞い

第三十九話 素っ気ない命乞い


 辛くも自分を付け狙う連続殺人犯を退けた私だったが、代償として大けがを負って倒れてしまった。今は傷の手当てをしてもらって、もう大丈夫なのだが、振り返ってみると、危ないところが多く、よく死ななかったなと思ってしまう。


 その後に逮捕された殺人犯から、ここの情報を入手した月島さんたちがやってきた。再会に喜ぶ私だったが、月島さんの態度がどこか冷たい。


 私の前を素通りするように、女医さんの前に立つと、尋問を始めた。


「君があいつの手術をしていたのか?」


「ああ、ほとんどが殺人を円滑に行うために、別の人間になるための手術だったけどな」


 どこか他人事のように淡々と答えた。その態度を見て、特に気にした素振りもなく、月島さんは質問を続けた。


「あいつは一体何者なんだ? 今は老婆の姿をしているようだが、最初からそうだった訳じゃあるまい。元はどこの誰だったのか、本人はすっかり忘れているようだが、君なら覚えているんだろ?」


「まあね……」


 遠い目をしながら、女医さんは答えた。


「あいつは元々この世界の神だった男の娘だ。名前は……、私も聞かされていない」


 性転換を何度も繰り返してきた殺人犯は、元は女だったのか。話し方から男だと思っていただけに意外な答えだった。


「その父親は今どこにいる? もう死んでいるのか?」


 質問に女医さんが首を縦に振った。


「あいつの手で殺された。つい最近のことだ。その時に、この世界の神様ピアスを奪って、あいつが力を得た」


 話の流れから薄々は勘付いていたが、父親を殺したと聞いた瞬間は息を飲んでしまった。行方不明の父親を探している私からすれば、自分の父親を殺す人間がいるというのは、信じられなかった。


「殺した……。何故?」


「あまり仲が良くなかったんだ。母親は生まれてすぐに失くして、父親からは愛情らしい愛情を受けずに育ったと言っていた。生活費もろくにもらっていなかったって、愚痴っていたぜ」


 アーミーが昔を回想しながら、悲しかったと言っていたのを思い出した。思えば、あいつが見せた唯一人間らしい感情だった気がする。


「あいつの父親が、この世界の神様ピアスを入手したのも、愛人との隠れ家にするためだ。それを知ったあいつに愛人もろとも殺された」


「愛人の元に走った父親が許せなかったから?」


「違う。言っただろう。あの親子の間に愛は存在しなかった。あいつが父親を殺したのは、純粋にこの世界を奪うためだ。そして、それが、あいつにとって初めての殺人になった」


 それからのアーミーの人生は、私たちの知る通りだった。時々は依頼を受けて行う時もあったが、大抵は自分の感情の赴くままに殺人を行い、私たちと死闘を演じることになった。


「この世界には君しかいないようだが、君自身はいつ作られたんだ? アーミーが父親を殺して、神様ピアスを奪取した後か?」


「そんなところだ。あいつの親は、この世界に生物の類を作っていなかったみたいだから、後にも先にも、この世界の住人は私だけということだ。これはアーミーにも言えることだが、余計なものを持つのがとことん嫌いな性格らしいからな」


 その親子には、肉親の情すら余計なものだったのかもしれない。そう思うと、私自身も殺されかけたというのに、思わず同情してしまいそうになる。


「なかなか面白い過去をお持ちのようだな」


 煙草に火を付けながら、牛尾さんが呟いた。煙草の匂いが気に食わないのか、女医さんが顔を歪めている。


「さて……、君の処遇だが、どうしたものかね。命乞いがあるのなら、一応聞くぞ」


 アーミーの手から奪ってきたのだろう、月島さんの右手には、この世界の神様ピアスが握られていた。アレの力を使えば、この世界の住人である女医さんは、簡単に消滅させられてしまう。だが、それを見ながら話す女医さんの態度は、至って冷静だった。


「構わないよ。消滅させたければ、好きにするんだな」


 普通、自分を殺せる道具を目の前に提示させられたら、誰しも取り乱すものだと思うが、女医さんは、こっちが心配になるくらい落ち着いて答えていた。


「潔すぎない? 自分の命がかかっているのよ。もっと喚いたり、泣き叫んだりするべきだと思う」


 このままでは、とんとん拍子に女医さんが消されてしまう。


 念のために言うが、彼女が無様に命乞いしている姿を見てあざ笑うために言っているのではない。展開次第では助かるかもしれないのだ。だったら、自分の保身に躍起になるべきだと思うのだ。命の恩人に死んでほしくないというのも、もちろんある。


