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第十八話 選別の眼 後編

第十八話 選別の眼 後編


 数時間前と同じように、適当な恐竜を見つけて背中に乗ると、それまで一か所でのんびり日向ぼっこしていた恐竜が、他の客から離れるように移動し始めた。


「まるでスイッチが入ったみたいに動き出したな。このまま乗っていれば、犯人たちのハンティング場に連れて行ってくれるんだね」


「そういうことです」


 私たちを乗せたまま、恐竜はのしのし歩く。瑠花たちと乗った時は、快適な乗り心地だと、まったりした気分だったが、今は違う。全神経を集中させて、やがて訪れる襲撃の瞬間に備えた。横の月島さんもピリピリしている。


 周りから人がだんだんいなくなっていく。それにつれて、恐竜の歩く速度が心なしか上がっているような気さえした。


「真白ちゃん、来たよ……」


 誰もいないところまで来たとき、見えない何者かの敵意を察した月島さんが耳打ちしてきた。いつもの人を小馬鹿にしたような顔は鳴りを潜めている。


 それと同時に、発砲音がした。


 犯人が先に狙ってきたのは、月島さんだった。月島さんをログアウトさせた後で、悠々と私を攫おうとする向こうの意図が透けて見える。だが、私や瑠花と違って、月島さんは難なく銃撃を躱す。


「俺を潰して、残った真白ちゃんを拉致するつもりらしいね。計算通りの展開じゃないか」


 一撃目を避けた月島さんに、すぐに二撃目、三撃目が飛んでくるが、それも苦も無く躱してしまった。そんな月島さんを頼もしく感じながら、私はほくそ笑んだ。


 それでいい。そうやって、月島さんを連続で狙い続けてきてくれ。決して逃げようなどと思うな。向かって来てくれ。そして、私にお前の居場所を教えてくれ。


 向こうが撃ってきているのは、何の変哲もない普通の銃だ。引き金を引いたら、真っ直ぐにしか弾が飛ばない。つまり、何度も撃っていれば、向こうの居場所を絞り込めるのだ。


 まだ効力の残っている『選別の眼』で、銃弾の飛んできた方向を見渡す。幸いなことに、敵はすぐに見つかった。


「あそこか」


 百メートルほど先のところで、月島さんにライフルを向けている男を見つけた。


 狙っていたのは、ガラスだらけの世界で私に絡んできた三人組の一人だった。まさかこんなところで再会するとは。


 たいして会いたくもない相手と再会しても嬉しくも何ともないので、早々に片づけてしまおう。


「月島さん、見つけました。あそこの茂みの中から顔を覗かせている坊主頭の男です。茂みにライフルを隠して、それで攻撃してきています」


「そんなことも分かるんだ。便利な能力だね」


「もうすぐ効力が切れますけどね。だから、絶対に捕り逃さないようにしましょう」


「……ふと思ったんだけど、能力の発動が早かったんじゃない? 襲われてから発動しても良かったよね」


「それは言わないでください」


 ミスを指摘されて、わずかに赤面してしまったが、気を取り直して、敵を締め上げに行くことにしよう。


 私と会話をしながらも、月島さんは涼しい顔で銃撃を躱し、男へと一歩一歩確実に近付いていく。


 これに焦ったのは向こうだ。離れた場所から一方的に狙撃するという圧倒的に有利な立場にいる筈なのに、追い詰められている表情をしている。


 このままじゃまずいと判断したのだろう。男はマシンガンまで出してきた。下手な鉄砲数撃ちゃ当たる。あれで狙われたら、さすがの月島さんでも避けきれない。でも、出すのが少々遅かったようだ。


「その物騒なものを仕舞ってくれるかな?」


「……いつの間に」


 接近していたのは月島さんだけではない。月島さんが銃撃を躱しながら、ゆっくり近付いていく中、私は隙をついて、一気に間を詰めたのだ。


 月島さん一人に気を取られていた敵は、あっさり後ろを取られてしまったのだ。


「仕舞ってくれるかな?」


 固まったままの敵に対して、もう一度語りかけた。最後の一言が効いたらしく、敵はマシンガンから手を離して、降参のポーズを取った。


 私たちがされて困るのは、やれるものならやってみろと対決姿勢を露わにされることだった。ここで変にこいつを倒して、異世界からログアウトされると、手がかりを失ってしまうところだったので、簡単な脅しに引っかかってくれて助かった。


 とりあえず捕縛成功。




 私たちを襲ってきた男を縛り上げると、拠点まで案内してもらうことにした。


「ねえ、ちょっとお願いがあるんだけど、聞いてもらえるかな」


 なるべくはにかんでお願いした。もちろん、これで素直に聞いてもらえるとは思っていない。実際、拠点まで案内しろと言うと、男は顔色をさらに悪くして、黙り込んでしまった。警察に情報を流して、ただで済む訳がないことくらい、こいつでも分かるだろう。いくら私が美少女だといっても、この願いは通るまい。


