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第三十六話 激痛をお届けします

第三十六話 激痛をお届けします


 異世界で始まったアーミーとの最終決戦。


 お互い黄色のピアスを付けているということで、特殊能力の使用が3つまで許されている。


 戦いを有利に進めるために、発動のタイミングは間違えられない。思わず慎重になってしまいそうな場面だが、アーミーはいきなり使ってきた。


 やつが『幻想痛覚』と呟くと、私たちの周囲に複数のシャボン玉が発生した。


 これは何かしら? 不思議に思って、シャボン玉に触れてみる。……ほど馬鹿ではない。殺人鬼が能力で生み出したシャボン玉だ。見た目が可愛くても、絶対に何かあるのは明らかだ。自分から罠にかかりに行くなど、考えられない。こんなものは避けて通るに限る。


 シャボン玉は何も言わずに漂っている。などと思ったのが、間違いだった。それまで雲のようにゆったりと漂っていたシャボン玉が、私に向かって、弾丸のようなスピードで向かってきた。


 こんなこと、現実世界では起こりえない。不意を突かれて、呆気にとられていると、そのシャボン玉が私にぶつかり弾けた。


「!!」


 その瞬間、右足に激痛が走った。


「あががが……!!」


 激痛に耐えかねて、思わず右足を抱えながら転倒してしまう。右足からは出血もしていない。何度見ても無傷なのに、痛みは増すばかりだ。


「どうだ? 右足を骨折した痛みは?」


 地面にひれ伏すように転げまわる私を見ながら、アーミーが驚愕の事実を告げた。


「右足……。骨折……?」


「そう。右足が骨折した痛みだ。今のシャボン玉には右足が骨折した時に感じる痛みが詰まっていたらしいな……」


 そこまで言われて、この能力を理解した。どうやら様々な激痛がシャボン玉に詰まっていて、割れた時に触っていた場合、中に詰まっていた痛みを体感することになるのか。


「ほら、どんどん行くぞ……」


 次のシャボン玉をぶつけてくる気だ。避けなければいけないことは分かっているのに、右足が……。


 避けられないでいる私をあざ笑うがのように、次のシャボン玉がぶつかってきた。


 シャボン玉が割れると同時に、今度は肝臓の辺りに形容しがたい痛みが襲ってきた。


「は、あああ……。が、……」


 あまりの痛みにうめき声すら満足に話すことも出来ない。


「次は肝臓が破裂した時の痛みか……。どうだい? 初体験の痛みの味は? あ、返事する余裕もないか。こりゃ失礼」


 こいつ……。私が返事も出来ないことを分かった上で、敢えて聞いてきているのだ。どこまで性格が悪いのだろうか。


 痛くて、痛くて、涙が止まらない。こんなかわいい子を泣かせるなんて、最悪なやつ!


 もう戦闘どころではない。この調子でシャボン玉をぶつけられたら、抵抗らしい抵抗も出来ないまま、私の負けだ。


 私の焦りを見て取ったのか、アーミーはとっておきの情報を私にもたらしてくれた。


「実はこのシャボン玉の中にね。一つ当たりがあるんだ」


 当たりという言葉に冷や汗がどっと噴き出した。どう考えても良い想像が出来ない。今私が体感している激痛を上回っているのは明らかだ。


「脳死だよ……!」


「……」


 とんでもないものまで含まれているな。


「この中のどれに脳死が入っているのかは、割れてみるまで俺にも分からない」


 アーミーが嬉しそうに私を見た。その表情を見れば、こいつがこれから何をしようとしているのか、すぐに分かるに違いない。


「どれか脳死なのか君で確かめてみることにしよう」


 やはりそう来たか……。


 指をパチンと鳴らすと、シャボン玉が私に向けて漂い始めた。しかし、さっきのように弾丸を思わせるスピードはない。私がよく知るシャボン玉のスピードだ。


 一気に来ればいいところを、わざとのろのろ時間をかけて、私の苦しむ様を見るつもりなんだろう。ここまで余裕を持った態度を取られると、だんだん怒りが沸いてきた。


「こな、くそ~~!!」


 気合の籠った声を上げると、私に目がけて、じりじりと距離を詰めてくるシャボン玉に向けて、持参した警棒から弾を乱射していった。痛みのせいで狙いを付けられないが、「下手な鉄砲、数撃ちゃ何とやら……」だ。あんなでかいシャボン玉、撃ちまくっていれば、当たる。


