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第百六十一話 追い詰められるキメラ

第百六十一話 追い詰められるキメラ


 向こうでキメラが喜熨斗さんと激しい戦いを繰り広げている。その激闘に耳を傾けながら、私はお父さんが寝ているカプセルを開ける作業に集中させてもらうことにしたわ。


 カプセルをもう一度見返してみたけど、やっぱりボタン一つ見つからない。


「リモコンみたいな装置で開けているんですかね?」


「だろうな。でも、そのリモコンの場所を知っているやつに聞いても、素直には渡してくれないだろうな」


 ちらりと、交戦中のキメラを盗み見る。確かに、あいつが教えてくれるとは思えないわ。


「そういうことなら、仕方ないです。スマートに出来ないなら、強引にいくまで!」


「そっちの方が私たちっぽいしな」


 方針転換で、カプセルを破壊して、お父さんを引きずり出すことにした私は、お父さんに当たらないように、『スピアレイン』を連射した。かなり派手に土煙が舞ったけど、カプセルに傷をつけるには至らなかったわ。『魔王シリーズ』でも傷がつかないなんて、どれだけ頑丈に作られているのよ。


「やっぱり駄目か……」


 『スピアレイン』なら確実にいけると思っていただけに、落胆も大きかった。


「どけ、真白。次は私がやる」


 どこから出したのだろうか。両手にドリルとチェーンソーを持って、武装していた牛尾さんが、私を押しのけて、カプセルの前に立った。


「私の華麗なショーを拝ませてやるぜ! ヒャッハー!」


「ちょっと! お父さんに傷をつけないでくださいよ!」


 口からよだれを垂らしながら、狂気を振り回す姿は、軽くホラーだわ。荒事には慣れていたと思っていたけど、イルと抱き合って、思わず震えてしまった。


 そんな私たちの様子を、苦虫を噛み潰したような顔で見ているのは、キメラだ。このまま私たちにカプセルを開けられたら、彼の面目は丸つぶれだから無理もない。


「なあに、よそ見してんだよ、キメラあ?」


 自信との戦いに集中していないキメラにはっぱをかけているのは、喜熨斗さんだ。そう言っている間にも、キメラに刃を向けるけど、躱されまくっている。


「もう諦めなよ。喜熨斗の攻撃といえど、僕に当たることはない」


 正直、キメラにとって重要なのは、喜熨斗さんと闘うことではない。お父さんの眠りを妨げようとする私たちを止めることこそ、急務なのだ。でも、喜熨斗さんが停戦に応じる訳もない。


「そいつはどうかな?」


 不敵に笑うと、側にあったカプセルを思い切り蹴りつけた。床にしっかり固定されていたんでしょうけど、カプセルは宙を舞って、キメラのところに飛んでいった。難なくそれを避けるキメラだけど、その後に訪れた喜熨斗さんの一撃からは逃れることが出来なかった。


「どうだ? 俺の刃の味は」


「ふむ……」


 後ずさったキメラのこめかみから一筋の血が流れた。遠くからその光景を眺めていた私は、ようやく攻撃がヒットしたことに歓喜の声を上げた。


「やった! 攻撃がヒットしたわ! でも、私の体が……」


 キメラに攻撃がヒットするのは嬉しいけど、私の体がどんどん傷ついていくのは精神的にきついわね。


「……取り乱すな」


 怒りを含んだ静かな声が室内に響き渡る。そんなに大きな声じゃないのに、良く通る声で、私はまた震えてしまったわ。


「僕を誰だと思っている? 『神様フィールド』内で起きた事象など、どうとでも出来るのさ」


 その言葉通り、私の体に付けられた傷が見る見るうちに治癒されていく。


「だから、僕にいくら攻撃を仕掛けても、君が勝つことは不可能なんだよ」


 傷つけても、傷つけても、回復されてしまう。だから、いくら攻撃しても無駄ということか。


「ふん! それがどうした。回復を上回るスピードで攻撃を仕掛ければいいだけじゃねえか」


 子供でもすぐに下しそうな幼稚な回答だ。だけど、それが実行に移せるのなら、苦労しないわよ。でも、喜熨斗さんには考えがあるみたい。相変わらず自信たっぷりの顔をしているわ。


