第百五十七話 元凶の元へ
第百五十七話 元凶の元へ
散々手こずらされた揚羽だったけど、勝負の決着はかなり呆気ないものだった。淡白すぎて、これで良かったのか不安になるくらいね。
というのも、牛尾さんが新たに開発した、プレイヤーを異世界のどこかにランダムで飛ばすボールを当てられたせいで、この場から消失するというもの。
「え? え? え?」
疑問符ばかりを並べながら、揚羽は本当に消えていったのだ。しばらく待ってみたけど、かなり遠い場所に飛ばされたのか、揚羽が戻ってくる気配はなかったわ。
「すごいですね。ゲーム内とはいえ、ボールをぶつけただけで、プレイヤーが消え去るなんて」
「ふん! 管理者の特権をフルに濫用させてもらった。キメラに限らず、自分勝手にプレイする輩が増えているからな。場合によっては、強制的に締め出す必要もある」
そう言って、得意げに胸を張っていた牛尾さんだったけど、ふと真顔に戻ると、私を見て睨んだ。
「ていうか、お前ら……。私の存在も忘れてんじゃねえよ」
「いえ、忘れていた訳ではないです」
単に戦力としてカウントしていなかっただけです。でも、それを言ったら、さらに怒られそうなので、黙っておきましょう。
「ついでに言うとだ。お前、私が現開発スタッフだということすらも、忘れていただろ……」
「わ、忘れてなんかいませんよ」
頭を鷲掴みにされながらも、必死に言い訳をする。頭からすっぽ抜けていただけです。……って、それも忘れていたことに入るのか。口にしたら、さらに怒られそうなので、これも黙っておきましょう。何か、さっきから黙るという選択肢ばかり選んでいるわね。
「で、でも……、どこかに飛ばしただけなら、揚羽はすぐにここに戻ってきちゃいますよ?」
「ふん! それなら戻ってくる前に、キメラのところに向かえばいいだけだ。お前もさっき言っていただろ? お前には興味がないから、見逃すって」
「確かに……」
確かにそう言ったわね。それなら、言葉通り、揚羽のことを今度こそ忘れて、キメラのところに向かうことにしましょう。
揚羽なんかよりも、今はキメラよ。やつの首さえ取ってしまえば、あいつ一人生きていても、どうってことないわ。
途中で、揚羽の叫ぶ声が聞こえた様な気がしたけど、きっと気のせいよね。
「時に、真白」
「はい?」
「私の見間違いだと良いんだが、お前、少し見ない間にずいぶん老け込んだな」
「……」
牛尾さんにまで見抜かれてしまった。私は外見だけで、そんなに歳を取ってしまったのだろうか。自分ではまだ確認していないけど、鏡を見るのが、恐くなってきたわ。
「残念なことに、事実です。私は歳を取りました」
正直話す気は全くなかったけど、ここまで外見が変わっているのなら、もう話すしかあるまい。私はかいつまんで、『アップデート』のことを話した。喜熨斗さんはともかく、牛尾さんがとにかく驚いていた。
「な、何だと!? 能力を上げる代わりに、歳を取るだと! 何て恐ろしい能力だ」
そろそろ婚期が気になりだすお年頃として、聞き捨てならないのだろう。ひっくり返らんばかりの勢いで驚いていた。
「それで? 今はどのくらい歳を取っているんだ?」
「分かりません。未完成の能力なんで、見た目で判断するしかないのが、実情です」
その見た目が幾つに見えるのかは、恐くて二人に聞くことが出来ない。これでも、女子高生ですから! 私だって、年齢は気になりますから!
「俺は別に構わねえけど、月島が聞いたら、どう言うかねえ……」
「ぐっ……」
ここにいない月島さんの名前を出されて、口ごもってしまう。さっきまであんなに会いたかったのに、こういう話をすると会うのが怖くなってしまうわ。
「とにかくだ! 『アップデート』は二度と使うな。いいな!」
「言われなくても、もう使いたくありません……」
覚悟はしていたつもりだけど、実際に年齢を重ねてしまうと、やはりショックが大きかった。キメラに勝つためとはいえ、もう使うことは出来そうにない。再度使って、顔に小皺でも出来ようものなら、その場で首を括って死んでしまうわ!
