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第百六十三話 ワンサイドバトル

第百六十三話 ワンサイドバトル


 強すぎるという理由で抑え込んでいた力を、キメラが遂に解放してしまった。私たちの有利に進んでいた戦いは、あっという間に形勢逆転されてしまい、瞬く間に劣勢に追い込まれてしまったわ。


 私と喜熨斗さんを軽く一蹴したキメラは、視線をお父さんが眠っているカプセルに向けると、申し訳なさそうな顔になった。


「マスターの眠っているカプセルだけど、どこか別の場所に移さないとな。これからほんの少し騒々しくなるから」


 キメラが念じると、空間が裂けて、別のフロアが顔を覗かせた。そこにカプセルを移動するつもりらしいわね。


「ここに比べて、寝心地は悪いかもしれませんけど、少しの間の辛抱です」


 当のお父さんは眠っているから聞こえていないんでしょうけど、それでも構わないのか、キメラは返答のないカプセルに向かって許しを乞うていたわ。だけど、その行為、邪魔させてもらう。


「ま、待ちなさい。お父さんを連れて、……いくな!」


 ここで空間の向こうにカプセルを持って行かれたら、二度とお父さんと会えないという予感がした。根拠はないけど、妙な確信があったの。


 ともかく、カプセルの移動を阻止しようと、『スピアレイン』を放とうとしたんだけどれど……。


「無駄だよ」


 さっきと同じだわ。瞬間移動かと思っちゃうくらいの速度で、キメラは私の真横に移動していた。そして、囁きかけてくる。


「もう僕には『スピアレイン』は通用しない。当たることもないし、当たってもダメージを受けない」


 話しながら私の顔を掴むと、思い切り壁に叩きつけた。黄色のピアスがダメージを無効にしてくれる筈なのに、衝撃が走る。


「言い忘れたけど、今の僕の体には『魔王シリーズ』の力が充足している。だから、黄色のピアスを付けていても、通常の攻撃でダメージを与えることが可能なんだ。食らっても大丈夫だとか、間違っても思わないことだね」


「う……。ぐあ……」


 キメラの手が離されると、私はその場に崩れてしまった。意識がぼやけて立ち上がれない。いえ……、少し時間を置けば立ち上がることは出来るでしょうけど、キメラのこの力、厄介なんてものじゃないわ。


「お、お姉ちゃん……」


 心配そうにこちらを見つめるイルにも、キメラは睨みを利かせた。


「マスターを別の場所に移したら、君を処分する。それまで大人しく待っているんだ。最期くらいは、従順でいてくれよ」


「あ、うあ……」


 キメラへの恐怖で、完全に固まってしまっているイルを見ながら、必死で逃げるように念じた。


 駄目よ。イル……。そんなところで立ち尽くしちゃ……。処分されるのを、大人しく待っている? 馬鹿げているわ……。逃げて……。必死に逃げて……。そして、生きて……。


 でも、私の願いは虚しく、イルは固まったまま、動けないでいる。こうなったら、一刻も早く回復して、私がイルを運ばなきゃ……。


「牛尾っていったっけ?」


 一方のキメラは、もうお父さんのカプセルのところに戻っている。どんなでたらめな足を持っているのよ。


「どうだい? これを機に、新生開発スタッフ共々、僕の傘下に入るというのは?」


「お前の言いなりになれというのか?」


「少し違うかな……と、言いたいところだけど、その通りだ。僕の下僕になり下がれ。そうすれば、特別に見逃してやる」


 もう言葉を隠そうという努力も感じられない。ストレートな脅しだった。


「断ったら、この場で抹殺か」


「当然だね」


 口元をわずかに緩めて、定番の台詞をしれっと吐く。でも、そんなキメラの肩に、喜熨斗さんが手をかけた。


「ま、待てって。俺との戦いがまだ終わっていねえだろうが。勝手に、カプセルの引っ越しとか、牛尾を勧誘とか、おっ始めてんじゃねえよ」


 あれだけの力の差を見せつけられながら、まだ戦いを挑もうとする喜熨斗さんには、脱帽するしかないわ。でも、残念ながら、その差は絶望的に開いている。勝機は見られないわ。


「懲りないねえ、君も……」


 そう言って呆れるかと思いきや、キメラはいきなり喜熨斗さんを殴りつけた。そのまま吹き飛ばされる喜熨斗さんを追って、連打を浴びせて、たたみかける。初期のキメラは、普通に殴る蹴るの攻撃をするだけで、黄色のピアスにもダメージを与えられるらしい。喜熨斗さんのピアスがどんどんひび割れていく。