「黙っていれば見過ごしてもらえるとでも思っているのかい? 甘いね」


 次に月島さんが男に語りかけた。いつもの軟派なお兄さんは鳴りを潜めて、筋者でも通りそうなくらいに据わった目をしていた。たった今、人を殺してきたと言われても、無条件で信じそうなくらいに、全身から殺気を漂わせていた。


「君の名前は石松丈治。住所は〇〇区〇〇町4丁目3番2号。家族構成は両親に妹が一人で、君自身は〇〇高校の一年……」


 初対面の筈の月島さんに、自分の情報が事細かに知られていたので、石松は驚愕で固まっていた。


 月島さんの特技だ。暗記力がずば抜けて良いのだ。取り調べの時に覚える手間が省けると、時間を見つけて場、街中の不良のデータを頭に叩き込んでいるらしい。お姉ちゃんからは、そんなものを覚える暇があるのなら、刑法でも覚えろと嫌味を言われていたが、こういう形で役には立っている。


「君の個人情報はとっくに俺の頭に叩き込まれているんだ。黙って俺の言う通りにしないと、怖いことになるよ……」


 月島さんの脅しに、石松は恐怖で崩れ落ちた。会って間もない自分の個人情報を知っている相手。怖いことというのも、常識を超えたものになると考えたのだろう。その考えは、半分は正解だ。


 恐怖のあまり、もはや、だんまりを通すことは出来なくなったらしい。観念した石松は道案内を引き受けてくれた。


 拠点となっている場所は、ここから相当離れている場所らしく、カートで移動することになった。




「でも、石松か……」


 カートで移動中に、石松を見ながらしみじみと呟いた。石松は焦点の定まらない目で、申し訳なさそうに私をちら見してきた。私たちを襲ってきた時の威勢が嘘のように怯えている。


 ボクシング選手に同じ名前の人がいたな。こいつとは似ても似つかない人生を歩んでいるけど。


「もう分かっていると思うけど、私たちはこれからあなたのボスをボコボコにしに行くところなのよ」


「は、はい……」


「あなたたちの悪事もこれでおしまいよ。良い機会だから、これを機にまっとうな人生を送り直したら?」


「はい……」


 ちゃんと反省しているのか、それともこの状況だからとりあえず私の意見に合わせただけなのか分からないが、石松は了承した。


 月島さんはというと、私と石松の会話を渋い顔をしながら聞きつつ、カートを運転していた。苛立っているのか、スピードが少し出過ぎな気もする。


 石松に案内されたのは、休憩所だった。


「ここにあなたたちの拠点があるの?」


「はい。ここの地下にあります。攫った女の子たちもそこで売り払うまでの間、閉じ込めておくんです」


 てっきり人気のないところだと思っていたが、人でごった返している休憩所の地下に巣食っていたとは。盲点だった。


「この方が、獲物を手軽に物色出来るって、あの人は言っていました。ここなら、この世界にログインした人が全員訪れますので」


 石松の言う通りだ。テーマパークに入れば、誰でも一度は休憩所を利用する。人気ナンバーワンのアトラクションをパスするひねくれ物でさえもだ。


「気を付けて。向こうも俺たちの存在に気付いたようだよ」


 見ると、休憩所内から客がいなくなっていた。いるのは、スタッフのみ。全員こっちを見て笑っているけど、目だけが笑っていなかった。


 その時、鋭い視線を感じた。いる……。手を伸ばせば届くところに、この世界の神様ピアス保持者にして、私たちが締め上げるべき相手がいる。石松を見ると、制裁を受けるのを恐れているのか、全身を震わせながら怯えていた。


「どいつがあなたのボスなの? 教えて」


「……」


 よっぽど恐れているのだろう。今にも泣きだしそうな顔で、私の申し出を拒否して、黙り込んでいる。


 それでも教えてもらわなければならない。この休憩所のスタッフの誰かが神様ピアスの保持者で、小桜を攫った連中のボスなのは確信している。そいつを締め上げるために、石松の口から、教えてもらう必要があった。


 その時、地面がまたも砂化した。足元が覚束なくなった私たちはバランスを崩して、そのまま飲み込まれそうになる。


 前回と同じ手で来るとは、ずいぶん舐めた真似をしてくれるものだ。そういうことなら、舐めた分の代償をしっかり返してやろう。


 開戦だ……!


『選別の眼』以外にも能力はあります。それらの能力の名前や効果を考えるのが、結構楽しかったりします。

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