私と牛尾さんで、妙に気合いを入れて、『アップデート』なしで勝つことを誓い合うのだった。
そこから先は、一本道。とても長い廊下がただ伸びているだけ。嫌でも、目的地が近いことを突き付けられる。
廊下の突き当たりには、ドアが一つあり、その前にキメラがいた。
「やあ!」
何事もなかったような顔で、私たちに挨拶をしてきた。まるで友達を相手に接しているような気軽さね。
「元気そうだね。僕の仲間と三連戦をした後だから、お疲れだと思っていたんだけど、杞憂だったみたいだね」
「あなたのお仲間がどいつもこいつもヘボばかりなのよ。もう少し選ぶべきだったわね」
お互いに口の減らない会話で、相手の出方をとりあえず見た。どちらもこの程度で取り乱すことはなく、挨拶は無難に済んだ。キメラは、私の次に、喜熨斗さんへと視線を動かした。
「それに喜熨斗……」
私と話す時とは違って、哀愁を含んだ表情で話しかけた。
「あくまで僕に逆らう気なんだね」
「約束だからな」
「生真面目なんだね。底が君らしいんだけど」
キメラの顔がほんの少し寂しそうになった。イルと同じように、こいつもこいつで寂しがり屋なのかもね。特に、仲間に去られるのは、人間と同じようにしんみりするものを感じているのかしら。
「まっ! 立ち話も何だし、部屋の中に入ろうか。美味しいお菓子も用意しているよ」
あんたに招かれた訳じゃないんだから、もてなしてくれなくて結構よ。そもそも、私たちは、あなたを潰しに来たということを理解しているのか心配になるくらいだわ。
こっちの返事も聞かずに、キメラが私たちに背を向けて、ドアを開けようとする。敵に背を向けるなんて、無謀なやつ……!
「……念のために言っておくが、背後から攻撃しようなんて思うなよ。あいつ、隙がなさそうに見えるが、その程度のことじゃ裏はかけない」
「! わ、分かっていますよ」
実をいうと、後ろから襲いかかる気満々だったわ。牛尾さんに止められていなければ、逸る気持ちに従って行動していたでしょうね。
「ちっ! せっかく攻撃のチャンスだと思ったんだがな……」
隣で喜熨斗さんが残念そうに舌打ちする。おっと! ここにも私と同じ考えの持ち主が。ていうか、元仲間なのに、喜熨斗さんてば、容赦がないわね。牛尾さんの今の言葉は、私だけに向けられたものではなかったのね。
内心で苦笑いしつつ、キメラに招かれるままに室内に入ると、そこには大きなテーブルが中央にあり、来客用の椅子も等間隔で並べてあった。
その内に一つにイルが座っているのを見つけると、私は歓声を上げて駆け寄った。
「イル! 良かった。無事だったのね! いきなり連れて行かれたから心配していたのよ」
見たところ、外傷はなし。暴力は振るわれていないみたいね。
ホッとして呼びかけたのだけど、反応がない。何か心ここに非ずって感じかしら。
「心細い思いをさせちゃったわね。でも、私が駆けつけたからには、もう大丈夫。あなたは後ろの方で、キメラがボコボコにされるのを見ていればいいから」
「……」
もう一度笑いかけてみたけど、やはり反応なし。いつもならうるさいくらいに騒いでいるだけに、心配が募る。それに比例して、その元凶ともいうべき存在への憎しみが募っていったわ。
「ちょっと! イルに何をしたの? 答えなさいよ、返事次第じゃ、ただじゃ済まないわよ!」
「ははは。良くないよ。頭に血が上るのは。どうだい? これを食べてリフレッシュというのは。このビスケット、結構紅茶に合うんだ……」
私の追及をのらりと躱そうとしても無駄よ。キメラの持っているビスケットの積まれた皿を思い切り払いのけて、もう一度叫んでやったわ。
「イルに何をしたのか、答えろって言ってるのよ。暴力に訴えないと分からないの?」
「やれやれ。元々、ただで済ますつもりなんてないくせに……」
「屁理屈をこねるな……」
こいつがイルに何かをしたのは明らかだわ。だとしたら、許せない。元々許せなかったけど、さらに許せなくなったわ。もう我慢ならない。
「分かった、分かった。そんなに聞きたいのなら、教えてあげるよ。本当はビスケットをつまみながら話したかったんだけど、そういう態度で来られるのなら仕方がない」
キメラは軽くため息をつくと、椅子に座った。でも、私たちは立ったまま。
「一言で言うとね。マスターから任されている仕事をするように説得したんだよ」
「仕事?」
確かイルは素行不良か何かでお父さんから見放されたって話よね。
「その話をもう少し詳しく言うとだ。素行不良の上に、本来任されている仕事をすることを拒否したんだ。だから、マスターにも見捨てられた」
イルはその時のことを思い出したのか、震えだした。私が大丈夫と抱きしめるのを、キメラがやや冷ややかな目で見つめている。
「本当に、大事な仕事だったんだ。僕なんかより、ずっとね……」