「私を心配してくれているのか? でも、悪いな。私は自分の命というものにあまり未練というものを持っていないんだよ」


「アーミーに、指示に従わないと消すと脅されえて、やむなく手術をしていたと思っていたんだが、どうやら違うようだな」


「違うよ。私は自分の意志で執刀していたのさ。そっちのお嬢ちゃんにも話したが、私は執刀をするのが好きなんだ。四六時中、何かを切っていないと、おかしくなってしまいそうなんだ。軽い依存症のようなものだ」


「ほう……」


 ああ、どんどん悪い方向に流れていく。せっかく話の流れ次第では、見逃してやろうかと言ってくれそうな雰囲気だったのに、自分の意志でやっていたってはっきり言っちゃった。これで、生き延びる可能性はほとんどなくなっちゃった。もう、この女医さんってば、本当にお馬鹿さん!


「そうか。自分の意志でやっていたのか。おまけに執刀していないと、落ち着かないか。……真白ちゃんの恩人を手にかけるのは忍びないけど、俺も刑事だからな。悪く思わないでほしい」


 月島さんが神様ピアスを持つ手に力を込めた。女医さんを消滅させるつもりなのだ。


「待った!」


 もう女医さんが消滅するのは時間の問題だと思っていたら、牛尾さんが声を上げた。


「そこの貧乳。私の助手にもらえないか?」


「は!?」


 月島さんが私と女医さんの顔を交互に見た後で、「この女医のことか?」と返答した。どうして私の顔を見たのかしら。話の流れから察すれば、女医さんに決まっているのに。そりゃあ、私だって、決して胸は膨らんでいないけどさあ……。


「どういう風の吹き回しだ?」


「どうもこうも有能な人材をスカウトしたいだけだ。私の本業は知っているだろ」


 この人の本業って、確か……。


「神様フィールドの開発スタッフ」


「惜しい!」


 私の言葉に突っ込むかのように遮った。


「本業は警察で検死をしている。こいつ、人体に詳しそうだから、いろいろ役に立つと思ったんだ」


 ゲームの開発スタッフは副業ということか。しかし、検死とプログラム開発。あまり接点があるようには見えない。やはり変わっているな、この人。


「だから延命してほしいか。利用価値がある者には好意を持つ君らしい発言だ」


 使えるものは何でも使うか。倫理的な考えとは言えないが、牛尾さんらしい言葉だ。そこに刑事として反論するのは月島さんだ。


「殺人の補助をしていたことについては、どう捉える?」


「それは警察に徹底的に協力させることで、償わせるというのはどうだ? 消すだけならいつでも出来るだろ? 利用するだけしてから消す方が有益だと思うがね」


 真っ直ぐな目で、意外にとんでもないことを口走る牛尾さんを、月島さんはしばらく睨んでいたが、やがて根負けしたように、「勝手にしろ」と呟いた。


「そういう訳だ。これから上の連中と微妙な調整があるだろうが、最終的には私の手足となってこき使われることになるだろう」


「……一思いに殺してもらう方が楽な気もするな」


「まあ、そう言うな。生きていれば良いこともあるさ」


 そう思って優しげに微笑む牛尾さんを見ながら、やっぱり一思いに消滅させてあげるべきだったかなと思った。牛尾さんが優しくしていると、どうしても裏があるように感じてしまうのだ。


 こうして女医さんは、牛尾さんの下僕として生き延びることに成功したのでした。……こう書くと、あまり喜ぶべきことではないように聞こえてしまう。他の言い方があったのではないかと、少し反省。


 ホッとしていいのか、憐れんだ方がいいのか、複雑な気分でいると、月島さんが私の側にやってきていた。さっき無視されるように通り過ぎられていたので、私の側に来てくれたことに、ちょっと嬉しかったかもしれない。


「怪我はないか?」


「うん。女医さんが直してくれたから、今はもう大丈夫」


 その場で飛び跳ねて、問題がないことをアピールしたが、月島さんの表情は優れないままだ。


「ひょっとして怒っているの?」


「まあね」


「危険なことに首を突っ込まないという約束を破ったから? でも、今回は向こうから絡んできたのよ。やらなければ、やられていた。仕方がないじゃない」


「それも分かっている。だから、どう接すればいいのか、考えあぐねているのさ」


 苦悶の表情で月島さんが呻いた。そんなの、「異常がないみたいで良かったね」じゃ、駄目なの?


「とりあえず説教三時間コースでいいか?」


「駄目!!!!」


 月島さんの説教の恐怖が、体に染みついている私は、声を荒げて拒否した。


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