 だが、無情にも、シャボン玉はなかなか割れていってくれない。このままじゃ、数秒後には、私に複数のシャボン玉がぶつかって割れてしまう。


 たった二つ割れただけで、これだけ苦しんでいるのに、あんなたくさんぶつかってこられた日には、苦痛の余り頭がおかしくなってしまう。


 しかも、その中の一つは脳死だ。これが詰まったシャボン玉が割れてしまった日には、私の思考は停止して、生きたサンドバックにされてしまう。


 一生、人形の状態で、アーミーと女医さんに好き放題されている光景を想像すると、思わず身が震えた。


「『奴隷人形』!」


 出来れば温存しておきたかったけど、そんなことを言っている場合じゃない。


「ゴシュジンサマ、ヨビマシタカ……?」


 前回の異世界で大活躍した木製の従順な人形が、私の前に降り立った。


「私をあのシャボン玉から守りなさい!」


「アイアイサー」


 うん、良い返事だ!


 私から命令を受けた奴隷はシャボン玉を軽快に壊し始めた。しかも、こいつは木製の人形。シャボン玉を割っても、痛みを体感することはないのだろう。


「グググ……、ケイヨウシガタイダメージガ……。デモ、コレモコレデカイカン……」


 痛みを感じないと思っていたら、しっかり感じているじゃないか。それでも壊し続けるなんて……。


 二つ分の痛みでも、これだけ激しいのだ。言葉では表現できないレベルの痛みに違いない。それにも関わらず、軽快に壊し続けるあいつって、一体……。


 自分で命令しておきながら、申し訳ないような、有り難いような複雑な気分になってしまった。


「それ以上、好きにされると興ざめだな……」


 それまで観察を決め込んでいたアーミーが動いた。手に持っているのは、巨大なアーミーナイフで、錐が飛び出していた。それを勢いよく奴隷に突き立てる。


 木製ということで、物理的な攻撃に対する防御力は低かったらしい。縦に亀裂が走って、ボロボロと崩れ出す。


「ああ……」


 頼りの奴隷が壊されていく。そうしている間にもシャボン玉は迫ってくる。私は相変わらず動けない。万事休すか。


 観念してしまいそうになる中、奴隷は壊されながらもシャボン玉を破壊していく。それもこいつが完全に破壊されるまでかと思っていると、壊された部分から銀色の金属部が見えていた。不思議に思って見ていると、木製の体の中から出てきたのは、一回り小さくなった鉄製の人形だった。


「ドレイニンギョウ、レベル2!!」


 高らかに宣言すると、シャボン玉に向けて、両手を突きだした。あれ? よく見ると、手の部分が機関銃みたいになっているじゃない。


「ファイヤー!」


 勢いよく連射されて、シャボン玉は次々と割れていった。


「グッジョブ! 最高よ、あんた!」


「エヘヘヘ」


 ご主人様である私に褒められて、奴隷は心底嬉しそうに頭をかいた。まさかの奥の手に、奴隷人形の破壊工作を行っていたアーミですら、感心していた。


「……なかなか面白い能力だ」


「と、当然でしょ!」


 あの奴隷に、こんな機能が存在したなんて……。自分の能力で生み出したくせに、私も知らなかった。


 まだかろうじて残っているシャボン玉もあったが、それらが一斉に消失していく。合わせるように、奴隷も煙のように消えていく。


「ひとまず助かったようね」


 能力の発動時間が過ぎたのだ。体感している痛みも能力の消失と同時に感じなくなった。馬鹿め。余裕ぶらないで、全部のシャボン玉を最初からぶつけてこればいいものを!


 痛みさえ引いてくれればこっちのものだ。立ち上がると、警棒をアーミーに向けた。


「とりあえず生き延びたか……」


 私を見ながら呟くように吐き捨てた。とりあえずファーストラウンドは引き分けの様ね。


私も骨折とかしたことないので、今回の真白の痛みは想像で書いています。

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