「おい、チビ!」


「え、わ、私のこと!?」


 イルが飛び跳ねるように応える。この中でチビはイルだけだから、自分のことを言っていると分かったんでしょうね。でも、いきなり大声で呼ばれたので、怯えたように立ちすくんでしまっている。


「俺にも『アップデート』をよこせ!」


「……何だと」


 キメラの顔色が変わる。


「早くしろ。そうしねえと勝てねえだろうが! 言っておくが、俺が勝てねえんなら、他の奴らも勝てねえ! そうなれば、てめえの手から掴みかけた幸せが零れ落ちていくだけだ。分かってんだろ?」


 イルは唇を噛みしめて俯いた。幼いイルにもしっかりと分かっているのだろう。通常なら、神様ピアスと引き換えに、新しい能力がもたらされるけど、今回は特別らしい。無償で喜熨斗さんに『アップデート』を習得させることを決めたようね。


「させると思うのかい?」


 喜熨斗さんとイルの間に、キメラが割って入る。新しい能力をイルからもらう場合、額に手を添えてもらう必要がある。つまり、イルと接触させなければ、新しい能力を得ることは出来ないのだ。


「お前が大人しく見ているとは思っていねえよ。もちろん、強引にいかせていただくさ」


 普通なら、作戦がばれないように慎重に動くものだけど、喜熨斗さんはさっさと自らばらしてしまう。その分だけ困難になってしまうけど、喜熨斗さんはそれすらも愉しんでしまう。


「わ、私がそっちに行く……!」


「無駄だよ」


 キメラが喜熨斗さんを、イルから離れるように蹴りつける。


 でも、それって、私にとってはチャンスなのよね。


「喜熨斗さん。それにイル。グッジョブだわ。そのままキメラを翻弄してちょうだい」


 おそらくキメラの頭の中は、喜熨斗さんが『アップデート』を入手することを妨害することで一杯の筈。私たちの存在なんて、きっと蚊帳の外でしょうね。


 でも、私の甘い考えとは違って、キメラはしっかりとこっちのことを覚えていた。それどころか、片時も注意を反らしてなどいなかった。


「ははは! だんだん顔色が悪くなってきたぜ! 追い詰められてんじゃねえの!」


「そうかもしれないな」


 蹴りつけられることなど日常茶飯事の喜熨斗さんは、すぐに起き上がって、キメラにナイフを突きだした。その手をガシリと掴むけど、手が駄目なら足ということで、キメラの脇腹に蹴りを見舞う。しかも、底に向かって、イルが駆けてくる。


「ふう……。次から次へと想定外のことばかり起こる」


「話し合いなんて悠長なことをしているからさ。とっとと始末しておけば、こんな面倒な事態にならなかったのによ」


 喜熨斗さんの言葉通り、最初から本気で来られていたら、それもそれで不味かったけどね。


「まだ余裕ぶるのも良いけどよ。事態が今以上に悪化していくことだけは確実だろうな。はてさて、お前はいつまで持ちこたえることが出来るかねえ?」


 愉快そうに挑発を繰り返してくるけど、キメラは返事をしないで、難しい顔をしている。


「それ以上僕を翻弄させないでほしいな」


 ふと哀願するような声で、キメラが呟くのが聞こえた。


「本気を出さなきゃいけなくなる。そうなれば、君は……」


「君は……、何だよ。さっきから言っているだろ? 本気を出せって。余裕を見せるなってな。隠しているものがあるなら、さっさと引き出しちまえよ」


 しばらくキメラと喜熨斗さんで睨み合う。イルはすぐ後ろまで駆けてきていた。


「まだですか!? 分かんないなら、私が交代しますよ?」


「ちょっと待て。もう少しなんだ。もう少しでこのカプセルに傷を付けられそうだ。……って、おおう!? チェーンソーの刃が欠けた!?」


 私たちの方はというと、徐々にではあるけど、カプセルを開いて、お父さんを起こすことが出来そうな状態。


 厄介ごとばかりの中で、キメラは自らの不利を認めるかのように、大きなため息をついた。


「分かった。もう四の五の言っている場合じゃないんだね。OK! 本気を出そう」


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