「くそ! 止めろ!」


 牛尾さんが止めようとするけど、キメラから簡単に弾き飛ばされてしまう。


 あと少しでもダメージを食らったら、ピアスが砕けて、喜熨斗さんが消滅してしまうという段階になって、ようやくキメラの攻撃は止んだ。


「な、何で、止めた……?」


「それ以上やったら、君が死ぬからさ。裏切ったとはいえ、元仲間だからね。殺すのは忍びない」


 情けをかけた訳だけど、喜熨斗さんは退こうとしなかった。いいえ。情けをかけられたことで、さらにヒートアップしてしまったみたい。右手に能力で緑のナイフを出現させて、キメラに近付いていく。


「ま、まだやるんですか!?」


 言いたくはないけど、喜熨斗さんの不利は明らか。さらに言うなら、このまま続ければ、次こそ殺されちゃうわよ。


「これ以上やったら、喜熨斗さん、死んじゃいますよ!」


「ふん! それがどうした?」


 喜熨斗さんに死んでほしくない。私が必死で呼びかけるも、喜熨斗さんの耳には届いてない。


「言っただろ? 俺はもう死んだ人間だ。こんな命、今更惜しくも何ともねえよ」


 いくら一度失った命だからって、ここまで粗末に扱えるものだろうか。いや、ほとんどの人間は、それまでと同じように大事にして生きるでしょう。粗末に出来るのは、喜熨斗さんを含めた一部の人間くらいのもの……。


 戦いに赴こうとする喜熨斗さんの足が止まった。私の呼びかけに応じてくれたからではない。手を掴んで強引に歩みを止められたからだ。


「何の真似だ、牛尾?」


 さっきキメラに放り投げられた牛尾さんが、喜熨斗さんの無謀な進軍を止めていた。


「たった今、真白にも言ったことだが……」


「そんなの関係ないな……」


 喜熨斗さんの発言を遮って、牛尾さんが訴える。


「一度命を失ってようが、そんなことは関係ない。お前は今生きているだろう?」


 一瞬、呆けたように牛尾さんの顔をまじまじと見つめる。でも、すぐにいつもの喜熨斗さんに戻って、一笑に付そうとする。


「柄にもねえことをするんだな。お前が他人の身を心配するなんてよ……。恐怖のあまり、頭がいかれちまったのか?」


「ひどい言い草だわ……」


 二人の会話に口を挟むつもりはなかったんだけど、喜熨斗さんの口があまりにも悪いから、ついぼそりと発言してしまった。それを聞いていた喜熨斗さんが、ニヤリと笑って反論してくる。


「ふん! ひどいのはお互い様だぜ? こいつには、実験と称して、硫酸を一気飲みさせられたり、血液中に正体不明の薬品を注入されたりしているんだからな」


 昔の話なんだろうけど、唖然としてしまう。やる方もやる方だけど、やらせる方もやらせる方だわ。


「そんなことをしていたんですか……」


 お父さんほどじゃないけど、牛尾さんも人間をモルモット扱いする部分があるわね。ひょっとして私の周りって、こういうろくでもない人間の巣窟なのかしら。ていうか、喜熨斗さんの頭のネジがぶっ飛んじゃったのって、それが原因なんじゃないんですか?


「若気の至りってやつだ。今はもうしないよ」


 どうかしら。今だからこそ、しそうにも聞こえるのは私だけ?


「とにかく! 今は退くぞ。さっきまで終始こちらのペースだから、もしかしたらいけるかとも思ったんだが、まだ向こうの方が上手だ」


「はっ! 退いてどうするんだ? 有効な対策でもあるのか? ハッキリ言ってやるが、時間の無駄だ。今、無理なことが後で出来るようになる訳が……」


「なるさ! そうしてみせる。忘れたのか? 私はこのゲームの現開発スタッフだぞ? あいつがどれだけ強かろうが、所詮は一介のプログラムに過ぎん。対抗策など、星の数だけ打ち立ててやるよ」


 牛尾さんなら、本気でやりそうだわ。でも、私たちは気付いていなかった。牛尾さんが一介のプログラム呼ばわりしたことで、キメラの瞳に怒りが宿ったのを。


今日から消費税が上がっちゃいましたね……。きっとエイプリルネタに違いないとずっと信じていたんですが、買い物に行ったスーパーで、現実を突き付けられました。……やれやれだよ。

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